幕間 王国の魔女はかく語りき②
本話は物語の進行とは直接的に関係の無いお話です。
幕間と表記のある物は、全て飛ばして頂いても問題ありません。
『本日は、金獅子騎士団は副団長というお忙しいご身分にありながら、わたくしの我侭でご足労をお掛けしてしまい申し訳ございませんでした。そのまま立ったままでは何ですから、そちらにお掛けになってください』
柄にも無く緊張した面持ちのトバルカインは、目の前のソファに悠然と腰掛ける美女に簡易な挨拶を終えると、促されるまま向かいのソファへと腰掛ける。
素直な騎士の姿に満足したのか、アデラインはニコニコとした表情を浮かべると、テーブルの上に置かれたガラス製の美しいティーポットへと手を伸ばすのであった。
『……実は先だって良い茶葉が入ったのですよ。一緒に飲みませんか? それと……そちらお口に合うかはわかりませんが、よろしければ召し上がって下さい』
室内には給仕や、先ほど案内してくれたメイド服姿の女などは見られず、どうやら高貴な身分であらせられる目の前の女性が、手ずからに持て成してくれるつもりのようだ。
ニコニコとした表情を浮かべるアデラインに勧められるがまま──用意された菓子を……スミレの砂糖漬けを口にすると、今までに口にした事のない、何とも奇妙な味にトバルカインは微妙な表情を浮かべるのであった。
さながら湯船に入れるアロマオイルをそのまま口の中に放り込んだような香りが口の中で爆発する。
いま直ぐにでも吐き出し、鼻と口を水で洗い流したい衝動に駆られるのであった。
『かねてよりメサビ伯爵家の方とはお話をさせて頂きたいと思っていたのですよ。失礼ながらメサビ伯爵家の殿方は、あまり社交界にお顔を見せられない方が多いでしょう?』
『えぇ……まぁ。お恥ずかしい話なのですが、閣下の仰る通り、当家の者は皆が社交の場を苦手としておりまして……ままならない物です』
トバルカインは美しい中低音ボイスで返答する。
その返答を聞いたアデラインは、はたして何が楽しいのかニコニコとした笑顔のまま、一人うんうんと頷くのであった。
『メサビ伯爵領は、鉄鉱石の産出地として有名でしたわよね? 何でも領内に類を見ぬほどの巨大な鉄山を所有されているとか。ウフフ……ロンバルディア領には、鉱山資源が埋蔵された山々が存在していないので羨ましいかぎりです』
『いえいえ……何を仰いますやら。我が領には閣下がご所望されるような物は一つとしてございませんよ。メサビ領はその多くが山に囲われた田舎も田舎──それゆえ産出量自体は多いやもしれませんが、取れる鉄鉱石の質自体は他と大差ありません』
『あら、そうなのですか? メサビ伯爵領で打たれた武器の数多くが、質が良いともっぱらの評判なので、わたくしったら素材そのものからして違うのかなぁなんて思っていたのですが。あっ……素人意見でごめんなさいね?』
アデラインは恥ずかしそうに頬を染めると、パタパタと両手の平を振り、何かを誤魔化すかのように笑う。
それを見たトバルカインは、キリッとした表情を思わず崩し鼻の下を伸ばしかけたが、何とか耐えぬき尊厳を保ったまま言葉を続けるのであった。
『フフッ……我が領では腕利きの職人達を取り揃えておりますのでね。メサビ産の武器が良いという評価は彼らに拠る所が大きいでしょう』
『まぁ、それは素晴らしい! もし……トバルカイン様さえよろしければ、是非ともどなたかご紹介して頂けたりしませんか? お一人だけでも結構です』
……トバルカイン様、トバルカイン様、トバルカイン様。
アデラインから自身の名前を呼ばれた瞬間、頭の中はまるで魔法でも掛けられたかのように、公爵の蕩けるような甘い声が反響し、エコーとなって響き渡るのであった。
刹那──トバルカインはアデラインが認識出来ないほどの速度で太ももを抓り上げる。
あと2秒でもその行動が遅れていれば、トバルカインは満面の笑顔を携えて『はいっ!』と少年のような元気一杯な声で、了承の意を示してしまっていた事であろう。
『どうか平にご容赦を──ロンバルディア公爵領から……いえ、閣下のような女神にも等しきご婦人からお声掛けなどされては、我が領の職人など、その全てが舞い上がり。我こそはと、明日にでもこぞって公爵領へと飛んで行ってしまう事でしょう』
『あら……それは残念です。今後のためにも武器の製造業にも力を、などと考えていたのですが。ウフフ、なんて冗談です』
満面の笑顔のまま冗談めかしてそのように言い繕ったアデラインではあったが、
その瞳の奥底は白けたと言わんばかりに醒めており、紫色の瞳には、どこか不気味で淀んだ光が宿されているのだった。
◇ ◇ ◇
『さて、それでは本題に入りましょうか。本日……騎士団の代表としてメサビ様をお招きさせて頂いたのは、つい先だって“陛下”より貴方たち……──金獅子騎士団の皆様へと下された“偉大なる大魔女捜索”の件でお話をさせて頂きたかったからです』
アデラインが何とも艶かしい動作で茶を入れ終えると、再びニコニコとした人懐っこい笑顔を浮かべて、砂糖と生乳と思しき物が入った小瓶を、トバルカインの手元へと無言で置いていく。
男はどぎまぎとした表情を浮かべると小さく会釈をし、礼を述べるのであった。
