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04 フレリアという名の女①




『さて、我が一番弟子にして世界で一番可愛いジュジュちゃん。本日のお題に入る前にまずは前回のお浚いから始めよう。ずばり魔女まじょ魔女族ウィッチと呼ばれる二つの存在の違いについて──君はこれら似て非なる二つの言葉の違いが、何であったかを覚えているかな?』

『はい、お師匠様。魔女という呼び名は私たち魔女族ウィッチの公称であり、本質的には二つに大きな違いはありません。現在では魔女という呼び方が広く一般的です』

『その通り正解だ。素晴らしい回答をありがとう。座学は少し時間が空いてしまっていたが、どうやらしっかりと覚えていてくれたようだね』

『当然です。えっへへ』

『それじゃあ今回のお題はそんな魔女と呼ばれる私たち自身についてだ。古き時代より連綿と続く魔女たちの歴史を紐解きながら、在りし日の魔女たちの姿、そして彼女たちがこの世界に残してきた、魔法という名の神秘の足跡を二人で辿っていこう』

『はい』



 雪原を二つの影が往く。

 ランドロール大陸の最北東端さいほくとうたん──極寒の地域として広く名を知られるサハリナ地方。


 その一角に存在する街の外れを、二つの人影が暖かな日差しに照らされ、まるで散歩をするかのような速度でトボトボと移動していた。

 10歳程度の愛らしい少女が、おさげの形に結われた栗色の髪をユサユサと揺らし、先導する女の背を雛鳥のように追いかける。



 そんな時、びゅるりと一陣の風が二人の間を駆け抜けたのであった。



 ジュジュと呼ばれた少女は、寒そうに真っ白な吐息を口から吐き出すと、突如として吹き荒れた風にぶるりと身体を振るわせる。



『くちゅんっ』



 その風の影響か、体温でしっとりと湿っていた筈の鼻の粘膜は一瞬にして凍りつき、思わず少女は可愛らしいくしゃみを、寒空へと向け飛ばしてしまうのであった。



『わわっ、大丈夫かいジュジュちゃん? ごめんよぉ、気が利かない駄目駄目な師匠で……』

『だ、大丈夫ですよ……お師匠様。私ぜんぜん寒くないです』



 自身の背後を追従するように歩く少女を、度々気にかけるように振り返っていた女であったが、寒そうに震えながら鼻水を垂らす少女の姿に気が付き、顔を青ざめさせながら少女の元へと駆け寄るのであった。



『さぁ、可愛い我が一番弟子にはこれを貸して進ぜよう。三年間は洗濯していない、少しだけスパイシーな香りが染み付いた師匠のマフラーだ』

『ありがとうございますお師匠様。うわぁ、このマフラー……とっても臭いです!』

『こ……こらこら。ミネットさんみたいに意地の悪い事を言うのはやめたまえ』

『えへへ、ごめんなさい』

『素直でよろしい。さぁお顔をこちらに寄せて可愛いお嬢さん。少しだけお鼻を失礼するね』



 女は自身の首に巻いていた真っ白なフワフワのマフラーを、ぐるぐると優しく少女の首元に巻いてやると、いつのまにか手元に握り締めていた花柄のハンケチーフで、垂れた鼻水を優しく拭ってやるのだった。


 そして少女の頭や服に付着した雪の塊を、パパッと叩くように両手で払いのけると、女は小奇麗になった少女に満足げに微笑みかける。

 自身の師の笑顔に釣られ、少女もまた意味もなく嬉しそうな笑顔を浮かべるのであった。



『うんうん、これで準備万端だ。それでは改めて……まずはそうだね。魔女、いや魔女族ウィッチと呼ばれる種族の誕生の経緯から君にお話しよう』

『はい』



 女はわざとらしく大仰な咳払いを一つ吐くと、真剣な表情で自身を見つめる少女へと向き直る。

 そして物語を民衆に聞かせる、吟遊詩人のような語り口調で、大げさな身振り手振りを交えて語り始めるのであった。



魔女族ウィッチ。その起こりは古く、今から約5000年ほど前、とある山間やまあいの農村に一人の女の子が生まれた事に端を発する』

『ごせんねん……』

『生まれた女の子の名前は“ワルプルガ”。何の変哲も無い、凡庸な夫婦の間に生まれたその女の子には、はたして何の因果か、余人よじんには決して有しえぬ特別な力が秘められていたのだった』



