狩猟者
「何の用だよ、学校にまで来て」
「まァ、家まで送ってくからサ、車に乗れヨ」
そう言って、停まっていた高級車のドアを専属の運転手が開ける。
仲間になった覚えはないが、何か神代の情報が聞けるのかもしれない。
如月妹の事とアリシアの事で、互いの利害関係が一致してるのは間違いないだろう。
警戒しつつも、俺は後ろの座席に乗る。
高級車に乗るのは初めてだ、後部座席は一つの部屋のようになっていて、一般人の俺には別世界のような感覚だった。
「落ち着かないカ?」
広々とした後部座席に禾音も座り、優雅に脚を組む。
車は動き出し、窓は下校中の生徒の群れを映し出す。
「最近街で起きてる事件は知ってるカ?」
事件?
ここ3日間は何もニュースを見てないからわからない、何かあったのだろうか。
「おいおい……通り魔事件だヨ、知らないのカ?」
「そんな事件、一週間前位に見た気がするな」
もう捕まっているとばかり思っていた。
「そう、その事件は現在進行形らしくてナ、能力者で編成された国家の部隊でもお手上げだそうダ」
「能力者で編成された国家の部隊?そんなものまであるのか?」
「ア? 常識だゾ? 犯罪者の6割が能力者だしナ。そんな人外に生身の人間で立ち向かうほど頭悪くはねぇヨ」
「それは何となく疑問だったけど、国家レベルでそんな事を隠していたのか」
「アイツらにはお世話になるなヨ、俺は何回も追いかけられたけど、結構面倒くせェ」
追いかけられるような事してんじゃねぇよ。
「まァ、その通り魔が能力者らしくてナ。しかもかなりのマーダーちゃんと来たもんダ、何か神代とかいう組織の奴らの手掛かりがわかるかも知れないゾ」
「そんな話をなんで俺にするんだ?」
もうそろそろ家に着きそうだ。
「こないだ巻き込んだお礼ダ」
顔に似合わず義理堅い男なのかもしれない。
「……ありがとう。その能力者を探してみるよ」
「最近感謝される事にハマってるんだ。悪い気はしねぇナ」
と言って下品に笑う禾音。
「もう家はすぐだからここで下ろしてくれ。これ以上の話はないみたいだしな」
「だとヨ、運転手」
その声と同時に車が停まり、ドアが開く。
「気をつけろヨ。能力者の間じゃハンターなんて言われてるからナ。俺も会ってみたいんだが中々出会えないしよォ」
ハンターか。
とりあえず、その能力者に会わないと次の手掛かりは掴めそうにないのかもしれない。
「またナ」
と言い残して金色の獣を乗せた車は去っていく。
家に戻ると、玄関までアリシアが迎えに来てくれた。
「おかえりー」
「ただいま。何か変わったことはなかったか?」
「特になかったよ」
それは良かった。
「さっき如月の兄の方と会ってたよ」
「禾音君と?」
アリシアはビスケット食べながらソファーで横になってテレビを見ている。
……くつろいでるなぁ。
「なんでも、最近この街で通り魔がいるんだとよ。それも能力を使うような」
「本当にいつの時代も変わらないね、そういうトコ」
何の思い入れもなく、アリシアはそう呟いた。
「やっぱりそんなものなのか?」
「特別な力を持ったらみーんな使いたがるの。それが何に使われてるかは把握出来ないけど、大体は常識を無視する事にだね」
「人間ってのは傲慢だな」
「ごーまんごーまん」
何かに祈るように手を合わせて繰り返す。
ごーまん、ごーまん。
「それで、その通り魔をどうするの?」
「神代って奴の事が少しでもわかるなら探しに行こうと思う」
「翔生は偉いね! 働き屋さんだね!」
誰の為だと思ってやがる。
夕食はカツ丼。
「凄い! 凄いぞ! カツ!」
夢中でカツ丼を食べるアリシア。
「おいおい、カツ丼は逃げないんだからちゃんと噛んで食べろよ」
丼からカツが滑り落ちて宙を舞う。
「逃げた!?」
それを恐るべき反射神経で、箸を使ってキャッチ。
「危なかったー」
結論、カツ丼は逃げます。
夕食を食べ終えて、アリシアを連れて外へ出る。
「カツ丼凄く美味しかった!」
「さっきからそれしか言ってないな」
「うん?」
食欲旺盛な奴だ。
「さて、と」
アリシアの察知能力だけを頼りに散歩でもするか。
この住宅街では人気が多いから目立って行動しないハズだ、少し離れた港まで歩くとしよう。
10分経過。
「こないだのカレーは凄く美味しかったね!」
「ほうほう」
20分経過。
「でもカツが一番かな?」
「へぇ」
30分経過。
「あ、どっちも合わせてみよう! カツカレー……なんちゃって!」
上手い具合に繋げたつもりだろうが、それはもうあるぞ。
「というか……このクソ暑い外を30分歩いて来たはいいけど、やっぱり何もないな!」
「私は楽しかったよ?」
お前は30分間食べ物の話(カレーとカツ)しかしてなかっただろ。
港は随分と静かだった。
事件が起こっているのがここら辺だから、もしかしたらと思ったんだけどなぁ。
本日何回目だろうか、巡回のパトカー。
……流石に通り魔も警戒するよな。
「帰るぞアリシア」
「あ、うん」
俺たち二人は大人しく帰って寝る事にした。
それから毎日巡回をしてはアリシアから晩御飯の話を聞かされる。
金曜日、つまり巡回から4日目の朝。
アリシアと出会って1週間が経った日の事だった。
委員長が――
――松葉杖を突いて教室に入ってきた。