ヴィーデリアス家のしきたり
初夜権を父親に譲るという描写があります。
嫌な気持ちになる方は読まれないほうがいいかと思います。
一ヶ月後に控えた結婚式に胸弾ませていた私は何も知りませんでした。
夫の家のしきたりを。
ドレスショップから届いたウエディングドレスがトルソーに飾られているのを親友のギャレがうっとりとした目をして見つめています。
「本当に綺麗ね〜」
「ありがとう。私も想像以上の出来栄えだと思っているの。何時間でも見ていられるわ」
「それは新婚生活に思いを馳せているからじゃないの?」
ギャレのからかうような言い方に私は頬を染めてしまいます。
「そ、それもあるけど……一生に一度しか着られないドレスだと思うと見ておかないと損をしたような気持ちになるのよ」
「そうよね〜ウエデングドレスだけは結婚式に着たらそれっきり仕舞い込んで虫干し以外で日の目を見ることってないものね」
「昔は母から娘に、娘からそのまた娘にと譲られてきたそうだけど、今は自分のためだけのドレスを作ることが主流になってしまったものね」
「昔はサイズの違いはどうしたのかしらね?」
「多少はゆとりを持たせて仕立てられていたらしいけど基本、人がドレスに体を合わせていたそうよ」
「譲られたドレスが細身だと辛くて苦しい思いをしそうよね」
「そうよね。でも私、お母様のドレスに袖を通したことがあるの」
「そうなの?」
「ええ。お母様のドレスもすごく綺麗で袖を通してみたいとお願いしたの」
「小母様のドレスは体に合ったの?」
「ウエストは私のほうが細かった。とだけ言っておくわ」
「ふっふふっ。胸元は緩かったのね?」
「……黙秘権を行使することにします」
「黙秘権を使用する当たり、白状しているのと同じよ」
「エルスラーは気にしないからいいのよ」
ギャレから視線を外して私は頬を膨らませた。
一度きりのウエディングドレスに袖を通して、父と腕を組んで赤いカーペットの上をゆっくりと歩く。
父はもうすでに涙目になっている。
私の正面には神父様と婚約者のエルスラーが私が辿り着くのを待っている。
エルスラーは私を見て目を細めている。
その表情が私を愛おしいと思っていてくれているのが解る。
思わず歩みが早くなりそうになるけれど、父が私を引き止める。
そう。今は父との時間を大切にしなければ。
エルスラーに手が届くところまできて、父が私をエルスラーに手渡そうとするので私は父に抱きついた。
「必ず幸せになるわ。お父様。今までありがとうございました」
父の潤んでいた目から涙がこぼれた。
母が父を迎えに来て、私はエルスラーの手を取った。
恙無く結婚式を終え、お披露目会を途中退場して初夜の準備に取り掛かる。
緊張と沢山の人との挨拶で疲れた体を侍女たちがマッサージをして癒やしてくれる。
この後のことを妄想してしまって思わず顔が赤くなる。
生暖かい侍女たちの視線を受けて一層羞恥に悶えながら初夜のための準備が整い、侍女に手を取られて夫婦の寝室へと案内された。
「こちらでしばらくお待ち下さい」
「ありがとう」
エルスラーが来るのを待つのは、一分が一時間に思えてしまう。
胸が高鳴ると同時に不安も同じだけある。
初めての時は痛いと説明を受けたけれど、私は上手にエルスラーを受けいられるか心配で仕方なかった。
待つ時間が三十分を過ぎると、エルスラーが来てくれなかったらどうしよう? という不安が心の中を占め始める。
ソファーに腰を下ろして手を胸の前で組んで不安な思いで扉を眺める。
なんの前触れもなくドアが開いてエルスラーが見えた。
「エルスラー!!」
「ユリシュア。待たせたかな?」
「一週間くらい待ったような気がするわ!」
ソファーから立ち上がりエルスラーに抱きつこうとした。
エルスラーの背後に人の気配がして思わず立ち止まる。
「お義父様?!」
「ユリシュア。とても綺麗だね」
義父の言葉に粘着質なものを感じてなんだか嫌な気分になる。
「このような格好で申し訳ありません……」
「その姿でないとこの後の時間に困るだろう」
ふっふっふっ。
と笑う義父の視線が私の体の上を這うのが気持ち悪くてエルスラーを盾にするかのように体を隠した。
「ユリシュア。結婚式を終えて君はこの家の人間になった」
「は、はい……」
「ヴィーデリアス家にはしきたりがあるんだ」
「しきたりですか?」
「一人目の子供は父親の子供を産んでもらうというものだ」
「えっ?!」
何を言われたのか理解が追いつくことができなくて戸惑う。
「私自身、祖父の子供なんだ」
エルスラーが私の腰を抱いて義父の前に差し出す。
「えっ?」
エルスラーの言っていることが理解できない。
エルスラーが義祖父の子供?!
