鏡の国の
目が覚めた時、最初に見えた光景は樽宮市の街並みだった。
高級感漂う飾り物と、部屋の雰囲気、窓から見る景色は20階建てのビルから見下ろしたかのような光の粒。
どうやらベッドで横になっていたらしい。
「いてて……何処だ……?此処は」
顎に痛みが走る。
「……アリシア!?」
辺りを見渡しても少女の姿は見当たらない、意識が薄れる寸前に聞いたあの金色の獣のような男が言った言葉を思いだす。
『殺すゾ』
「まさか……!」
飛び上がった瞬間、ドアが開いた。
「翔生!」
急に抱きついてきた少女を抱き止める事も出来ずに、ベッドへと押し戻された。
「アリシア……無事だったのか」
「痛いとこはない?」
顔が近い。
「何顔赤くなってんダ?」
別の声がする方を見ると、さっきまで殺意満々だった金髪の獣じみた男が立っていた。
「お前……!」
「待って翔生、ここまで運んでくれたのは禾音君なんだよ?」
「禾音?」
「ソ、如月禾音、如月カンパニーって言えばわかるか?そこのシャッチョサンの息子ダ」
如月カンパニーと言えば、この樽宮市では一番大きいビルを構えている大企業の有名な一族だ。
「いきなり襲ってきた奴がこんな所に連れてきて、何をするつもりだ」
「アー……謝るからさ、ナ?」
誠意が伝わってこないのはこの男の人柄なのだろうか。
「あのね、翔生」
「ん?」
「禾音君は、妹を探してたんだって!」
「妹?」
「でもね、Chainになってから様子が変になって気付いた時には……」
「人を殺し歩いてるんだヨ、家にも帰らないデ」
「じ、じゃあ……あの死体は?」
「一つは妹が殺しテ、もう一つはその現場を見た奴を俺が殺しタ」
「お前も結局は人を殺してるのか?」
「ンー?そういう事になるなァ、でもお仕事だからサ」
「仕事?」
「如月カンパニーに癌となる部分は俺が片付けるのサ、今回の妹の件だってそうサ、社長令嬢が人殺しなんて報道されちゃ、如月グループは終わりだネ」
「だからと言って、息子に人殺しなんてどうかしてる!!」
「ソ、どうかしてるんだこの家、でも如月は家に縛られ続ける……永遠ニ」
「俺にはわかんないな」
「わかってもらおうとは思わないサ。さて……我が如月一族ご自慢の殺戮姫、如月亞莉子は何処かナ?アリシアちゃン」
「あの時感じた痛々しい叫び……聞こえるよ」
あの時言ってた声ってのは、禾音の能力ではなかったみたいだ。
「痛々しいねェ……」
「かなり近いみたい……」
「アー、やっぱりカー」
二人は何かに気付いたようで、動こうとはしない。
「どうしたんだ?」
キィィィィィィィ。
耳に響く甲高い音がドアの向こうからゆっくりと近づいてきている。
何かを引っ掛けながら来てるようだ。
「妹だな、コリャ」
この男には珍しく、心底困った顔をしている。
耳障りな音が更に大きな音をたてて――――壁が斬れた。
それ以外に表現の仕方がわからない。
綺麗に正方形型の壁が倒れ、その向こうには、床から少女の肩ほどもある長い日本刀を握る金色のツインテールの女の子がいた。
「ヨ、亞莉子」
「こうしてお話するのはお久しぶりですわね、お兄様」
「来ると思ってたヨ」
「私 も、ここにお兄様がその少女を匿っていると思いましたわ」
「なんでこの子を探してたんダ?」
「如月の犬であるお兄様にはこの子の価値はわからないでしょう?」
「わン」
まただ、またワールドエンドを知っている人間が現れた。
彼女の存在はこの世界では"存在しない"ハズなのに。
「私はその子を回収して、あの方の元へ持っていかないといきませんの」
あの方?
「俺も亞莉子を回収しないといけないんだヨー。頼むからお兄ちゃんの言う事聞いてくレ」
「相変わらずですわね。力ずくになりましてよ?」
「だよなァ」
亞莉子が刀を構え、禾音の目も鋭くなった。
「こんな足場の悪い場所じゃ不利じゃなくて?お兄様の重力移動じゃ、この床は持ちませんわよ」
「如月妹、そのある方って神代か?」
俺は昨日聞いたばかりの、男の名を口にした。
その名前を聞いた途端に亞莉子の顔が変わり、風が吹いた。
「なんで貴方のような下郎がその名前を知っているんですの?貴方誰ですの?」
強く拒絶する顔、しかしここで引くわけには勿論いかない。
理想を象る。
たった2回使っただけで、随分と慣れたのかもしれない。
スポーツでもそうだが、やはり実戦というのは何よりも必要な経験だな。
「禾音、俺もこの妹さんに用事がある」
「お前、動けるのカ?」
神代って男の手掛かりが思ったよりも早く見つかった。
「痛みは理想で越える」