優等生
ふざける隆二の首を絞めていると別の声がした。
「彩瀬君、もう少し静かにしてもらえる?」
声をかけてきたのは、このクラスの委員長。
白崎 祈繰さんだった。
少し長い三つ編み、綺麗に揃えられた前髪、縁無し眼鏡の完璧優等生。
付いたあだ名は数知れず、学年全体では恐怖の対象となっている真面目な生徒だった。
「あぁ、悪いな。これも校則違反なのか?」
俺は何気なく、少し悪戯に尋ねてみただけなのだが、周りの生徒からは驚愕と奇胎の声が入り乱れる。
つまりはみんな、この白崎という委員長が怖いのである。
何かあれば校則違反だの、罰則だと騒ぎ立てる生徒が嫌われるのは今の時代当たり前だろう。
「いいえ、校則違反ではないわ。但し要注意の項目に該当するのだけども……ただ」
冷ややかな視線が翔生を見つめる。
なるほど、初めて注意されたがその目はあまり気持ちの良いものではないな。
「ただ?」
「学業優秀、授業態度優秀、スポーツ万能、生活面も良しの優等生彩瀬翔生君が悪巫山戯だなんて珍しいと思って」
「悪いな、コイツがあまりにも俺をからかうからつい」
と絞めていた首を開放してやった。
「マジで死ぬかと思ったぜ……」
「井上君、今日の2時間目と4時間目また寝てたでしょ?」
「……ごめん委員長、あれは俺じゃなくて俺の分身なんだ」
「は?」
真面目な顔の隆二に委員長が眉を寄せた。
おい隆二、お前自分で何言ってるのか理解してるのか。
「俺はあの時、この世界を守る為に別の場所で死闘を繰り広げていた。だからあの時は仕方なくみんなにばれないように自分の身代わりをあそこに置いてたんだよ」
「……あ、そう」
委員長にバレない様に俺に向けて親指を立てて見せる隆二。
本気で馬鹿だろ。
「井上君、そういう事なら仕方ないわね。そのまま、有りのまま各教科担当の先生に伝えとくわ」
「すみませんでした」
流石馬鹿、バレた時の対処も極まっているようだ。
「彩瀬君」
「ん?」
「友達の選び方は人生においては重要よ。気をつけなさい」
「今それを考えていたところだよ」
「そう」
委員長はそれから席へ戻り、大人しく昼休みが終える鐘を待っていた。
つまらなさそうだな、と人の事を言えない俺が思うのもどうなんだろうな。
終業のチャイムが鳴り、学校全体は騒がしくなる。
いつものように、寄り道もせずに帰ろうと教室を出た。
「彩瀬じゃん。元気してた?」
不意に声を掛けられた方向を向く。
そこには茶髪の長髪、いかにもバンドマンと主張しているような男がいた。
「遊撃手、久しぶりだな。」
視得 遊撃手 野球部幽霊部員でこの学校では校則違反推奨組、つまり不良だ。
本人は野球が嫌いらしく、バスケをやめてしまった俺を見ては何かと共感してくる。
「今日も部活いかないのか?遊撃手」
「行かねーよ、まずだりーしな。バンドの練習もあるし」
伸びた前髪を掻き分けて、ギターケースを背負いなおす。
その仕草を見た廊下にいる女子から嘆声 が聞こえる。
「本当に格好良いよね視得君!」
「絶対モデルになれるよね!」
こんな会話を隆二が聞いたら発作が起こるだろう。
ちなみに隆二と遊撃手の仲はあまりよろしくない。
「特に用事もないのに呼び止めて悪かったな、またな」
「おう」
視得 遊撃手と別れ校門を出て、中庭へと向かう。
2日前に金色の獣と初めて出会った時の事を思い出す。
二つの死体。
それを連想させる血も、肉も、骨も残ってなかった。
まるで"何も無かったかのように"。
そう、何も無かったようにされているんだ。
『如月カンパニーが死体の処理、証拠隠滅をするらしいよ。だから翔生は余計な心配はいらないってさ』
アリシアが教えてくれたあの話は本当だったらしいが、自分の子供の犯罪の証拠隠滅なんて正気の沙汰じゃないな。
今後あまりこの中庭には近寄らないでおこう。
校門を出ると、高級車のボンネットの上に座る金髪の男がいた。
「ヨ」
男は獣のように剥き出しの犬歯を見せて笑った。