「ヴィーデリアス家では息子の嫁は父親の子供を出産するまで、夫である私との性交渉は持てないんだ」
「冗談ですよね?」
「冗談でこんな事言わないよ」
義父が私に近寄ってくる。
逃げようにもエルスラーに腰を掴まれていて逃げられない。
義父が私の腕を掴む。
「いやっ!!」
「私と結婚するためには必要なことだから大人しく受け入れるんだ」
「嫌よっ!! エルスラー!! お義父様と関係を持てと言うの?」
「そうだ」
エルスラーと義父の二人掛かりでベッドに押し倒され、エルスラーが頭上で私の腕を抑え込む。
義父が私の体に伸し掛かってきてナイトウエアを剥ぎ取られた。
それからは正気を失うような時間が流れた。
エルスラーは私が抵抗しなくなるまで腕を押さえ続けた。
エルスラーとの幸せな時間を思い描いていたことは粉々に砕け散った。
初夜の夜から対外的にはエルスラーが夫だけれど、寝室では義父が夫だった。
義母に助けを求めたけれど「この家のしきたりだから仕方ないのよ。私も耐えてきました。一人目の子供を産むまでは我慢しなさい」と言われた。
「お義母様は自分の夫がこんなことをしていて何も思わないのですか?!」
「妻たちが何を思おうと、ヴィーデリアス家の男たちが変わることはないわ。この家に嫁いだ以上我慢するしかないのよ」
タイミングが合わないのか、私が妊娠しづらいのか、すぐには妊娠しなくて結婚してから二年間義父と夜の生活を続けることになった。
エルスラーとは外出時にエスコートしてもらう以外触れ合うことはない。
時折寝室に現れて義父と私の性行為を眺めているだけ。
義父は妊娠してからも何度も何度も私を求めた。
そして出産間際のベッドの中で「ユリシュアを手放すのは惜しいな。男の子が生まれるまでにすればよかった」と言われて私は正気を失いかけ、陣痛を起こして痛みのあまりに正気を取り戻してしまった。
狂ったままでいられたらどれほど楽だったろうと長い陣痛の苦しみと、義父の子供だと思うと悍ましくて仕方なかった。
生まれてきたのは男の子で、これで義父に触れられなくて済むとホッとした。
約二年間夫の父に犯され続け、エルスラーに対する愛情はなくなってしまっていた。
子供を産んでしまったことでこの国では女の私から離婚することもできない。
出産後、夫婦の寝室が一新された。
カーペットから家具に至るまですべての物が新しい物と取り替えられた。
私のナイトウエアすらも新しいものに取り替えられた。
産後性交渉が認められ、エルスラーとの初めての夜。
エルスラーが私に触れようとしただけで私は吐き気がして、エルスラーが触れた途端夕食をすべて吐き戻した。
エルスラーが触れようとするたびに吐き戻し続けると、二週間ほどでエルスラーの忍耐が切れたのか、盥に顔を押し付けられ、背後から貫かれた。
痛みと屈辱しか感じないエルスラーとの初めての夜だった。
私が吐き戻すため口付けすらなく、意識を失って目覚めたときにはベッドに一人だった。
それ以降エルスラーから慈しみをもって触れられることはなく、ただただエルスラーの排出行為でしかなかった。
こんな事思いたくはないが、義父との性交渉のほうがよほど良かった。
エルスラーとはすぐに妊娠した。
エルスラーからの酷い扱いに痩せてしまった私は出産に耐えられるか解らないと医師に言われ、腹の子と私のどちらの命を優先するかと聞かれて、エルスラーは「腹の子を」と答えた。
愛し合っていたはずの私たちにはもうどこを探しても愛情などなかった。
残念なことに私は出産に耐えることができてしまい、その後エルスラーの子を三人産んだ。
エルスラーは私を妊娠させる以外で触れることはなくなり、三人目を産んでからはエスコートすらしなくなった。
外に女性を囲っているらしく、仕事以外で屋敷に戻ってくることも無くなった。
子供たちは父親の愛を殆ど知らずに育ち、義父の子、カリバスが来月成人する。
義父が「成人の日にカリバスにこの家のしきたりを教える」と言ったので、こんなしきたりを後世に続けてほしくなくて、私は義父の食事に毒を盛った。
アオリネという北の最果てにある毒。この国にはないので気づかれることはないと思いたい。
無味無臭で死が訪れる時は心臓発作と見分けがつかない。と説明を受けている。
実はこの毒を見つけるまでに十四年掛かっている。
