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その雫の味  作者: アルバ
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渇奇夜村の住民は、人魚を殺さない夢を見るのか

ザッ…ザザッ…ピッ

『カカ渇奇夜村!!

××県××市に位置する××島の小さな村!!

この村は普通じゃ食べられないような未利用魚フードが大人気!!ヌタウナギにオオグソクムシ!!これがこの島のソウルフード!!

そして!!運のいい人はあるもの食べられます!!!

それが〜こちら!!人魚です!!!

この島で1番人気!「人魚の踊り食い」!!1度食べれば貴方はきっと病みつきになって辞められない!!

人魚の美しい悲鳴を聴きながら!!ハラワタを抜いてそのまま食べよう!!血の最後の一滴まで美味しいよ!!


みんなも渇奇夜村にやってきてね!!!


注意、この島は滞在中に起きた事故に関して一切の責任は負いません。観光客と住民による問題は観光客が全負担となります。村のしきたりに従い、生贄にされても責任は負いません。』

「ああ……嘆かわしい……嘆かわしい……」

あるひとりの老人が丑三つ時の砂浜にいた。

辺りは一年に一度来る激しい雷雨によって包み込まれていた、この老人はカッパの替わりに黒いボロボロの布のようなものを全身に巻き付けて歩いている。

1歩1歩進む事に布がその重さによってずり落ちていく。4歩5歩と進めば進むほど布も地面との距離を着実に短くしていた。

全身の肌は枯れ果てた大木のようにしわしわだ、深く刻まれた隈は歌舞伎役者のように濃く、木の棒よりも細いその足はいかにも歩くことに適していない。

顔は汚い白髪の髪と髭で覆われている、胸の辺りにまで伸びた髭は茶色く汚れており、まともな生活を送れている人間には見えない。

齢5〜6子供でもその足の骨を折るのに十二分の力を込める必要はないだろう。栄養が足りぬ体はどの物質よりも脆いということは生物の共通認識だ。

声ももはや、使い古されて廃棄物と化したジュークボックスのように雑音の方が常に目立つ不良品同然。人間と会話することは不可能な程その声はまともでは無い、本人もなにか喋っていることに気づいていないかもしれない。


いや、これは明確な意志を持ち、これを知る誰かへの警告であった。

聞こえていないとわかっていたとしても、その男は知る者への祈りを辞めることは無い。ただ静かにその言霊が海に木霊するだけであった。


「……何も知らぬ……何も出来ぬ………解らず…………だから……受け入れ……給え……そなたの……決断を………………」

「命知らぬ者がしたことは……報われる………………報われたまえ……だから…………そなたは死んで奴らを殺せ…………」

「…………海は全てを受け入れる……海は全てを記憶する……海は全てを許さぬ…………ゆえに海は裁きを下す…………」

「……そなたは……海を許さす……愛せ……海を殺せ…………そなたの欲望で海を殺せ……」

「海に……死を……海に…………死を……」


「……あるいは…………そなたに苦しみの生を…」



「…………与……え…………ん」


そう言い終わった後老人は立ち止まり、1人の少女を見ていた。

朱色の髪の毛と、煌びやかな赤目を持つ美形の少女。背丈は小学生程だろうか、見るからに子供。だがその立ち住まいからはその男と同等の気配━━━━

威圧感を放っている。

それは子供、いや人の出せるものでは無い。


その傍には同じ背丈の少女が足を海に浸からせながら倒れていた。

恐らくそれには命は宿っていないだろう、もう死んでしまったものだ。

朱色の少女はその儚げな雰囲気を持つ”人だったもの”の側頭葉部分をしっかりと掴んでいる。座り込み、その顔を反対側から覗き込んでいる。

祈っているのか、憂いているのか。

とにかく男のことが眼中に無いのは確かだ。

だが、男が今居た位置から一歩進んだその瞬間、朱色の少女は男の方へと振り向く。

少女が”人だったもの”から手を離したのはこれが最初だった。


立ち上がり、男の方へと近づいていく。

朱色の髪を雨で濡らしながら、額を伝って目に入る水を気にもせず、男の声が届く場所に立った。

男は目をいっそう震わせながら、口を開いた。


「…………そなたは…………何を選ぶ……のだ……」

その瞬間、バタン……と男は地面に倒れ込んだ。


朱色の少女はそれを見届けた後、全てを忘れたかのように海を離れ、海からそう遠くない竹林の中にある、明かりの灯ったボロボロな家へと入った。

そして何事も無かったように風呂に入り、我が物顔でベッドに入って明るい朝をそこで待っていた。


カレンダーの”1998年”という文字を、見つめながら。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



学校が嫌いだ。


だって行ったところで授業は退屈なだけで、なんのためにもならない。

先生は馬鹿だ、私がどれだけ意見を叫んだところで奴らは私を害児としか見ていない。真実一つも見破れない程の大うつけだ。


今日だってそうだろ?ほら。

罵詈雑言が書かれた赤いランドセル、その中に捨てられた私の元教科書。カッターで紙屑レベルで細切れにされているから本の定義からは外れてるけどね。

先生はこんなのを見ても、私にされる仕打ちを「ただの子供のイタズラだ」としか言わない。

なのにこっちがやり返せば「いじめるな」って私を叱るんだ。

周りの生徒や他の先生に「私先生としてしっかり生徒を指導してますよぉ〜」っ見せつけるように私に対して叫んで、顔を真っ赤にして汚い唾を大量に私の顔面に飛ばして自己満足する醜い奴らなんだ。


