最終章 すれ違いの果て
アリスの家を発ってから暫くして、魔理沙は紅魔館の前までやって来ていた。
「さずかに遅れ過ぎたよなぁ…」
日は頂点を通り過ぎ、ゆっくりと下降を始めていた。フランの奴、怒ってなければいいんだけどなぁ…と思いつつ、居眠りしている門番を無視して館に入った。
「さてと、どこにいるかな…」
いつもアイツは自分の部屋か図書館にいる。なのでとりあえず先に図書館に向かってみる。たぶんパチュリーが相手をしているのだろう。彼女には悪い事したなと、少しは思っている。
結論から言うと、図書館にフランはいなかった。しょうがないので、本の整理をしていた小悪魔を捕まえて問いただしたところ、「妹様なら自室に戻られました」だそうだ。ちなみにパチュリーは寝ているそうな。呑気なこった。
「これなら最初から部屋に行けばよかったぜ」
でもせっかく来たのだから、何冊か本を借りていこう。小悪魔が何か言っていた気がするが無視した。
「そういえば、今日はレミリアも咲夜も見かけないな」
フランの部屋に着いてからそのことに気づいた。ここにもフランはいなかった。ということはみんなで神社にでも行ってるのか? そういえば昨日、霊夢が宴会をどうたらこうたら、って言ってたっけな。
「まったく、約束しといて出掛けるなんてひどいぜ」
……まあ3時間も遅れる私が悪いんだが。そのせいで怒って出掛けたのかも。
仕方ないので神社に寄ってから自分の家に戻ることにしたが……。
「うわっ、なんだこりゃ」
窓から出て行こうとして、窓ガラスがおもいっきり割られていることに気づいた。まさかフランの奴、こっから出てったのか?
レミリア達が自分をおいて神社に行ってしまったから、追いかけて窓から飛び出した。ということだろうか。いや、それもおかしな話のような。
「……考えても仕方ないか」
フランに会ったらちゃんと謝ろう。そう考えながら窓から出て行った。
フランドールは人形遣いの家の前までやって来ていた。アリスは家の外で紅茶を飲んでいる。魔理沙はもういなかった。どこに行ったのだろう。
「ん?」
アリスがこちらに気付き、目を丸くした。魔理沙が会いに行くと言っていたのに、彼女がここにいる事には、驚いても仕方ないだろう。
「あれ? あんたは……。なんで日傘も差さずにこんなところに……」
「死ね」
「え…?」
人形遣いの『目』を右手に移動させ、容赦なく握り潰す。それと同時に人形遣いの身体は断末魔の叫びを上げる間もなく、肉片となって飛び散る。五体は分断されて、破片となった骨がティーカップを割り、腹部から未知のエイリアンに錯覚してしまう程グロテスクな内臓が抉り出されており、頭部が失われた首からは血が噴水の様に吐き出され、辺りを鮮やかな紅色に染めた。
「ふっ…、ふふふ…」
コレデ邪魔者ハイナクナッタ。
――ふと、自分の身体が人形遣いの返り血で汚れていることに気づいた。
アア、汚ラワシイ汚ラワシイ。マリサガ来ル前ニキレイニシナキャ…。
「う~ん。神社にもいないとはなぁ…」
私は森の中を歩いてアリスの家に向かっていた。神社にはレミリアと咲夜はいたが、フランはいなかった。おまけにアイツらには私が連れ出したのではないかと疑われた。
それにしても、一体どこに行ったのだろう? もう夕暮れだ。
「今日中に渡したかったんだがなぁ…」
帽子の中にしまった人形を取り出して眺める。誕生日プレゼントと言ってはいるが、実際には誕生日なんかわからないので、フランと初めて会った日を誕生日ということにした。そして今日、プレゼントを渡そうと思ったが、結局フランは見つからなかった。
仕方ないので明日渡すことにした。せっかく一日余裕があるのだから、連れ出すのは大変かもしれないが自分の家でパーティーを開くことにした。フランだけじゃなく、パチュリーやアリスも一緒に。
そのことをアリスに伝えるために、彼女の家へ、料理に使えそうな木の実やキノコなどを探しつつ、歩いて向かっている最中である。フランとパチュリーには明日伝える来るつもりだ。
「それにしても…、本当にどこ行ったんだろう…」
無意識に何度もそう呟いてしまう。明日には帰って来てるといいんだが…。
魔理沙はアリスの家の近くまで着いた時、誰かが家の前に立っていることに気づいた。
