二匹の獣
激しい動悸と目眩が翔生を襲った。
そう何度も使える訳ではなさそうだ。
「その方も能力者ですの?妙なご友人をお持ちですわね」
「だロー?」
窓も締め切っているのにこの部屋中に風が吹くという事は、如月妹は風に纏わる能力なのだろうか。
金色の獣が部屋に二匹対峙し、急に地面が崩れた。
隣に立っていた禾音はすでにいなく、ほんの一瞬までいた向かいの金髪の少女までも消えていた。
乱舞、それが一番正しい。
獣と獣のぶつかり合い。
男が移動する度に重力の重みに耐えれず床や天井、壁が崩れる。
女は細い体躯には想像も出来ない早さと力で、150cmはある長刀を振り回し続けていた。
入り込む余地なんてなかった。
「翔生、あの子凄く優秀な能力者だよ」
アリシアにはその判別が出来るらしいが、素人の翔生から見てもそんな事は一目瞭然。
いつしか風は吹くだけでは止まらず、嵐のように吹き荒れていた。
「これが……能力者と能力者の戦い……?」
たとえそれが兄妹でも、お互いを傷つけ合えるものなのだろうか。
すぐに二匹の獣は衝突を止め、対峙する。
「やはり私たちを阻むのはお兄様、貴方なんですのね」
「随分と物騒な戦い方するナー。刀なんて振り回しちゃ駄目だロ?」
「妹のこと言えるんですの?」
人を小馬鹿にするような態度に関しても、この二人は何処までいっても兄妹なんだとわかる。
「如月妹」
金色の獣は、これ以上の戦いは無理だと察したのか、酷く落ち着いていた。
ここで俺はどうしても聞かないといけない。
「なんでお前たちはアリシアを知っているんだ?」
亞莉子は少し驚いた風に。
「アリシア?あぁ、"世界の終わり"の事ですの?ふぅん、アリシアって名前ですのね。私もそこまで詳しくないので何とも言えませんけど……そうですわね」
亞莉子は構えた刀を下ろす。
「私の目的なんて貴方如きには言いませんが、その子を所持しているのであればわかっていると思いますが。……世界の改変と言えばわかるかしら?」
世界の改変?どういう事だ?
「その反応……貴方もしかして、何も知らずにその子と一緒にいましたの?」
知ってるも何も、昨日出逢ったばかりなんだが。
「因果律が少し狂ったみたいですわね。あら嫌だ、あの男の口癖が移ったみたいで気持ち悪いですわね」
「世界の改変?お前達が世界を滅ぼすのはわかってるんだ。アリシアを使って何をするのかなんてわからないが、もうやめろ」
「世界の滅亡?あははははは、何夢見てるんですの?そんな大掛かりな事、神でもない限りできないでしょうに。私たちは世界を削るんですのよ?」
腹を抱え笑われるが気にもならない、こいつらは異常なんだ。
「世界に本来必要の無いものがあれば、貴方はなんだと思います?」
世界に必要の無いもの?そんなものは決まっている。
「争いごとだ。人が人と争う事で大勢の人たちが死んでしまう」
「お気楽ですのね?最近の小学生でもそんな事言うかどうか怪しいですわよ。よく言われません?『お気楽ご都合主義者』って」
君の兄からさっき言われたばかりだよ。
「戦争が無くなってしまえば、他の国の経済は永遠にこのまま。カースト制のこの世の中、人も国も同じですわよ?救われる国と救われない国が存在してこそ、バランスと秩序が成立し、上下関係があるからこそ無駄な争いを最小限に抑える事が出来るんですの」
きっと、これは正しい。
「……」
「そして人が死なないというのは人口は増え続けるという意味で、人が増え続けるという事はもっと大勢の人が死ぬという事ですのよ?食料が減り続け、土地が無くなり続ける。そうすれば、土地や食料が必要になり、争いが起こらないハズがない。貴方は理想を矛盾している」
「君はその答えを知っているんだろう?早く言えよ」
それは現実的な事であるが、理想を求める翔生にとって……その事実は肯定する訳にはいかない。
そんな理屈じゃ……大勢の人がきっと助からない。
「決まっているでしょう?私たち能力者という存在が不必要なのですわよ」
「それは君のような人殺しだろ?」
「例外なくですわ。この力を一人だけが持っているならば、それは特殊。だけど残念ながらこの力を持っている人間は複数いる、それは特殊ではなく、異常ですの」
自分が異端だとでも言っているのだろうか。
「この力のせいで、どれだけ多くの人間が傷付き、苦しみ、劣等感を得た事でしょう。他人と違うという事は何よりも恐ろしい」
それは、能力に目覚めてしまった人の悩みなのだろうか。
「その能力を嫌悪し続け、利用して来た人たちが集まったのが私たちの組織ですの」
確かに能力者という存在は全く必要のないものだ。
世界が作ったというならば、それはエラーのようなもので取り除けるのだろうか。
アリシアを見ると俯いたまま、何も反応を示さない。
「アリシア……どういう事なんだ?」
これじゃあ、まるでアリシアが、ワールドエンドが悪いみたいじゃないか。
「Chainの存在に関しては、私でもどうにも出来ないよ」
と、力なく答えた。
「それは貴方がやった事がないからでしょう?あの男、神代はそれを可能にすると仰ってましたわ」
そんな奴が本当にいるのか?
