無力
「よし、そうと決まればまずやることは……。ジン、何する??」
ウォレスの問いにジェスは大きく溜め息をついてから話始めた
「まずはキユウ、お前の力を育てる。音貴神になるべき力を」
そう言うとジェスは背中に背負っているブーメランらしきものを地面に置き、そっと手を翳した。するとそのブーメランらしきものは2倍の大きさになりふわりと中に浮いた
「え??何処行くん??」
レインの問いにジェスは答えない。その代わり、「静かに。集中してる」とウォレスが小声で静止した
しばらくしてジェスは、「ふぅ」と小さな吐息を漏らしてこちらに向き直った
「ウォレス、すまない。さて、これから俺らの住処へ向かうんだが、ここからだと少々遠い。だから、これに乗って移動する。キユウ、高所は平気か??」
ジェス曰く、このブーメランらしきものに乗って飛ぶらしい。ジェス達の住んでいるところは周りが広い平原になっていて、邪魔するものが何も無いらしく力を育てるのには十分らしい。ジェス達もそこを利用していると言う
「よし、行こう」
ブーメランに全員が乗ったことをそれの先端付近に立っているジェスが振り返り確認すると、今度は自らの腰の高さから手を翳しそっと上へ引き上げるような動作を見せた。すると、ブーメランはゆっくりと上昇し森全体が見渡せる高さまで高度を上げた
「ふぅ。キユウ、大丈…………」
俺達の方を振り返ったジェスは言葉を飲み込んだ。無理もない。俺の後ろでウォレスに背中を摩られて嗚咽を漏らすレインの姿が目に入ったのだから
「レイ、大丈夫??」
「大丈夫やない。ジン、なるべくゆっくりで頼む。うぇ……」
ウォレス曰く、レインは高所が苦手らしく、ブーメランに乗るたびに吐き気を催すのだとか……。
《苦手なら最初から言っておけばいいものを……》
呆れ半分にブーメランの先端付近に立つジェスの後ろ姿を眺めていると、彼は不意にこちらを振り返り俺の近くでそっと胡座をかいて座った
「すまないな、見苦しいものを……」
「大丈夫だ」
しばらくジェスと話をしていると、また不意に彼が立ち上がった
「ジェス??」
「目的地に着いた。降りるぞ」
そう言うとジェスは飛び立つ時と同じような動作でブーメランに指示を出した。すると、内臓が浮き上がるようなふわっと感と共にゆっくりと地面に近づいて行った
そのふわっと感と同時に嗚咽を漏らしたのはまたしてもレインだった
「おぅぇぇぇぇぇぇぇ。これが一番きついねんなぁ」
「レイ、本当に大丈夫」
そんな2人の姿を後ろ手に見ていたジェスは、「はぁ」と溜め息を漏らした
「いい加減慣れてほしいものだな……」
地上に降りて驚いたのは、見渡す限りの大平原だと言うこと
《本当に何も無いんだな……》
ジェス達の住んでいるところは巨大な洞窟だった。中を覗くと火を焚いた跡があり、その周りを囲むようにどこから持ってきたのか分からない敷布と毛布がそれぞれ3枚ずつ置いてあった
「ほぉ……」
感心するように洞窟の中を眺めているとズガァァァァァァァァァァァンという大きな地響きが聞こえ、その直後に何かを叫ぶジェス達の声が聞こえてきた
「外で何がっ……」
慌てて洞窟の外に飛び出すと、そこには棍棒を持ったトロールと思しきヤツがいた
『ニタァ……』
トロールは俺の姿を見つけると、薄気味悪い笑みを浮かべてこちらへ近づいてきた
『ミツケタァ……』
唸るような声とも言えぬ声と共に棍棒が大きく振り上げられる
「くそっ……」
咄嗟に背中に背負っている刀に手をかけるが間に合わなかった
無理だと思った瞬間黒い何かが俺を突き飛ばし、ガンッという鈍い音と共にそれも向こうの岩に弾き飛ばされた
『チッ……』
トロールは舌打ちしたが、俺の耳には届かない。俺の全ての意識は、俺を庇った黒い何かへ注がれていた
「ジェスっ……!!」
慌てて駆け寄る俺に黒い影が差す。振り向くとまたしてもあのトロールが俺目掛けて棍棒を振ろうとしていた
「今お前と相手している余裕は……」
言いかけたとき、俺の言葉を遮るようにチャリーンという金属音と共にオレンジ色の髪が揺れた。ズボンに付いている長く伸びた金色のチェーンを振りかざしてトロールに大きなダメージを与えたのはレイン。後ろに崩れ落ちるヤツを尚も殺らんとするのは、巨大な槍を振りかざすウォレス
「近所迷惑じゃこのどアホぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そんな2人を後ろにジェスへと駆け寄る
「ジェス……」
「かはっ……」
ジェスに近づくと、彼は血を吐いていた
「酷い怪我……!!ジェス、聞こえるか??」
俺の問いかけに、ジェスは薄めを開けて微笑んだ
「よし……。ジェス歩け……ないよな。どうするか」
運ぶ手段を考えていると、トロールとの交戦を終えたレインとウォレスが走ってきた
「ジン大丈夫か?!酷いな……。早ぉ中に」
「レイそっち持って。よいしょ……っと」
ジェスが洞窟内へ運ばれていく中で、俺はその場に留まったまま動けないでいた
《俺の所為で、また大事な人を……っ》
「キユ――――――――――――――ウ!!何やってんの早く」
ウォレスに呼ばれるまで俺は硬直したままだった
「ぁ……。今行く」
走りながらも俺の頭の中はジェスのことでいっぱいだった
《何か俺に出来ること……。何か……》
洞窟内へ戻ると、レインが覚束無い手つきで意識のないジェスの手当てをしていた
「レイン、替われ」
半ば無理やり替わってもらうと、ジェスを仰向けにして胸に手を翳す。するとオレンジ色の薄い光の板が出て、ジェスの治療を始める。俺にしか出来ない治療法
「キユウ……??それ」
「マジか……」
唖然としている2人を他所に、俺はジェスを見つめ続けた。心の中で侘びながら
しばらくして、ジェスの治療が終わった
「キユウ、君って……」
「今の行為について説明する必要は??」
ウォレスの言葉を遮って、話を進める
「……頼む」
「……」
レインに促されてから俺は小さく頷くと、今の治療行為についての説明を始める
「俺は幼い頃から他人の怪我の手当てをする力を持っていた。おそらく母譲りだろう。それと合わせて自らの怪我を治すことも可能だ。この力に気が付いたのは随分前だ。幼い頃に母が怪我をして帰ってきた。そのときに治療したのが始まりだ。……この位でいいか??少し寝かせてほしい。今ので大分疲れた……」
「あぁ、ありがとな。そこにある布団使ぅてええよ。それと、ジンと一緒に寝たって。キユウが傍におらんと俺らどないしていいかわからんから三連…」
「あぁ」
小さく返事をしてそっとジェスの眠る布団へ入る
「ジェスごめん」
《何も出来なかった……。ただ守られてるだけ……。なぜ俺はこんなにも無力なんだ??強くなりたい。ここにいる3人を守れるくらい強く……》
小声で謝る俺の後ろで、悲しげな顔をする2人がいることには気付かない