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予兆ー2

 向かったERは、近くであった交通事故のけが人の搬送で当番医二名研修医二名が慌ただしく対応に追われていた。重傷者三名、軽傷者二名…


「分かりますかー医師の上原と言います。お名前言えますかー」


 重傷の男性は、微かにうめき声を上げるが答えない。


「田中さん…ラインとって!」


 医師が近くの若い看護師に指示をする。


 騒然とするERの片隅に、簡易ベットに虚ろな目つきで朦朧としている10代の女の子とその側で呆然と佇む父親らしき男性がいた。

 孝太が徐ろに声をかける。


「村上さん…何があったんですか?」


 男性が直ぐ様立ち上がり、縋るような目で孝太の姿を捉えた。


「あっ!長谷川先生!美香が…美香が…!」


「村上さん…落ち着いて…事情を説明して下さい。」


「美香が…此方で処方して頂いている睡眠薬を大量に飲んでしまって…私が管理していて…一日分づつ渡していたのですが…飲まずにためていたようで…」


 父親は動揺しながらも、どうにか説明する。


「大量にって、何錠くらい?飲んだのはどのくらい前ですか?」


 孝太が冷静に聞き取りをする。


「量は三十錠…くらい?…それ以上かも…時間は…わかりません…二時過ぎに私が帰宅した時には、もうこういう状態で…せっ、先生…美香は…美香は…助かりますよねぇ…先生…お願いします!美香を助けて下さい!お願いします!」


 父親が孝太に縋りつく。


「お父さん!大丈夫ですよ!飲んでしまった量も量ですので、胃洗浄をしたいと思うのですが…よろしいですか?」


「はい…はい!お願いします!お願いします!先生…先生…娘を…美香を…お願いします!」


 縋りつく父親の手を外し…


「師長…お父さんを待ち合いにお願いします!」


「お父さん!娘さん処置しますから…あちらでお待ちいただけますか?」


 応援に来ていた看護師長が父親を待ち合いに促す。


「三ツ矢君!ラインとって!内海さん!胃洗浄の準備して!」


 あたふたとしている研修医と傍らにいた看護師に孝太が指示を飛ばした。


「三ツ矢」…その名に瑠唯が一瞬息を飲む…思わずその研修医に目をやると、未だ日の浅い彼はライン確保に手間取っていた。


「代わる!貸して!」


 突然割り込んできた瑠唯に押されて、一歩後ずさる三ツ矢と呼ばれた研修医が、しかし見慣れない人物に場を奪われ、憮然として孝太に視線を送った。


「大丈夫!彼女は本日付けて着任した、外科の原田先生…アメリカ帰りの凄腕だ!」


「過大評価は止めて下さい!長谷川先輩!」


 思わず瑠唯が叫ぶ。


 二人のやりとりを唖然として見ていた三ツ矢が、次の瞬間息を飲む。瑠唯の手によるライン確保は一瞬だった。美香の腕に左手で触れた瞬間に針を差し終わっていた。あまりの手際のよさに周りで見ていた者たちが呆気に取られた顔をする。


「私、後ろから押さえましょうか?」と瑠唯が孝太に尋ねると


「いやっ…苦しがって暴れる力はそうとうだから、出来れば原田先生…処置の方、お願い出来る?俺が抑えるから…」


「わかりました!

 村上さん…美香さん!医師の原田といいます。今から、胃の中のお薬を洗い流します。少し苦しいと思いますが、頑張りましょうね!」


「…止めて…ほっといて…お願い…私…消えちゃいたい…」と力なくつぶやく美香に


「美香ちゃん!長谷川です!頑張って!お父さんが心配してるよ!美香ちゃん居なくなっちゃったらお父さん一人ぼっちになっちゃうよ!」


 後ろから彼女を支え、背中を優しく擦る。


 数年前妻を病気で亡くしてから、村上は男手ひとつで美香を育てて来た。しかし父親一人では生活の様々な事が行き届かない。やれ着ている洋服が何時も同じだの、スカートの裾がほつれているだのとクラスでイジメが始まる。そして美香の自傷行為が始まったのだ。


「長谷川先生…?もう…私…無理…」


 そう言うと、美香は眠るように意識をなくす。

 瑠唯が慎重に胸の音と脈拍を確認して、素早く、しかし丁寧に胃洗浄を施していく。処置が素早く、かつ的確であったためか薬で意識が薄かったせいか、美香の抵抗はそれほどでも無かったのだがやはり身体への負担はそれなりであったようで、処置を終えると孝太に寄りかかるように、ぐったりとしていた。そんな彼女を労わるように、身体を抱え上げるとストレッチャーに寝かせる。そして師長を振り返り


「何処かベット空いてますか?

 念の為、一晩入院して様子をみましょう。お父さん呼んで下さい。説明しますので。」


 そこへ又、受け入れ要請の連絡が入る。


『七歳男児、頭部裂傷、意識レベル1、受け入れお願い出来ますか?』


 先程「上原」と名乗った医師が瑠唯に視線を向ける。


「原田先生いける?」


「はい!」


 瑠唯は咄嗟に応えていた。

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