神を超越するような存在なんている訳がない。
そんな事が出来るなら、きっと世界はその存在を拒否するに決まっている。
だってこの子は、こんなにも"世界"に優しいのだから。
「……くだらない」
「なんか言いまして?」
「くだらない理想だ。とんだお気楽ご都合主義者だなって言ったんだよ」
「はい?」
アリシアが出来ないと言った。
嘘を付く必要なんてないこの状況で、だったら人を平気で殺すような奴の言葉を信じる必要なんてない。
「お前の目的なんて知らない。事情も知ろうとは思わない、だけどな……救われない事を誰かの所為にして、出来もしない理想を語ってるんじゃねぇ」
「はぁ?貴方自分で何言ってるかわかってますの?」
わかっている。
何の根拠も無い事を口にしている。
本当に『ワールドエンドが能力者という存在を消す』事が可能だったら、俺はただの道化だ。
だけど、コイツは人を悲しませるような事はきっとしない。
初めて触れた時に感じたコイツの一部、頭の中に入ってきた映像はこの少女が今まで生きてきた風景の一片なのだろう。
傷付いた人に手を差し伸べ、それを傷付けた人にも手を差し伸べ、誰に対しても平等に優しく強くこの世を歩んでいたに違いない。
一瞬一瞬の風景ばかりだったけど、あの光景は俺の記憶に深く刻まれたんだ。
「……それを害悪みたいに呼んで、どいつもこいつも特殊なモノとして扱うのが気に食わねぇ。それってお前らがされて嫌な事じゃないのかよ能力者」
「言ったでしょう?それは唯一無二の特殊、私たちとは違うんですのよ?」
「人と違うのは何よりも恐ろしいんだよな?」
「ち、ちょっと……その子を"人"とでも言うおつもりですの?」
あのフードを被った男も、この女も、神代とかいうやつもワールドエンドの何をわかるっていうんだ。
きっとコイツを理解してやれるのは、あの映像……荒れ果てた荒野で泣き、栄えた国で笑い、長らく世界を人と共に歩いてきたアリシアを見た俺だけなのだろう。
「翔生……もういいよ、この子に向かっても翔生が痛い思いをするだけだよ。彼女は一流のマーダーなんだよ」
アリシアは何か感慨深そうに翔生の服を掴むが、その手を翔生は振り払った。
「俺たちと何も変わらないね、ただ少し特殊なだけだ。それは人外ではあるだろうよ、だけどただそれだけだ」
「…………呆れて何も言えませんわ……貴方とはきっと何を言っても平行線でしょうね」
再び下ろした刀を上げる。
「人を平気で殺すような奴の言う事なんて信じるかよ」
想像する、理想の自分を。
別人の身体をインストールしたかのような感覚。
さっき見た二人の"動き"を復元。
それだけじゃ足りない。
その動きを凌駕する自分でなければならない。
相手は刃物を持っている。
それもコンクリートの壁を易々と斬ってしまう程の切れ味だ。
鋼鉄の身体をもイメージする。
頭痛と目眩が更に酷くなった。
「見るからに冴えない貴方のような素人を斬りたくないですが、仕方なしですわね」
刀を向け、突貫してきた。
その早さはまるで、プロ野球選手の投げたボールのようだった。
それを上に跳び紙一重で避け、天井を脚で蹴り瞬間速度を上げ、殴りかかる。
背中を完全に取っていても、それだけの条件じゃ指一本触れられない。
金髪の少女は弧を描く様に滑らかに刀を振り、翔生を拒絶した。
目にも止まらぬ速度の斬撃、翔生の身体から数箇所、血が噴きでる。
「ぐっ……!」
浅い傷で助かった。
金髪の少女は不思議な顔をして追撃を止めた。
「貴方なんですの?今のは電柱もバラバラにする勢いでしたのに」
「電柱よりは硬いって事だろ」
「それにその動き、お兄様みたいで気持ち悪いですわね」
想像したのが禾音の動きだった為か、動きまで同じと感じられてしまったらしい。
「お兄様の友達なら手加減などいらないと言う事かしら?」
さっきと同じ突貫の構えで向かってくる。
「ハッ!!」
鋭い突きを今度は体勢を低くして避ける。
「(きっと二度目は能力を使う)」
二度も見知らぬ素人同然の男に攻撃を避けられた事は彼女にとって屈辱だった。
反射的に警戒意識が出てしまい、金髪の少女は能力を使用する。
風が吹いた。