意識共有
何の障害物も無い平地で、二人は対峙していた。
一人は自分の身長よりも長い薙刀を構え、もう一人は何も持たずして、その長いエモノを持つ人物を圧倒するように。
両者は血も出さずに、5分ほど攻守を展開し続けた。
翔生は、もう一度あの金色の獣、如月禾音の言葉を思い出す。
話によると、高速移動と凶暴な攻撃性を備えているハズだった。
それなのに、それらしい動作を見せていないどころか、決め手となる有効打は一切来なかった。
身体能力そのものは、やはり人の領域を超えているが、瞬間移動という評価までには至らない。
奥の手を隠し続ける事に意味はあるのだろうか。
「なんで人を殺すんだ」
「……」
「そんな事に何の意味があるっていうんだよ」
諭すように、俺は聞いた、この通り魔に。
「……」
仮面の通り魔は答えない。
「20人も人を殺して、まだそれを続けようとするお前……異常だよ」
通り魔は一歩下がった。
翔生という存在を拒絶するように、更にもう一歩。
「逃がさないぞ」
一気に距離を詰めて、また激しい攻防が始まる。
薙刀では対処しきれないらしく、通り魔は完全に後手にまわっていた。
「お前は、神代という男を知っているのか?」
「……」
未だに黙ったまま。
その顔目掛けて、一瞬の怯みを突いて。
「言っただろ、剥がしてやるってッッ!」
渾身の一撃が仮面に当たる。
通り魔は地面に叩きつけられるように転がり、頬を押さえた。
ピキピキと仮面が崩れていく。
「素顔を見せろ!」
黒くて長い髪が垂れて、真っ白く美しい肌が露出する。
「お前……」
と、続けて言おうとしたときに、翔生の視界が反転した。
「えっ?」
一瞬のことで理解が出来ない。
床に這いつくばっているのは自分だった。
通り魔の方を見ると、顔を両手で隠して座り込んでいるだけで、何かしたとは考えられない。
立ち上がると、アリシアの方にまた一人別の人間が立っていた。
しまった――。
もう一人いるという事は事前に知っていた情報だったのに。
「へぇ、ワールドエンドってこんな可愛い子なんだ」
暗くて顔が見れないが、若い男の声のようだ。
翔生はアリシアの方へ駆け寄ろうとすると、背中に寒気が走った。
一瞬の出来事、これはきっと、高速移動と呼ぶにふさわしい出来事だった。
アリシアの方にいた男は視界から消えて、後ろにいた。
「悪くない反応速度だ」
「!?」
振り向くと男はいない、弄んでいるかのように常に翔生の死角へと移動しているようだ。
きっと、こいつが禾音の言っていた男なのだろう。
全く敵意を見せてこない謎の男に俺は聞いた。
「お前達……神代という男を知らないか?」
その名前を聞いて謎の男が最初に反応した。
「ん? なんでその名前を……ってそうか。亞莉子さんと」
如月亞莉子を知っているという事は間違いない。
「やっぱり……お前ら"組織"の奴らか」
俺は未だ得体の知れない能力を持つ男に警戒しつつ、出来るだけ多くの情報を聞いて時間を稼ぐしかなかった。
「"組織"……か、それはいい表現だな。一緒になって共同して、何かを成し遂げるという姿は"組織"そのものなのかもしれない」
「……?」
「しかし、目的はまるで別々、世界を削るなんて正気の沙汰としか思えないね僕は」
「俺もそう思うね」
「言うならば、僕たちはあの男に魅せられているのかもしれないね。能力者という存在を消す事を可能に出来るらしい唯一のイレギュラー、それが神代元遂という男だ」
「世界の意志とも言われるワールドエンドすら出来ない事をただの人間が出来るとでも思っているのか?」
「出来ないね、出来るはずがないよ」
男はまるで自分達を馬鹿にするかのように嘲笑って答えた。
