幕間 王国の魔女はかく語りき③
本話は物語の進行とは直接的に関係の無いお話です。
幕間と表記のある物は、全て飛ばして頂いても問題ありません。
金獅子騎士団に下された王命は二つである。
偉大なる大魔女と呼ばれる魔女の捜索、
そしてもう一つがその魔女をアルディナ王国へと誘致し、“とある者たち”の魔法の師として従事させる事であった。
曰く──長きに渡る間続いた、人間と魔族の戦いの歴史。
原初より続くその悪しき因縁に決着を付けるため、およそ千年ほど前に、魔族の手より巻き起こされたとされるのが“人魔大戦”という名の最終戦争であった。
その戦争の折、異世界より招かれし勇者ヨシオと聖女アルディナ──そして数多くの仲間たちらと力を合わせ、悪しき魔族たちの頭目である“魔王”に引導を渡したのが、偉大なる大魔女と呼ばれる件の魔女であったそうだ。
偉大なる大魔女は理由は不明であるが、大戦終結後の僅か数年程度のうちに歴史の表舞台から去り、人前から姿を消したとされている。
その伝説の魔女を見つけ出し、王国へと帰還せよとのお達しが、今回騎士たちへと下された任務なのであった。
(……一体なぜ王の近衛たる我々がこのような事を。このような粗雑な任務は、誉れ高き金獅子騎士団ではなく、本来は黒鷲騎士団たちのような下賎な者たちの領分であろうに)
──王室近衛兵として王の身辺警護を担う、誉れ高き金獅子騎士団の騎士たちが、いかなる理由を持ってして情報屋や密偵の真似事をせねばいけないのか。
……直接口にこそ出さなかったものの、半数の金獅子騎士たちが内心でその様に思い、眉を顰めて不満を表明したのであった。
だが己たちへと命令を下したのが、主君である国王本人であるからには従わざるを得なかった。
金獅子騎士団による偉大なる大魔女の捜索であったが、開始早々で出鼻をくじかれる事となる──問題は合わせて騎士たちへと共有された魔女の仔細にあった。
・その魔女の二つ名は“偉大なる大魔女”である。
・その魔女の名前は、ヨシオやアルディナを除いた他パーティの名前と共に既に失伝しており、歴史書にも記されていない。
王家や聖地カテナに蔵書された書物にすら記録が残っておらず、千年を越えて生きる古き魔女たち複数人に話を聞いたりもしたが、皆がそれぞれに『覚えていない』『記憶に無い』『聞いた覚えはある』と返答した。
・髪の色や瞳の色など魔女の容姿はその一切が不明である。また所持していた魔杖の名前もわからない。
・安否が最後に確認されたのは今から480年ほど前まで遡る──そもそも今もなお、本当に生存しているのかは不明である。
・魔女たちの夜会──集会の直近の出席簿を数十年分遡って確認したが、やはりそれらしき魔女は見当たらなかった。
・“あの事”を周辺諸国に気取られてはいけないため、冒険者ギルドには頼らず、人海戦術により事に当たる事。
・捜索を行なうにあたり、可能な限りは協力者などにも委細を伏せる事。偉大なる大魔女やその身内以外に“あの事”が知られた場合は、アルディナ王国領土内においては極秘裏に対象者を排除しても良し。
・元はランドロール大陸の何処に住んででいたのか、出生地すらも不明である。
『おっと……どうやら我が王も金獅子騎士団が不要になって、組織解体の理由でも欲しくなったのかな? 僕も兄上にお願いして新しい就職先でも探しておくかぁ。あっはは』
その無い無い尽くしの魔女の情報を聞いたトバルカインの上司──金獅子騎士団長オズワルド・フォン・アランドラは、愉快そうに笑ったのであった。
まるで雲を掴むかのような任務である。
これならばまだお伽噺に登場する聖杯を探し出せと言われた方が、幾分かは騎士たちも納得できたし、面目も保てたであろう。
……そして“あの事”を周辺諸国に気取られないよう、冒険者ギルドに制限を掛けられたのも致命的であった。
金獅子騎士団の団員はその総数が40名──およそ一個小隊程度の人員しか配備されておらず、要人警護ならばいざ知らず、大陸全土をまたにかけての人探しなど土台無理な話なのである。