そんで、いじめてくるあいつら。

「どんだけあいつをいじめても先生が俺たちを叱らない」って気づいてやがるから最近すごく調子に乗ってやがる。

暴言、窃盗、恐喝、暴力は当たり前。

今日も校舎裏に連れていかれて4、5人から散々殴る蹴るを昼休みの間ずっとやられた。

あたしの体に”傷ができない”ことをいいことに、あの盛りがついた猿共のサンドバッグを引き受けないといけないのはかなり不愉快だ。


はぁ……と小学生高学年にしては人生の愚痴がドロドロに詰まったため息が口から漏れる。

「死ね、学校来んなバケモン、親無し、弱虫やろう、うんこ、ちんこ」とか餓鬼の戯言が書かれた赤いランドセルを再び背負い、孤独な帰路を淡々と進んで行った。

重たい革製のベルトを肩にかけた時、右肩の内側に酷い痛みを感じた。

試しに手で押さえると同じ痛みが肩に走った。

「……っ」と反射的に声が漏れ、眉の辺りに思わず力が入ってしまう。

手探りで痛みの発生源を調べると、肩甲骨辺りの骨が酷く痛む。

そういや、今日はあいつら金属バットを持ち出してきたっけ。私の肩を全力で殴って、痛がる私を見てキャッキャキャッキャ騒いでた。


しかも触ったせいで何もしなくても痛み出した。

ちょうど近くに用水路があったから、傷口を濡らすことにした。ランドセルを背負ったまま田舎特有の馬鹿デカイ用水路に顔を覗かせた。

小学生1人は余裕で呑み込めるほど大きい。

傷だらけのショートパンツでかがみ込み、それをのぞき込むと、そこに写ったのはボサボサの髪の毛にところどころ破けた白シャツを着たショートヘアの赤髪の少女。

それに似合わない、不気味に美しい肌の少女。

眠たげな目をした、赤目の少女。




穂波葸(ホナミ ケイ) 12歳。


10歳の時に渇奇夜(カツキヤ)村にやってくる。親は行方不明、近くの小学校でひとりで通う。

親友、友達はおらず、学校内で孤立状態。

歳の割に合わない美形の顔を持ち、どんな傷でも体に表れないという特殊な体質を持つ。

その体質により同級生から残酷ないじめに合う。

今日の被害;金属バットによる殴打。複数人からのリンチ。腹部への蹴りと正拳突き。

私物の破損、落書き。

教師からの無視、人格否定、長時間の体罰。

大幅な精神の疲弊、右肩甲骨にヒビ。

それに伴う実行犯への殺害欲求と苦痛解放のための自殺衝動。




「……いつまで続くんだろ」

そう思った途端、私はその目の前に映る水中へと飛び込んで行った。

このまま誰にも見つからない場所まで 連れていかれて、肺の中の無駄な酸素を自然に返して死んでしまいたい。そう期待していた。

だが、バシャッという音を奏でただけでどこにも連れていかれず。この用水路と己の思考の浅さに絶望していた。


体を水に浸からせたまま空を見上げると、何層にも積み上がった巨大な雲が海の遠くの奥に見える。入道雲だ。燦々と照りつける太陽に鳴り止まないアブラゼミとツクツクボウシの五月蝿い鳴き声。

私が初めて死のうとした日は昨日より暑い真夏日。

なんてことは無い、明日もやってくるくだらない日だ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

周りは住宅街のような新しい感じの家が沢山建っている。孤島で、海しかないしけた集落なのに、何故かほとんどの人が金持ちだからだ。

辺りからは常に、つい反射的に鼻をつまんてましまう程の謎の悪臭が漂っている。

この渇奇夜村は漁業で有名だ。

それも、あまり出回らないような魚を採る漁業だ。

未利用魚、普通なら漁師が嫌うそれらをここではほとんど主食のような立ち位置になっている。

例えばヌタウナギ。

この村では2番目に人気の魚だ。

この街を歩いていれば、必ずどこかでヌタウナギを外に干している風景を見るし。これを揚げたものを串に刺して売る売店は夏祭りでは必ず大人気になる。

それと、この村ではヌタウナギは「幸運を誘う魚」という言い伝えがあるため、さっきの家のようにヌタウナギを大量に柵に干すところも少なくない。


次に人気なのはオオグソクムシ。

深海のダンゴムシだ。

やはりダンゴムシというのは子供の興味を大きく誘うものなのだろう、小学生や中学生からの人気が高い。

素揚げし、ポン酢をつけて食べるのがスタンダード。他にもカニ専用の調味料をつけて食べる方法だったり、生でいったり……

……気持ち悪いからもう思い出したくないや。


味はほとんど蟹、というか蟹そのもの。

見た目を除けば割と美味かったりする。


だが深い海に生息しているせいか、人気の割に数は少なく。漁師が漁から帰ってくるその度に、ほぼ乱闘の争奪戦が起きる。


……まぁ、そんな感じだ。




…………じゃあ、この村で1番人気の魚ってなんだと思う?