 女はそう語りながら、寒さでかじかんだ少女の両手を取り、まるで暖めるかのように大きな手の平で包み込む。

 

 その刹那──少女の小さな両手の平に一瞬だけ小さなあかりが灯るのであった。



『凄い、お師匠様はやっぱり凄いです! 身体がとっても暖かくなりました!』



 すると先ほどまで全身を蝕んでいた、身を切るような寒さが嘘のように消し飛び、少女の全身はまるで暖かな春の陽気に包み込まれる。


 少女は驚いたように一瞬だけ身体を硬直させるが、直ぐにそれが自身の師である女の魔法である事に気が付くと、嬉しそうに笑い破顔するのであった。

 女はそんな少女の姿を見て静かに笑うと、両手を離し少女の頭を優しく撫でる。



『それは神の呪いか、あるいは祝福か──その女の子が有していた力とは、人ならざる“魔族まぞく”にのみ許された大いなる権能であり、また種としての強さの表象でもあった。その力は彼らの犯されざる法であり、また遵守すべき絶対なる律でもある』

『え……っと?』

『おっと失礼。あまりセンスの良い例えではなかったね。それならば少しだけ言葉を変えてみようか。ふむ……まぁ、平たく言ってしまうのならば、ワルプルガは魔法と呼ばれる不可思議な現象を引き起こすための力を、持って生まれてきてしまったんだ』



 ──今、君に見せたようなとても不思議な力をね。


 女は言葉の最後にそう付け加えると、少女の手を優しく引きながら、雪原を再び歩き始めるのであった。




 ◇ ◇ ◇




 女は歩きながら語った。

 自身たちの源流に当たる人物の誕生、そしてその歩みを。



 歴史に語られるワルプルガは、長きに渡り多くの人間たちから愛され、敬われたと言い伝えられている。


 それも当然の事ではあったのだろう。


 誰よりも美しくまた聡明であり、何者も有しえぬ魔法の力を秘めていたワルプルガは、文字通り唯一無二の特別な存在であったのだから。


 ……恐ろしき魔族の脅威により、版図はんとの隅へと追いやられていた弱き人間たちは、ワルプルガの台頭たいとうと獅子奮迅の働きにより、大きく巻き返しを図ったとも言い伝えられている。

 魔法の範疇を逸脱した神の御業みわざにも等しき、その奇跡とも呼べる力と共に、人々は奪われた大地を徐々にではあったが、だが確かに取り戻していったのであった。



 いつ終わるとも知れぬ魔族との長き戦いの中──気が付けばワルプルガは、民衆たちより“聖女”と呼ばれ崇められるようになっていた。


 不毛とも思える魔族との戦いを継続するには、聖戦の象徴となるべき偶像イコン……自身たち弱き存在を導く、確かなよすがが必要であったのだろう。


 寄せては返す波のように、一進一退を繰り返す魔族との戦いの中、聖女ワルプルガは不動とも思える地位を確立したのであった──。



 ──そんな風向きが大きく変わってしまったのは、聖女ワルプルガが丁度80歳を迎えた年である。



 無常なる時の流れの中、ワルプルガの周りの人間たちもまた、歴史の流れへと消えて行ったが、

 ただ一人ワルプルガだけは、老いと呼ばれる自然現象とは無縁なのであった。


 声はまるで年頃の娘のように甲高く、珠の様な肌は八十の年月としつきを経たとは思えぬ程に艶やか。


 長く美しい髪が精細を欠くことは無く、その双眸はいっそ不気味と思えるほどに晴れやかな輝きを放ち、前を見据えていたと言われている。



 ……今もなお語られるワルプルガの最後に、ワルプルガ自身の瑕疵があったとするならば、それは自身を取り巻く環境の変化に気が付かなかった事だけであろう。


 自身へと向けられていた信頼と羨望の眼差し──その一切がいつしか疑問の色を宿し、恨みがましい猜疑の瞳へと変化して行ったことに気が付けなかった事だけだ。



『──目を覚ますのだ同胞たちよ! 聖女ワルプルガは人の形をした魔族であり、人ならざる化け物だ! あの女は魔族と結託し、我々から延々と搾取し続けているだけなのだっ……! 妄信していてはいつか皆殺しにされるぞ!』