こんな非道なヴィーデリアス家のしきたりをどうしても終わらせたかった。
義母も一緒に自然死に見えるように殺す方法を探してくれた。
義父は気づかずに毒入りの食事を堪能して、一人ベッドで事切れた。
苦しかったのか、胸を掻きむしった後があった。
医師は心臓発作と診断を下した。
私と義母はホッと胸を撫で下ろした。
義父が亡くなったためエルスラーが屋敷に戻ってきた。
エルスラーも「カリバスの成人式の日にヴィーデリアス家のしきたりを教える」と言った。
エルスラーにも毒を盛ろうとしたけれど義母が反対した。
夫は殺せても我が子は殺せないということなのだろう。
私もカリバスを殺せるかと言われたら殺せないかもしれない……。
それは愛情なのか何なのかは解らないけれど。
私は義母に内緒でエルスラーの食事に毒を盛った。
その日の夜、末の子を産んで以来初めてエルスラーは私の中に入ってきた。
嫌がる私に興が乗ったのか、力でねじ伏せられてしまった。
そしてエルスラーは私の中にいるときに苦しみだした。
エルスラーは胸の痛みを我慢できなかったのか、私の乳房に噛みつき、事切れる直前に私の乳房を噛みちぎった。
私の絶叫を聞いて侍女がドアを叩き、私がかすれた声で入室を許可するとベッドの上の惨状を見て腰を抜かした。
私は噛みちぎられた傷のため葬儀には参列できなかった。
エルスラーの葬儀に出たくなかったので丁度良かったと思っている。
義母は私がエルスラーに毒を盛ったことに気がついたけれど葬儀が終わるまで何も言わなかった。
葬儀が終わって、私がベッドから起き上がれるようになってから、義母はぽつりぽつりと愚痴を零すかのように力なく私を責めた。
「ユリシュアがエルスラーに毒を盛ることは解っていたわ。
私ができなかったことをしてくれたのだもの。感謝しているわ。
ヴィーデリアス家のしきたりを途絶えさせるためには必要なことだったもの……。
仕方がないと解っているわ。
それでもユリシュアを恨んでしまうことは許してね……」
「解っています。
私がお義母様の立場なら私も恨むかもしれません。
お義母様。お願いです。私は今動けないのでしきたりに関するすべてのものを処分してください」
「解ったわ」
「代々当主だけが引き継ぐ書類の全てにも目を通してくださいね」
「カリバスの代で、その子供たちにこの家のしきたりなどさせたりしないわ」
「お義母様よろしくお願いします」
カリバスは一つ年下の可愛いお嫁さんを選び、結婚式が後一ヶ月というところまできた。
二人は輝かしい未来を夢見てとても幸せそうだ。
この家のしきたりがなくなって、笑顔でお嫁さんが暮らしていける家にしたい。
そう思っていた。
カリバスの結婚式に参列するために義父の弟、フェンディ一家が滞在することになった。
ひと目見て義祖父はフェンディーの妻にもヴィーデリアス家のしきたりを強要したのだと解った。
そしてフェンディも今現在、我が子の妻にヴィーデリアス家のしきたりを強要しているのだと解った。
そして、フェンディが私たちに話を始めた。
「父上も亡くなり、エルスラーも亡くなってしまって、ヴィーデリアス家のしきたりを果たす者がいなくなってしまったため、カリバスの妻になる女の一人目の子供は私の子供を身籠ってもらうことになる」
カリバスは叔父であるフェンディが何を言っているのか理解できないのだろう。
口をぽかんと開けている。
義母が「馬鹿なことをっ!!」とフェンディを諌めたが「しきたりはしきたりだ!!」と聞く耳を持たなかった。
フェンディがいなくなるとカリバスが一体何の話なのか?と責めるように尋ねてきて、義母が仕方なくぽつりぽつりとこの家のしきたりの話をした。
「ということは私はお祖父様の子供ということなのですか?!」
私が答えられずにいると義母が「そうよ」と短く答えた。
「母上! 嘘ですよね?!」
すがるように尋ねられたが、私はカリバスが望むような答えを返せなくてただ口をつぐむ以外何もできなかった。
ふと何かの考えに思い当たったのか「まさかっ!」と言って私と義母の顔を見比べる。
「お祖母様と母上はもしかしてお祖父様と父上を……」
義母が「仕方なかったの!! この汚れたしきたりをなくすためにはっ!!」とガリバスの手を掴んで許しを請う。
「カリバス。モニーカをエルスラーに差し出せる? そんなことしたくないでしょう?