みんなは知らないと思う。というかこの村……いや、この島でしか捕れない。そんな珍魚だ。


……いや、それはそもそもあれは魚では無い。

あれは……






「あら!あんたどうしたの!?そんな落ち込んだ顔して!!」

その時、右手の方に見えた家の庭からパンチパーマのおばちゃんが飛び出してきた。

でかい顔に塗られた厚い化粧、血にまみれたピンクのエプロン、その手には真っ赤な包丁が握られている。


……間違いない、このババアはこの村で1番人気の食材を手に入れたに違いない。

見るからに不審者なババアに目が離せなくなり、その包丁から滴る血の正体に気づいた瞬間、足が動かなくなった。

ババアの目に光はない、だが口は裂けてしまいそうなほど大きく笑っている。目が笑っていないのにも関わらず、そのババアがとてつもない幸福を感じていることをひしひしと感じ取れた。

口には、真っ赤な血が。唇全体を覆い隠すように着いている。ニカッと笑ったその口の奥に見える歯は血で染まりきっている。

……つまみ食いしたのだろう。

「そんな落ち込まないでよっ!!嫌なことあったら食べるに限るから!!ちょーどご近所さんに配ろうと思ってたのよ〜!」



そう言うとババアは体をのけぞらせて、庭で嬉しそうに解体していたものを見せてくれた。

庭には大量のヌタウナギが木の柵に干してあった。

その中心には血が飛び散らないように作られた即席のブルーシートテントが置いてある、その中には人ひとりがちょうど寝そべることが出来る大きさの長机に、”それ”が置いてあった。

ブルーシートの天井にまで血が届き、そのテントの中は赤くてどす黒い血に染まりきっている。地面には乱雑に抜かれた髪の束が捨てられていて、解体に不要な部位も血を流しながら捨てられている。

それに付いている白い5本指には爪がなかった、おそらく逃れるために全力で抵抗したのだろう。だがそれも虚しく腹を切り裂かれて内蔵を取り除かれ、未だ生の香りが漂う表情でこちらを見ながら死んでいた。


それは、人の姿をしている。


人の姿をして海に住む生物。



この村一番の人気の食材、それは人魚。


「……食べる?お嬢ちゃん」

ババアはそう言った。

「結構です、高級なものでしょう?私が食べていいものでは無いので。では」

私はツンとそう言い切り、生臭い匂いを吐くババアから逃げ去るようにその場を去った。


……人魚が、まだ動いていたから。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「……はぁ…!……はぁ…!……いっ!!!」

全力で足を動かしたその後、私は自分の家にたどり着くことが出来た。

海からそう遠くない、竹林の中にあるおんぼろな家。二階建てだけど、二階の壁はほとんど崩壊してる。雨が降ったら一階全体に一ミリの水たまりができるほど屋根はボロボロになっていて、ドアスコープの存在意義がないほどぼろぼろな玄関扉。

