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MAD LOVE  作者: カデツェ
アリス編
13/14

第七章 魔理沙の想い

 時間少し戻り、昨日のアリスの告白の少し後。

「ハァ、ハァ……」

 魔理沙は何かから逃げるように全速力で紅魔館へと向かっていた。強烈な向かい風が彼女の髪を激しくなびかせる。後ろから追ってくる者はいないのに、何故そんなにも慌てているのか。答えは一つ、可能な限り早く、アリスから遠くへと離れたかったからだ。別れる直前の彼女の瞳は冷酷な人形の様に光が消えて、その奥に狂気と悲哀が入り交じった蒼い炎が見えた気がした。それが脳裏に焼きついて離れず、恐怖と後悔が魔理沙の心を抉る。

 彼女の突然の告白。それはあまりにも衝撃的な出来事だった。同性から好かれる、それも頻繁に会っていた彼女が自分に対してそう思っていただなんて、直接口から聞いたというのに、魔理沙は未だに本当のことだと信じられていない。

『どうして……、ねえ!! どうして!?』

 糾弾する様な、嘆く様な涙ながらの声が脳裏に蘇る。

「そんなこと言われたって……。クソッ」

 それを消し去るように頭を振り払い、さらにスピードを上げる。少しでも早く、幻影から逃れるために。



 そうこうしているうちに、紅魔館にたどり着いた。今日も門番の美鈴は気持ち良さそうに居眠りをしているようで、敷地内へ侵入するのは赤子の手を捻るよりも簡単である。

「咲夜に見つかる前には、起きろよな」

 通りすがりになんとなく忠告してみるも、やはり聞こえていないようで、ピクリとも反応せず、微かないびきを奏でながら鼻ちょうちんを膨縮させているだけだった。

 門をくぐり、さて、と魔理沙は一息ついた。無事に紅魔館へ到着できた安堵館からだ。結局、アリスは追ってこなかった。――私の杞憂だったのだろうか……。

 胸が締め付けられたように感じた。

「……忘れよう。今日だけは」

 ともかく、魔理沙はフランドールが待っているはずの図書館へと向かうことにした。


 図書館は館の地下にある。そこへと続く館内の階段を下り、くたびれた両開きの扉を開くと、古書の独特な匂いが魔理沙の鼻を刺激した。人によっては不快に感じるだろうが、彼女はこれが嫌いではなかった。むしろお気に入りだ。それがここへ度々やって来る理由の一つにもなっている。

「さて、どこにいるのかな?」

 とりあえずフランドールを探して辺りを見渡すも、姿は見当たらなかった。この図書館はただでさえ巨大なのに、咲夜の能力によって館の領地と同じぐらいまで広くさせられているので、ほんの少し探したぐらいでは見つからなくて当たり前なのだ。空を飛んで探索しないと人探しは不可能に近い。なので渋々再び箒にまたがり地面を蹴った。

「はぁ、たまには本の処分でもしたらどうだ……」

 そう文句を垂れるが、蒐集癖がある彼女が言える立場ではない。

「ったく、どこだよ……」

「遅いわよ、魔理沙」

 独りごちながら右往左往していると、不意に真下から気だるそうな声が聞こえた。

「ああ、ここに居たのか」

 見下ろすと、ふくれっ面のフランドールと、こちらを見上げているパチュリーが円卓を囲っている。さっきの声はパチュリーのものだろうと魔理沙は予測した。テーブルの上に視線を向けると、咲夜が用意したと思われる紅茶とクッキーが随分と減っていた。

「あー!! マリサ遅ーい!!」

 彼女たちのもとへ着地すると同時に、フランドールも魔理沙に気がつき、勢いよく椅子を蹴って魔理沙に飛びつく。彼女が約束の時間に遅れたせいで不機嫌になっていたが、優しく頭を撫でられると、すぐに嬉しそうな笑顔に変わった。

「……で、その様子はどうしたんだパチュリー?」

 フランドールの相手をしながらパチュリーに問うた。彼女はいつも以上に疲れ切った表情をしており、愛用しているローブも薄汚れている。彼女に何があったのか、魔理沙には不思議でしょうがなかった。

「どうしたって……、それよ、それ」

 と言って魔理沙を指さした。しかし思い当たる節が無く、首を傾げる。

「え? 私がなにかしたか?」

「違うわよ。原因はフラン。元凶はあんたで正解だけどね」

 呆れ顔で彼女を非難した。

「あんたが遅刻したせいで、せっかく読書をしていたのに無理矢理弾幕ごっこの相手をさせられて……。嗚呼、思い出すだけで憂鬱になるわ」

 言い終わると同時に机に突っ伏した。よっぽど疲労していたのだろう。体力の無い彼女に無理をさせてしまったのがちょっとだけ申し訳なかった。

「ちょっとー、私に用事があるんじゃないのー!?」

 フランドールが服の裾を引っ張った。一人会話の蚊帳の外なのが気に喰わないようだ。

「ああ、そうだった。お前に渡したいものがあったんだ」

 やっと用件を思い出し、帽子の中を被ったまま(まさぐ)る。余計なものが多く入っているせいでなかなか見つからず、ほんの少し焦った。その様子を、フランドールは期待の眼差しを向けながら眺めていた。

