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発熱ー4

 その様子を近くから見ていた三ツ矢と数人の研修医達…


「あの先生…アメリカ帰りの凄腕って聞いたけど、本当に大丈夫なのかしら?なんだかちょっとボーっとして抜けてる感じしない?顔もなんか子供っぽいし…だからかしら?何故か子ども達に大人気なのよねぇ~」


「子供達だけじゃないらしいよ。外来でも、問診が丁寧だって評判だよ!俺、この間、外来診療一緒だったんだけど…本当に時間かけて聞き取りすんの…そんな事病状に関係あんのかーって事まで…家族の事とか、仕事や趣味の事までさぁーだからすんげー時間かかっちゃって…お陰で昼メシ食い損ねたし!」


「病棟の回診だってそーだぜ!一人一人脈拍みたり血圧測ったりしてさぁーそんなの看護師にやらせりゃいいのに…挙げ句に雑談にまで付き合っちゃって…入院患者なんてみんな暇持て余してるもんだから、まぁそりゃ話し弾む、弾む…あの先生、俺等研修医にはろくに口聞かないし、周りの先生方や看護師にも必要最小限の会話しかしないくせに、入院中のじーさんばーさんには、結構しゃべるんだぜー」


 研修医達は呆れ気味に、皆口々に話しをする。そんな中、三ツ矢が苦々しく口を開いた。


「あいつ…のうのうと医者続けてんだ…」


 紅一点の研修医…立花恵が、驚いて尋ねる。


「なに?三ツ矢くん原田先生の事知ってんの?」


「あいつは…俺の親父を見殺しにしたんだ!」


 その言葉に、場の空気が凍りついた。



 三ツ矢健人の父親は、四年前…健人が二十歳の医大生の頃に亡くなった。当時五十二歳と言う若さだった。町中の開業医で、丁寧な診療と時間外の急患でも嫌な顔一つせず対応してくれると評判の医師だった。ある日、腹部に妙な張りと引きつるような痛みがあると言い出した。看護師として父の医院を手伝っていた母が異変を感じ渋る父に無理やり大学病院を受診させた。その診察とその後のカメラ検査を行ったのが当時そこで研修医として勤務していた瑠唯だったのだ。瑠唯は慢性の腸炎との診断を下し、その後の検査でも特に問題ないとして薬を処方され父親は帰宅した。…しかし…その夜、父は突然激痛を訴え苦しみ出した。直ぐに救急車で搬送したが…病院に着いた時には既に心肺停止の状態だった。直ぐに蘇生と治療を行ったが…父はそのまま還らぬ人となった。信じられなかった。ついさっきまで笑って一緒に食事をしていた人間が、今は冷たく物言わぬ骸となって横たわっている。母は呆然と立ち尽くし、姉は泣き崩れそして健人は唇を噛み締めた。

研修医の診断に何か誤診があったのではないか?ふとそんな疑問が頭を過ぎった。

 研修医の医療行為には当然の事ながら指導医達の諸々のチェックが入る。検査の画像も両親が揃って確認したらしい。母も腸内は綺麗だったと言っている。だとしたらあの様に急変して死に至るなんて事があるのだろうか?研修医による何か見落としがあったのではないか?…健人はどうしても納得がいかなかった。優しい父だった。どんなに忙しくても、何時も家族を気に掛け、母を労い、姉や自分を温かい目で見つめた。男として、医師として、尊敬していた。目標だった。いつか父の様な医師になりたいと思っていた。そんな父がもういないのだ。母や姉が止めるのも聞かず、健人は病院にきちんとした説明と話し合いを迫った。

 その申し出を受ける形で病院からは、事務長、顧問弁護士、担当教授、それに指導医だと言う消化器外科の医師が席に着いた。直接診療した研修医はいなかった。

大学病院側からの説明では…診断は、「劇症型腸炎」…原因も事前の兆候も全くわかっていない。

慢性の腸炎とおぼしきものが急激に悪化して腸壁のあちこちが一気に裂けて腹腔内で大出血を起こす…自覚症状が出てから死亡までの平均時間が約四十分…症例も極端に少なく…というより、死亡原因として判明すること自体が稀で多くは原因不明の内臓損傷として処理されるという奇病らしい。

 そんな病気が本当にあるのか?

だいいち何故直接診察した医師が出て来ない!いくら研修医と言ったって、診断を下した医師だろう!…最終的には指導医達の判断だと言われても納得がいかない健人に病院側がさらなる追い打ちをかける提案をする。…この症例を研究する為に献体してほしいと…

 絶対反対だった。父は苦しんだ。あの逞しかった父が、それこそ、文字通りのたうちまわって苦しんだのだ。その上身体を切り刻んで研究材料にする…もしかしたら何らかの隠蔽工作でも目論んでいるのではないか…そんな事絶対認められないと思った。思ったのに…母は…今後の医療の発展の為にと献体を承諾したのだ。当時准看護師として働いていた姉までもが賛成したのだ。健人は席を蹴ってその場を後にした。その後の大学側の提案も異例だった。献体に対する謝礼金一千万と健人の医学部在籍中の学費援助。母はそれを受けたのだ。どういう想いだったのかは未だにわからない。

 

 それ以降、健人はほとんど実家に寄り付かなくなったから…







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