 そんな謂われ無き不当な糾弾が民衆より湧き上がり、大衆へと伝播していったのは、それからもう間もなくしての事であった──。



 根底にあったのは、人間よりも遥かに強大な力を秘めたワルプルガへの嫉妬であっただろうか。


 あるいは自分たち人間よりも、はるかに長い時間を与えられた、ワルプルガへのねたみであったのかも知れない。


 もしくは──ただ単純に怖くなってしまっただけか。


 自分たち人間と全く変わらぬ容姿をしていてもなお、

 時の流れで老いを見せることも無く、恐ろしき魔族たちすら容易に鏖殺おうさつしてしまう、まさしく超越者とも言えるべき存在に。



 気が付けば民衆の多くが、ワルプルガへと投げつけるための石を、その手に握り締めていたのだった。 




 ◇ ◇ ◇




『酷いっ……! ワルプルガさんは皆のために頑張っていたのに……!』

『まあね。言いたくはないが、特別な存在に対するやっかみや嫉妬の念が根底にあったのは間違いないだろう。当時の人間がどのように考えていたかは、今となってはもう想像する事しか出来ないけれどね』

『……っ』



 不快そうに眉を顰め押し黙る少女を見やり、女は困ったようにポリポリと頬を掻きながら言葉を続ける。



『こうしてワルプルガは、あれよあれよという間に聖女という地位から引き摺り下ろされ、監獄へと収監。病で亡くなる約4年もの歳月を、窓も無い牢獄で一人静かに暮らしましたとさ』

『……』

『処刑され大衆に晒される辱めこそ受けなかったが、故しらぬ人間たちからは死ぬまで侮蔑ぶべつされたらしい』

『……』

『ワルプルガは女の姿をした魔族。転じて“魔女”だ──……とね』

『魔女……』

『今では広く一般にまで浸透した呼び名ではあるけれど、原点を辿ってみれば元はただの蔑称でしかなかったって訳さ。悲しいなぁ!』



 楽しそうな口ぶりで冗談混じりに女は語るが、呆然とした表情で雪原を眺めていた少女が、相槌を返すことは無かったのであった。



『お師匠様』

『……なにかな』



 それはまるで蚊の鳴くような声量の訴えであった。

 消え入りそうな少女の声を聞いた女は、歩みを止めると、珍しく真剣な面持ちで少女の言葉をじっと待つ。



『ワルプルガさんは最後…………どんな気持ちだったのでしょうか?』



 少女はその言葉と共に、今は亡き先人へと向け、郷愁の念にも似た切ない想いを馳せるのであった。



 ──信じていた人たちに裏切られるのは、果たしてどれほどの苦痛であっただろうか?


 ──愛していた人たちから投げ掛けられる汚い言葉に、果たしてどれほどの悲しみを覚えただろうか?


 ──閉ざされた牢獄の中、一体どれほどの絶望を味わい、そして一人寂しく死んでいったのだろうか?

 


 考えれば考えるほど少女は虚しい気持ちになる。


 不快でどす黒い感情が、まるで意思を持った毒虫のように、小さなむねうちを這いずり回るのであった。



 少女の切ない問いかけを聞いた女──魔女フレリアは、鼻の穴から大きな溜め息をゆっくり吐き出すと、考え込むように片手を顎に当てる。

『これはあくまで私の姉弟子の考えではあるのだけれど……』そう言い訳染みた前置きをして、ゆっくりと言葉を選びながら語り始めるのであった。



『今ではもう彼女の心境や苦痛を推し量ることは出来ないけれど。……それでもワルプルガは最後の最後まで、人間を愛していたんじゃない……かな?』

『そんな都合の良い……』

『うん、私も個人的にはそう思うよ。でもね、ワルプルガという特別な無二の存在が、後に私たち魔女族ウィッチという普遍の存在へと移り変わっていったのには何か要因があったはずだよ。それは猿から人間へと進化していったような、長い期間スパンを有する緩やかな変革では無く、もっと別の、そう……神秘的ミスティックで、革新的エポックメイキングな要因であったはずだ』

