昼休み
月曜日、いつものように学校へ行き、何事もなく四つの授業を終える。
昨日、世界と名乗った少女アリシアと話した内容を思い出す。
◆◇◆◇◆◇
アリシアは随分と遅い起床だったが、俺の所為でもあるのだから仕方がない。
遅めの朝食を食べ終え、俺の記憶の欠陥を埋める作業の為に昨晩の事を聞いた。
敗因:気絶。
根気には自信があった分、いたたまれない気持ちになる。
ださすぎる。
そして、如月禾音の妹、如月亞莉子が言ったあの言葉。
「なぁ、アリシア。如月の妹が言った事って本当に出来ない事なのか?Chainという能力者の存在は俺には必要とは思えないんだ」
その存在の所為でお前だって危険に晒されてるわけなんだろう?
「それはね、きっと能力者がみんな考える事だと思うの。これは『エラー』のようなものなんだって」
「……俺もそう思ってたよ」
「そうなのかも知れないし、そうじゃないかも知れない」
「という事はお前にもわからないのか?」
「うーん……その存在は昔からあるんだけど、私はそれに対して特別な干渉が出来ない様になってるんだよね」
「干渉?」
「そう、干渉。私は人の未来や過去を改変する事は出来ないの、いくら私が特別だからと言ってもね。それでも人の過去や未来を少なからず感じ取る事は出来るんだよ」
アリシアは続ける。
「でも、それがChainという能力を持った人たちには通用しないみたいなの」
それが、アリシアが言うChainに干渉できない由来なのだろうか。
「私は能力を持つことによって自分を悲観する悲しい人たちをたくさん見てきたの。それは"世界"が作ったバグのようなものだと思った。そして、出来ることならそんな悲しい思いをする原因を取り除いてあげたいと思った」
「"世界"って言っても、それがお前なんだろ?」
「そうなんだけど、そうじゃないんだよね」
どういう意味なのだろうか。
「私は世界だけど、その世界を作ったのは翔生、君達人間なんだよ?」
人間が世界を作った?
「世界という概念が無い時代に人は生活していた。それから時代の流れによって世界という形が 象られていったの」
「……それはこの世、あの世の認識みたいなものなのか?」
「それも世界という概念に含まれるね。そして人間はこの世界を誰かが作ったと考えるようになり、それを作った"何か"を神と呼ぶようになった……」
「それが……アリシア?」
「そう、たくさんの人たちが願った望みの結晶が私ワールドエンド……ってのが私自身の見解なんだけどね……これも本当の事を言えば、わかってないの。私がワールドエンドとして目覚めたのも、もう随分と昔の事だし、翔生が言ってくれたように元は人だったのかもしれない」
「じゃあアリシアって名前は……?」
「それは昔、翔生みたいに私を見る事が出来た特別な人が付けてくれた大切な名前なんだよ」
その時の事を思い出したのか、アリシアは懐かしそうに、嬉しそうに語った。
「そうだったのか……それで、その能力の存在意義はアリシアにもわからなかったのか?」
「うん……私の意思とは関係のない意思が働いていたんだと思う。それはきっと私を作り上げたように、人間が作った概念なんじゃないかな」
大勢が願う事で、その存在を助長したのだろう。
やっぱり、アリシアは悪くなんて無いじゃないか。
それなのに、3日前までの俺はどうだ?
何もかも受身で、世界なんて変えれない、残酷だと悲観して、悲劇の主人公気取り。
全て神頼みで、世界の所為、それは神代とかいう奴らと同じだったんだ。
「俺は世界を憎んでいたよ」
「うん、知ってるよ」
「俺に全てをくれた人が、全てを無くしたんだ」
本当に大好きだったバスケット。
「全部見てたよ」
それを教えてくれた先輩、目標だった先輩、その人の分まで続けるという現実から逃げた臆病者。
スポーツ推薦で入学した高校だが、勉学の方はトップクラスだった為に退学までは迫られなかった。
それからは毎日、バスケ部の部員達の目から逃げるような日々。
「後悔してたんだ、あの日……俺が試合を見に来てくださいって言わなければ……先輩は交通事故なんかに……」
思い出すたびに蘇る罪悪感。
そんな俺の頭を優しく抱きかかえてくれる白い少女。
「違うよ、翔生の所為なんかじゃないよ。あの時翔生が試合に誘わなくても、きっとその人は翔生の試合を見に来ていた運命なんだよ」
運命……か。
そんなの簡単に納得出来るわけないだろ。
それでも、少しは救われた気がした。
◆◇◆◇◆◇
世界の改変、それを可能にしようとしている神代という男。
ワールドエンドと一緒にいるという事で、俺もきっと知られている。
いつ強引な手段で、あの組織の奴らがアリシアを奪いに来るかもわからないのに……俺は呑気に学校へ来ていた。
「よう、親友。また今日もコンビニ弁当か?」
いつものように隆二が弁当を持って目の前の席に座る。
「またコンビニ弁当!?翔ちゃん!!ちゃんと栄養のあるものを食べないと駄目だよ!」
幼馴染の月海も隣の席に座って弁当を出す。
栄養だと?塩カルビ弁当に謝れ、俺は380円で奇跡を買ったんだぞ。
……んー、それにしても。
「隆二と月海……お前らって本当に友達いないんだな」
二人は大袈裟に椅子から転びそうになって。
「お前にだけは言われたくねぇよ……」
「……うん」
と共感していた。
酷い奴らだ。
俺と隆二は同じクラスだが、わざわざ別のクラスの月海が昼休みに来る必要もないだろうに。
「それにしても翔生、お前なんかいい事あったのか?なーんか機嫌いい感じだな」
「え?そんな事はないけど」
「休日何してたんだよ」
この週末、俺は命を懸けて女の子を守ってたよ。
なんて言えるわけないだろ。
「べ、別に何も……」
「お前のその反応……怪しいな」
名探偵みたいに、顎に手を当てて凝視するな。
すると、ガタッと席を立つ音が横からした。
「ど、どうしたんだ?月海」
月海はわなわなと震えて、翔生に人差し指を向ける。
「あ、あ、あの子と!? まさか!? 一つ屋根の下で!?」
瞳孔が開いている!非常に危険だ!
「なにぃ!? 翔生! どういう事だよ! 女の子と一つ屋根の下って!」
「状況を理解してない癖に席を立つな!!」
「お前……その子とこの週末ちゅっちゅしてただろ!」
「してねぇよ! 親戚が他界して、その娘がウチにきたんだ! つまりただの親戚!!」
もう一度言う、ごめんなさい秀樹おじさん(34)
「月海も変な勘違いはやめろ!」
「あ、うん。そうだよね、翔ちゃんに限ってそんな事しないよね。…………妊娠は駄目だからねええぇぇぇぇ」
教室全体に聞こえるような絶叫。
そのまま走り出すドタバタ系幼馴染。
「おい!待て! 勘違いはやめろって言っただろ!」
待つハズもなく、月海は教室から消えていった。
「……はぁ」
周りの女子からの視線が痛い。
昼間から妊娠だの、ちゅっちゅだの……俺は平凡に学校生活を送りたいのに。
週末に色々あり過ぎた所為で、懐かしく思えた昼休み。
「翔生のえっちー」
一人だけが、この状況を楽しんでいた。