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古き魔女と異世界の弟子  作者: オトモヘラルー(気付いたらオーバードーズしてる猫)
一章 北の地の動乱 ~王都から来た男達~
20/20

17 闇滅の魔女──あるいは『偉大なる大魔女』と呼ばれた女①




「……このままではジリ貧か」



 オブライエンは剣を魔獣の首元に振り下ろすと、眉を顰めながら忌々しげに呟くのであった。



 魔女見習いジュジュが酒場へと身を隠してからしばらくのち──。

 漁港ではとり残された人々による必死の抵抗が今もなお続けられていた……。



 公明正大こうめいせいだいであり“かくあれ”と誉れ高き生き方を尊ぶ騎士と、実利のみを追い求め、荒ぶる大自然の中で日々研削を続ける強靭なる海のおとこたち。



 ……遭遇した当初こそ相容れぬ様にも思われた両者たちであったが、特異な状況も相まってか、二つの存在は殊の外に上手く連携が取れ、まるで互いの隙を潰し守り合うかの様な、まとまりを見せ始めているのであった。



「景気の悪い事を言ってくれるんじゃねえよ魔法使いさま。魔力はもう枯渇しちまったか? んっ? ご自慢の魔法はどうした? ……液剤ポーションはあと何本残ってる?」



 誰に対して言った訳でも無いオブライエンの独り言に反応すると、その近くで魔獣と戦っていたトバルカインが、騎士へと振り返ることもなく、まるで捲くし立てるかの様に早口で言葉を投げ掛ける。


 眼鏡モノクルの騎士は、自身へと投げ掛けられた言葉に対して、心底つまらなさそうに鼻を鳴らし後ろ手に髪を撫で付けると、己の上司である騎士へと返答するのであった。



「残念な話だが……残りの液剤ポーションは次で最後だ。魔力に余裕が無い事も無いが、今はまだ全力を出し切るタイミングでもなかろう」

「いっぽん──ッ!! ……ハッ、聞くんじゃなかったぜ畜生が。仮にもお前さんも騎士なんだ……たとえ魔力が尽きたからって、案山子かかしにだけはなるんじゃねーぞ大先生」

「──剣闘けんとうの心得も無いわけでは無いが本分は魔法だ。あまり私を当てにしてくれるなよ」



 トバルカインは今まさに、目の前の船乗りの背中へと飛びかかろうとしていた、二足歩行の鳥の魔獣へと向けて、その手に握られた剣を振り下ろす。


 かつての美しき刃の姿は今では見る影も無く、まるで粗悪なのこぎりを思わせる風貌になってしまっていたが、振り下ろされた刃は鈍器のように魔獣の頭蓋骨を粉砕するのであった。


 だがその小さな頭部を粉砕し、脳漿のうしょうをサハリナの空の下に四散させた瞬間。


 ──ガギリッ……。


 そんな不気味で嫌な音を辺りに響かせて、刃の中ほどから、ものの見事にへし折れてしまうのであった。



「クソったれが──ッ!! ……けっ、聖職者(生臭坊主)どもがなぜ棍棒メイスに拘るかが、この歳になってようやく理解できたぜ」

「ほう、それは素晴らしい。それで、その心は?」

「そんなもん決まってるだろ──『棍棒メイスの方が剣より、より多くの生き物を殺せる』……見ろチャールズ、このなまくらを。貴族家に生まれた子女が欲しがる、飯事ままごとセットの包丁のほうがまだ切れそうだ」

「確かに……王都へと帰還したあかつきには、携帯できる武器類を増やせるよう、アランドラ団長に嘆願書を提出しようではないか」

「そいつぁ良い提案だ。ところでオブライエン大先生……お手元のその剣をわたくしめに貸しては頂けないでしょうか?」

「断る。武器が無くなったからと言って、案山子にだけはなってくれるなよ? 金獅子騎士団、副団長殿」



 トバルカインはやれやれと言わんばかりに大げさに肩を竦めると、長きに渡り一人の騎士を守り続けてくれていた相棒の残骸を、魔獣へと向けて器用に投げつける。



「……確かにジリ貧だ」



 だが投擲された金獅子騎士団の武威ぶいたる象徴は、クルクルと子気味良く回転したかと思うと中空でその勢いを無くし、雪の上へと音もなく落下してしまうのであった。




「らああああぁぁぁぁぁぁ──いっ!!!!」


 

 ハゲ頭の騎士ファイサルが、倒壊した小さな家屋の支柱を両腕で掴み、まるで棍棒の様に振り回す。



「ぶるぅぅああああぁぁぁぁぁぁ──おッッ!!!!」



 獅子奮迅、

 気合一発、

 一所懸命いっしょけんめいの地──。


 天を裂き、ラウラレンに木霊するは本能の雄叫びである。



 ……まるで理性無き獣の様なファイサルの雄叫びと共に、暴風のように縦横無尽に振り回された支柱は、

 魔獣に直撃してもなお止まる事無く、大地を駆る魔獣のことごとくを叩き、潰し──そして圧殺する。


 今のこの瞬間だけは、誇り高き金獅子騎士の一人も、心無き魔獣粉砕機として稼動していた。



「ピギュッ」



 振り回される支柱から逃げられず正面から激突し、空高くかち上げられた黒と白の二足歩行の鳥の魔獣が、柔らかな雪の上に落下する。


 だがそれは、まるで巨大な野生動物に踏み潰されたかのような、醜い肉片へと変じているのであった。



「「「わああぁぁぁぁぁっ………!!!」」」



 海のおとこたちが湧き上がる──。


 まるで御伽噺おとぎばなしにのみ語られる、今は滅亡した魔族の一つである“巨鬼族オーガ”をも髣髴とさせる、そのあまりにも人間離れした純然たる暴力の御業みわざに、船乗りたちは思わず大きな歓声を上げ、狂った様に酔いしれるのであった。