前に変な入居者が居たって噂だが、ここしか私の暮らせる場所は無い。


走った時に出たアドレナリンが肩甲骨の痛みを和らげていためか。ボロボロの扉を開けて家の中に入った途端焼き付けるような痛みが肩を襲った。


腕を上げることすらままならない。本来なら病院で適切な処理を受けなければいけないだろう。

けど、それをするお金が無い。


親が仕送りしてくるお金はかなり少ない、生活費に当てなければ別の事で死ぬ。……例えば食糧不足とか。


「……ちっ、最悪」

思わず出た舌打ちにつられて、つい憂さ晴らしあいつらの顔を思い浮かべてナイフでズタズタに刺し殺す妄想をした。

何度も何度も刺して、切って、えぐって。

血達磨になって、怯えた目で私に命乞いをする姿を想像すると、不思議と腹の底から笑いが混み上がってきた。

……けど、肩を動かしたせいで鋭い痛みがまたやって来た。


最高の愉悦心も喉の奥に引っ込んでしまって、豆電球しか照らすものがなくてボロボロの部屋を眺めて、今度こそ死んでやろうって思った。


そう思った途端、私の行動は早かった。


リビングから数歩進めばたどり着けるキッチンにドシッと座り、錆びきったステンレスの水切りの中から古びた包丁を取り出した。


それを喉に突きつけ、まだ鋭い刃先から血が流れ出す。

溢れ出す血からは痛みを感じた。じわじわと奥に入っていく包丁を眺めながらその痛みをしっかりと味わう。

私の肌が刃先に沿うように沈む、針が軽く刺さったような痛みしか感じ取れなかった。

だが、どんどんと沈むそれは徐々に私の肌を裂いていき。あと3センチほど動かせば、ザクッ……と喉の肉あいだを注射針のように入っていった。

恐怖は感じていない、この現状から逃れられることへの興奮の方が強い。

白いシャツに滴る血の量と比例して大きくなる喉の痛みにしっかりと死を感じ取れる。その感触がなんとくすぐったいものか、思わず笑みが漏れてしまう。


何故一思いに刺しきらないのか。自分でも疑問に思った。

きっと走馬灯にいい思い出が映るのを待っていたいのだろう。両親と笑いあったあの日、学校で初めて自己紹介をして、みんなに拍手で向かい入れられるあの日。

頬を伝って流れる涙にそれが映ることを期待していた、最後の最後ぐらい良い思い出と一緒に死ぬことぐらい、こんな私の最後の権利なのだから。


でも、いくら待っても、血と涙が溶け合ってシャツに染み込んでも。そんなものは来やしなかった。

ただ寂しく自殺を試みる少女の姿しか映らなかった。




もう、いいや。

その考えが腕を奥に動かした。



「おい!!見ろよこれ!!!」


だが、外から聞こえたある声を聞いた途端、血を飛び散らせながら包丁を抜いてそこから飛び立った。


「この声...は……は...ははっ...ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

笑いが止まらなかった、その声の正体を確信した途端、死ぬ間際にとてつもない幸運を寄せてくれた自分の神に感謝した。


ああ...この声は忘れもしない。

いや、忘れることは私にはできないな。

私を散々苦しめた、アイツの声。

何度あいつを殺す妄想をしたが、さっきもしたばっかだ。


学校で私をいじめるアイツ。

この肩の骨を折りやがった張本人。


...タダでは死にたくないな。


せめてあいつは道連れだ。


ドアを開け、やつの声が聞こえた包丁へとスキップでむかいにいく。


私を天国に連れていく天使を。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「あ?稲野郎じゃねえか?」

時刻は夜近く、まだ太陽があかりの仕事をしている時間だ。

奴が居たのは近くの砂浜、いつものメンバーを引き連れて何かを寄ってたかって蹴っていた。

全員手には金属バットか鉄パイプを持ち、ダサい帽子を逆向きに被っている。

それが奴らの集団の証だった、アリンコにも勝てやしないカスがチリに積もってカナブンをいたぶるだけの五流以下のヤンキーの証。


自分で思いついた侮蔑のジョークが思ったより自分にウケ、小さく「ハハハ...」と笑ってしまう。

当然、奴らは顔を真っ赤にした猿のようにキャーキャー騒ぎ始める。

その顔がなんと滑稽か、般若の面を作るはずが間違えてひょっとこを書いてしまった面のように不格好、自分のジョークで笑いの沸点が低くなった私のツボにハマらないわけが無い。

包丁をポトッとポケットから落とし、膝を着いて辺りに響くほどの声量で大きく笑う。

1人はさらに怒り狂ってこっちに近づき、もう1人は顔を真っ青にして怯えた表情でこちらを震えながら見ている。


1人が私の目前にまで近づき、ベコベコに折れたバットを私に対して大きく振りかぶったその瞬間。

「だめ!殴らないで!!」

さっきまで奴らにリンチされていた1人の少女が大声をあげた。

白髪の長髪で毛先がちょっぴり曲がっていて、本で見た雪のように白い肌。青い目に頭から両手両足の爪の先まで美しくて可愛らしい少女が涙を撒き散らしながらそう叫んでいた。

