日常の死角
左足首骨折。
委員長の怪我は全治3週間らしい。
クラスの皆は委員長の怪我を影で嘲笑っているようだ
『ざまぁみろ』と。
委員長が怪我をしても、誰も心配しない、誰も近寄らない。
委員長は、孤独なのだ。
ホームルームが終わると、担任の体育教師が委員長の白崎 祈繰を呼んだ。
「白崎、少し話があるから職員室に先生と一緒に来なさい」
「……はい」
そのまま、委員長は教師と教室を出て行く、と同時に教室内は待っていたかのように白崎祈繰の話題で溢れかえる。
「夜遊びでもして怪我したって噂だよ? あの真面目人間」
「私たちにいつも規則がどうの言ってるから罰が下ったんじゃない?」
「いい気味だよね」
「ちょっとぉ、それ言いすぎじゃない?」
不細工な笑い声が教室で響き渡った。
別に委員長とは仲良くないが、こういうのはあまり聞いてて気持ちの良いものじゃないな。
鞄を取り、席を立って、一刻も早くこの場を立ち去ろうとした翔生だったが、机を叩く大きな音で立ち止まった。
バンッと力一杯に机に張り手をしたような音。
その音に教室も静まり返る。
「お前ら何考えてんだよ、クラスメイトが怪我して笑ってるって……!!」
忘れていた、井上隆二はこういう事に関しては人一倍に感情的になる。
「ち、ちょっと……井上君、別にそこまで怒る事じゃなくない?」
「そ、そうよ。井上君だって毎日注意されてるじゃない。あのお節介委員長に」
隆二の行動が意外だったのか、教室中は戸惑いの声でざわめく。
「委員長はいつも誰かの為に頑張ってんだよ。お前らは都合の悪い事を言われて目の仇にしてるんだろうけどな」
「そ、そんなつもりじゃ……」
でも、反論はしない。
井上隆二という男がどれだけ怖いのか、それをこの教室のみんなは何となく感じ取っていた。
クラスのリーダー的存在の隆二を敵に回す。
それは学生ならば、楽しい学園生活を過ごし終わる為には、絶対に避けなければならないプロセスだからだ。
「お前ら委員長に余所余所しいんじゃねえのか?……なんつーか、俺はそういうの……」
嫌だ。
「嫌だ」
と言って、隆二も鞄を取り、教室から出て行こうとする。
「い、井上君」
さっき反論しようとした女子生徒が教室を出て行こうとする隆二に声をかけた。
「ご、ごめんね。私たちが悪かった……その……」
「おう」
その声を聞き、隆二は笑顔で答えた。
もう明日からは大丈夫だろうと、確信するように。
女子生徒は安心したように、またねと手を振り教室はいつも通りの騒がしい放課後に戻った。
ただ一人を除いて。
「そんな事だけじゃ、世界は何も変わらないのに」
クラスメイトの石動ルイだけが、終始手元の本から眼を離さなかった。
校門から出ると、高級車が一台止まっている。
校門を塞ぐように一台。
百獣の王を連想させる金色の長い髪を靡かせて、如月禾音は存在した。
「何か進展はあったって事か?」
殺気の混じった笑みで、禾音は後部座席のドアを開ける。
「送ってくヨ」
2回目でもこの座り心地は落ち着かない、前を見ると相も変わらず専属の運転手は何も喋らず、自分の仕事をただ真っ当している。
「ハンターにあった……と思ウ」
思う?
「まぁ、ありゃあハンターだろうナ、多分」
「多分って目撃情報とは印象でも違ったのか?」
禾音は足を組んで、面倒くさそうに続けた。
「いや、あれはハンターで間違いは無イ。長い薙刀を悠長に構えてると思ったら変則的な動きで間合いを詰めてきやがっタ」
「変則的?」
「なんか瞬間移動みたいなもんだナ」
「そんな能力も有りなのか……」
「反則だロ。エルメスのスーツが破かれたからナ、少しやり過ぎちまったヨ」
「やり過ぎた?」
「最近イライラしてたからナー。力いっぱい重力で押しつぶしてやったヨ、まぁ掠った程度だったけド」
と、落ち着かないのか何度も足を組み直す。
「何か不満でもあるのか?さっきから落ち着かないようだけど」
ちっと舌打ちをして、鋭い目付きが一層鋭くなる、気付かれないと思ったのだろうか? 最初に出会った時もそうだが、顔に出やすい性格だぞお前。
「ハンターはもういい、興味が無くなっタ。問題なのは、途中から出てきた奴ダ」
そう言って、自分の襟を掴み肌を露出させたそこには赤く滲む包帯が巻かれてあった。
「一歩間違えれば頚動脈と一緒に命とお別れだっタ」
それは、きっと敗北を意味する。
「途中から出て来たという事はハンターの仲間?」
「さぁな、そいつに手一杯で、ハンターを逃したから……仲間って事かも知れないナ。 ……ソイツも瞬間移動みてーなもんだっタ」
「同じ能力?」
「厳密に言うと違うナ、ハンターは若干だが、タイムラグがあっタ。いないと思ったら、近くに居るってのは対処に困らねェ、だけどもう一人の男は違う、あれは死角にしかいない」
「死角……?」
「何も感じない、対峙しているのにいなイ。わかるカ? もう最初からそこにはいなかったような、まるで存在しないようナ……アー、まぁいいか、襲われてた女子高生を救っちゃう正義のヒーローにもなれたし? ……やっぱよくねぇな。」
説明が面倒だと頭を掻いて、何も喋らなくなった。
それと同時に、計ったかのように家の前に着く。
運転手はドアを開けて、一礼をした。
「もし今の話に聞いたような奴がいたらすぐに知らせロ」
「今の話じゃわかんないけどな」
「わかるヨ、嫌ってくらいにな」
ドアが閉まり、窓が少し開いて、金色の獣は短く。
「それと、ハンターは女だったゼ」
と付け足した。
家に着くとアリシアは寝ていた。
テレビではいつも通りに面白くも無いニュースがやっている。
「臨時ニュースです。連続通り魔が―――」
如月の重力とやらは、案外当てにならないようだ。