1 聖剣と姫騎士
業火の中、俺は一人刃を振るっていた。
パチパチと火花が弾ける。その中で、もう取り戻せない何かを探すように、俺の目は血走っていた。背後の小さな気配も、自分に怯えたように震える小さな手も、それら全てがただただ俺の心を蝕んだ。
こんな事に意味が無いのは分かっていた。でも、舌より余程雄弁に俺の怒りを語る白刃は、さらなる獲物を求めるかの様に輝いた。
雲一つない月夜は、俺の罪を煌々と照らし出す。赤黒い狂気に染まった俺は、かえって冷静でいるのかもしれない。
頬に冷たい感覚で、ふと思った。
「雨でも、降ってるのかなぁ。」
返事でもするように、焼けた家屋が崩れゆく轟音が響いた。
目が覚めた。
懐かしい夢でも見ていた気がする。だが、あまり良い夢では無かったのだろう。寝汗が酷い。
一人には丁度いいくらいの部屋で、ぼんやりと天井を眺めていた。いや、妹を起こしに行かないと。
朝日を取り込む為にカーテンを開ける。
ついでに窓も開ける。涼しい風が吹きこみ、寝起きの気怠さが薄らいだ辺りで部屋を出る。
隣室のドアをノックする。
「アリア?起きてるかー?」
「三度寝中」
「起きてるな、入るぞ。」
ノブを回してドアを押すと、真っ先に目に飛び込んで来たのは絶世の美少女だった。
艶のある白銀の髪に、幼さの残る顔立ち、青みがかった瞳。十分すぎる程整っているその顔はだらけ切っていた。
「あにー。まだ寝てるー。」
あにと呼ばれた俺、クロッツ・ソフェンは目の前の美少女・・・もとい、妹のアリア・ソフェンと暮らしている。
「じゃあ朝飯要らないな。」
「食べるー。」
「だったら起きろ。」
「んー。」
ゆっくりと体を起こすアリア。やはり可愛い。流石俺の妹。
「あに運んで。」
両手をこちらに広げて上目遣いでお願いされ・・・ても耐える。
「自分で歩け。」
「私の行動範囲は徒歩2分。居間に着いたら疲労困憊。」
そう、こいつは絶望的に体力が無い。更に、こいつにはそれに対する危機感のきの字も無い。
「日々の体力作りだ。」
しかしうちのナマケモノは頬を膨らませた。
「あにのケチ。」
こいつ・・・。可愛い。
結局いつもの様に俺が運んだ。
アリアが椅子でぐーたらしている間に朝食を作る。
「アリアー。」
「どうしたー。」
「お前本当にナマケモノみたいになっちまうぞー。」
するとアリアは椅子に座り直して言った。
「あに。ナマケモノは筋肉が少ない動物だから緩慢な動きしか出来ないの。つまり、頑張って生きてるの。私と一緒。」
アリアは頑張ってる怠け者、とは声に出さない。
そうこうする間に朝食が出来た。
「頂きまーす。」
アリアが一口食べて言う。
「ん。やはりあには料理の天才。」
「ありがとよ。」
「これでスキルが調理じゃないのは驚き。」
「まあ調理持ってたらこんなとこ住んでないだろ。」
そう、この世界では全ての人は生まれた時に一人一つスキルを授かる・・・らしい。
スキルを持っていればその分野のことは大概できるようになる。例えば、火魔法のスキルを持っていれば、魔法適正の高い人間でも習得に苦労する上位魔術のフレアバーストと同等の魔法もすぐに使えるようになる。
しかし、それは裏を返せばその他の分野に関しては血の滲むような努力が必要だという事。例えば、魔力回復というスキルを持つ人がいるが、そういう人たちはまず魔術を一から習得していく必要がある。隣の魔法師はあっという間に魔法で活躍している横で、魔法の劣化コピーである魔術を理論から学ばなければならない。
ちなみに俺のスキルは観測者。色々あったが結局魔物と戦う時にちょっと強いかな?と思う程度のスキル。
我ながら悲しくなってきた。一人で表情を変え続ける俺を向かいで見つめるアリア。