ブカブカでオーバーサイズの灰色のシャツ1枚だけを着ていて、左肩がシャツの首元から露出している。

その雰囲気、明らか人間では無い。奴らが寄ってたかって殴ろうとする理由もよく分かる。

見た目からしてこの世の厳しさを知らない馬鹿だ、そんな忠告なんのためにもならない。

そう思っていた。


「その人包丁持ってる!刺されちゃうよ!」

あろうことか、その白い少女はさっきまで自分を殴っていた屑を庇ったのだ。

咄嗟に包丁を掴み、呆気に取られてる奴に、せめて腕は持っていこうと振りかざした。

だが、それよりも奴の反応が早かった。

わずか1ミリだけ刃先が届かず、そのまま仕返しの金属バットが右肩を襲う。

バキッ、そんな音が自分の中から聞こえた。

そのまま奴は怒りのままに私の体を叩きまくった。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


「だめ!!殺しちゃだめ!!」

朦朧とする意識の中でそんな声だけが聞こえた気がした。

頭から血が流れる感触がする。


そんな事も気にせず奴は金属バットを振ることを辞めず、本当に私を殺す勢いでバットを打ち付けていた。


こいつに殺されるのはごめんだ、でも体が動かない。

どうせ殺しても殺さなくても死ぬことには変わりない。多くを望んたところで神は私を呪うことしか考えないから報われなんかしない。


そう思って、目を閉じようとした。


けどせめて、私を死なせる原因となったあの白い少女のツラを覚えていたくなった。

ゆっくりと顔を上げ、4、5人に押さえつけられている少女。

取り囲む奴らは何故かヨダレを滝のように垂らし、明らか人では無いものを見る目でそれを見ていた。

そして、押さえつけていたひとりがこっちに近づいていることに気がついた。

ニヤニヤと幸福な笑みを浮かべながらこっちに歩み寄り、私の手に持っているナニカを奪い取ろうとしていた。



……包丁だ。


最悪な想像が頭をよぎる。

その瞬間、体が本能で動き出した。

バットで殴られて動かすこともできないはずのこの体が、急に荒ぶるように動き出し。

近づいてきたそいつの足の甲に思っきり包丁を突き刺した。


奴は下品な悲鳴をあげ、足を抱えて倒れ込む。

私を殴っていた奴もそれに驚き、つい刺されたそいつの元に駆け寄る。

その瞬間、体を起き上がらせてやつの腹に思いっきり包丁を突き刺す。

ギリギリ狙いが外れたが、お腹の外側を大きく削り取り、新品のシャツにみるみる赤色が染まっていく。

「痛てぇよぉ!痛てぇよぉお!!」

豚の鳴き声にも劣らない酷い声でそう叫んでいた。

少女を押さえ込んでいたあとの3人は、倒れた2人を見捨ててそこから逃げ去り、恐怖に染まった目で私を見つめるその少女だけがその場に残っていた。

ガクブル震える足のせいで立つことも出来ず、四つん這いのまま私から逃げようとしていた。

こんな目に合わせた原因だ。指の一本は取ってやりたがったが。追いかける気にもなれなかった。

そのまま砂浜の奥に消えていく少女を後ろから見守っていた。

屑の血で染まった砂浜を一望し、包丁を海に投げ捨てた。

もう不要だからだ。


刺された箇所を必死に押さえる2人を後目に、私の家へと帰っていく。

1歩歩く度に頭から血が激しく流れ出る。折れたであろう全身の骨がつんざくような悲鳴をあげ続け、私の肉体の限界を知らせていた。


もう、眠い。

全身の痛みが手を離した風船のように抜け、雲の上にいるようなふわふわとした感覚に身を包まれる。

瞼を開けておくのが辛い、閉じてしまいたい。


その誘惑に負けてしまった。

瞼を閉じた途端、重量の方向が変わり、冷たい砂浜に横たわってしまった。


柔らかい地面。布団のように暖かく感じてしまうほど優しい抱擁をされ、ようやく解放されることの嬉しさに目から涙がこぼれ出た。


もう指先を少しも動かせない。


ようやくやってきた死に安堵し、残りわずかの力で顔に微笑みを作った。


せめて私の死体を発見した人には、私の気持ちを伝えたかったから。



そっから、私の意識は途切れてしまった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ねぇ、蕙ちゃん」

「ん、何?」

「人魚って食べたらどうなるのかな?」

「知らない、そもそも知ったところで食べたくない」

「ふふ…♪」

「なに?なんでそんな嬉しそうな顔してんの?」

「いや、蕙ちゃんらしいなぁって」

「…そういう所もあんたらしいけどね」

「でもね、教えてあげる」

「…は?」

「教えてあげる、人魚を食べるとどうなるか」

「…聞きたくないよそんなの」

「…蕙ちゃん、人魚を食べるとね、人は人魚に××××××の…」

「……」

「だから葸ちゃん、いつかたべてね、人魚を」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


目が覚めると見慣れた景色が身の前に飛び込んできた。外の景色が見えるぼろぼろのドア、錆に錆び付いたキッチンのシンク、夜空が見える天井。

自分の家だった。

寝床に使っていたボロボロのソファの上に寝転ばされていた。

最初はこれは夢だと思った。あんな重症をおって家に帰って来れるはずが無いと。

手を伸ばして手のひらをグーパーグーパーと、握ったり開いたりを繰り返しても体のどこにも痛みを感じない。

起き上がってジャンプをしてみても痛くない。

そう、これは夢、夢だ。死んだ後に見る夢だ。

そう自分を納得させた。

だが、それはすぐに虚言へと変わった。

飛んだ時足にしっかり衝撃を感じた、握った指先は冷たい。

何より、自分の体に下手くそな白い包帯が巻き付けられていることが、これが夢ではないという何よりの証拠であった。


ふいに、ばたんという音が扉から聞こえてきた。

「...あ!目、覚めた?大丈夫?」

何か網の中に大量の魚を持って入ってきた白髪の少女がそこに居た。

あの時出会った白い少女。

私に気がつくと、彼女は飛びつくように私の傍に駆け寄り、私の両頬を乱暴に掴んでくる。彼女手を離した網から漏れた魚がピチピチと音を立てて跳ねている。

頬を触り終えれば頭頂部、胸、お腹、腕、背中を入念に触っていた。

ほぼ初対面、ましてやお互いの名前も知らないような関係だというのに、唐突な馴れ馴れしい行為に腹の底が煮えたぎるのはいたし方ないだろう。

「…わ…ごめん、急に飛びつきすぎた…ね」

気づけば彼女を突き飛ばす…とまではいかず、手のひらでクイッと彼女の体をゆっくり押し、優しく拒絶を叩きつけた。

彼女は押されて十秒ほど静止していた。おそらくどういう意味の行動なのか理解出来なかったのだろう。後退して広くなった彼女の視野にようやく私の顔が写ったおかげで、彼女はその意図を汲み取った。


手を合わせて謝ろうとしたのを途中で辞めたせいで中途半端な手と指の形になって、少しパニックな顔でこっちの表情を見つめている。

その表情がなんとおかしなものか、辺につり上がった口角とピクピクと動く左目。無理やり笑顔を取り繕うとして引き笑いになってしまっている。

その間、妙な沈黙が流れたおかげで一旦状況を整理する時間が出来た。




…まずあの出来事は本当にだったこと。この子がいじめっ子どもに殺されかけていたところを、私があたかもそれに気づいて、すぐさま駆けつけたように思われている。

そうでなきゃ私を助けるような真似はしないはずだから。

そして、私はいじめっ子の野郎。略して野郎に金属バットにボコボコにされたが、そのあとなんとか撃退に成功。

だが、野郎の攻撃が体に応えてしまい、私は倒れてしまった。

...彼女の様子を見るに、あの後彼女が私を助けてくれたのだろうか。


「…おい」

「は、はい!!」

「色々聞きたいことがあるけど、まずひとつはその魚は何?」

そう言って大きく膨らんだ漁の網を指さした。

あれから時間が経って、元気よく跳ねていた魚は水の外に出たせいで息ができなくなり、すっかり弱りきってしまっている。

「こ、これ?あ、あ、あなたのお腹が空いてるかな…って」

「……ふたつ、あんたが私をここまで運んでくれたの?」

「うん、見捨てることなんてできないないから」

「…そっか、みっつ、ここは私の家だけど、それは知っててやったの?」

「え!?いや、しらなかったよ!てっきり廃墟だと思って…扉も空いてたし、電気も付いてたし、看病するのにちょうどいいかなって…」

「へぇ……?」

「な…なに?」

怪訝な表情で彼女の方へと歩いていく。

怪しい、まだ違和感がある。

さっき彼女にされたように両頬を掴み取り、手繰り寄せてその顔をじっくり眺めて見ることにした。

「ヒェッ...」という声を漏らし、体を震わせながらその白い肌をだんだん青色に染めていく。

目には涙が浮かび始めている、今にも泣き叫んでしまいそうな声を必死に口で抑えている。度々それが軽く漏れ、その度に目からこぼれ落ちる。

「…何?私が怖い?」

当たり前だろう。いきなり両頬を掴んできて睨んでくるんのだから。

その顔を見ていると、思わず両指に力が入り、彼女の両頬に痕を残したい衝動に駆られる。

そんなくだらないことを実行する前に手を離し、キョトンとその場に佇む彼女に続けて言った。

「まずは、腐る前にその魚を食べようか?」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


煙立つ夕飯、外の満月。向かい合うは正体不明の謎の少女。この時間がお互い特別なものであると意識しているのか、肩を並べて作ったはずの食事に一切手をつけていない。

白い少女は額から流れた冷や汗を通して私の目を見つめ、一切揺れ動かない私の視線に恐怖しているのは誰の目から見ても明らかだ。

私は彼女から目を離さない、何故か?まずひとつとして、「見とれていた」というものもある。

滑らかな白髪、立った時は膝下まで届いていた。月光のように美しい青い瞳、明らか人の色では無い瞳孔。豆電球ひとつの明かりですら太陽のように反射させる彼女の白い肌。落ち着かないタレ目。アワアワと開く口には小さく尖った歯が見える。

