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古き魔女と異世界の弟子  作者: オトモヘラルー(気付いたらオーバードーズしてる猫)
一章 北の地の動乱 ~王都から来た男達~
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09 アルディナ王国金獅子騎士団①




 ジュジュの孤独な戦いが終わりを告げたのは、騎士たちが店内に押しかけてきてから、およそ30分余りの時間が経過した後の事であった。



「ね、猫……?」



 はたしてそれは誰の声であっただろうか──。


 まるで吊られるかのように視線を移した騎士たちの視線の先には、一匹の白猫がパンパンに膨らんだ紙袋を胸に抱き、戸口で呆然とした表情で棒立ちしているのであった。



「……ちょっとちょっと、なによこれ。私好みのイケメンが勢揃いしてるじゃない」



 流石のミネットも、店の入り口にすし詰めにされた騎士たちの姿には衝撃を受けたのか、数秒の間、虚を突かれたような表情のまま立ち尽くす。


 だが直ぐにいつもの調子を取り戻したのか、フフンッと楽しげに鼻を鳴らすと、屈強な騎士たちの隙間を縫うようにしてスイスイと歩き出すのであった。



「はぁいお兄さん、ちょっと足元失礼しまーす。可愛い貴方の子猫ちゃんが、貴方の足元を通りますよー。わぁーお、貴方かなりチンポでかそうね。ウフフッ……よろしくてよ」

「ちょっ……! 触らないで下されッ!! 一体何なのですかこの猫ちゃんはッ!?」

「えっ……猫が、喋ってる……?」

「ほう、この店の主人の使い魔か──なるほど、喋る猫とはまた珍妙な」

「し、しかし……オブライエン卿。使い魔とは一般的に言葉を解すような……いえ。堂々とセクシャルハラスメントを行なうものなのでしょうか?」



 何人かの騎士たちが、足元を通る間際、さりげなく下腹部をタッチしてくる猫に驚き、目を丸くさせ、聞こえないようにヒソヒソと話をしている。


 だがそんな騎士たちなど全く気にした素振りも見せない猫は、カウンターの椅子に腰掛けていた魔女見習いの少女へと近寄ると、紙袋の中から小さな袋を取り出してそれを手渡すのであった。


 猫の帰還に気が付いた少女は、目じりに小さな涙を浮かべながら、まるで縋るかのように猫へと詰め寄る。



「ミ、ミネットさんッ!? お帰りなさいっ! 待ってましたよッ!」

「ちょっとちょっと、どうしたの見習いちゃん。……あぁそれより、はいコレお土産。砂糖菓子アメちゃん、好きでしょ? 夜寝る前に食べちゃ駄目よ」

「わぁありがとうございます……っじゃなくて、帰って来るのが遅いです! 本当に大変だったんですからね!」

「なになに、もうっ」



 ──それは可愛らしい赤色のリボンでラッピングされたお菓子入りの小袋であった。


 中には赤や緑や青……まるで硝子細工かと錯覚してしまう程に美しい、色とりどりの鮮やかな飴玉が入っている。

 少女はまるで拍手するかのように、両手の平を合わせて嬉しそうな笑顔を浮かべるが、直ぐに素に戻るや猫が抱えていた大きな紙袋を譲り受け、カウンターの端の方へと逃がすのであった。



「──ほらほら泣かないの見習いちゃん。淑女レディが人様の前で、大きな声を出して騒いじゃ駄目よ……みっともないでしょう。見習いちゃんはフレリアみたいな、所構わず人前でも平気でむせび泣く女になりたいのかしら?」

「──っ!?」



 ジュジュはしまったと言わんばかりに、両手で自身の口を塞ぎ騎士たちへと視線を移すも、騎士たちはサッと視線を逸らすか、苦笑を浮かべるかのどちらかなのであった。


 猫はそんな少女の様子にクスクスと笑い声を上げると、器用に椅子の上に跳び乗り、さらにはカウンターの上へと優雅に跳び上がる──。


 そしてミネットは両足を器用に腹の下に仕舞い込み、まるで香箱こうばこのような形で座りこむと、尻尾をユラユラと揺らしながら、獲物を品定めする獣のような目付きで大きな騎士たちを睨み付けるのであった。