「あんたの帽子の中は四次元空間でも広がっているのかしら?」

 パチュリーが僅かに顔を上げ、魔理沙に皮肉を言った。彼女が何を言っているのかは理解できなかったが、少なくとも悪口であることは察知できた。

「いちいち嫌味な奴だな、ったく……。お、あったあった。ほら、プレゼントだ」

 やっと目当ての物の手応えを感じ、取り出してフランドールに手渡した。

「これ、くれるの?」

「ああ、もちろんだ」

「本当!? ありがとうマリサー!!」

 贈られた二つのプレゼントを抱きかかえて、喜びのあまりその場で何度も跳びはねた。そして魔理沙から離れた場所に行き、一人遊びを始めた。

 何故だか魔理沙は胸がチクリと痛んだ。

「あれ、あんたが作ったの?」

「いや、その……」

 再びパチュリーが魔理沙の方を向いて疑問を投げ掛けた。しかし、なんとなく答えづらく、言葉を濁して彼女から目を逸らした。

「どうせあの人形遣い……、アリスだっけ? そいつに作らせたんでしょ」

「…………」

「当たりね」

 図星だった。彼女は自分で作っていないことがばれるのは、別に構わないと思っていたのだが、アリスの名を口に出すのがはばかられた。

「ま、そんなことだと思ったわ。あんたにあんな出来のいい人形が作れるわけないし」

 パチュリーはフランドールが遊んでいる二つの人形に視線を向けた。金髪の白黒魔女と吸血鬼。モデルは目の前の二人だと気づくのに、さして時間はかからなかった。

「本当によく出来てるわね。憎たらしい顔までそっくりだわ」

 目深まぶかに帽子を被って黙り込んだ魔理沙を無視して、パチュリーは毒を吐き続ける。しかし、彼女がここまで反応が無いのも珍しく、気味が悪く感じた。同時に、何があったのか、ということに興味を持ち始めた。普段なら他人にあまり関心を持たないパチュリーにしては、非常に稀有なことである。

 原因は簡単に思い当たったので、とにかく話を訊くことにした。

「どうしたのよ、あいつと痴話喧嘩でもしたの?」

 これを聞いた魔理沙の表情がわずかに強張り、それを誤魔化すように、真顔でパチュリーを睨んだ。発言にやたらととげがあるのが彼女の悪い癖だ。

「……アリスとはそんな関係じゃない」

 ようやく口を開いた。いい加減パチュリーと会話をするのが嫌になってきたが、帰る気分にもなれなかった。

「あら、そうなの。いつもいちゃついているから、てっきり相思相愛かと思っ……」

「あいつのことは話に出さないでくれ!!」

 遂にイラつきが我慢の限界へ達し、彼女自身も驚くほどの大声で怒鳴ってしまった。パチュリーはまさか彼女がこんな反応をするとは思わず、紅茶へと伸ばした腕を止め、目を丸くして彼女を見つめた。

「マリサ……?」

 フランドールも、怯えてしまっているようだった。

 空気が凍りつき、静寂が部屋を覆う。途端に魔理沙は申し訳なさと居心地の悪さを感じるようになった。

「……すまない。もう帰るぜ」

「ちょっ、ちょっと!?」

 二人から目を背け、箒に乗るのも忘れて、その場から全力で脱兎の如く逃げ出した。このままここに居たら、何もかも壊れてしまいそうで、壊してしまいそうで――。とにかく、独りになりたかった。誰とも会いたくなかった。

 孤独に苦悩を抱えたまま、彼女は走る。


 しかし、ここは紅魔館の地下図書館。先ほどのように箒で飛び回っても探索に骨が折れるのに、自らの足だけで出口へたどり着くのは、正確な地理情報を詳しく知らない彼女には不可能だ。

「ハァ……、ハァ……。なにやってんだろ……、私……」

 ずっと駆け足だったためか、体力が限界を迎えてしまい、肺が異常なまでに苦しくなって、まともに呼吸さえできなくなってしまった。休憩がてらその場で立ち止まって深呼吸をする。

 頭に酸素が行き渡るとともに冷静さも帰ってきたが、それと同時に彼女の心は、今日何度目になるかわからない後悔の念にかられ、自己嫌悪になる。身体だけでなく、精神も疲れ切っていた。

「あ……、箒……」

 ようやく自分の右手に持っている箒の存在に気付く。自分の間抜けさを呪いつつ、これで帰ろうと跨がるも、

「待ちなさいよ」

「ひゃっ!?」

 いつの間にかパチュリーが背後に立っていて、魔理沙を力づくで箒から引きずりおろした。普段なら非力な彼女にそんな芸当は不可能なのだが、魔理沙は疲れのせいで踏ん張ることもできず、背中から床に倒れる。