『──魔女の姿形はおろか魔女の名前すらも分からず、そも本人が生きているのかどうかすらも今では怪しい。住んでいた場所も生まれ故郷すらもわからず、加えてそんな魔女が本当に存在していたのかどうかすらも話を聞く限りでは怪しいではないですか。そもそも運良くその魔女へと辿り付けたとして、誰もその存在を見た事が無いのなら、その魔女が“偉大なる大魔女”本人だと一体どうやって証明すれば良いのでしょうかね? 一体どこの馬鹿が下らない事を陛下に吹き込んだのやら』
『えぇ……えぇ、全てメサビ様の仰る通りですわ』
『でしょでしょう?』
トバルカインはツラツラと不満を述べるも、自身で口にする内にいかに自分たちが無理難題を押し付けられているのかを改めて認識し、不平を漏らす口元の勢いも増していく。
また……相対している女性の物腰の柔らかさも相まってか、目の前にいる存在が、自身よりも遥か雲の上の存在である事を失念してしまっていた男は、勢いそのまま、つい本音で要らぬ事まで口に出してしまうのであった。
『“あの事”だってそうですよ。聖地カテナが襲撃され“魔族どもの手によって勇者が召喚されてしまった事実”など、他国に包み隠さず全て打ち明けておけば良かったのです。厄介な火種を四人も城内に抱えて──お陰でこの国の王城はいまや国一番の火薬庫だ。もしも事が明るみになって、人類の共有資産である大魔杖を勝手に使用した挙句、勇者を自国戦力として独占しているなどと、難癖を付けられでもしたら到底言い逃れなんて出来ませんよ』
トバルカインは不味そうにスミレの砂糖漬けを口にするとクチャクチャと咀嚼し、積もりに積もった不満を女へと向けて発露する──。
それを聞くアデラインは、不気味なほどニコニコとした笑顔を携え、トバルカインの愚痴に静かに相槌を打っているのであった。
およそ一月前。
人間たちにとって最も重要な共有資産である、次元の大魔女メディウスが残せし──大魔杖・“世界の果てにて、耳を澄ませば”が保管される聖地カテナが襲撃された。
──実行犯は魔族の中でも数々の悪名高い逸話が残る、“長耳族”のレンジャーやアサシンの8匹である。
結果として17名にも昇る聖堂騎士と、2名の魔女族の尊い命が失われる事になってしまったが、実行部隊であった8匹全ての魔族の駆除に成功し、至宝とも呼ぶべき杖を死守する事に成功したのであった。
だが騒動の最中、死に際の長耳族の手により大魔杖が使用され、異世界より四人の勇者──……より正確に表すならば、三人の勇者と一人の“一般人”が誤って召喚されてしまったのである。
起死回生の一手か──……あるいはただの最後の悪あがきであったのか。
人間や魔女族の敵でしかない魔族の手により、大義無く呼ばれた異なる世界からの異邦人たちは、聖地に緘口令が敷かれた上、その存在を各国から秘匿され極秘裏にアルディナ王国預かりとなったのであった。
『──アルディナ王国の人間たちなら誰だって憧れを抱いていた、勇者という特別な存在だって蓋を開けてみれば現実はアレですよ。強いのは確かだが、聖人にも等しい数多くの逸話が残るヨシオ様とはまるで大違いの存在ときたもんだ。はたして、馬鹿みたいに浮かれて猿みたいにイキがってるだけの、小便臭い糞餓鬼どもを、危険を冒してまで保護する価値などあるのでしょうかね全く……』
『確かに勇者様三名は素行があまりよろしくないと伺っております。……ですがもう一人の少年と少しだけお話をしましたが、とても素直で良い子でしたよ』
『何の能力も持たない無能な一般人が人格に問題もなく好ましい人柄で、要の勇者様三人がどうしようも無い糞餓鬼だなんて。本当に世の中上手く行かないように出来てますよ』
数多くの不満や愚痴を言い終えたトバルカインはすっきりとした表情でカップを口にする。
ずっと一人で会話を続けていたせいか男の喉は既にカラカラであった。
『──メサビ様』
