優しさに触れて
冷たい空気に頬を撫でられ、まだ眠っている頭でゆっくりと起き上がる
左隣を見ると、まだ燻る焚き火の周りを囲むように、レインとウォレスが眠っていた
そして、右隣を見ると、小さく寝息を立てて眠るジェスが目に入る
《ゴメンな、ジェス》
彼の頭をそっと撫でると「んぅ……」と小さな寝返りが返ってきた
洞窟の外はどうやら雨が降っているらしく霧が出ていた
《今……何時だろう??》
働かない頭を無理に働かせて外に出ると、先ほど頬に感じた冷たい空気で一気に目が覚める
《冷えるな……》
洞窟を出ると、昨日は気が付かなかったが、すぐ隣にそこそこ高さのある岩があった
《丁度いい》
幼い頃から身についていた力でふわりと自分の身体を浮かせると、岩の上に降りてその場に座った
頻りに降る雨を全身で感じながら、昨日のことを思い出していた
《もしあのとき俺が応戦できていたら、ジェスは傷つかなかったのに……。あのとき俺が冷静な判断をしていたら、ジェスは俺を庇うことはなかったのに……》
思い出せば思い出すほど、後悔の念に襲われる
本来俺は後悔するのは好きじゃない。だからいつも後悔しないように考えて行動する
なのに、今回はそうはいかなかった
《やっぱり着いてくるんじゃなかった……。俺がいなければジェスは……》
雨なのか自分の涙なのかもう分からないくらい濡れているけれど、自分が泣いていることは分かった
久しぶりに泣いたかもしれない……。そんなふうに思っていると、俺を覗き込む黒い瞳に出会った
「ジェス……」
「おはよう、キユウ」
昨日あんな大怪我を負ったのに、何事もなかったかのような顔で俺にあいさつをして隣に座るジェス
「ジェス、身体大丈夫なのか??」
「あぁ。どういうわけか、起きたらすっかりよくなっていた」
「そっか……」
それっきり話が途切れてしまった。何を話すわけでもなくただ黙って空を見上げる。雨音だけが二人を包んでいた
「なぁ、キユウ」
沈黙を破ったのはジェスだった
「昨日俺を治したのはキユウだろう??」
ジェスは薄れていく意識の中で、オレンジ色の光の向こう側で手を翳す俺の姿が見えたらしい
「朧気だが覚えてる。お前が手当てしてくれたんだろう??」
俺は何も答えない。ただずっと、目の前に広がる平原を見ていた
すると、頭に何か温かくて柔らかいものが触れた
「悪かったな。疲れただろう??……ありがとう」
少しの間を置いて礼の言葉を口にしたジェスが俺の頭を撫でていた。口を開けば泣いているのがバレてしまいそうで、何も言わずに俯いて唇を噛んでいた
「聞き忘れていたが、キユウは昨日怪我していないか??」
どうしてだろう??自分を身を投げ出してまで俺を庇って、尚且つ怪我の心配まで……。
「……ぜ」
「ん??」
「何故だ……」
「何が??」
「何故そんなにも俺に優しくする?!俺がいなかったらジェスは怪我をしなくて済んだはずだろう??俺が着いてくるなんて言わなかったら、俺がこの場に居なかったら、ジェスは無傷で済んだはずなのに……。どうして……??」
気が付くと、俺はジェスに向かって思い切り怒鳴っていた
どうしてそこまで俺に優しくするのか、どうして俺を責めないのか……。理解できなかった
「俺さえいなければジェスは……。なのに……なんで??」
「キユウ落ち着け」
「触るなっ!!」
ジェスが伸ばしてきた手を、思い切り叩いて拒んだ
怖い……。
今まで誰かに必要とされたことなんてなかった
町に出れば軽蔑的な視線を向けられ、一度力を見せてしまえば「化け物」と呼ばれ、預けられた親戚たちは皆俺を気味悪がった。「化け物」・「孤児」・「必要ない」……。昔投げられた酷く軽蔑的な言葉を思い返す
親戚中を盥回しにされた挙句、一番最後に預けられた先では「お前みたいな化け物を家に置いてはおけない。出て行け」と言われて……。
食事はまともに取れず、虐待を受けて俺の身体は痣だらけになる。そんなことは当たり前で……
「俺には、そんなふうに優しくしてもらえる資格なんてないんだよっ!!俺はっ……俺は必要ない……っ存在なん……っだから……」
喉がヒクついて上手く喋れない。そんな俺を見ていたジェスは、何も言わずに手を伸ばしてきた
ジェスの手がそっと俺の頬を撫でる。そのまま目尻へと手が進み、優しく涙を拭ってくれた
「キユウ、お前は……」
俺の涙を何度も拭いながら、ジェスは一旦止めた言葉を繋いだ
「お前は、昔の俺によく似ている。まだ一人だった頃の……孤独だった頃の俺に似ている」
言いたいことが理解できず首を傾げるような仕草をすると、ジェスが言葉を繋いだ
「俺はこんなことを言える立場じゃないし、所詮はキレイゴトだと思うだろうが聞いてくれ」
俺が頷くと、優しく微笑んで話してくれた
「俺も昔は思っていた。必要とされることなどない、自分は要らないんだって。レインと出会った頃の俺はそうだった。だけどな、キユウ。そんな存在はないって、レインが教えてくれた。今でこそ俺はレインに偉そうなことを言っているけれど、本当はそんなこと言える立場じゃないんだ。レインは言ってくれた『俺はお前を必要としてる』と。『どこかに必ずお前を必要とするヤツがいて、そいつが俺だ』と……。だからキユウ、お前も同じなんだ。お前も必ず必要としてくれるヤツがいる」
ジェスは小さな昔話をしたあとに、そっと俺の向こう側を見た
何事かと思って振り向くと、そこにはレインとウォレスがいた
「それが俺らだ、キユウ」
ジェスの言葉にまた涙が溢れた
「泣くな」
微笑みながらまた俺の涙を拭ってくれるジェス。彼の隣にレインとウォレスが座った
「大丈夫だよキユウ。俺たちは絶対離れないからね。だから安心して??ちゃんと守ってあげるから」
ウォレスが俺の頭を撫でる。優しく、慈しむように。そっと、壊れ物を扱うように
「せやでぇ。てかそないなことまだ覚えとったんかジン?!ええ加減忘れろやぁ!!」
レインがジェスを捲くし立てるように言い寄る。でも、彼もまたさり気無く俺の手を握ってくれていた
そんなレインの頭をジェスは軽く小突いてあしらった
「ありがとう……」
閉じていた瞼を開けてジェスを見ると、その向こうに虹が見えた
「あ……虹」
俺の一言に3人が空を見る
「お、朝からええもん見たなぁ」
「ほぉ、さっき降っていた雨の影響か??」
ジェスとレインと空を見上げていると、ウォレスがこちらを振り向いた
「よし、朝から虹も拝めたことだし、朝ごはん探しに行こうか」
ウォレスの一言で3人が一斉に岩から飛び降りる
俺も飛び降りようと下を見ると、ジェスが手を広げていた
「キユウ、降りて来い」
少し……いやかなり気恥ずかしかったが、せっかくの気遣いだと思い、思い切りジェスに飛び込んだ
「よっ……と。よし、行くか」
3人の優しさに触れて、今日から新しい1日が始まる