表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古き魔女と異世界の弟子  作者: オトモヘラルー(気付いたらオーバードーズしてる猫)
一章 北の地の動乱 ~王都から来た男達~
14/20

14 まじゅうのむれがあらわれた!②




「おい……タイロン。見ろや、あの量」

「仰りたい事はわかります。なるほど……まさかこれほどまでとは。さながら地面に落とした、甘い果実に群がるアリの大群のようです」

「俺は王都バルタロイの城下街にある、糞不味いと有名な定食屋の飯を思い出したぜ。こいつがまた犬の餌みたいな小汚い盛り付けで、味もどうしようもなく不味いんだが、とにかく量が多くてな──……もしも生きて帰れたならまた足を運んでみるか。お前も今度連れて行ってやるよ」

「奢って下さるのならばご一緒しましょう」



 眼前に広がるその地獄のような光景を見たトバルカインは、かつて王都で食べた量の多い定食を思い出し、不謹慎ながらも懐かしさすら覚えてしまうのであった。



「ひゃ、100なんて物じゃない……ッ!! なんて数だ……!!」



 場数の少ない少年騎士クラッズが顔を真っ青に染め上げ、不安げに言葉を漏らす。



 ──ジュジュの案内により目的地にまで到着した一団であったが、そこはさながら紛争地帯のような様相を呈していた……。


 遠巻きに見ていてもわかる程に地表をうごめく数多の魔獣の群れ。


 かなり距離があってもその耳に届く、魔獣の恐ろしき叫び声に、何とか抵抗を見せ続ける船乗りたちの怒声が入り混じる。


 ……勇敢な海の戦士たちは、巨大なモリや魚を解体するための巨大な包丁──果ては船舶を係留するために使われる巨大なイカリなど、およそ武器になりそうな、あらゆる物体を手に必死の形相で魔物たちとぶつかり合っているのだった。


 今からその中に飛び込んで行かなければならぬのが騎士の辛い所である。


 回れ右をしてすぐにでも、この場から逃げられたのならば、一体どれほど幸せであっただろうか。



「泣き言を言うな、男を上げるぞクラッズ。それよりもオシッコに行かなくても大丈夫か新入り(ニュービー)?」

「大丈夫ですよ……副団長。俺よりも副団長の方こそ大丈夫なんですか?」

「ハッ……この糞餓鬼が。いっちょまえに偉そうな事抜かしやがって。いいか? 俺みたいな洗練された大人の騎士はな、戦闘中でも平気でオシッコやウンチを漏らしながら戦うから大丈夫なんだよボケ。大人の覚悟を舐めるんじゃない」



 トバルカインは緊張する部下へと冗談を飛ばし、その緊張を和らげる。


 少年もまた男の配慮を理解しているのか、強張った表情を緩めると、落ち着いたかのように微笑を浮かべるのであった。



「ところで……大丈夫かいお嬢ちゃん? ヤバイ雰囲気になったらそこの陰険糞眼鏡をおとりにして直ぐに退避しろ」

「へ……平気です、副団長さん。ありがとうございます……」

「誰が陰険糞眼鏡だ」



 そして顔を青ざめさせ、常に両手で口を覆いながらも必死に着いてくる少女を、いつでも守れるように視界の端で意識しながら、トバルカインを先頭に一団は前へと進み始めるのであった。




 ◇ ◇ ◇




 目的地と定めていた海沿いの酒場──『海猫うみねこの酔いどれ亭』と思しき大きな店に、数多くの船乗りたちと大量の魔物の姿を認めたトバルカインは、そこへの合流を果たす事を第一目標と定めるのであった。


 魔獣暴走スタンピードの際の魔獣は、極度の興奮状態にあるためか、まず目に付いた人間から徹底的に襲い掛かるという習性が生まれる。

 ……街の方へとあまり魔物が流れてきていないのは、今なおそこで大勢の人間たちが奮戦している証拠でもあった。


 

「ふんっ──!!」

「はぁっ──!!」

「ぬぅぅぅん──ッ!!」



 騎士たちがその手に握られた剣を振るうと、魔獣の身体の一部が鮮血と共に舞い散り、雪上を朱に染める。


 大小様々なサイズの魔獣が、種族の垣根を越え一様に、我先にと人間たちへと襲い掛かってきていたのだった──。

 


