world end
初投稿させてもらいます。至らぬ点だらけでしょうが、生ぬるい目で見ていただけたらと思います。ご意見は真摯に受け止めたいと思っていますので、何か頂けたらと思っています。よろしくお願いします。
風が吹いた。
少女の髪は流されて、形が無くなる。
酷く醜く人で混雑した交差点を滑らかに、流れるかのように避けながら。
誰かに触れる事なく踊るように、誰かを恐れるかのように慎重に。
誰よりも世界を愛した少女が天を仰ぐ。
誰かが呟いた。
「世界が終わる」
そう呟いた気がした。
起立と礼を終えて放課後の教室を誰よりも早く出る。
季節は春から夏へ切り替わり、ようやく夏らしくなってきた7月。
汗ばんだ肌にYシャツという組み合わせは最高に気持ち悪い。
「じゃあな彩瀬」
「おう、またな」
高校2年生のこの時期は世間が騒がしくて嫌気が差す。
部活のインターハイ?夏に向けて彼女ができました?国立大学目指して受験勉強?
クソくらえ
インターハイ行ってもプロになるのは一握りだ。社会の役に立つ?人並みに生きていたら人並みに挨拶も礼儀もできる。
彼女ができた?好きな人ができた?一時の感情に身を委ねて、感情の逃げ場を作ってるだけに過ぎない。結婚前提か?結婚したら本当に幸せになれるのか?
レベルの高い大学に行って満足か?そこでのお前は輝いているのか?くだらない能書きにしか頼れないガリ勉野郎か?
もっと現実を見ろ、何が効率的か何が利益になるか考えていけ。
……と言っても、主観的にも客観的にも一番損してるしてるのはやっぱり俺だった。
友達を作るのは苦手ではない。年上と話すのも苦手ではない。世間と関わるのも苦じゃない。理想を追い求めるのは誰よりも好きだった。
俺―――彩瀬 翔生は、誰よりも理想を追い求めていたに違いない。
バスケットボール部に入り、持ち前の運動神経と身長を活かし、チームのエースという座を手にした。
県のチームでは俺を知らない選手なんていなかった。だからこそ、特待生としてこの高校に推薦で入学する事が出来た。
この先俺は何処までも理想を追い求めれる、そんな事まで実感していたんだ。
そんな毎日に生き甲斐を感じていた矢先に、バスケットを始めるきっかけをくれた先輩が交通事故で手首を無くした。
彼のシュートフォームはまるで理想そのものだった。
そんな先輩が格好良くて、俺はバスケを始めた。
理想を求めて、何かに打ち込む日々が終わる音。
俺はバスケットなんか好きじゃない事に気づいた。
俺が好きなのは理想を追い求める自分。
理想が朽ち果てた時、その理想を越えたような空虚が襲った。
何か一つを努力なしで終わらせてしまったような、至極極まりない背徳感。
俺なんかよりもずっと素晴らしい選手で、俺なんかよりずっと将来性のあった先輩、そんな先輩の両手首から先が空と交わっていた。
◆◇◆◇◆◇
沈黙の続く病室の中でこう言われた。
「お前は俺のバスケをしてくれ、お前は俺だ。最後の希望って奴なのかもしれないな」
その言葉の重みに耐え切れなくなった俺は、逃げるかのようにバスケ部をやめた。
わかっていた。先輩の求める理想を追いかけるべきだと。
それが先輩への恩返しでもあって、先輩が望む理想だと。
理想は何よりもリアルである。
何かを手に入れようとすれば何かを失い、ときには手に入れようとしたものさえ消えてなくなる。
先が見えているなら、最初からしなければ良かった。
理想を失った俺には何も無かった。
きっとそのまま続けるという選択肢もあったに違いない。
それをしなかったのは何故だろうか。
考えたくもなかった。
◆◇◆◇◆◇
高校1年生の冬に、俺は世界とやらを憎んだ。
それがこの捻くれた性格の理由。
これからもきっと、自分の首を絞め続けるだけの思い出になるだけなのだろう。
「なーに辛気臭い顔してんだ!」
「!?……後ろから押すなよ、倒れるとこだったぞ」
「ははは、わりぃわりぃ。どうよお茶でもしないか?我が親友」
「いや、いい」
「そんな気分じゃねえか……じゃあうち来いよ、お気に入りの格闘技見せてやるよ!まじすげぇんだぜ!」
こいつ、井上隆二は中学校からの友人で今も同じクラスの腐れ縁だ。
俺がバスケ部をやめてから心配して余計に絡んでくるようになったわけで、親友なんて大それたものではない。
井上は街の不良5人に絡まれても無傷だった、なんて噂もあり学校ではちょっとした有名人だ。
「お前と格闘技を見たら、俺がお前の技の餌食になるよな?いつも」
「お前もかかってこいよ!その方が盛り上がるだろ!」
「痛いのは嫌いだ。特に脳筋のお前となんて断固拒否する」
「それは残念だ、勉強のし過ぎは体に味噌だぞ?」
「……それを言うなら身体に毒な」
「あ、あー変わらないだろどっちでも」
毒と味噌が変わらないなら日本人は妖怪か新人類なんだが。
「ま、いいや!もう少し楽しく生きようぜ翔生」
「十分充実しているけど?」
「俺の目は誤魔化せねぇよ。お前はもっと刺激を求めてる。違うか?」
「……お前の目も腐ったもんだな、刺激なんてリスクと同義語だ。自分のリスクになる事なんて望んでいないさ。帰り際に理科実験室で防腐剤でも貰って来い。ちゃんと注意事項読んで使えよ」
「あ、あれぇ?そこはもっとこう……流石俺の親友、やっぱなんでもお見通しだな!的な流れだったろぉ」
「他人から出直して来い」
「そこから!?」
「……ありがとな」
「んー……そっか、また鑑賞会に誘うわ。じゃあな」
また誘われるのか……そう思いながらもしっかりと馬鹿な友達と別れる。
下校途中の生徒の群れに混じり、何の捻りも無い背景へと身を委ねた。
刺激の強い楽しい人生……か。
そんな人生はたしかに魅力的だ。
ただ、それは成功例としてであって、必ずしも、そのリスク、つまり犠牲を支払って絶対に手に入れられる対価ではない。
そんなものには魅力がない。自分が頑張った分だけ落胆するならば、そんなものはただの悲劇でしかない。
酷く捻くれた性格にもそろそろ自己嫌悪し飽きていた。
何か世界を狂わすきっかけもあるハズもなく。
世界を変えたいだなんて妄言に誰も耳を傾けてくれない。
どこまでいっても、結局俺は理想に憧れ続けているだけだった。
いつも通りに騒がしい街の表通りへと差し掛かる。
下を向いて歩くサラリーマン、笑いながら帰る学生、こうして冷静に見るといつもあるのは現実。
裕福な国だ、平和な国だなんて世界で言われているが、結局それは隣の芝生って奴であって……何が起こってもきっとこの世界は変わらない。
そう、きっと……何も変わりはしないんだ。
「え?」
本物の風景の中に、今何かが”存在”した
たしかに、今非現実的な存在があった気がした。
ここだと言わんばかりに主張するかのような違和感。
真っ白い髪を靡かせて、踊るように人ごみを掻き分けていく。
そんな異質な存在に、誰一人目を向けなかった。
何かに惹かれて、ただその白い軌跡を追うことにした、まだ暑い猛暑を奮う7月の良く晴れた日。
「私の事、見えるんだね」
俺は世界とやらに出会った。