生きていた中で、いちばんかわいい生物と断言出来る。眺めているだけでも心臓は何故か緊張をして動悸を早めていた。

芸術作品のように、それはあまりにも完成させられ過ぎている。街に出れば、その歳の見た目であれど十中八九男共を虜にするだろう。

私ももうその虜なのかもしれない。

だけど、一番の理由は別にある━━━━━━


ふと、彼女はぼろぼろの子供用スプーンを手に持ち、目の前にある料理を口にし始めた。

少しすくって、すすって、私をちらっと見る。

「食べないの?」と行動で表している。

私も釣られるように食べることにした。

久しぶりの暖かい料理に身体を震わせながらも、別の理由で体を震わせている彼女の様子を常に皿の上から見ていた。

こっちの視線には気づいていた。だけど気付かないふりをして料理をさらに頬張った。


そんなよく分からない状況が続き、午後七時五十九分になれはお互いの気をそらすための料理は空になっていた。

私はさらに、「無意識に」彼女の体を舐めまわすように観察していた。彼女はそれを感じ取り、今にもここから逃げたしたい様子で貧乏ゆすりをしている。


ザァアアア...

「…雨降ってきたね」

午後八時丁度に、外から急な大雨が降り注ぎ始めた。雨漏れが心配だ。

そんなことを考えていると、目の前の彼女が立ち上がった。

「…傷、治った訳じゃないから安静にしててね、じゃあ私帰る時間だから」

ブカブカのシャツを抑えながら、走り出すように玄関へと向かった。

その背中は大きく安堵の色をしていた、こんな感情も分からない人から解放されるのだから、当たり前かもしれないが。

だが彼女はドアノブに手をかけた後、しっかりとした笑顔でこっちに振り返った。もう片方の手を私に振り、命の恩人の無事を心から喜んでいたのだろう。


「…やっぱり、海に帰らせない方がいいや」


ガチャガチャ…

私のその独り言はドアノブが回ることを拒否した音にかき消された。

「え…?」と小さく呟き、今度は両手で精一杯ドアノブを回そうとしている。

だが開かない、彼女は戸惑った表情でこっちを見た。


「鍵かけたよ」

そう言いながら近づく。


片手には包丁を握りしめて。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「そ、そうなの…?じ、じゃあ開けてくれない?」

彼女は申し訳なさそうにこう言った。

彼女は気づいていないんだ、今置かれている状況を。

思わず上がる口角、早くなる心臓の拍動。

「初めてのこと」に未曾有の緊張が体の中に生まれ、暑く燃えるそれは体内を駆け巡り、目も瞬きを忘れて大きく開いている。

彼女もそれを見て、何かを察したのだろう。冷や汗を流し始め、あきらか怯えた表情で私を見ていた。

「開けてよ、お願い…...」

彼女は命乞いを始めた、腰が抜けて玄関扉に沿うように地面に倒れ込み。狂気の笑顔に満ちる私を下から見上げていた。

私ももう隠す必要は無い、そう踏んで口を開いた。

「…いいよ、その代わりまだ聞いてない質問があるの。それに応えて。」

彼女はぶんぶんぶんと首を縦に降った。

恐怖で言葉が出ないのだろう。

かがみこんで彼女の目線に高さを合わせ、不気味か笑みを見せてから、口を開いた。


「…君、人魚だよね」


包丁を彼女の首に押し付けながらそう言った。

さっきまでの笑みは真顔に打ち消され、見下すように彼女の恐怖に染まったそれを見ていた。


「…違う」

「人魚だよね、君」

「違う…人魚じゃない…!…人間…人間…だよ」

「人魚、ダヨネ??」

彼女を押し倒し、首と十時の形になるように包丁を押し付ける。

切れ味は悪いから、この程度では傷もつけられないが、彼女はそれを知らない。


「…殺さないで…!殺さないで…お願い…!」

涙で溺れそうな声で叫び続けている。

「じゃあもっかい聞くね、君、人魚だよね?」

「…違う!人魚じゃない!本当に…!」

「ふーん…?じゃああの魚どうやって取ってきたの?あれだけの量、君だけじゃ到底出来やしないでしょ?」

「買ってきただけ…だよ…」

「…へー、そんな金あるならもっといい網買えたんじゃない?あれ色んなゴミを無理やり繋ぎ合わせたものだよね?あと服、サイズ合ってないし死ぬほど海臭い」

「ち…違う!服はあの時無理やり海に入れられたから!」

「にしては乾くの早いね、そーいや人魚は水を操れるって聞いたけど、それでやったの?」

「ち…ちが…」

「あと何よりの証拠、あのいじめっ子共はあんたをバラそうとしてた。私はあとから引っ越した身だから知らないけど、人と人魚を区別する方法があるんだって。あのいじめっ子共はこの島出身だから知ってるよ、その方法。じゃあ、これらを踏まえた上でもっかい聞くけど」