『いかがされましたか閣下? あぁそうだ──それよりも、申し訳ございませんでした閣下。聞くに堪えないつまらない愚痴を長々と私一人で。不快なお言葉の数々……およそ高貴なる貴方様のお耳に入れてしまってよい言葉ではございませんでした。何卒、田舎貴族の戯言だと聞き流して頂けたならば幸いです』
表情に暗い影を落とす美しき女性の姿に気が付き男は慌てて謝罪する。
少し調子に乗りすぎたか──男はそんな事を考えて自身を戒める。
まるで乾いた大地が、振り落ちる雨のしずくを余す事無く吸いとるように、その不満の一切を何でも優しく聞いてくれる女の包容力に、思わず騎士は甘えてしまったのであった。
『──メサビ様』
アデラインは再びトバルカインの名を呼ぶと、ティースプーンでカップの中を優雅にクルリとかき混ぜ、溜め息混じりに言葉を発する。
流れるような動作でソーサーの上に置かれたカップの中には、並々と紅茶が入っておりアデラインが一口も口にしていない事を窺わせるのであった。
『……誠に申し訳ございません。実は陛下にあの子たち四人の保護をお願いしたのはわたくしで。彼らの魔法の師に相応しいのは誰かと問われ、偉大なる大魔女を推挙してしまったのも他ならぬわたくしなのです』
アデラインがそんな言葉と供に、ソファの上に腰掛けたまま静かに頭を下げる。
その言葉を聞いた瞬間──トバルカインの小さな脳内を巡っていた血の気が、足元を伝い体温と供に何処かへと消え去ったのは言うまでもあるまい。
その代わりに全身のありとあらゆる毛穴からは、まるで間欠泉が吹き出る温水の様に、冷や汗がぶわっと吹き出るのであった。
(──あぁこれ俺……終わりましたわ)
城下町の人混みで盛大に脱糞してしまった在りし日の絶望よりも、抗い難く拭い難い恐怖が、トバルカインへと襲い掛かる。
男はまるで雨に打たれて濡れそぼった子犬のように、情け無い表情を浮かべて女を見つめると、年甲斐にも無くウルウルと瞳を潤ませるのであった。
『……どうか誉れ高き金獅子騎士団の副団長ともあろうお方が、その様なお顔はなされないで下さいませ。疑問を感じたり、不満に思われるのは当然の事です。卿の仰るように戯言──いいえ、大切な国民の意見の一つとして、真摯に受け止めさせて頂きますわ』
トバルカインの心情を慮ってか、アデラインは女神もかくやの優しげな微笑みを浮かべると、暖かな言葉で男を包み込む。
仮にその笑顔があと10秒でも遅れていたのならば、誇り高き騎士は自身の口と鼻を両手で塞ぎ、セルフ窒息死という名の名誉の自死を選択してしまっていた事であろう。
『……ありがとうございます』
『はい。どういたしまして』
感極まり言葉少なく、感謝の意を伝える事しか出来ない哀れな騎士へと向けて、女は再び優しげな笑顔を送ると、ゆっくりとした動作でソファから立ち上がり一人窓際へと移動するのであった。
『メサビ様──偉大なる大魔女は存在します』
はたしていかなる根拠があってか、アデラインは静かに──だが力強くそう断言する。
『わたくしの母が──……いえ、豊穣の魔女グレイスがまだ生きていた頃。夜、寝付きの悪かったわたくしを寝付かせるために、よくベッドの上でお話してくださったのです。手の掛る妹弟子との面白可笑しな日々を。そして母の一番の親友でもあったその魔女の勇姿を』
窓の外を眺めながら切々 と語るアデラインの表情は伺えない。
トバルカインはいつの間にか乾いていた喉を潤すように、ティーカップに勢いよく口を付けると言葉を返すのであった。
『豊穣の魔女の妹弟子……という事は、永遠の大魔女の六番弟子に当たる訳ですね。いや……他にも弟子がいたかも知れませんので、七番弟子や八番弟子だったかも知れませんが……』
『えぇ』
──永遠の大魔女エターナリア・トワイライト。
次元の大魔女メディウスなどに並び、古き六大魔女の一人と称される、一際特別な魔女族の名前である。
メディウスと同様、人間を愛した魔女としていつも語り草にあがる彼女ではあったが、他の五人の大魔女たちとは異なり、果たした偉業や逸話のその多くが後世にまで語り継がれていない──。
