発熱ー6
オペ室に入ると、既にすべての準備が整っていた。
瑠唯は一同に挨拶をする。
「外科の原田と言います。皆さんとは初顔合わせとなりますが宜しくお願いします。」
それに各々が応えて…
「麻酔科の滝川です。アメリカ仕込のオペ楽しみにしてます。」
なんかチャラい。
「機械出しの、三ツ矢です。宜しくお願いします。」
…っ…また…三ツ矢…ふと瑠唯の顔が曇る。
「第一助手の立花です。研修中の身ですが精一杯やらせていただきます。」
「本日外回り担当いたします、沢木です。」
「では…これより虫垂除去術を行います。宜しくお願いします。」
瑠唯は天を仰ぎ大きく息を吐く。手術前の彼女のルーティンだ。
三十分後…オペ室を出た所で師長の佐竹が待ちわびていた。何やら不安げに瑠唯に近づき…
「あの…手術…?何かあったんですか?」
「え?大丈夫ですよ!腹膜炎を起こしかけていましたが、問題なく終わりましたよ。傷の回復具合にもよりますが、一週間程度で退院出来ると思います。」
「あっ…ありがとうございました。…あの…すみません…あまりにも手術時間が短かったものですから、何かあったのかと…」
「えっ?そうですか?…ああ…麻酔の滝川先生と機械出しの三ツ矢さん…物凄く優秀で凄くやりやすかったからですかねぇ?独断で研修医前立ちに指名したからちょっと緊張してたんですが…助かりました。此方こそ優秀なスタッフ揃えて頂いてありがとうございました。」
「…いえ…進を助けて頂いて、ありがとうございました。…あの、私…実はシングルマザーなんです。これまで母一人子一人でやってきました。そのせいか…進は何でも我慢して、私に心配かけないようにする癖がついているみたいで…」
そして…佐竹は、少し逡巡すると続けて話し出す。
「私…二十八歳の時に独身のままあの子を産んだんです。それで色々あって…前勤めていた病院止めて…困っていた所高山院長に此方の病院に誘って頂いたんです。それから…出産やら、子育てやら、本当に院長には良くして頂いて…ご恩をお返ししようと必死に働いていたら、この歳で師長にまで抜擢して頂いて…生涯返しきれないほどのご恩を頂きました。今、私とあの子が幸せに暮らして居られるのも全て高山院長のおかげなんです。」
「そうでしたか…。師長というお立場だから、失礼乍もう少し年上の方かと思っていたんですけど…そのお歳で師長なんて、本当に優秀な方なんですねぇ。」
「いえいえ…もう必死でしたから…進にも随分と寂しい思いをさせてしまいまし、目の届かない事も随分あると思います。」
「そんな事ないと思いますけど…」
「そうでしょうか?」
「ええ…だって進くん…物凄くいい子ですもん。さっきも、大人だって気絶しそうなほどの痛みだったでしょうに、お母さんに心配かけないよう必死に笑顔みせて…一人で、あんないい息子さん育ててらっしゃるなんて、同じ女として尊敬しちゃいます。」
「原田先生は…独身のシングルマザーなんて、軽蔑しないんですか?」
「しませんよーむしろ、一人で産む選択をされた佐竹師長は凄いと思いますよ。たとへ自分の子供でも人一人の人生を自分一人で背負うなんて、物凄く大変なことだと思うんですよね。生半可な覚悟じゃ出来ない事だと思います。」
佐竹は少し俯き、ふわっと微笑み
「原田先生が診療以外の事でそんな風にご自分のお考えを口にするの、始めて聞きました。」
「よく言われるんです。自分の考えをちゃんと口にして相手に伝えないから、変な誤解を生んで色々言われるんだって…」
「ご自覚がお有りになるんでしたら、もう少し色々とお話しされたら宜しいのに…」
「それがなかなか難しくて…今だって院内で私、結構話題提供しちゃってますよねぇ〜」
瑠唯はがっくりうなだれる。
「そうですね~でもその殆どが…先生に対する興味で…よく分からないから、知りたいんだと思いますよ。要するにお近付きになりたいんです!こんな風に…」
瑠唯は、はぁ〜と大きなため息を吐き出して…
「そうなんでしょうか?じゃあ取り敢えず佐竹師長とはお近付きになれたと言うことで宜しいでしょうか?」
「もちろんです!」
佐竹はにっこり笑って頷いた。
「さあ…そろそろ進くんの麻酔も醒める頃だと思いますから…側にいてあげて下さい。」
「はい!ありがとうございます。」
佐竹は軽く頭を下げると病棟に向かって歩き出した。その後ろ姿を何やらほっこりとした気持ちで見送る瑠唯なのだった。
しかしその翌日…進のオペの話題が病院中を駆け巡る事になる事を瑠唯はこの時未だ知らない。