「……人魚だよね??アンタ」



押し当てていた包丁を離し、彼女を解放してから聞いた。すっかり怯えきっている。抜かした腰は震えたまんまだし、ほとんど前が見えないぐらい目には涙が溜まっている。



「…食べないで…死にたくない…」

彼女は観念して、自身の正体を明かした。

両腕で必死に顔を守ろうとしていて、表情は見えないが、酷い表情なのは確かだ。ただでさえ大雨によって濡れた床が、彼女の体液のせいでもっとべしょべしょになっている。

後ろに包丁を雑に放り投げ、その腕を掴んで無理やり床に押し付ける。彼女は恐怖のせいで泣くことも出来ず、震えながらも全てを諦めたような表情で目を瞑っていた。

「私さ、人魚食べたことないんだよね」

彼女の手首を舐めまわすようにさする。細い、その気になれば折れてしまいそうだ。それは水の中に入ったように冷たくて、暖かい、不思議な感触が触れた手を通じて脳にやってくる。

だからこそ、気になる。

「人魚ってどんな味なのかな?」

「やだ…死にたくない…」

「大丈夫、食べるとしても命までは取らないよ、片腕は貰うけど」

そう言って、私は彼女の右手を無理やり引っ張った。体を起き上がらせ、全力で抵抗する彼女をキッチンへと連れていく。

「やだ…!やだ…!!離して…!!!」

「黙ってついてきて、殴るよ」

「……い…や…殴らないで…」

「黙ってって聞こえなかった?」

荒ぶる彼女を落ち着かせるために、握りこぶしを彼女に見せつけ。左手で彼女の口を塞いだ。

「いい?私が良いって言うまでここから出ないで」

握りこぶしを解き、指さした先には鍋とかフライパンを入れる大きな引き出しがあった。

お金を作るためにそのほとんどは売ってしまったから、ちょうど小学生1人がすっぽり入れる空洞ができている。

「私を…食べない…?」

「いいから入って、合図するまでね」

彼女は最初嫌がる素振りを見せたが、少しばかり強く睨むと飛び込むように入っていった。

小さくうずくまって涙を堪えている彼女を確認した後、その引き出しを奥にやる。

きちんと収納したことを確認すると、さっきまで食事していたところに戻る。

外からは雨の音が鳴り止まない、時刻も八時十分となり、ついにそれがやってきた。

雨以外の物音がし始めたのだ、船の音、砂浜を走る大量の足音、狂ったように叫び声を上げ、明かりを持って海に向かう住民たちが現れたのだ。


コンコン…

すると、扉を叩く音が聞こえてきた。

「ついにか」と重い腰を上げ、閉めていた鍵を開ける。

すると、ハチマキを頭に巻き、歯が2、3本しかないまさに漁師の男が目の前に現れた。

「よう稲ちゃん!!また人魚が現れたらしいぜ!!捕りにいこうや!!」

その目は表情はとても正気じゃない、目の焦点は定まっていても、張り裂けそうなほど急な角度の口角に、歴戦の時間を感じれる傷だらけの頬は山のようにせり上っている。

「いいです、食べたくないです」

キッパリとそう言い、扉を閉めようとした。だがその扉を強引に止め、その汚い顔を更に近づけてくる。

彼らからすると、この言葉は常識外、ありえないのだろう。さっきまでの笑顔が一転、真顔になって、扉を止めたもう片方の手に持った漁用の槍をこちらに向けてきた。

「稲ちゃん、そりゃいかんよ?人魚は食べなきゃ?この村のしきたりなんだわ、『郷に入っては郷に従え』その年なら知っとるやろ?」

「悪いですが、こっちは内陸県出身なので『まだ』この島の食べ物には慣れないだけです、それに一匹七十万もするような高級品を私が食べれるとでと?冗談じゃない、こっちは一日暮らすのが精一杯なのにそんな高級品食べれるわけないでしょう?」

「タダでやるって言っとるやろ、なんでそんなに人魚食わん?ヌタウナギもグソクムシも食った事あるのになんで人魚だけを食わん?まさか匿っとるのか?人魚を?」

「…はぁ!?匿ったらあんたらに罰を食らうの知ってる、そんな馬鹿なことはしないですよ、むしろあんたらに売り飛ばして明日のツナギにしたいぐらいですよ」

「ははは!!そりゃ言えとる!!疑って悪かったな稲ちゃん!!詫びにいつもやっとる魚、十匹増やしたるわ!たらふく食ってでっかくなれよ!!」


そう言うと、腐りきった木の破片をパラパラと落としながら、そのドアを掴んでいた手を離した。

こっちに向けていた槍を肩に担ぎ、鼻歌を歌いながら離れていった。


「…最後に言うとく」

「人魚匿ってたら命無いと思えよ?」


バタン、それが彼の最後のセリフだった。


それから、解けた体の包帯をまき直しながら『人魚漁祭り』が終わるまでソファでくつろいでいた。

時々、耳をつんざくような悲鳴が聞こえる。

「助けて!!死にたくない!!!」

「食べないで!!」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」

こんな声。


…時には、赤ん坊の泣き叫ぶ声も聞こえた。

子供の声や、年寄りの声。そういったものに入り交じるように聞こえた。

…私はそれを、祭りに参加した人達の声だと必死に言い聞かせていた。

その死屍累々の叫び声をかき消すように、興奮したこの島の人達の声が聞こえた。酒に酔って、豪快に笑い声を上げ、人魚を捕まえてその場で食べているのが容易に想像がついてしまう。