「じゃあ、お前は何の為にそいつといるんだ?」
「一つの世界の終わりを見てみたいだけだよ僕は、そこに忠誠心もないし、その犠牲への罪悪感もない」
根本的に人間としての軸が違っているのさ、と付け加えた。
「一つの世界?」
「彼の世界と、その子の世界。どっちが先に狂ってしまうのか、神代の願いを叶えられなかった時にあの男はどうなるのか、その子の世界を壊した時にどうなるのか……それにしか興味がないんだ」
値踏みするかのような甘い声でアリシアを指差している。
「そんな事させねぇ。お前らは知らないんだ、アイツが、アリシアがどれだけ辛い思いをしてきたか。自分の本当の名前も忘れて、自分がなんだったのかもわからず、永遠と数百年を彷徨ってただ世界の傍観者として、誰にも関わりを持てずにいたアリシアの事なんか……」
「へぇ、信じ難い事実だったが、やっぱりその子は特別なんだ……じゃあさ」
君はさ。
「その子に何が出来るんだい? 何をしたいんだい? ただの人間の君に、ただのChainという能力者でしかない君が、彼女を救えるだなんて思っているのかい?」
男は翔生の正面に立ち、その姿を晒して一言を放った。
「自分だけが特別だと、そう思っているんじゃないのか? 選ばれたと、自分だけだと」
「お、お前……!」
「君はただ、何らかの間違いで手に入れた因果を自分だけのものとし、ありもしない使命感で右往左往してるだけにしか思えないんだよ……彩瀬 翔生」
知っている顔があった。
中世的な顔立ちに、男にしては長い髪、それほど大きくはない身長、もっと冷静に声を聞いていればわかっていたかもしれない。
「石動ルイ……っ!」
「君だけが特別だなんて思わない事だよ」
正面には、石動ルイ。
真後ろにはいつの間にか薙刀を構えた、半壊した仮面をつけた通り魔が立っていた。
「変わった能力だね、彩瀬君。強力な肉体強化のようだけど……諸事情でさっき来たばかりだから、あまり君の能力を見ることが出来なかったのは残念だよ」
「俺のなんかより、よっぽどお前の能力の方が変わってるだろ、石動」
「まぁね」
と謙遜する様子もなく笑うが、隙が全く無い。
どれだけの速度で逃げようが、石動ルイからは逃げられない気がする、禾音の言ってた嫌でもわかるとはこういう事だったのだろうか。
「人にはいくつもの対処の出来ない位置が存在する。前を見ていたら後ろ、上を見ていたら下。そこを死角と呼んで、生物である以上最大の弱点になる。僕の能力はDead Spotと言われていてね。人の死角に自由に入り込むものだ」
「高速移動に見えるのはその能力のせいってわけか、そこの通り魔も同じ能力なのか?」
「……」
通り魔は一言も発せず、代わりに石動が答えた。
「その子は意識共有者、Double Shareと呼ばれる能力者さ。僕に意識を共鳴させて、僕の見ている風景、体感などの世界を自分の身に宿すものだ」
そう言って、ポケットから折りたたみのナイフを取り出して、自分の手首を斬り付けた。
「痛っ」
と、正真正銘、後ろから女の声がした。
石動は流れ出る血を舐めて、手の中でナイフを踊らせた。
「ね?」
石動ルイの痛覚までも、通り魔には自身に起きた現象と認識されたようだ。
「さて、殺しあおうか? 彩瀬君、ワールドエンドを助けたいんだろう?」
2体1は圧倒的に不利だ……どうすればこの状況を打破できる?
いくら考えても思いつかない、自分の力を過信する実績もない今のままでは、追い詰められているだけだ。
これは……終わりなのか……?
「ちース」
「禾音!?」
「あぁ、こないだ殺し損ねた重力使いか」
「……!」
余裕ぶった態度とは裏腹に、金色の獣は石動ルイしか見ていなかった。