『……』

『きっとワルプルガはね? 牢獄の中で一人祈り、最後の魔法を使っていたんじゃないかなぁ』

『……魔法を』

『この世界に対して──どうかこれからも私が愛した人間たちを、ずっと守ってくれる存在が現れますようにって』



 言葉の最後に、

 『あくまで私の姉弟子の考えであって、私自身の考えではないんだけどね』と、念押しするように付け加えた魔女フレリアであったが、他人の言葉とはいえ、恥ずかしい事を言っていた事実に気がつき、誤魔化す様にヘラヘラと笑うのであった。



『……』



 少女は押し黙り、言葉無く俯く──。



(そちらの方が余計に報われないではないか)



 幸いにも、女の言葉に対して抱いたそんな胸の内の言葉が、口を衝いて出る事はなかったのであった。




 ──当時、この世界でワルプルガ一人だけであった魔女も、最盛期には3万人を数えたと言われている。


 突如として人間の隣に現れた魔女という名の不思議な隣人りんじんは、依然としてその多くが謎に包まれているが、

 ワルプルガに準じた特別な力を持つ、第一世代の魔女たちが世に生まれ落ちたのは、一番最初の魔女が獄中死ごくちゅうししてから、わずか数ヶ月後の話なのであった。 




 ◇ ◇ ◇




 魔女は少女の手を引きながら雪原を一緒に歩いていた。



 街から遠く離れた場所で不意に立ち止まると、魔女は『ここならいいかな』と小さく呟き、改めて少女と向き合う。



 魔女族ウィッチの来歴について語り終えた後二人は、口数も少なくなり、互いに無言のままあてどもなく雪原を歩き回っていたのだった。


 少女は何時間にも渡って黙々と歩いていたような錯覚を覚えていたが、冷たい風に混じり潮騒しおさいが聞こえてくるのを鑑みると、どうやらそこまで遠くに来たわけでもないようだった。


 

『ジュジュちゃん……気を取り直していこう。そうだ……これからは魔法についてのお話をしよう!』



 切れ長の瞳が少女を見つめる。


 まるで深い森林の奥地に眠る、犯されざる清泉の水底のような色の瞳に見つめられ、少女は思わず息を呑み込むのであった。



『……古き六大魔女たちの一人である、宿命の大魔女ディスティーナの言葉を借りるのならば、私たち魔女は。身体の奥深くに眠る、神から定められし“天啓オラクル”、そして“魔力”の二つを持ってして、この世界に魔法という事象を発生させるそうだ』



 ワルプルガの最後を聞きやるせない気持ちになっていたジュジュは、滅入る気持ちに蓋をするかのように、わざとらしく大きな声で相槌を返すのであった。



『神さま……ですか? 突飛もない話ですね』

『その通り。実に傲慢で聞いているだけで、身体がムズ痒くなってくる話だろう? でも笑ってはいけないよ。ワルプルガの死後、この世界にほぼ同時に生誕した6人の魔女たちもまた、ワルプルガという前例から洩れる事なく差別や迫害の対象になってしまってね』

『……酷いです』

『魔女たちはこの力を、神から与えられし祝福であり天からの啓示として捉え、我々は選ばれた神の寵児であると独自解釈する事で、なんとか尊厳を保っていたそうだ』

『聞けば聞くほど今の時代では考えられません』



 現在の魔女たちが当然のように座する、“人間の良き隣人”という立場しか知らない少女にとって、

 数多くの紆余曲折を経て、ようやく市民権を得るまでに至った、過去の魔女たちの苦闘の歴史は、到底受け入れられざる苦い話なのであった。



『本当にね。私たちは良い時代に生まれて来れたものだよ。なんでも話によれば古き魔女たちの数多くが、凝り固まった選民思想せんみんしそうに取り憑かれていたらしくてね。人間たちを魔族ごときに劣る、下等な劣等種と見下す風潮が蔓延していたそうだ。おっかないおっかない』

『……本当に嫌な時代だったんですね。昔は互いに石をぶつけ合い、憎みあって生きていた』

『そうだとも。だが、そんな殺伐とした魔女たちの中にも少なくない数の穏健ハト派も居たそうだよ。──あたしたちもいつかは人間の男たちと沢山エッチな事したい! ……ってスケベな主義思考を持ち、人間たちからの差別にも決して屈しない、鋼のような自己を確立した真なる烈女れつじょたち。真っ先に人間との融和を試みた偉大なる先人でもある』

