金色の獣
アリシアの性質上、近場での能力は感知できるらしく、その性質をあてにしてその正体を突き止めることにした。
「Chainってのは全て例外なく敵って訳じゃないんだろ?」
「うん、だけど変な感じがするの」
「変な感じ?」
「何て言えばいいかわからないけど、とても痛々しい叫びだった」
「ふぅん……そんな事までわかるのか」
アリシアの話によると、ここから反応があったらしいが……。
「ウチの学校じゃねぇかよ……」
私立 小波学園、伝統のある学校として有名であるが建物自体は6年前に工事によって新校舎となっている。
「こっち!」
「あ、おい!」
校門から中庭の方へと向かうアリシアを追いかけ、そこで立ち止まる。
「なんだこれ……」
猟奇的、そう感じた。
暗くてよく見えないが、きっと死体は二つ。
腕が地面に吸い込まれたように突き刺さり、足が木の枝に引っかかっている。
これを死体と言わずして何と言うのだろうか。
その中心にはこの暗闇でもハッキリとわかる金の髪の青年。
歳は同じくらいだろうか、長く伸びた金の髪に肌蹴たYシャツ、ズボンは闇に溶けている様に黒く、腰に銀の逆十字がぶら下がっていた。
捕食動物のような鋭い瞳が俺とアリシアを捉えた。
「ン?随分と今日は客が多いナ」
――身体が動かない、目の前の異常な光景に吐き気がしたが、そんな場合じゃない。
この男はきっと俺たちを殺す、そう確信した。
ゆっくりと歩み寄ってくる男、後退りさえ出来ない。
「な、何してたんだよお前」
やっとの事で紡いだ言葉は恐怖で震えていた。
「何って言われてもなァ」
金髪の男は困ったように死体を見て。
「死体が二つあるナ」
何の感慨もなく、何の抵抗もなく、ソレを蹴飛ばした。
「貴方が能力を使ったの?」
「ア?」
アリシアがいつの間にか前へ出て、男と話していた。
「ンー?なんだこのすげー美少女?外人?」
「アリシア!下がれ!」
俺は最大限の声でアリシアへと叫んだ。
「アー、アリシアちゃんって言うのかァ、へぇー探査系の能力?」
男は目の前の少女と話し続ける。
「いいなァ、探査系。俺もこんな能力じゃなくて探査系が良かったヨー、そこの転がってる男なんて俺に向かって何て言ったと思ウ?マーダーだってヨ、失礼な奴だよナー。俺は狂ってなんかねぇのにサ」
「何の為にこんな事したの?場合によっては世界のバランスを乱したと私は判断します」
そんなアリシアの声も全然響いていないようだ。
「バランスねェ……そんなもんこの世界にあるのかネ。何の為って言われても色々あるシー。まぁいいか……警察に言われても面倒くさいシ?死んでもらおうかナ?」
男は金色の髪を揺らしながら疾走した。
迅速、文字通りの速さだった。
木を蹴り、アリシアを越え、翔生の首を掴みかかる、目の前の少女よりも男から始末するという見事なまでに慣れた思考回路だった。
「あっ……がっ」
首を絞められ、視界が赤く染まる。
目の前の男の握力は、まるで万力で絞められているかのようだった。
「翔生!」
アリシアが駆け寄ってくる。
「馬……鹿がっ!逃げ……ろ!!」
逃げろ?逃がしてどうする?こんな化け物みたいな奴から逃げれるのか?アイツ一人で。
一人……?待てよ?
ブラックアウトしそうな視界の中、急に何かが引っかかった。
身体は言う事を聞かないが思考回路は正常に作動する。
さっきからこの男は"自分が殺した"とはハッキリ言っていない。
それに、何か隠しているような"うやむや"な回答だった。
「お……前の……他に……誰が…………いた?」
「ア?」
急に力を込められていた手が緩み、開放された。
「がはっ……げほっごほっ……はぁ……はぁ……」
ありったけの酸素を補充したが、赤みの掛かった視界の回復にはまだかかりそうだ。
「なんで知ってんダ?ここに俺以外の人間がいた事」
男は素直に驚いた顔をしていた。
「アリシア、Chainってのは複数の能力を持つことが可能か?」
「え?ううん、そんなのは例外すぎて聞いたことがない……かな?」
「あの死体、地面に埋まってる死体と、切断された死体の二つがある。どちらも性質上全く別だ、そう考えればもう一人、誰かいたって不自然じゃないだろ」
一か八かの出鱈目を言ってみて本当によかった。
視界は徐々に良好になっている。
酸素が足りなく、身体に力が入らなかったがそれも回復していた。
「へェ、頭はいいのカ」
男は関心したように、もう一度翔生へと手を伸ばす。
これだけ時間を稼げば十分だった。
想像する。
さっきの男を、自分を。
――――理想を越えるんだ。
身体中の血液が沸騰するような錯覚。
男の手から一瞬で逃れ、アリシアを抱きかかえて移動した。
「翔生?」
「今回はちゃんと下がってろよ」
「へェ、やっぱりChainだったカ」
怖い、恐怖が身体を支配している、だが先ほど男に掴まれて意識が遠のく時に感じたものよりは遥かに軽い。
「俺と同じくらい早いナ」
男も疾走する、その姿を目で追い、距離を取りながらスキを伺う。
「でもなァ、早いだけじゃ駄目ダ」
男は急に止まり、哂う。
知ってる、この顔は自分が常に優越だと疑わない顔だ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「翔生!駄目!!」
拳を作り、男の顔の前で――――スローになった。
周りの風景は変わらず、目の前の男の身体には遅延した様子がない。
「なんだ……?これ……?」
自分の身体だけが遅延している。体内時間も問題がない、身体が思うように動かなかった。
「ハハハハハ!馬鹿だナ?自分で二つ能力がどうこうって言ってただロ?俺の能力が身体能力強化だとでも思ったのカ?とんだお気楽ご都合主義だナ」
完全にそう思っていた。
あんな速度で動けるのは能力だと、勝手に決め付けていた。
「残念だったナ、素人。俺の重力からは逃れられないゾ」
男は移動する方向に対して、逆の力の重力をかけ、物体が動く力の働きを相殺していた。
「死んでくレ」
男の拳には重力の渦が巻いている。
その拳が振り下ろされる刹那。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
まだ、理想を追っていた。
この重力を越える速度と力、世界の理から外れる規格外。
「ンだよ……それ」
男の拳より早く、男の顔へと腕を伸ばす。
「!?がはっ」
「ぐッ……!!」
翔生の想像以上に、男のパンチは早かったようで掠ってしまった。
軽く掠っただけのハズが、軽い脳震盪になっていて、足から力が抜けて倒れてしまった。
まともに喰らっていたらと思うと寒気がする。
男の方を見ると、男は片膝をついていた。
男にも翔生の拳が効いているようだ。
「……ッ……ス……!!」
男は片膝をついたまま、独り言のように何かを呟き続けている。
「ブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロスブッコロス」
呪文のように紡がれる負の感情が翔生に向けられた。
男は立ち上がり、また歩み寄ってくる。
これが、実戦の違いだろうか?
翔生は意識を保つ事に精一杯で、立ち上がることも出来なかった。
「待って!」
アリシアがまた何か言っているようだ。
意識が薄れ始めていく。
「黙レ、殺すゾ」
「あなたの探してる人、私なら見つけれるかもしれないよ?」
世界は誰に対しても平等に手を差し伸べるんだ。