 先ほど女性を襲っていたトカゲの様な巨大な魔獣を筆頭に、小さな子どもの頭ほどはあろうかという巨大なハサミが四本生えた白い蟹の群れ。


 白き雪の上をまるで隆起するようにして進む、全身がゼリー状の体液で包まれた巨大な半透明の海蛇うみへび


 そして……海底からは果たしていかなる者によるものか。長々とした触手の様なあしが、人間たちを海の底へと引きり込まんと、虎視眈々とその隙を狙っているのであった。

 足を掴まれ海中にでも引きずり込まれてしまっては、矮小な人間ごときではもはやどうすることも出来まい。



 そんな異形の魔獣がひしめく大地を裂くように、ゆっくりと──だが着実に目標地点へと近付いていく一団。


 互いの隙と隙を埋める様に騎士たちは死角を補い合い、近寄る魔獣の群れを切り伏せては先へと進んで行くのであった。



『──夏の残滓ざんしよ!! 天裂きし怒りの雷霆らいていよッ……!! 我が腕に集い一条の槍となりて、いざ突き進め! ──< 雷の槍(サンダーランス) >!!』



 まるで正拳突きを放つかのようにして、勢い良く拳を突き出す魔法使い。



 ……男の体内で練られた魔力は、呪文詠唱スペル・キャストにより全てを破壊する魔法へと昇華される。

 拳から放たれた不規則な軌道を描く青き稲妻は、数多くのトカゲの魔獣の肉体を爆発四散ばくはつしさんさせ、足元に隠れ潜んでいた魔獣すら跡形も無く蒸発させるのであった。



「他愛なし」



 男は鼻を鳴らすと乱れた頭髪を直すかのように自身の頭を撫で付け、ポケットに忍ばせていた小さな液体入りの小瓶を取り出しそれを一息にあおる。


 それは戦場下での魔法使いたちの生命線とも言える、魔力を急速回復させるためのポピュラーな内服液剤ポーションであった。


 ──用途外使用ではあるがジュジュの師である魔女もまたその液剤を愛飲している。

 お通じの悪い日が一週間も続くと、深刻そうな顔をしながら同様の液剤を、一度に多量に摂取し便通を促すのだ。

 腸のぜん動運動が低下し、腸内環境が乱れきっている魔女には、正しく必需品とも言えよう。


 少女もまた見慣れた液剤なのであった。



(……す、凄いっ!!)



 ──オブライエンを見ていたジュジュは素直に心の中で賞賛を送る。


 騎士オブライエンは口を開けば嫌な事ばかり言って来る人間で、到底好きになれるタイプの異性でない事は間違いないが、口だけではなくやはり相応の実力も伴っている様子であった。


 他の魔法使いと呼ばれるたぐいの存在を見た事が無いため、少女には魔法使いと呼ばれる存在のレベルを推し量ることはできないが、少なくとも今目の前にいる騎士ですら、自身よりもはるかに秀でた魔法の使い手である事は疑いようの無い事実であろう。



 その後も目的の酒場へと至るために、漁港では熾烈な戦いが繰り広げられるのであった──。




「……てめぇら一体何者だッ!? 村の警備隊ごくつぶしどもは何をやってやがる──!?」

「落ち着いてくれ親父さん。俺たちは怪しい者だが敵じゃない」



 ──魔獣を切り伏せながら、20分程の後に目的地へと辿り着いた一団を、武器を片手に持った船乗りたちが出迎える。



「あぁぁん……? 良く見りゃてめぇら、ここいらでは見ない顔だな……? まさかとは思うがこの糞みたいなお祭りはてめぇらのせいじゃねぇだろうなオイッ──!? てめぇらみたいな余所者よそものが来た日には、ろくな事が起きねぇって昔から相場が決まってる」



 巨大ないかりを片手で肩に担いだ、隻眼せきがんの大男が騎士たちを睨みつける。

 矢面に立たされたトバルカインは、まるで最高ランクに類する熟練の冒険者と相対した時のような緊張感を覚えるのであった。



「おいおい、いきなり差別かよ……って待て待て。そう怖い顔するなって、チビるだろうが」



 当然ではあるが船乗りの男たちは、皆表情に鬼気迫るものがあり、言葉の選択を少しでも間違えれば魔獣もろともくびり殺してやると言わんばかりの勢いである。


 鼻息荒く詰め寄ってくる恰幅の良い船乗りたちに、流石のトバルカインも顔を青ざめさせ、片手を振りながら敵ではないと主張アピールするのであった。



「ひ……酷い傷です……今すぐ治療を行な──」

「黙れ若造が。まだ俺たちは戦えるぞ」



 船乗りたちを見たクラッズは、その惨状に思わず悲鳴を上げる様に小さく唸るのであった。


 船乗りたちは全身の至る所にできた裂傷から少なくない量の出血をしており、無傷の者はただの一人として存在していない。


 中には瞳の焦点があっておらず、気を抜けば今にも意識を手放してしまいそうな者から、口や鼻などの穴という穴から出血している者なども見られ、ここで熾烈しれつな戦いが繰り広げられていた事を騎士たちに物語っているのであった。