「さぁて……うちの可愛い見習いちゃんに意地悪をしてくれた、大きなお友達にはお話を伺わないといけないわね。それで──本日はどういったご用件かしら?」



 ……まるで騎士たちを値踏みするかのような傲慢な視線。

 ただの喋る猫でしかない筈の巨大な白猫は、まるで自身こそが絶対者たると信じて疑わない様相で、騎士たちへと問いを投げ掛ける。


 耳にまとわり付く、とろけた蜂蜜を思わせるような、甘くなまめかしい女性の声に、騎士たちは思わずたじろぎ息を呑んでしまうのであった。



 まさしくその威容は、目の前にいたのが白猫などではなく、平均的な貴婦人でさえあったのならば、ここにいる半数以上の騎士たちが無条件で跪いていたのではないかとさえ錯覚させる程である。



(……す、凄いっ!! 流石ミネットさん……!!)



 少女は頭の中で純粋な賛辞を送り、そして想いを馳せる──。


 この不思議な猫は元はきっと絶世の美女ではあったが、悪辣あくらつな性格をしたご令嬢であり、その悪性が災いし悪い魔女族(ウィキッド・ウィッチ)に猫にされてしまったのではないか、と。



「副団長……オレ、凄いことに気付いたっす。目を閉じれば何かすっげぇ美女に怒られている気分になれるっすよ。へへっ、悪く無い気分っす」

「黙れブラッドリー。海に沈めるぞ」



 申し訳無さそうな表情で戸口の隅の方に立っていた、目の細い18歳ぐらいの青年騎士──ブラッドリーがにやけた表情を隠そうともせず、嬉しそうに自身の上司に小声で報告する。


 だが、それを眉間に皺を寄せた無精髭の男が静かな声で一喝いっかつし、その脇腹に肘鉄ひじてつをお見舞いするのであった。



 猫の言葉を受け、数人の騎士たちが無言で何かを相談するように視線を交わせる──。



「……はっはっは、いやぁ参った参った! 猫のねぇさん──そう怖い顔をしないでくれよ。なぁに、別に大した話じゃあないんだ。ただ俺たちが外の雪の中捨てられた子犬のように震えていたら、心優しいお嬢ちゃんがお家に迎え入れてくれただけの話だぜ。今日から新しい家族になるんだ、優しくしてくれよな?」



 沈黙を裂き、真っ先に声を上げたのは顎周りに無精髭を生やした男である。周りの騎士たちからは副団長と呼ばれている男であった。



 男の名はトバルカイン──実のところミネットが店へと帰って来る30分の間、ジュジュと騎士たちの間を流れる、凍てついた空気を取り成してくれていたのがその男なのであった。


 ……胡散臭い微笑を常に浮かべている反面、どこか瞳が一切笑っておらず、一見すると空恐ろしい印象を抱かせるものの殊の他気が回る性分なのであろう。


 

 猫はトバルカインの言葉に怪しげにゴロゴロと喉を鳴らすと、再び挑発するように尻尾を激しく揺らし始める。


 その姿はまるでサハリナの霊峰にのみ存在すると言われる猛獣を思わせる──男を獲物と定めたミネットは、ついにはその言葉だけで獲物へと襲い掛かるのであった。



「あらあら……それは大変だったわね、でも残念。うちにはこーんなに可愛い猫ちゃんがいるから新しい動物ペットは飼えないのよ。見習いちゃん──今すぐにこの子犬さんたちを元いた場所に戻して来なさい」

「えっ!? きゅ、急に私に話を振らないで下さいよ……!」

「おいおい姐さん……こんな寒空の下に俺たちみたいな、可愛らしい子犬ちゃんを放り出すなんて正気かい? 姐さんにゃ人の心が無いのかよ」

「残念ね。私、昔から犬アレルギーなのよ」

「……わぁーった! 待ってくれ姐さん冗談だッ! アプローチの仕方を間違えた! 今度は真面目に話すから」



 剣呑な雰囲気を放つミネットを宥め、場を和ませるつもりだったトバルカインは、渾身の軽口が一蹴されて大いに焦る──。


 そんな男の姿を、片目にモノクルを付けたオブライエンは軽蔑するかのような渋い顔で睨み付け、美丈夫びじょうふの騎士──タイロンは、呆れたようにやれやれと言った表情を浮かべながらかぶりを振って自身の上司へと進言するのであった。



「副団長、代わりに私が」

「ん、あぁそうだな……任せる」



 トバルカインはバツが悪そうに頭を掻くのであった。



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