「やるじゃないか兄さん!! おぉい!! おかの上とは言え相手は海の魔獣だッ!! 騎士様たちに負けるんじゃねぇぞ、気張れ野郎ども──!!」



 ディミトリが負けじと、両手で肩に担がれたいかりを縦横無尽に振り回し、眼前に迫っていた魔獣の命を刈り取る。

 ……ファイサルとディミトリの両者が自然と背中合わせの形になると、ディミトリは口元をニヤリといやらしく歪め、自身の背後にいるハゲ頭の騎士へと純然たる賛辞を送るのであった。



「流石は音に聞く王都バルタロイの騎士様たちだ。正しく万夫不当ばんぷふとう怪力無双かいりきむそう──俺も海の漢として、腕っぷしにやぁちったぁ自信があったんだが、兄さんにはかないやしねぇ! 完敗だ!」

「わはははは!! そこまで言われてしまっては騎士として、ひざを折るわけにはいきませんな……!! 不肖このファイサル、必ずや皆々様のご期待に応えて見せましょうぞ」



 ディミトリとファイサルの二人は、まるでお互いを鼓舞するかの様に、つとめて大きな笑い声をあげる。


 ……だがハゲ頭の騎士は長時間に渡る慣れぬ雪上での戦いにより、既に見た目以上に消耗しており、

 ディミトリもまた同様、騎士たちが援軍として現れる前に奮戦ふんせんしていた事もあり、いつ足から力が抜け倒れ伏してもおかしくは無い状態であった。



 ……必死に戦い続ける当人たちは気付く事も出来なかったが、要となる前線の崩壊の足音は、今まさに目の前にまで迫っているのであった。




 ◇ ◇ ◇




「……不味いですね。本来であれば前線を下げてしかるべきなのでしょうが」



 タイロンが目の前の魔獣を切り捨てながら、美しく整った顔を歪めて柄にも無く焦燥感を見せ始める。



 彼の手に握られた一振りの剣もまた、既に多くの騎士たちと同様、消耗がいちじるしく、遠からぬ内に折れてしまうか、曲がるかしてしまうのは誰の目にも明らかであった。


 魔獣を一匹切り捨てる度に、粘液の様に付着した血糊ちのりを丁寧にコートの裾で拭う……。


 いまだ血で濡れていない袖口そでぐちで、顔に掛った魔獣の返り血と汗を拭う──戦いが始まった当初は、そのむせ返るような生臭さに吐き気すら催していたが、既に鼻は麻痺まひし、一切の臭いが感じ取れなかった。



(これではまるで死を覚悟した決死隊だ。終わりの見えぬ戦いがこれほどまでに苦しい物だとは……)



 頭の中でそう弱音を吐きながらも──ただただ、その手に握られた剣を無心で振るう。


 魔獣に覆いかぶさられ、馬乗りの状態で攻撃を受けていた若い船乗りを一息に助け出すと、男の腕を片手でつかみ、支えてやりながら無理やりに立ち上がらせるのであった。



 若い船乗りが息も絶え絶えにタイロンへとお礼を述べる。



「ハァハァ……ありがとう、ありがとう。本当に助かりました……」



 若い船乗りは全身から出血しており足元は覚束おぼつかない。


 だがフラフラとした頼りない足取りながらも、その瞳に宿った戦意の灯火は消えておらず、爛々と輝き続ける男の瞳には、流石の騎士も一瞬だけ立ち竦んでしまうのであった。



「……その傷では今後の生活に差し障ります。一度あちらへ非難を……応急処置を施すべきでしょう」



 タイロンが『海猫うみねこの酔いどれ亭』を指し示しながら善意で船乗りへと声をかけるが、男はまるで子どもが駄々をこねるかのようにかぶりを振るのであった。



「駄目だ騎士さま……まだ皆が戦っている……俺だけが逃げるわけには……俺だけが……」

「周りの空気に流されてはいけません。私たちは貴方たちが何を背負い、何のために戦っているのかは承知しているつもりです。だがもし、貴方がその守るべき物のために、元よりここで命を投げ出すつもりであったのならば、私は何も言わずに貴方の背中を押し、可能な限りその背を守りましょう」



 騎士は船乗りの瞳を見つめ──若い船乗りもまた同様、静かに騎士の瞳を見つめる。



「しかし貴方の大切な物との……大切な人との未来を、少しでもその頭の中に描いているのならば──……今は私の言う通りに引いてください。いいですね?」



 騎士の有無を言わせぬ瞳に射抜かれた船乗りは、苦しげに大きく鼻から息を吐き出すと、

 騎士へ何も言わずただ静かに頭を下げ、ゆっくりとした足取りで酒場へと歩いていくのであった。



「ジリ貧ですね……このまま戦況が長引けば早晩そうばん我々も……」



 騎士は頭の中に降って湧いた不安に眉間を寄らせるも、打開する妙案みょうあんが思い浮かばず、ただ静かに唸る事しかできないのであった。


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