『ず、随分と俗っぽい方もいらっしゃったんですね。正直、私は苦手なタイプの方たちです……』

『喜びたまえジュジュちゃん。何とそんな俗っぽい魔女の筆頭こそが、私の師であり君の大師匠おおししょうに当たる、エターナリアの事だとも』

『えぇ……』

『エターナリア師も若い頃は常々、胸のうちに大きな野心を抱いていたそうだ。いつかは絶対、理解のある美少年やイケメンたちをかき集めて、自分だけの夢のような逆ハーレムを──』

『聞きたくないです!』



 露骨に顔を顰める少女の姿を見て、魔女は楽しげにコロコロと笑うと、肩を竦めて言葉を続けるのであった。



『さて……話が大きく逸れてしまったが、身体の奥に眠る天啓オラクルとは、簡潔に表現するならば心象風景しんしょうふうけいと呼ばれる類の物だ。解りやすく表現するならば、“イメージ力”と言い換えた方が適切かも知れないね。要約すると──魔法とは、ジュジュちゃんのここにある……心で発動させると言う訳だね』

『え?』



 女はニコニコと笑いながら少女の胸元をトントンと片手で小突く。


 何故だか無性に気恥ずかしくなった少女は、頬を紅く染めると身体を守るように両手で身体を覆い隠し、自身の師である魔女フレリアに質問を返すのであった。



『心、ですか?』

『そうだよジュジュちゃん、このどこまでも続く世界に君自身の心を描くんだ。この世界は君のために……いや私たち魔女族ウィッチのために用意された、巨大な白紙のキャンバスなのさ』

『よく……わからないです』



 顔を曇らせる少女に魔女は優しく語りかけると、二度三度と繰り返し、頭の上を優しくポンポンと叩く。

 そして十歩ほどの距離を取るように歩き出すと、少女の方へと振り返るのであった。



『お師匠様……?』



 少女は自身の師である魔女を見つめると不思議そうに首をかしげる。



『今はわからなくても大丈夫だよ。こういった抽象的な問題は、時間や様々な経験が解決してくれるものだからね。……それに、こればっかりは一度実際に見てもらった方がわかりやすい』