『メディウスがその生涯で241人という途方もない数の魔女の弟子を育て上げた一方で、エターナリアは4000年もの間に、片手で収まる程度の数の弟子しか育てなかった』など、どうでもよい逸話しか残されておらず、他の大魔女たちと比較すると浮いた存在なのである。
……名前が出るのはもっぱら、豊穣の魔女の師としての名という、顔の無い偉人と評すべき魔女なのであった。
『ある日、そんな偉大なる大魔女から一度だけ手紙を頂いた事があるのです。何も告げる事なくわたくしと父の前から突如として姿を消した母の……グレイスの訃報でした』
『……』
トバルカインは絶句し、静かに息を呑む。
だがアデラインには息を呑む音が聞こえたのか、騎士の方をちらりと一瞥すると、寂しげな微笑を浮かべるのであった。
『……手紙を貰った時にはわたくしも父も本当に愕然としましたよ。母が消えてから僅か二ヶ月後の話でしたからね。朝いつもの調子で街に買出しに行ってくるわ~と言い残して消えた母が……まさかそんな事になっていただなんて夢にも思いませんでした。母は……良く言えば猫の様に自由な人でしたからね。母がわたくしたちの前から姿を消した後は残された父と二人……今頃はどこかで公爵夫人という大役から解き放たれ、自由を謳歌しているに違いないと呑気に笑っていました』
まるで月光に照らされて咲く、一輪の花の様な哀愁を漂わせる美しき女に騎士は再び息を呑む。
『貰った手紙には………………手紙には簡潔に、母が病で亡くなった事と死亡した際に母から託された“魔杖・収穫祭に昇る月 ”を、その偉大なる大魔女が遺品として貰い受ける旨だけが記されていました──それと……杖を貰い受ける代わりに、もし何か困った事があったのなら必ず私に連絡を寄越せ。絶対に君の力になる、とも』
その言葉を聞いたトバルカインの腰がソファから持ち上がる。
まるで光明が差し込んだ様な気分であった。
『ば……場所は!? 場所はどちらなのですか……!?』
連絡を寄越せと言うからには付随して魔女の連絡先──あるいは住んでいたであろう場所が詳細に記されていたに違いあるまい。
その連絡があったのが一体いつ頃の話であったのかを、トバルカインは知らなかったが逸る気持ちを抑えられないのであった。
『えぇ……それがですね』
アデラインが窓を解き放つ、女は外から吹き込む冷たい風に動じる事なく窓枠に背中を預けると、まるで悪戯が成功した少女の様な屈託の無い笑顔を浮かべるのであった。
『忘れてしまいました。怒りに身を任せてバラバラに手紙を破っちゃったから、あんまり正確に確認してなくて……ウッフフフ。でも確か、かなり北の地からだったような覚えはあるのですけどね……なにぶん随分と昔の話なので。魔女の名前も何だったかなぁ……二つ名は覚えていたんだけど。フレイア、いえフラミア……いやコレも違いますね』
可愛らしい小さな舌を出し惚けた表情を浮かべるアデラインを見つめ──騎士は背中に回した腕で自分の背中を勢い良く瞬時に抓るのであった。
それは決して怒りから来る行いではない……ただ目の前の女性の可愛らしさに抵抗するためである。
実際、あと2秒も背中を抓るのが遅れていたならば、彼女の愛らしい悪戯顔がトバルカインの小さな脳内に焼き付いてしまい、道端に咲く可憐な花を見る度にこの公爵の笑顔を思い出す羽目になっていただろう。
『そうですか……それは残念です。ですがお気にならないで下さい閣下、それ程までに過去の話であるのならば、場所がわかっていたところで既に居を移しているやも知れませんから』
ソファの上へと再び腰を下ろした騎士が慰めとばかりに言葉を発する。
『いいえ……それは違いますわメサビ様。例外はありますが魔女が棲家として定めた場所から大きく移動する事は非常に稀なのです』
ふわりと一陣の風が吹く──鎖骨あたりまで伸ばされたアデラインの亜麻色の髪がサラサラと風に靡く。