 ……ただ不幸中の幸いか、“今現在”では散乱する数多くの魔獣の死骸の中に、人の亡骸は見受けられない。

 戦闘を生業とする職業モノでも無いのに、よくぞここまでの抵抗を見せたと、トバルカインは一人舌を巻くのであった。



「我々は援軍です、微力ながら助太刀致しましょう」



 ──船乗りたちに声を投げかけるタイロンの方へ向けて、隻眼の男が担いでいた錨が振り下ろされる。


 まるで戦斧せんぶの様に振り下ろされた錨は、タイロンの足元に巧妙に隠れていた、ヤドカリの魔獣の上へと落下し、その城砦を容易く粉砕するのであった。



「どこの誰だかわからん馬の骨に力は借りん! 俺たちの街は俺たちで守るッ! 邪魔になる前に失せろッ!!」

「親父さん……意固地になるのも結構だが、ここは『あぁ!すまねぇ!恩に着る!』って言う所だと思うぜ。俺はよ」



 トバルカインが魔獣の血と粘液に塗れた剣を、防寒用のコートでふき取りながら、隻眼の船乗りへと向けて苦言を呈する。


 ……だが男は騎士を馬鹿にするように大きな声でハッと笑うとそれを一蹴するのであった。



「刃が……くそっ、不味いな」



 クラッズがその手に握る剣を見つめ一人ごちる。


 数多くの魔獣を切り捨てながらの行軍であったため、今騎士たちが握る剣の刃は刃こぼれし、かつての美しき刃は見る影も無い状態だ。

 整備メンテナンスを行なわずに、これ以上武器として酷使すれば、早晩ポッキリと中腹からへし折れてしまうのは明白であった。



「悠長にお喋りしている場合ではありませんぞお二方ふたがたッ──!!」



 まるで海面から弓矢のように飛び出してきた、鼻先がキリの様に尖った小ぶりの魚の魔獣をすんでの所で切り払うファイサル。もう少し反応が遅れていれば、その鼻先で身体を刺し貫かれていたであろう。



「副団長……流石に、流石に体力が」

「ブラッドリー先輩。頑張りましょう……きっと何とかなりますよ」



 いまだ騎士たちは身体に傷の一つも負ってはいないが、無限に沸いて来るのでは無いかとさえ思えてしまう魔獣の群れに、体力はだんだんと奪われ、応戦するための武器には致命的な負担が重なっていく……。

 魔法を主体とした戦いを得意とする魔法使いのオブライエンですら、既に多量のポーションを摂取してしまっており、その残りもこの戦場を乗り切るには、心もとない残量となっているのであった。



「ディミトリさん!!」

「その声……まさかジュジュちゃんか!? どうしてこんな所にッ……! いや、そんな事よりもここは危ない! 早くお前さんも店の中に隠れるんだ!」

「ディミトリさんッ! そんなことよりもナータちゃんを見失ってしまったって、オリガさんが……!!」

「大丈夫だ安心してくれ!! ナスターシャも中にいる!! 無事だッ!!」

「本当ですかッ!? ……良かった!!」



 騎士たちの中からジュジュが声を上げる。


 その少女の声を聞いた隻眼の男は、まるで戦地に居るはずの無い家族を見つけたかのように、素っ頓狂な声を上げるのであった。

 男──もとい漁業組合の長であるディミトリ・ソコロフとトバルカインの間に、まるで仲裁するかのようにジュジュが割って入るのであった。



「ディミトリさん……! この方達はお師匠様をお尋ねになられた、アルディナ王国の騎士さまたちですっ! 腕も確かで信頼に足る人物たちなのは私が保証しますから、どうか力を合わせて下さい!」

