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進行ー4

「いやぁ~、大野くん、よく来たねぇ〜。待ってたよ~。」


 院長室に、高山の呑気な声が響き渡る。


「山川先生も一緒んだったんだねぇ〜。」


「お久しぶりです!高山院長…偶然空港で大野先生にお目にかかりまして…迎えの車に便乗させて頂きました」


 山川が答える。


「それはちょうどよかったじゃないか?…あれ?瑠唯ちゃんと長谷川先生は?」


「原田が、空港で過呼吸起こして、長谷川くんに部屋まで送ってもらってます。」


 大野が言うと…先程までにこやかだった高山の顔が曇る。


「えっ…過呼吸って…まさか発作を起こしたかい?」


「いえ…そこまでは…本人は立ち眩みだと言ってるんですけど、ちょっとそう言う感じじゃぁ…俺に会って、フラッシュバックしたかとも思ったのですが…」


 そこで山川が始めて口を挟んだ。


「発作って…瑠唯…いえ…原田先生…何かあったんですか?」


 高山と大野が同時に山川に目を向けた。「瑠唯…」と言いかけた事に驚いたのだ。そして髙山が


「山川先生…瑠唯ちゃんとは何処かで…?」


「はい…最初にご報告した方がよいと思いまして…今日、ご挨拶とご報告を兼ねて伺わせて頂きました。」



 山川は滝川から連絡を受けて瑠唯がこの高山総合病院に着任したのを知った。二人は同期なのだ。

驚きと共に喜と興奮に打ち震えた。彼女がアメリカの大野の元に渡ったのは知っていた。あの時の自身の行動を振り返り、そして後悔して…誓ったのだ。瑠唯が帰国したら会いに行こう。一から彼女との関係をやり直す為に…そして彼女が受け入れてくれたら、二度と再び彼女の手を離すまいと…いや…もし、拒まれたとしても、どんな形であっても彼女の側にいようと…そう…誓ったのだ。


「私は…彼女が研修医時代の指導医でした。…一年間…だけでしたが…」


 髙山が目を見開く。


「君が…じゃぁあの時責任を取って辞めた若い医師と言うのは…」


 今度は山川が目を見開く。


「院長はあの時の事をご存知なんですか?」


「ああ…知っているよ。松本くんは、僕の友人だからね。あの時の事は…事故とは言い難いものだったとも聞いている。だから君が責任を取って大学病院を辞める事はなかったとも…ましてや当時研修医だった瑠唯ちゃんには何の責任もなかったはずだ。そもそも「劇症型腸炎」の見極めはベテランの医師でも困難だ。松本くん自身も自分でも予見できなかっただろうと言っていた。ご家族も納得して献体までしてくださったと聞いている。」


 松本と言うのは当時の担当教授だ。


「なのに、そのせいで自分が目を掛けていた若者が大学病院を去ることになったのはとても残念だったと悔やんでいたよ…君はひょっとして瑠唯ちゃんの本当の名前を知っているのかい?」


「はい…彼女が大河原教授のお嬢さんだということは、大学病院を辞める時に松本教授から伺いました。」


 すると髙山は静思し、目をつぶり


「僕と松本くんは、大河原くんの友人だったから…とても仲のよい…友人だったから…」


 そう言うと目を開き山川に、射抜く様な視線を向けて


「で…君は、どうするつもりなんだい?」


 と、問いかける。


 その視線をまっすぐに受け止めた山川は


「私は…彼女と、大河原瑠唯さんと、生涯共にありたいと思っております。」


 そう、きっぱりと答えた。


「しかし…君には松本くんの娘さんとの縁談があったのではないかね?確か彼は君を娘婿に、そして自分の後継者にと望んでいたはずだ。君のご両親もその事を喜んでいらしたんじゃないかい?」


「そのお話しは、大学病院を辞めるときにはっきりとお断りしております。そもそもはじめからそのお話しをお受けするつもりは全くありませんでしたから…」


 髙山は視線を落とし


「そう。…でも…駄目だよ!今の君では未だ駄目だ。今の状態では未だ君に瑠唯ちゃんを任せる訳には行かないよ!」


「承知しております。今後は充分精進を重ねて、医師としても、人としても、彼女にふさわしい者になりたいと思っております。」


 …そう静かに答える山川の目には確固たる信念が映し出されていた。


 それまで黙ってそのやり取りを聞いていた大野が


「まあ…それもこれもあいつ次第って事だな!」と言い放つ。


「山川先生…ひとつ言っておく。瑠唯は…原田は…PTSDだ。」


「心的外傷後ストレス障害…なんでそんな事に…」


「二カ月前…紛争地域の医療機関にいた時、原田の目の前に爆弾が落ちた。側にいた村の子供たちが多数犠牲になって…それ以来不眠等の症状が出ている。本人は既に克服したと言っているが…未だわからん。」


 大野がそう説明している時…ドアがノックされ、孝太が顔をのぞかせた。


「ああ…長谷川先生、瑠唯ちゃんの様子はどう?」


 髙山が心配そうに尋ねる。


「はい、本人はもう大丈夫だと言ってるんですが…念の為、無理やり寝かし付けて来ました!まあ…大人しく寝ているかは分かりませんが…」


 その言葉に、髙山と大野が苦笑する。


「まあ…寝てないだろうな。」


「でしょうね…そうだ!山川先生…お話しお済みならお送りしますよ。」


「ああ…お願いしようかな?…それでは院長…今日はこの辺で失礼します。来週から此方のシフトにも入らせて頂きますので、また宜しくお願いします。」と山川が頭を下げた。


「ああ、此方こそ宜しく頼むよ。ご家族にも宜しく伝えて下さい。」


「はい。ありがとうございます。大野先生も今日はありがとうございました。今後のご指導、宜しくお願いします。」


「ああ…またな!」


 手をあげて大野が答える。


「じゃあ…山川先生…行きましょうか?あっ…大野先生も後で僕がお送りしますよ!なにしろ、院長が用意された部屋は僕と同じマンションの一室ですから!まあ歩いても十五分程度ですが案内がてらご一緒します!四十分程度で戻りますから。」


 そう孝太が明るく笑った。


「そうしてもらいたまえ。それまでコーヒーでも飲みながら、向こうの話を少し聞かせてもらおうかな。」


 髙山が、重ねて言うと


「そうさせてもらいますよ!」


 大野が頷いた。






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