第九章:新たな夢
マム達は、雲の都から久しぶりに地上へと帰ってきました。少しの間の冒険だったにもかかわらず、地上を歩くマムの歩き方が少し変でした。
「地面てこんなに硬かったんだね。何か変な感じ」
「わしはいつも木の上だから大丈夫だがな」
ピコとグリムは、雨上がりの大地に違和感を感じて歩くマムを見て微笑んでいます。
彼らと別れて、自分の家の前にたどり着くと、家の裏に回ります。井戸の淵に飛び乗って中を覗き込むと、その中にこちらを見上げているマムが映っていました。裏口の扉が開くとご主人の男の子が出てきました。マムを見ると驚いて抱き締めました。
「真夢、今度は何処に行ってたんだい」
マムは男の子に向って『ニャー』と鳴くと頬に顔を擦り付けます。人の言葉が話せるならば、自分たちの活躍を話したでしょう。
家に入るといつもの出窓に飛び乗って、窓の外を眺めます。男の子がマムの前に水を入れた容器を持ってきました。
「真夢、今日は久しぶりの雨が降ったんだよ。畑の野菜も井戸の水も暫く心配しなくて良くなったよ」
マムはまた『ニャー』と鳴くと小さな舌を出して水を舐めました。
マムが水を飲み終えると、男の子はその毛並みを優しく撫でながら続けました。
「真夢、君がどこで何をしていたか分からないけど、きっと冒険してたんだね。なんだか君の目が、前よりずっと力強くなってる気がするよ」
その言葉に応えるように、マムは目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしました。彼の言葉をそのまま受け取ることはできないけれど、心のどこかで通じ合えている気がしました。
窓の外では、雨上がりの大地がキラキラと輝いていました。木々は潤いを取り戻し、小さな野花が雨に濡れた土から顔を出しています。遠くからカエルの合唱が聞こえ、風が涼やかに畑の方から吹き抜けてきます。
マムは出窓に座り、静かに外の景色を見つめました。地上を潤した雨が命を再び繋いでいる光景に、心がじんわりと温かくなるのを感じました。彼はその景色の中に、冒険を共にした仲間たちの姿を思い浮かべます。
雲の都での冒険、ヴォルテンとの激しい戦い、タカコ婆さんやピコとの再会。それらはもう過去のことかもしれないけれど、自分の中で確かなものとして息づいていました。
そして、ふと、マムは窓越しの空を見上げました。遠くの空には、うっすらと虹がかかっています。
「きっとみんな、あの虹の向こうで元気にしてるよね」
マムは小さく心の中で呟きながら、空の向こうの仲間たちに思いを馳せました。
その時、男の子が笑顔でマムに声をかけました。
「ほら、真夢、今日はお祝いだよ!お母さんが新鮮なミルクをくれたんだ。特別な日だからね」
男の子が差し出した器から漂う優しい香りに、マムは嬉しそうに鼻をひくつかせました。これから始まる穏やかな日々。それは、きっとまた新たな冒険の始まりでもあるのでしょう。
マムは一口ミルクを飲むと、静かに男の子の膝の上に飛び乗り体を丸めました。優しい手が毛を撫でる感触を感じながら、彼は目を閉じ、雲の都や仲間たち、そして雨の奇跡を夢に見ようとしていました。
外の虹は、いつまでも空にかかり続け、地上を見守っているようでした。
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