「……痛。まだ、なにか、用でもあるのか?」

 仰向けのまま彼女の顔を見上げると、明らかに不機嫌であることを隠そうとしていなかった。しかし、魔理沙は特になんの感想も感じず、無気力に適当な返事を返す。

 その余りにぞんざいな態度が、さらにパチュリーの神経を逆撫でした。

「用でもあるのか? じゃないわよ。なめてんの?」

 わざと聞こえるような大きさで舌打ち。

「いきなり叫んで、ろくに事情も説明せずに逃げたら追いかけるに決まっているじゃないの。ほら、早く起きなさい」

 魔理沙に右手を差し伸べる。表情こそ苛立ちが見えていたが、声と仕草にはほんの少しだけ優しいニュアンスが含まれていた。

「……ん」

 少し躊躇してから、彼女の細い手を取る。さすがに全体重を任せるのはまずいと感じとったので、左手は床に着くようにして立ち上がった。

「その、すまなかったな……」

「謝るんなら私じゃなくてフランにしなさいな。あの子、怯えてたんだから」

「わかった……」

 彼女の姿を思い浮かべると、また罪の意識が魔理沙に牙を向けたが、あとでしっかりと詫びようと決めて、今は考えないようにすることにした。

「で、話してもらえるかしら? あんたと、アリスになにがあったのか」



 魔理沙はパチュリーに、小悪魔――彼女たちはこぁと呼んでいる――が持ち運んできたテーブルに腰掛けて今日一日のあらましを伝えた。アリスの家へ人形を受け取りに行ったこと。そこで彼女に好きだと告白されたこと。そして、彼女を拒絶したこと――。何もかも洗いざらい話した。所々しどろもどろになりながらだったが、パチュリーは文句ひとつ言わずに聞いていた。

「……大体のことは理解できたわ」

 一通り話し終わったところで、パチュリーが切り出した。

「で? あんたはあいつのことをどう思うの?」

「どう、って」

 想定外の質問に言葉を詰まらせる。

「……ハァ」

 パチュリーは焦らされて、思わず溜め息を吐いた。

 魔理沙はアリスのことを、ただの友人としか見ていなかった。しかし、彼女の方は魔理沙に好意を持っていた。その齟齬がすれ違いの原因である、とパチュリーは考えていた。

「あんたは告白されたとき、自分の気持ちを伝えたの?」

 いつまで待っても答えが返ってこないので、彼女は痺れを切らし、さらに質問を重ねた。

「……いや」

 力なく首を横に振った。彼女に言ったのは、残酷な拒絶だけだ。その時の悲しみに満ち溢れた顔を思い出すたびに、魔理沙は罪悪感に苛まれる。

 パチュリーは呆れ果てて、これまた大きな嘆息。

「仮にもいたいけな乙女が勇気を振り絞って愛の告白をしたんだから、せめてしっかりと答えてあげるのが道理じゃない」

「そんなこと言われたって、女同士じゃ……」

「あのねぇ!!」

 普段出さないような大声で、パチュリーは魔理沙の言葉を遮った。予想外な彼女の行動に、魔理沙は驚いて息を飲む。

「例え歪んでいる愛とはいえ、あんたに好意を持っているんだから、ただ拒絶するのはどうかと思うわよ。断るにしても自分の気持ちをちゃんと伝えないと」

 興奮して、一息で意見を一気に述べたが、そのせいで元々体力が皆無なパチュリーは息切れしてしまった。落ちつこうと、いつの間にかテーブルの上に用意されていた紅茶を口に運ぶ。

「ふぅ、私が言いたいのはそれだけよ。この後どうするかは、あんた次第ね」

 パチュリーはとりあえず満足したのか、椅子に寄りかかった。

 彼女の意見を聞いて、魔理沙は自分の想いを自問自答してみる。上手くは纏められなかったが、ある程度自分の心を整理することができた。

「……明日にでももう一回、あいつのところに行くよ」

 これ以上逃げないためにも、決意表明をした。パチュリーは微笑み、

「本当は今すぐの方がいいと思うけど、ま、仕方ないかもね。ちゃんと謝るのよ、彼女に。それとフランにもね」

 といたずらっぽく言った。

「う、わかってるよ。……ありがとうな、パチュリー。じゃあな」

「どういたしまして」

 今度こそしっかりと箒に乗って紅魔館をあとにする。魔理沙は先程まで感じていた陰鬱な気持ちが晴れ晴れと消え去ったように思えた。

 ――アリス、許してくれるかな。

 それだけが不安だったが、持ち前の能天気さでなんとかなるさと自分を誤魔化し、夕暮れの空を見上げながら帰路に就いた。




 しかし彼女は気付いていなかった。もうすでに手遅れであることに……。

次回、たぶんグロい。

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