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古き魔女と異世界の弟子  作者: オトモヘラルー(気付いたらオーバードーズしてる猫)
一章 北の地の動乱 ~王都から来た男達~
19/20

16 師と弟子②




 魔女見習いジュジュは自身の師である魔女が、在りし日に語っていた昔話むかしばなしを思い出していた。



 今ジュジュの目の前で展開される、ありとあらゆる攻撃を防ぎ受け止め、一切の干渉を許容しない、強大無比にして絶対なる力を秘めた守護の結界──。


 ……そんな壁を一番最初に突破して見せたのは、魔女族ウィッチでありながらも類まれなる槍の名手として名をとどろかせていた、魔女フレリアの姉弟子であったそうだ。


 およそ千年前──人魔大戦と呼ばれる大戦争の折、とある恐ろしい強敵との戦いの果てに魔女フレリアは、自身の師であるエターナリアをうしなった。


 フレリアは自身の無力をひたすらに嘆くと、今と同じように結界の内部に閉じこもり、なんと四日間にも渡って食事や睡眠も採らず、ただ一人メソメソと泣き続け塞ぎこんでしまっていたらしい。


 その際……フレリアの姉弟子の一人であり、同じくエターナリアの五番弟子でもあった豊穣の魔女グレイスは、可愛い妹分である闇滅あんめつの魔女の姿に酷く心を痛め、何とか立ち直らせてみせると自ら説得役を買って出たそうだ。



『本当にしょうがない子……まぁいいわ。貴方たちは心配せず私に任せておきなさい──数々の男を虜にしてきた、ワンランク上の大人の女の包容力を見せてあげる……ウッフフ』



 本人もまた疲れ切った笑顔をフレリアの仲間たちに向けると、そんな下らない軽口と共に塞ぎこんだ魔女へと向き合うのであった。


 ……姉弟子という立場であるが、それ依然に一番の親友でもあった豊穣の魔女は、まるでフレリアの悲しみに寄り添い苦しみを分け合うかのように、フレリアと同様──食う物も食わず、その後三日三晩に渡って結界の前に座り込んだそうだ。


 師匠である亡き大魔女との大切な思い出の数々を楽しげに語り、

 そんな師が若き魔女族ウィッチや人間たちに託した未来への展望を語り、

 『私もまた同じ様に辛い』という胸中を、切々(せつせつ)と一人で語り続けては、フレリアがその顔を見せてくれる事を静かに待ち続けていたそうだ。


  ……だが結果はむなしく、グレイスには閉ざされたフレリアの心を開く事などできなかったそうである。



 ──まずは隔てる結界を打ち破り、力ずくで結界から引き摺り出す。



 そのような強攻策も検討されたそうではあるが、攻撃魔法全般に魔女見習い程度の乏しい適正しか持っていなかったグレイスや、普通の人間でしか無いフレリアの仲間たちには、どう足掻いてもその強大な結界を越える事ができなかったそうだ。



 はたしてどうすれば良いのだろうか……。


 平時であったのならば、おのずと時間が解決してくれたであろうが、今はいつどこから攻撃魔法が飛んでくるとも知れない戦時下である。酷ではあるが貴重な戦力の一つである魔女の傷心を、自然治癒するまで待つという選択だけ選べなかったのであった。


 ……フレリアの身を案じ心配しながらも仲間たちが頭を悩ませていた所、別の魔女族より連絡を受けた“くだんの魔女”が、颯爽と最前線から舞い戻ってきたらしい。



 “怒れる制裁の魔女”──ジルバラ・シャンバリエという名の歳若き魔女である。



 永遠の大魔女エターナリアが四番弟子であり、グレイスとフレリア両名の姉弟子。


 そしてエターナリアの最高傑作とまで謳われた、混迷の時代が生み落とした戦いの申し子だ。



 ……男遊びが大好きであり性に奔放な性格であったグレイスや、才能に溢れながらも他者とのコミュニケーション能力に重大な欠陥を抱えていた変人のフレリア。


 ──そんな難ある問題児二人と比較して、ジルバラの性格は驚くほど品行方正であり、その厳つい二つ名とは異なり、気性もまたとても穏やかで愛情深き女性であったそうだ。平たく言うならば優等生である。



『そんな事になっていたのね……わかった』



 師である大魔女の訃報を受け、弔いのためわざわざ遠方より舞い戻ってきていたジルバラは、グレイスと同様、塞ぎこみ憔悴しきったフレリアの惨状を聞き酷く驚いたそうであった。



 相談を受けた彼女は、ただ一言だけ『わかった』と了承の意を示すと、

 自身の魔法で作られた鋭き魔法槍の一撃をもってして、フレリアの心の壁を物理的に──……それもいともたやすく破壊して見せたそうなのである。



 ジルバラの魔法──まるで独楽こまのように高速回転する、赤き雷光をその身に纏った一条の黒き閃光に穿うがたれた瞬間。


 フレリアと外界を隔てていた絶対なる守護の壁は喪失し、音も無く静かに崩壊してしまったそうだ。



 後年──魔女フレリアは、弟子へとこう語った。



『あの時ばかりは私も死ぬかと思ったなぁ。いつも私を甘やかしてくれるジルバラねえさんに、結界を破壊されたかと思うと、普段は見せないような怖い顔で私を睨めつけて来るんだもん!! ぶち殺される……ッ!! って……本能的に思って、ちょっとだけオシッコ漏らしちゃったよ!』

『馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。ジルはいつだってアンタの事を考え、優先して考えてくれていたでしょう』

『そうなんだよね。私がこんな性格になった原因の4割ぐらいは、ジルバラねえさんのせいだけれど……本当に優しくて、誰よりも頼りになる人だったよ』

『アンタが駄目人間になったのを人のせいにすんじゃないわよ』



 ヘラヘラと笑いながらもどこか遠い目をし、己の使い魔であるミネットと共に、在りし日の思い出を静かに語る──。



『本当にジルバラねえさんには、ジュジュちゃんと会って欲しかった──この子が私の可愛い一番弟子です、って姉さんに見せびらかしながら自慢したかったよ。そして私は姉さんにこう言うんだ……エターナリアの可愛い子魔女(リトル・ウィッチ)の姉妹(・シスターズ)の中で一番手間の掛る末妹も、こんな立派な先生になれたましたよ!! って、胸を張ってそう報告するんだ。そしたらさ……姉さんはきっと私やジュジュちゃんの事を沢山褒めてくれるんだ……絶対にそうだったよ』



 そんな師である魔女のくたびれた姿は、今も尚、ジュジュの脳裏に焼きついているのであった。




 ◇ ◇ ◇




「……この世界は私たち魔女族ウィッチに用意された白紙のキャンバスだ」



 ──少女はかつて自身の師から受け継いだ教えを口にし、右手の平に練り上げた魔力の全て込める……。



 人伝ひとづてに聞いただけのジルバラの魔法を、今こそこの世界に再現せんと集中し、ただ静かに頭の中でイメージを固めるのであった。



 戦場であれば既にジュジュは何度も命を落としてしまっていた事であろう。



 ──隙だらけの姿を恥ずかし気も無く晒しながらも、幸いな事にこの場に魔女見習いの命を狙うような者は存在しない。


 ……今までは魔法とは名ばかりの、火球や水球など、およそ魔女や魔法使いが操る魔法よりも、遥かに原始的な形のそれしか形を成す事ができなかったジュジュであったが、

 今その手に形が出来上がりつつある魔法は正真正銘──少女にとっての最初の魔法と言っても過言では無いレベルの立派な魔法に昇華されつつあった。



 魔女としては、あまりにも頼りない──されど魔女見習いとしては、あまりにも完成された魔力をその身に宿し。


 魔女フレリアの弟子の正真正銘の“魔法”が、いま初めてこの世界に顕現けんげんする。



「いずれ私の手に握られる魔杖も……私自身のこの手も──より広く、より大きく世界へと魔法を描き出すための……心の延長でしかない」



 ……魔女へと突き出された右手ききて

 蒼き魔力の発光を伴いその手に握られるは、一本の小さな魔槍ジャベリンであった。



 ──まるで渦潮うずしおの様に回転する、魔力で形成された水の奔流ほんりゅうまといし永遠に解けぬ絶氷の槍。



 少女の意地いじ意思いしを纏いし一本の魔槍ジャベリンが、魔女フレリアの一番弟子ジュジュの手には強く握り締められていた。



 それはあるいは先人の模倣──悪く言うのならば猿真似でしかないのかも知れない。

 ……だが確かにそれに込められた祈りは、正真正銘ジュジュの物であり、この世に二つとして存在しない紛れも無い原典オリジンなのであった。

 


「ジュジュお姉ちゃん……ッ!!」

「大丈夫……大丈夫……大丈夫だよッ!!」



 ナスターシャが心配そうに声を上げる。

 魔女見習いジュジュは静かに少女へと向き直ると、へにゃりとした弱々しい笑顔を浮かべる。



「大丈夫……大丈夫……」



 魔女見習いジュジュの口から呪文のように繰り返される少女への単調ななぐさめの言葉は、

 あるいは大いなる師へ──いや師へと託された高潔なる魂へと挑戦する、愚かな魔女見習いへと向け送られた、勇気を与えるための応援エールのようにも聞こえたのであった。



「お師匠様──ッ!! くらえッ!!」



 ジュジュがその手に握られた槍を投擲するため、自身の左足を景気良く床の上へと叩き付け打ち鳴らすと、上半身じょうはんしんを後ろへと大きく捻り上げる。


 まるでしなる鞭の様な力強さを──そして穏やかな風に揺られて穂を揺らす、稲穂の様にたおやかな柔軟性を秘め……。



「へあっ!!」  

  


 何とも頼りないそんな掛け声と共に、

 魔女フレリアの一番弟子の最初の魔法とも言うべき魔槍が、驚異的な速度を伴って発射されるのであった。


■用語紹介


 子魔女リトル・ウィッチ


【区分】名称


 ・年老いた魔女や師である魔女族ウィッチが、自身の愛弟子や他人の魔女見習いを呼ぶ際に使う言葉である。

 通常時は侮蔑の意図など無いが、普通の人間たちからこの言葉を向けられた場合は「腕の無い弱い魔女」や「可愛い見習いのお嬢さん」など数多くの意味合いが込められ使用される。

 フレリアの師である大魔女もまた多分から洩れる事無く、ジルバラ・グレイス・フレリアの三人を、見習いを卒業した後にも“私の可愛い子魔女(リトル・ウィッチ)の姉妹(・シスターズ)”と呼び愛していた。

 いまでは存命はフレリアのみであるが、ラウラレンにあるとあるなんでも屋の名前にその想いは生き続けている。

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