「いやっ、なにを……。だが……ジュジュちゃん……しかしだなぁ」



 少女の真剣な眼差しを受け、ディミトリは困ったように眉を垂らすと、少女と騎士たちへ交互に視線を送る。

 タイロンは目ざとく男の表情が変わるのを確認し、援護射撃とばかりに言葉を投げかけようとするもトバルカインが無言でそれを制するのであった。



「オリガさんがお二人の無事を祈って待っています……!! 意地を張って、こんな所で“もしも”の事があったら、どうされるんですかディミトリさんッ!?」

「ぬぅぅぅん…………わかった!! わかった……わかったぜ、ジュジュちゃん!! 俺が間違っていたよお客人方ッ!! すまねぇ、こんな事言えた義理じゃないのはわかってるが悪い……兄さんたちの力を貸してくれ」



 殊の外あっさりと手の平を返した隻眼の男に、内心驚きを隠せていないタイロンであったが、それをおくびにも出さずに小さく首肯しゅこうする。



「お任せを。元より我々もそのつもりです。民草を守る事こそ騎士の本懐──今こそ金獅子騎士団の武勇をご覧にいれましょう」

「……ったく、やれやれ。お互い無事に生き残る事ができたら……酒の一杯でも奢ってくれよ親父さん? 一番高い酒で頼む」



 まるで宣誓するかの様にタイロンは拳を胸に高らかと宣言し、トバルカインはくつくつと愉快そうに笑うと、刃こぼれした剣を雪の上に突き立てて、ゴキゴキと肩を鳴らすのであった。



「すまない……恩に着る。おぉい野郎どもッ! お待ちかねの援軍だ! 傷のヤバイ奴は一旦店に退避して手当てをしろッ! 酒ならいくらでもある、傷の消毒を忘れるなッ!」



 ディミトリとはいまもなお奮戦する船乗りたちへと向けて大声で呼びかける。

 店の周辺ではディミトリの声に同調するかのように、男たちの歓喜に満ちた雄たけびが湧き上がるのであった。



「ディミトリさん……こんな時にごめんなさい!! お師匠様は……フレリアはお店に来られていませんでしたかっ!? 朝方確かに店の中に逃げ込んで行ったのを私は見たのですが──!!」



 ジュジュが必死な形相でディミトリへと訴えかける。


 ディミトリは錨を両手で大きく振りかぶると串刺しになった魔獣の破片を、遠くへと吹き飛ばすのであった。

 少女の問いかけを聞いた男は、まるで苦虫を噛み潰したかの様な表情を浮かべて叫ぶ。



「フレリアかっ……! あの魔女様ならいつも通り、早々に酒に飲まれて結界の中でお寝ねしてやがるよ! あの馬鹿を何度も起こそうかと思ったんだが、相変わらずあの結界はビクともしやがらねぇ……俺たちじゃどうしても無理だった!」

「そんな……お師匠様……」

「だが弟子であるジュジュちゃんの言葉なら、あの馬鹿も目を覚ますかも知れねぇっ!! 二階席の奥だ!! 行ってやってくれっ!!」



 男の言葉に少女は表情を曇らせる──街がこんな一大事に見舞われている時に一体貴女は何をやっているのかと、今すぐにでも飛び蹴りを食らわせてやりたい気分であった。


 ……だが直ぐに表情を引き締めると、騎士たちへ向けて大きな声で叫ぶ。



「副団長さんっ!! タイロンさんっ!! 私師匠の所に行ってきますッ!!」

「……なっ。おい、お嬢ちゃん……ちょっと待ってくれ!」

「ジュジュ殿ッ……!」



 返事を待たずに少女は力強く雪の上を走り出す。



 ──戦うことが出来ないのならば、せめて自分が出来る事を行なわねば……。


 この騒動を治めるために店の中へと転がり込んだ少女は、足が空回り転びそうになるのを必死の形相で耐え、わき目も振らずに階段を駆け上がる。



 己の愛する師の元へ──いかなる困難な状況にすら、道を切り開く事を可能とする魔女の元へと向かって。


■用語紹介


  内服液剤ポーション


【区分】物


 ・飲んで使用する液剤全般を指す──体内に急速に魔力を充填する魔力液剤マジックポーションが有名であるが、浅い裂傷程度ならば即座に治療してしまう回復液剤エナジーポーションや、毒消薬剤アンチドートなど多種多様な用途目的の内服液剤ポーションが存在している。

 錬金術士アルケミストの代表的な生産物であるが、一部の魔女も錬金釜コルドロンを自宅件アトリエなどに設置しており、液剤えきざい作りをライフワークの一環としている者も多いようだ。

 注意点としてどの内服液剤ポーションも、要領を守らず短時間のうちに多量摂取すると、お腹が緩くなってしまう副作用が存在しており、中には快便を求めてわざと内服液剤ポーションをがぶ飲みしてしまう者も少なく無い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