「あれは…」
紅い服に金髪、見憶えのある不思議な形をした羽。
「フランじゃないか!お~い!」
やっと見つかり、大喜びで急いで近付こうとした。が。
「うわっ!?」
グシャッ。何か岩の様な物につまづいて転んでしまった。
「っつ~。なんなんだこれ……ッ!?」
岩を拾い上げた瞬間、戦慄した。それは岩ではなく、人の頭だった。金髪でカチューシャをしていて、しかも顔はアリスの――。
「うっ、うわああああああああああああぁ!」
思わず叫び声を上げて、尻もちを着いてしまった。放り投げられた頭は、表情を全く変えずに落ち、恐る恐る視線を向けると目が合ってしまって、さらに恐怖が増すだけだった。
「うっ、嘘だろ…。」
まわりをよく見渡すと、頭以外にも腕や脚、×××に×××…。
「…ッ!ゲホッ!!ガハッ!!オエエェ…」
あまりのむごたらしさに嘔吐してしまった。彼女の頭では、状況が全く理解できない。
「ハァ…、ハァ…、い、いったいなにが…?」
「あれ、マリサ?そんな所で何してるの?」
吸血鬼の少女がこちらにやって来た。表情こそ笑顔だが、身体は血で紅く染まり、日光のせいで肌が灼けている。その姿は正しく悪魔。
「フ…、フラン…、これはいったい…」
「なにって…、ふふっ、あはははははははははははははははははははははははははははは!!!」
彼女は狂ったように大声で笑いだした。
「な、なぁフラン…。これ…、お前がやったのか…?」
「うん、そうだよ?」
魔理沙の質問を、フランドールは即、肯定した。
「ど、どうして…?」
「どうしてって…。あの女がいたせいでマリサは来なかったんじゃないの…」
「誤解だ!アリスに頼み事をしてて、それで遅れて…」
「嘘」
フランドールが、魔理沙の言葉を遮った。
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ッッ!!」
「ガッ…、ハッ…!?」
叫びながら魔理沙に近づいて首を締め上げた。彼女は苦しそうにもがくが、吸血鬼に人間の力で敵うわけがない。
「そんなの嘘っ!!私との約束なんて忘れて、あの女と楽しそうにしてたじゃないの!!私より人形遣いのほうが大事なの!?」
「待っ…、話しを…」
「あ、そうか…。あの人形遣いに何かされて、そのせいであんなことしたんだね?ああ!かわいそうなマリサ!でも大丈夫。私がいますぐ助けてあげるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 」
抵抗する魔理沙の首をさらに強く締める。
「ぐ……、やめッ……」
「まだ正気に戻らないの!? こんなにしても戻らないなんて……まさか偽物!? そうだよ! 本当のマリサなら私との約束を忘れたりしないもの!!」
「フ…フラ……ン……」
魔理沙は誤解を解くために、もう一度話し掛けようとした、が。
「偽物の分際で私の名前を呼ぶなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!」
ゴキッ。フランドールは容赦なく魔理沙の首をへし折った。魔理沙の表情は絶望と悲しみに満ちていた。
「ハァ…、ハァ…、早く、本物のマリサを見つけ…」
ドサッ。絶命し、力が抜けていく魔理沙の頭から帽子が外れて、中から何かが落ちた。
「え…?何…これ…!?」
フランドールはそれを見て驚愕した。帽子から落ちた衝撃でこわれた魔理沙に似た人形と、自分自身に似た人形、そしてカード。そのカードには、『フランへ 誕生日おめでとう!!これからもよろしくな!! 魔理沙より』と書かれていた。
「う…嘘…」
フランドールは理解した。魔理沙が来なかったのは、人形遣いに頼んだ人形の完成を待っていたからで、約束のことを忘れていたわけではなかったことに。それどころか、自分の為にプレゼントを用意していたのだ。
「い…いや…」
つまり、さっき殺したのは本物の――
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」
悲劇の後に残ったのは、バラバラになった人形遣いと、こわれた金髪で白黒の服の魔女。そして紅い服の吸血鬼の、嘆きの叫び声が木霊するだけだった…。