誰も幸せになれないのよ!! お義母様も私も幸せになれなかった。
愛する人との初めての夜を夢見ていたのに、結婚式の夜にお義父様に蹂躙されたのよ……」
「だからといって殺すなんて……」
「フェンディを殺さなくてもいいの?」
「えっ?」
「このままだとモニーカは結婚式の夜フェンディに蹂躙されることになるのよっ!」
カリバスはフェンディを殺す決断はできなかったけれど、モニーカをフェンディに差し出す気はないと断言した。
カリバスはフェンディとフェンディの息子と話をすると言って部屋から出ていったが、一時間と経たずに説得はできないと諦めたようだった。
カリバスは何も言わずに私と義母を見た。
その視線にはフェンディだけでなくフェンディの息子も殺してくれと訴えていると私も義母も受け止めた。
義母はまた我が子と孫を喪うことになるのかと肩を落とした。
カリバスとモニーカの結婚式前夜、フェンディとフェンディの息子が胸を掻きむしって亡くなった。
二人の死を隠してカリバスとモニーカの結婚式を終わらせ、二人の初夜は誰にも邪魔されることなく無事朝を迎えた。
医師がとうとうフェンディとその息子の死に不審なものを感じてしまった。
けれど医師は口をつぐむことにしたのか何も言わず死亡宣告をした。
遺体が腐ることも厭わず、葬式はカリバスたちの結婚式から一ヶ月以上日を開けて執り行った。
親族だけで葬儀を終えると、フェンディの息子の妻に「ありがとう」と感謝された。
フェンディの妻には「もっと早くこうすればよかった……」と泣かれた。
カリバスとモニーカの子供が生まれ、屋敷の中は幸せに包まれていた。
義母はカリバスの子供の顔を見て数日後、心臓を掻きむしって亡くなった。
私はその死に関わっていない。
けれどその死に様はこの家の男たちの死に酷似していた。
義母の死の真相は解らないまま時は流れ、カリバスの子、ロイドが成人した。
カリバスが「私の父は早くに亡くなってしまったため、しきたりの通りにできなかったが、ロイドの結婚からヴィーデリアス家のしきたり通りにする」と言い出した。
「どうしてそんなことを?!」
と私はカリバスを責め立てた。
「この家の過去帳に記されていた。ヴィーデリアス家のしきたりは未来永劫続けなければならない」
「自分だけが難を逃れたからといって子孫に誰も幸せになれないしきたりを残すなんて許されないわ!!」
「母上は外の人間だからそんなことが言えるんだ。守っていかなければならないものもある!」
義母はしきたりに関するものすべてを廃棄したのではなかったのか?
過去帳なんていうものを残しておくなんて!!
今はもういない義母を恨みに思いながら私は決心するしかなかった。
ロイドの婚約の祝の日、カリバスの食事にアオリネの毒を食事に入れた。
カリバスはその夜胸を掻きむしって亡くなった。
カリバスの葬儀の後、モニーカにヴィーデリアス家のしきたりの話をした。
そして私が義父、エルスラー、フェンディ、その息子、カリバスに毒を盛ったことを話し、二度とヴィーデリアスのしきたりを復活させてはならないと話した。
そしてモニーカと二人してしきたりに関するものを探し回った。
義母が見逃していたものに火を付けて私はホッと息を吐いた。
「仲が良かった貴方たち夫婦を引き離すことになってしまったことは悪かったと思っています。けれどロイドの妻になる子が不幸になるヴィーデリアス家のしきたりを子孫に引き継がせるわけには行かなかったの。許してとは言わないわ」
モニーカは私の話に怯えていたけれど、ヴィーデリアス家のしきたりは絶対復活させないと約束してくれた。
そしてもし、子供や孫の誰かが再びヴィーデリアス家のしきたり通りにすると言い出したらアオリネの毒を使いなさいと、私が持つ残り僅かのアオリネを渡し、そして入手方法も教えた。
「必ずこの家に嫁いでくる嫁にヴィーデリアス家のしきたりを復活させていけないと話して聞かせるのよ。男たちには内緒で! 必ずこの家の不幸の連鎖を止めなくてはならないわ」
「わかりました。お義母様」
私はそれから暫くしたある日、夕食が終わりお茶を飲んでいるとモニーカが私を見つめた。
「どうしたの?」
「お義母様。ごめんなさい。カリバスのことをどうしても許せなかったのです」
「……いいのよ。でもこの家の、ヴィーデリアス家のしきたりを子供たちに受け継がせないでね」
「はい。約束します」
その夜私は胸を掻きむしって死ぬことになった。
初夜権…… 酷い制度もあったものです。
実際は初夜の権利だけで、子供が生まれるまでなんてことはなかったと思いますが、一発必中の場合は初夜権を持っている人の子供だったかもしれないと……。