『──流石は閣下と申し上げるべきでしょうか。随分とお耳が早い。その任は五日前……我々金獅子騎士団に下されたばかりの物だったのですが。王城で誰かが申しておりましたが、やはりこの国において貴女様が存じ上げぬ事は一つとして存在しないのやも知れませんね。あっ……このお茶おいしいです!!』
トバルカインは柄にも無く純粋な気持ちで賞賛したつもりであったが、
社交辞令と受け取ったのか、はたまた騎士の粗末な賞賛の言葉に呆れてしまったのか、トバルカインの目の前にいる女は口元を両手で隠すと、愛らしくコロコロとした笑い声を上げるのであった。
『失礼、閣下。何か可笑しな発言をしてしまいましたでしょうか?』
『いえ……いえ……ウフフ。違うのですよ』
キリッとした真面目な表情を何とか保ち続けていたトバルカインではあったが、
心の中では目の前の美女の一挙手一投足に、だらしなく鼻の下を伸ばし続けていたのだった……。
碧の花冠の魔女と呼ばれる、魔女族の話をしよう。
約500年前──当時のアルディナ王国国王の王弟殿下と、豊穣の魔女グレイスとの間に魔女アデラインは生まれた。
通常、人間の男と魔女の間に生まれてきた子どもは、ほぼその全てが“多少魔力に秀でた”程度の普通の人間としてこの世に生を受ける。
……だが極めて珍しい事に、女は魔女族から生まれた魔女族という、とても珍しい存在としてこの世に生を受けたのであった。
つまるところは親子二代に渡る、“魔女の親子”なのである。
親子の魔女というのはグレイスとアデラインの母子を除いては、古き魔女たちの一人である“魔女サマンサ”とその娘である“魔女タバサ”以降、一組も誕生していなかった言われる程に希少な存在なのだ。
そういった背景からか、その年に開かれた魔女たちの夜会……大集会──ワルプルギスの夜では大層な盛り上がりを見せ、半ば祝宴にも似た様相を呈したと言われている。
“碧の花冠の魔女──アデライン・フォン・ロンバルディア”。
六大魔女の一人に数えられる“永遠の大魔女エターナリア”が五番弟子──豊穣の魔女グレイスから、類まれなる美貌と男を狂わせる豊満な肉体、そして深い見識と高潔な魂を受け継いだアルディナ王国の歴史が誇る、最も高き頂に咲く一輪の花。
そして魔杖・華麗なるや花の歴程 をその身に有した500年の時を生きる豊穣の地の偉大なる守護者なのであった。
『ごめんなさい、お気を悪くなさらないで下さいね? その……メサビ様の表情が、まるで子どものように愛らしかったから。つい』
そんなアデラインが豊穣の魔女から譲り受けたであろう、巨大としか表現のしようがない豊満な胸を、フルフルと小刻みに揺らしながらクスクスと楽しそうに笑う──。
──その柔らかな自然の脈動を、騎士団内でも上位のレベルに位置する動体視力と、圧倒的な反射神経を発揮して視界に捉えたトバルカインは、心の中でガッツポーズを取り感謝の言葉を神へと捧げるのであった。
(……むほほっ!! なんだよあのでけぇオッパイはさぁッ!!)
トバルカインは今まで見てきた中で、最も豊かで魅惑的なそれに、視線が思わず釘付けになってしまう。
『メサビ様? ごめんなさい──やはりお気を悪くさせてしまったでしょうか?』
アデラインはむっつりと黙りこくる騎士の姿に、美しい眉を八の字に下げると申し訳無さそうに騎士の顔色を伺うのであった。
『いえ、こちらこそ申し訳ございません閣下。少し考え事をしてしまっておりました』
自身よりもはるかに上位の貴族に対して、その行動や発言はあまりにも不敬極まる行いではなかったかと、恐る恐るアデラインの表情を伺うも、視線が重なった公爵は、花の様な笑顔を騎士へと向けるとまるで少女の様に首をこてんと傾けるのであった。
『まぁ! わたくしも歳を考えるなら貴方にとってはお婆ちゃんかも知れませんが、これでも一応は女の子なのですよ? 目の前で殿方に興味が無さそうな顔をされると傷付きます……シクシク』
わざとらしく泣きまねをする美女に気取られぬよう、トバルカインは再び自身の太ももを勢い良く瞬時に抓り上げる。
あと2秒でも遅れてしまっていたら年甲斐にもなく、みっともないデレデレとしたアホ面を現世で晒してしまっていた事だろう。
『うおっほん、ところで閣下。私に──いえ、騎士団にお話したいと言うのは一体どのような件だったのでしょうか。このような事情を閣下のお耳入れても良いのかわからないのですが。実は……任務にさし当たり、上より与えられた情報の貧弱さや、課せられた条件の厳しさから、騎士団内部でもどのように事に当たれば良いのだと言う不満の声が上がっていましてね』
トバルカインはアデラインに疲れたような表情を見せると恥ずかしげに頭を掻く。
アデラインはポツポツと言葉を漏らす騎士の言葉を、一言一言、受け止めるように優しく相槌を打つのであった。
『えぇ、えぇ……そうでしょうね。魔女とはいえ、わたくしもこの国に生まれた者の一人です。騎士団から要請があれば協力は惜しみませんわ』
『おぉ、何というお慈悲を。もし本当にロンバルディア公爵様のお知恵やお力の一端をお借りできるのならば、我らにとってこれ以上の福音はございません』
打てば響くように、相槌を打ってくれる目の前の優しき美女に向けて、トバルカインはポツポツと吐き出すように、言葉を続けるのであった。




