廻り始めた世界
「私の事見えるんだねって……はは、どういう意味だよ」
額から変な汗が出た。
周りの風景は、ただ日常を映して流れていく。
何も変わらないハズだ
現に何も変わっていない。
それなのに身体が震える。まるで白昼にお化けでも見たような。
そう……お化け?
「そのまんまの意味だよ、私を見える人は私を救ってくれる人。そうでしょ?」
通行人が俺達を腫れ物でも見るような目で見る。
いや、正確には"俺"だけを見ている。
目の前の少女……と言っても同じ位な年の訳だが、絶世の美女と言っても過言ではないこの子の方が人目を引くハズなのだが。
どういう訳か、通行人は俺だけを、見ては見ぬ振りして遠ざかっていく。
「なんなんだ……?」
まるで他の人には彼女は存在していないように、この女の子は明らかに現実離れしていた。
「初めまして、世界の救世主さん?私は世界、ワールドエンドと言います。これからよろしくね?」
電波だ、完全に現実を見失っている。この子はどこか頭が可笑しい子なんだ、可哀想に。
「面白い遊びをしているね。でも俺は暇じゃないからまた今度」
「え、ええ!?あ!そっか……えっと……人間にはハルマゲドンって言った方が早いのかな?あれ?あれれ?」
「……」
「ひどいっ!!商品裏のバーコードでも眺めるかのような眼差し!?」
どうやら世界とやらは俗物に染まりきっているらしい。
この調子じゃ当分先までこの世界は安泰だ。
早める足に必死に謎の少女は付いて来る。
「信じてください!たしかに今までの危機を救ってくれた方も、最初は似たような反応をしていました。だけどあんまりです……」
俺の他に何人に声を掛けているんだこいつ。
「あ、あの!聞いてます?無視ですか!?あれ?見えてない?おーい!ここですよー!」
そう言って目の前で両手を広げて振り回している。
「あの……本当に迷惑だからやめてくれよ。君といると目立って仕方ない。同じ学校の人に出会って変な噂が立つのも嫌なんだ」
少女は首を傾げて微笑んだ。
「大丈夫です。私を見えている人は貴方だけですよ?彩瀬翔生さん」
「いい病院を紹介しよ……なんで俺の名前知ってるんだ?」
得意げに目の前の少女は胸を張って答えた。
「彩瀬翔生、17歳。私立 小波学園2年生、文武両道、バスケットボールが仕事の現実主義者」
「え……?」
「小学4年生の頃に両親が海外へ、それ以来一人暮らし。妹は完全寮制の14歳、趣味は暴力」
おいおい。
「世界を変えたいと願う貴方の救済を、私、ワールドエンドは承諾します」
何者だ?この女、俺のことは兎も角、妹の事を知っているのはごく一部のハズ。
「私はワールドエンド、世界の終焉。人は私を神と呼び、宇宙と呼び、空気と呼び、歴史と呼び」
少女が白く輝きだす。
その異様な姿にも、歩み往く人々の視線は止まらない。
「世界と呼びます。さぁ、手を」
白く伸びた腕が、俺に向かって差し出される。
握ってしまいたくなる美しさに惑わされ……。
手を伸ばそうとした刹那、その手は宙を握った。
「え?」
「え?」
目の前に出現する、異質な球体。
急に出現したその黒い球体が少女を丸ごと飲み込んだ。
少女は、一瞬にして消え去ってしまったのだ。
「あ、れ?」
たしかに存在したハズだ。
一瞬の事で頭が状況に付いていけていない。
「あ、あの!今ここにいた女の子何処に行きましたか!?」
気が動転してか、近くにいた通行人に俺は尋ねていた。
今、目の前で起きた出来事は、とてもじゃないが信じ難い。
すると、通行人の男は変なものでも見るかのように答えた。
「君さっきから一人で何喋ってるんだ?」
……っ!?
「な、何言ってんですか……今いたでしょう?一緒に俺と話していた……白い髪の……綺麗な女の子が……」
白い髪の?綺麗な女の子?
果たしてそんな現実離れした女の子が、存在したのだろうか?
男は首を傾げて、これ以上は時間の無駄と察したのか、何も言わずに去って行った。
日常が崩れていく予感がした。
間違いなくイレギュラー。
日常を狂わすだけの出来事を確信した。
それでも。
『これが夢なら』と、そう願えなかった。
「……なんだったんだ?あの子」
『現在、樽宮市で起きている連続窃盗事件ですが、未だ犯人の消息は掴めていない模様です。警察によりますと、この事件には大規模な窃盗グループの関与が背景にあると見ているようです』
街中のスクーンが映し出すのは、毎度のごとく同じようなニュース。
女の子、黒い塊、世界の救済
考えれば考えるほど真実味がなく、本当に白昼夢だったのかもしれない。
何とも言い換えられない違和感だけを胸に、ただ帰宅する他なく、彩瀬翔生の一日は終わりを告げてしまう。