『わたくしが公爵家の娘として生まれたからではなく一人の人間として。一人の魔女族として、ロンバルディアの地を愛し長らく守護するように。母が父を愛しロンバルディアの地を……いいえ、死の間際まで父の隣を自分の居場所として選択したように。偉大なる大魔女が何らかの理由をもって、北の大地を自分の居場所だと定めたのなら──きっと彼女はまだそこにいます』
アデラインがトバルカインの瞳をじっと見つめてそう力強く宣告する。
『仮に……仮にですよ閣下……? もし北の大地に偉大なる大魔女がいたとして……現在もまだ存命であったとしましょう──はたして我々のような騎士が、本人を見抜けるものなのでしょうか。魔女が他者の名を騙り、歩んできたその道筋すらも偽っていたならば、どうやっても我らにはそれを知る術が無いように思います』
『大丈夫ですよ、きっと。魔女は師から……親とも言うべき存在から貰った名前を決して蔑ろにしません。生きているのならばきっと会える筈……それに──』
まるで騎士は魔法に掛けられたかのように、その美しき紫色の瞳から目を離す事ができなくなってしまっていた。
『──わたくしの母の一番の親友で、魔王をも打倒してみせた最強の魔女ですよ? 会ってわからない筈がないじゃないですか』
アデラインが、
一人の魔女が、
まるで不安を見せるトバルカインを、心の底から侮蔑したかのような、不敵な笑みを浮かべるのであった。
『…………わかりましたロンバルディア公爵閣下。この度は貴重な情報をご提供頂き誠にありがとうございます。魔女捜索にあたり北の捜索は、より入念に行なうようにとオズワルドに進言しておきましょう』
『はい』
“魔女”の瞳を見つめたまま言葉を漏らしたトバルカインは、テーブルの上に置かれたスミレの砂糖漬けへと手を伸ばし無造作に口へと放り込む。
……冗談でもなく何かを行なわなければ目の前の魔女から、永遠に目が離せなくなってしまうかの様な錯覚に陥ったからであった。
『しかし……よりにもよって偉大なる大魔女はどうして北の大地を選んだのでしょうかね閣下』
『どうでしょう。もしかしたら隠居でもされているのかも知れませんわね』
『ハハッ……私なら隠居する時には温厚な地域に移住して、大きな犬を5匹は飼いたいですね。茶色や黒色、金色や白色の色違いのでっかい犬たちとのんびり小さな畑を耕して余生を過ごすんです』
アデラインの方へ視線を向ける事無く冗談を口にするトバルカイン。
『ウフフフ……それは素晴らしいプランですねメサビ様。犬、とっても可愛らしいですもん。わたくしも大好きですよ。魔女族も人間の良き友であるとわたくしは思っていますが──……犬という名の最良の友達と出会えたのが、人類にとっての最も幸運な出来事だったと思います』
『あっはっは、随分と大げさに仰りますね閣下。そこまで仰られる程の愛犬家なら、もしや幼少の頃には何頭も犬を飼われていたのではありませんか?』
『……それが一度も犬を飼った事がないんですよ。わたくしは何度も父と母に、犬を飼ってくださいとお願いしていたのですが──』
騎士は無作法であるがティーカップに角砂糖を放り込み、スプーンでカチャカチャと大きな音を立てながらアデラインの方へと向くのであった。
『今は亡き母がいつもこう言って取り合ってくれなかったんです──馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。私は犬アレルギーなのよ……って。あまりにもわたくしが食い下がるものだから、何度もお尻をペンペンされてしまった覚えがあります。フフッ、懐かしいなぁ……あの頃は本当に楽しかった』
窓の外、遠い空を見つめてアデラインは悲しげに呟く。
『父が居て、幼いわたくしが居て──そして母がいる。住んでいた家はとても公爵家の物とは思えないような小さな屋敷でしたが……あの家にもう一度戻りたいな』
トバルカインの瞳には、その姿はロンバルディアという巨大な領地を治める麗しき女公爵でも、豊穣の魔女の血を引く立派な魔女の姿でもない。
ただただ寂しげに今は亡き母を偲び、在りし日を懐かしむただの少女のように見えたのであった。