それから三時間後にようやく辺りが静かになった。浜辺からは強烈な血の匂いが充満している、そのせいで見なくてもどういう状況かある程度理解することが出来た。

それに吐き気を催しつつも、キッチンに向かってやるべきことをやった。

「…もういいよ、出てきて」


…と言っても、彼女の啜り泣く声しかしない。

仕方ない…そう思いつつ、その引き出しを引き手を引っ張った。


予想通り、大きな水溜まりを作った彼女が鳴き声を必死に抑えながら縮こまっていた。

死にたくない、死にたくない、そう呟き続けながら曲げた足を小刻みに震わせていて、本当に惨めだ。見てもいられない、彼女の肩を掴んで引き出しから無理やり追い出し、捕食を待つ哀れな生き物の目を覚まさせるために体を全力で揺すった。

すると彼女は、震える口で拙くこう言った。


「私…食べられちゃう…?」

「他のみんなと同じように…生きたまま腹を割かれて…命乞いをしても聞いてもらえなくて…苦しい思いをして…殺されちゃうの…?」


「…聞こえてたよね、全部」

彼女は大きく、ゆっくりと首を振った。

残酷な話だ、この子はまだ齢十二の子供だと言うのに、この島の住民は贅沢な食い物としか見ていない。

殺してくるかもしれない相手に、ただ涙を流して、暴力も振るわずにただ立ち尽くすか弱い存在だ。私には到底、この子を食べたいだとか、殺したいだとか、そんなことは考えることに至ることすら出来ない。


「最後に言うとく、人魚匿ってたら命無いと思えよ?」


その瞬間に奴の声が頭の中で響いた。

私はこの村ではよそ者扱い、もし私が誰かに殺されても全員知らんぷりだ。

つまり奴の警告は本物だ、彼女を匿えば私は島民全員に命を狙われることになる。


…人魚は高級品、一匹七十万は平気でする。

そんな金があれば暫くは食い物には困らない、人魚を売り渡すことにより、島民との関係も良好になるだろう。

そして奴らは、この子の臓器を生きたまま取り出して、それを生で食うだろう。笑いながら、興奮しながら、一切の罪悪感もなく。


「…クソッタレが、なんで平気でそんなことが出来る」


この島は何もかもがイカれてる。気持ち悪い未利用魚、よそ者嫌いのクラスメイト、暴力を黙認する先生。

ほとんど人と変わりない人魚を平気で惨殺する島民。


イカれてる。

イカれてることに、身を任せる道理は無い。


「…おい」

「…いや…殺さないで…食べないで…」

「あんた、名前は?」

「…え?」

「この村は一度人魚が見つかると半年は海を血眼で探しまくる。今海に帰ろうとしても殺されるだけ、私の命を助けてくれたお返しに、”あの日”まで匿ってあげる。ずっとアンタって呼ぶのも嫌だし、名前教えて」

「…無い」

「は?」

「というか…あの砂浜で倒れていたこと以外、何も覚えてない…何も思い出せない…」

「…記憶喪失ってやつ?まぁ…なら私が名付けてあげる」


うーんと首をかしげ、顎に手を添えて脳の回転を早めてみる。彼女の体の特徴、雰囲気、それらに会ったものを名付けなければ、と。

彼女の特徴は、綺麗な白髪と青い瞳。絵に書いたような儚い雰囲気を纏っている、妖精と見間違えてもおかしくないほどだ。

特に青い瞳は明らか人のものではない、ぶらっくほーるのように全てを飲み込んでしまいそうで恐ろしい。深い海の中の景色を見ているような、畏怖の感情が自然と湧き出てきて、目が離せなくなる。

ぐるぐるゥって頭が歪み初めて、その渦の中心に飲み込まれてく。ふわりふわりと海に包み込まれたような柔らかいものに包み込まれたと思えば、今度は川の急流に流される。だんだん早くなって言って、気づけばまた海の中に包まれていた。


「…思いついた、”雫”はどう?」

雫、海に大量にあるもの。海は大きくて、恐れを持たない。けど、この子はその海の中にいる割には小心者だ。海をかなり小さくしたもの、それが雫。

「雫…う、うん。それでいい…」

彼女は頬を赤らめ、なんだか久しぶりに泣き顔以外の彼女の表情を見た気分になった。

「よろしくね、雫」

そう言うと片手を差し出す、やはり仲直りには握手が一番だ。だが、彼女はそれがどういう意味が理解できず、私が差し出した位置とは全然違うところに手を伸ばした。

やれやれ、と思いつつその手を握って軽く振る。彼女は最初、驚きのあまり叫びかけていたが、優しく手をにぎにぎしてあげると、くすぐったそうに少し笑った。

相変わらず彼女に触れると変な感じがする。体全身が水の通り道に感じて、頭が非常に冴えたような気分だ。

「えっと…あなたの名前は…なん…ですか…」

「葸、稲穂葸」

「えっと…じゃあ稲穂さん…」

「名前で呼んで、じれったい」

「えっ…じ、じゃあ…葸…ちゃん…」

「…なんか、しっくりくるね。気に入ったよ」

「えっと…葸ちゃん…”あの日”って…なんの…こと?」


恐る恐る彼女はそう聞いてきた。

そういえば彼女は記憶喪失だ、忘れているのは当たり前だ。


「…雫、その日は1ヶ月後にやってくるの、毎年必ず、同じ日にやってくる」



「海に沈むの、この島」


「葸ちゃんって名前は漢字でどう書くの?」

「…蕙、でも画数多くて面倒だから葸って書いてる」

「そうなんだ!それってそれぞれどういう意味なの?」

「『蕙』は美しい気品のある女性…とか、『葸』は恐怖を指し示すんだって」

「『葸』…葸ちゃんには似合わないね…」

「…うん、…そうであって欲しいな」

「ふぇ?なんか言った?」

「何も」

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