しばらく二人でスクランブルエッグやらパンやらを食べる。
「ご馳走様。」
アリアがそう言って完食したので、食器を片付ける。
アリアが書庫に入って本を読み始めたのを見て、俺は家を出た。
そうして俺は2、3日ぶりにある場所に来た。
「コケー!」
レッサーコカトリス、通称色鳥。
色付き鶏という不名誉なあだ名がさらに略された呼称であり、魔物でありながら最早家畜くらいの扱いを受けている鳥だ。
こいつは適当な小屋に十匹くらい入れておくとあっという間に増えるし、卵を産んでくれる。ぱっと見は薄い緑色で気持ち悪いが、味自体はちょっと味の薄い鶏卵みたいでなかなかイケるのだ。
ちなみに前にアリアをおぶってここに来た時、
「あにーこいつら鶏肉のくせにうるさいー」
と言って火魔術でまとめて焼き鳥にしようとしたのを止めて以来アリアは連れて来ていない。
卵を20個ほどカバンに入れて、家に戻ることにした。
家に帰ると、アリアが書庫に居た。
「あにーここの本全部読み終わったー」
こちらを不満そうに眺めるアリア。
「じゃあ今度街に行った時新しいのを買ってくる。」
「ん。」
アリアは満足そうに頷き、窓の外を見る。
そして、顔を青くした。
「あに。あれ・・・」
どうせ窓際にちょっとデカい蜘蛛でも居たのだろうと思って窓を覗く。
いやなんだアレは。
この家からちょっと離れたところに誰か居る。
騎士?だろうか。すごくプライド高そうな顔のフルプレ姿の女性が、剣を脇に置いてせっせと鎧を脱いでいる。
「何をしている何処の誰だ、アレは。」
「あにの知り合いじゃないの?」
「知らない人だよ。」
「ふぅん・・・。」
右側から強力な視線が突き刺さっている気がする。
やがて軽装になった彼女は両手を上げてゆっくりと我が家に近づいて来た。
「あに。」
無言でスキルの観測者を起動すると、彼女の情報が流れ込んで来る。
名前:リースティリア・コールドリッヒ・エクセシア
年齢:17歳
敵意:無し
スキル:聖属性付与
体型:・・・
おっと危ない。
「いや、ちょっと待てアリア、敵意無しと出てる。」
アリアがジト目を向けてくるが事実だ。
話だけでも聞いてやるべきだと思った俺は玄関へ向かう。
鍵の掛かった扉の向こうからハキハキとした声が聞こえてくる。
「私はエクセシア伯爵家次女、リースティリア・コールドリッヒ・エクセシアである。ここの家主に話があり、こうして護衛を付けず、武具も持たずに参上した!」
「めんどくせぇ・・・。」
何となく予想は付いていたが、やはり貴族だった。貴族は基本的に庶民の事を、有事には兵にもなり、叩けば税金が出てくる物くらいにしか思っていないことが多い。だから、庶民としては相手したくないのが本音。だが、意を決して鍵を開ける。
「呼びかけに答えてくださり感謝する!私は・・・」
そこで相手は言葉を切った。俺が風の攻撃魔術を構えて立っていたからだ。
目の前の姫騎士に言う。
「身体検査、受ける気あるか?」
呆気に取られた彼女は、しかしすぐに凛とした表情を取り戻す。
「くっ!好きにしろ!」
妙に彼女に似合ったセリフだった。
「アリア、身体検査だ。」
アリアが彼女に近づいていき、そのまま姫騎士の体をペタペタと触り始める。やがて息を切らしながら戻って来たアリアは言った。
「あの女許せない。デカい。あに、今すぐ処分。」
「よし問題ないな。」
はるばるこんな辺境を訪ねて来たのに少女の嫉妬で殺されました、じゃ可哀想だろう。
「改めて、エクセシア嬢。あなたは何をしに来た?」
あくまで語気は鋭く、警戒を解かずに。だが、彼女の返答は俺の予想を斜め上に飛び越えていった。
「不躾な要求なのは分かっている、だがこの地にある聖剣を貸して頂きたいのだ!」
はいぃ!?