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完治ー1

 朝九時…そのオペは開始された。


 前立ちに加藤、第二助士に篠田、麻酔に滝川、器械出しは三ツ矢優子…


 会議室では、大型のモニターにオペの様子が映し出されている。


「随分と奥まったとこに絡みついてるねぇ…」


 高山が渋い顔をする。周りに、オペの事を聞きつけた他病院の医師が集まっている。異例の事だが、地域の連携病院と言うこともあり、高山が招いたのだ。大学病院から、脳外の部長と松本教授が…隣町の山川医院からは院長…修司の父である…と兄が来ている。

 そこに山川の姿はなかった。



 第一オペ室の上に今は使われていないガラス張りの部屋がある。昔、オペを見学する為に作られた部屋だが、そこからは執刀医の手元が良く見えない。現在では別室にてモニターで見学するのが一般的だ。しかし山川は、髙山に鍵を借り、敢えてそこからオペ室を…いや、瑠唯を見つめていた。少しでも側で見守りたかった。瑠唯も何時ものルーティンの時に山川の姿に気が付いた。嬉しいと思った。心強かった。



 病巣は、当初の予想を遥かに上回り、脳の奥深く複雑に絡みついていた。瑠唯は挫けそうになる。これ程の病巣を、周りの神経に全く触れることなく取りきれるのだろうか?しかしその度に上から注がれている温かい視線に励まされた。少しずつ慎重に、しかし手早く病巣を引き剥がしていく。七時間を要したそのオペは、遂に全ての病巣を取りきり終了する。見学していた医師からは次々と称賛の声が上がった。その中にいた茜は、父の隣で唇を噛み締めている。


「あの程度のオペ、アメリカ帰りなら出来て当然じゃない…」


 俯きがちに呟く茜に、側にいた医師たちが驚愕の眼差しを向ける。当然、父親である松本教授の耳にも届いていた。


「茜…今のオペを「あの程度」と思うなら、お前はもう一度研修医からやり直した方がいい…」


「パパ…そ、そんな…」


「研修医時代からうちの大学病院しか知らないお前を、髙山院長に頼んで少し勉強させてもらおうと思ったんだが…どうやら無駄だったようだ。お前は山川くんとの接点を増やしたくて今回の研修を受けただけだったんだな。私が間違っていた。お前はもう一度、医師としての心構えから学びなおすべきだ。…髙山院長、この度は娘が大変ご迷惑をおかけした。申し訳ない。娘は今日、このまま連れて帰ります。」


 松本は深々と頭を下げる。

 茜は俯き、もう言葉も出なかった。


「それにしても、見事なオペだった…やはり血は争えんな。手元だけを見ていると、まるで大河原のオペを見ているようだった。」


 その言葉に場がざわめいた。


「ま、松本…それは…その…未だちょっと…」


 髙山が狼狽える。


「えっ?なんだ…未だ瑠唯ちゃんは、原田姓を名乗っているのか?」


「ああ…それについては、本人の意向も確認しないと…」


「だが、もう言ってしまった。構わんだろう…彼女も既に医師として自分の足でしっかり立ってる。大河原の娘だからといって、今更誰も「親のななひかり」なんぞと言う奴はいないさ。」


 ハハハハと豪快に笑う松本を髙山はガックリと肩を落として見ていた。




「お疲れ様でした。ありがとう…ございました。」


 瑠唯はその一言を残して、足早にオペ室を去る。極度の緊張から解き放されて、泣き出しそうだったから…

 スクラブの上に白衣を羽織っただけの姿で、彼女は何時もの場所にいた。休憩中の医師等がチラホラといる中、一人でぼんやり夕陽を見ていた。七時間神経を張り詰めオペを乗り切った身体はクタクタだったが、やり遂げた興奮からか頭は冴えていた。ただ思考は停止している。


「お疲れ様…」


 疲れた身体を、ふんわりと包み込むような声は山川だった。


「山川…先生…」


 山川は瑠唯の隣に腰を降ろして、膝の上の手を握る。


「見事なオペだった。」


「未だ…わかりません…病巣は全て取りきって、命は助かりました。でも…それだけじゃ駄目なんです。」


「確かに、大野先生が目を覚ましてみなければ、後遺症の有無はわからない。だが、あれ以上のオペは、おそらく誰にも出来ない最高のものだった…医師として君は最善を尽くしたんだよ。ここから先は神の領域だ。」


「そう…なんでしょうか…?」


「そうだよ!そして人間は食事をしないと生きていけない。」


「はぁ~?」


 突然の山川の発言に瑠唯が素っ頓狂な声を出す。


「おそらく君は、朝から何も食べて居ないだろう?オペ前に食べると集中力を欠くからね。」


「なんで…ご存知なんですか?」


「僕もオペ前は食事をしない。オペが成功したご褒美にご馳走するよ!」


 サラっと答える。


「さて…何処に行こうか?この前のレストランは何か縁起が悪いから…」


 瑠唯は暫く考えて…


「じゃあ…以前歓迎会をしていただいた、焼き鳥屋さん!」


「えっ?そんなとこでいいの?」


「そこがいいです!だって…あの時、焼き鳥食べ損ねたから…海外から戻って、初めての焼き鳥だったから、結構楽しみにしていたんですよ。」


「わかった!じゃあ、そこに行こうか。」






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