 果たしていかなる魔法による作用か──いつの間にか魔女の手には、その背丈を優に越える長さの重たげな大杖が握られていた。


 魔女の手に握られたその杖は、まるで一切の光源が存在しない、真っ黒な夜空と同じ色をした漆黒の杖である。



『いい杖だろう。今は亡き友人の形見の一つなんだ』



 杖の先端にはまるで宝石かと見紛うばかりの、色とりどりで美しい鉱石が装飾としてほどこされていた。



『杖の元の持ち主は……とても夢見がちな奴でね。毎日夜空を見上げては、星の並びや輝きに、沢山の物語を見出すのが大好きなロマンティストな女の子だった』



 その数は正しく膨大であり何十、あるいは何百にも昇る──。


 杖本体の漆黒の色と合いまり、まるで壮大な星海を巨大なハサミで切り取り、無理やり形を成したのだと見る者に錯覚させるほどであった。



 魔女の手に握られるのは一本の──“魔杖まじょう”である。



 古き魔女たち曰く、魔杖とは魔女という存在が有する個々(ここ)天啓オラクルの具現であり、力の源泉でもあり、また魔法の根幹でもあるという。


 それはかつての魔族と同じく、魔女という存在を上位者たらしめる必携の武器であり、また圧倒的な武威の象徴でもあった。


 ……だからこそ今なお連綿と続く魔女たちの歴史においても、その力の具現を持ってして見習いは卒業とされている。



『……さぁジュジュちゃん。よくよく目に焼き付けておくんだよ……』



 また余談ではあるが、具現化し実体を伴った魔杖は、母体である魔女が死した後にも現世に残り続けるとされ、

 自身の弟子や友人……あるいは愛する恋人や家族へと譲渡されるのが、古くからの慣わしなのであった。



『今から君に──』



 魔女フレリアは見せ付けるように“魔杖・星海の潜行者 (プラネットダイバー)”を、片手でクルリと巧みに回転させて、勢い良く大空へと掲揚けいようするのであった。



『──古き魔女の魔法をお見せしましょう』



 その刹那──少女が今まで生きてきて一度として感じたこともないような、爆発的な魔力が魔杖から波紋状に広がり白銀の世界を覆い尽くす。


 ……異変は直ぐに発生し、少女もまたその異変を直ぐに感知した。




 ──大空が悲鳴を上げ、大地が音を立て揺れる。



 そしていまだ明るいサハリナの空を、一条のほうき星がまるで天を引き裂くかのような驚くべき速度で、駆け抜けて行くのであった。



 一つ、二つ、四つ、八つ……。


 まるで魔女フレリアの手に握りし魔杖の呼びかけに応えるかのように、数多くのほうき星がどんどんとその数を増して行き、ついには隙間なく空を埋め尽くす。


 弟子の少女はサハリナの空を覆い隠す程の流星群に、ただただ大口をあんぐりと開け驚愕する事しか許されないのだった。



『ジュジュちゃん、君は将来どんな魔女になりたいのかな。誰にも負けない強き魔女? それとも愛した人を守れる優しき魔女だろうか? まずは君の師である、古き魔女に教えくれないかい──君の心が指差す……その方向を』



 師である魔女から投げ掛けられたその問いかけは、普段の気の抜けた魔女とは異なり、穏やかでありながらも、どこか威厳を感じさせる声なのであった。

■用語紹介


 魔女族ウィッチ


【区分】種族


 ・ワルプルガの死後、普通の人間の男女から突発的に生まれてくるようになった、魔法と呼ばれる力に秀でた人々──あるいは異種族を指す。

 なんら人間と変わらぬ容姿をしている反面、寿命は皆総じて長く、確認された最高齢の魔女族はエターナリアの約3900歳である(それも戦時下での戦死であり、正確な寿命は判明していない)

 女性しか生まれてこない欠陥種族であり、魔女族と人間の男の間に生れ落ちた子どもは、普通の人間である事がほとんどであったため、長きに渡って「呪い」だと忌み嫌われ差別の対象となった。

 人間と魔女族の関係が大きく改善したのは“神授の魔女”が考案した“呪文スペル”と“呪文詠唱スペル・キャスト”の登場以降であり、比較的、人間に好意的であった魔女族たちの努力もあまり大きな意味を成さなかったようである。

 数多くの紆余曲折を経たものの、現在ではもっとも人間の良き隣人と呼ぶべき存在へと収まった。




 天啓オラクル


【区分】概念


 ・魔女たちが心の内に有する憧憬、あるいは心象風景と呼ばれる類の物である。古き魔女たちはそれらを神からの啓示として捉え育んでいた。

 魔杖が有する力の方向性や、得意とする魔法は天啓に大きく左右されると考えられており、ある程度の指向性を持たせた教育を、弟子に行なう魔女族も少なからず存在している。

 かつて異世界より召喚された勇者は、それらを「タイプ」や「得意属性」などと情緒の無い表現を行い、数多くの魔女族を激怒させたと言われている。




 魔杖まじょう


【区分】武器


 ・魔杖とはうちに秘めた天啓を具現化、物質化した物である。個々人の天啓によりその様相は大きく様変わりし、同じ姿かたちをした魔杖は一つとして存在していないと言われている。

 魔女族の力の源泉であり原点であると言われており、現在ではこれを具現化することで、見習いを卒業とされる。

 魔杖を具現化した状態で母体である魔女族が死亡した場合、一種の魔法道具マジックアイテムとして現世に残り続け、所持者には当該の魔女族ウィッチが生前に有していた天啓に準じた魔法の行使が可能となる。

 一部の魔法は既に失われてしまっており、残された魔杖を用いなければ再現できないとされる。



 

 六大魔女


【区分】組織


 ・ワルプルガの死後直後に生まれてきたとされる6人の魔女族ウィッチであり、第一世代の魔女たちとも呼称される。

 各々が現代の魔女族とは比較にならない程の魔力や、特別な天啓を有していたと言われており、六人だけで一番初めの魔女団カヴンを形成した。

 それぞれが、「破滅」「夢幻」「次元」「永遠」「宿命」「魅惑」の魔女を“自称”したとされ、後に続く魔女たちの二つ名文化へと発展していった。

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