13 まじゅうのむれがあらわれた!①
「やれやれ……この害獣どもが、畜生の分際で随分と手こずらせてくれたもんだぜ。ところでお姉さん──あまり聞きたくないんだが……港で何があった?」
トバルカインは魔獣の左目に突き刺さったままであった剣を勢い良く引き抜くと、心底うんざりした表情で愚痴を零し、先ほど救助した女──オリガ・ソコロフへと向けて質問を投げ掛ける。
傷を負っていたオリガには戦いが終わって直ぐ、その場でクラッズの手により、応急処置が施されていた。
先ほどまでは今にも絶命してしまいそうな程、逼迫した表情を見せていたオリガであったが、応急処置により多少の余裕が戻ってきたのか、酷く疲れた表情ではあったものの、そのままの状態で事の詳細を騎士たちへと伝えるのであった。
「う、海から……100を超える魔獣が……魔獣の群れが現れたんだよ。あぁ……あぁ……あぁっ。どうかお助けください騎士さま! あそこにはまだあたしの旦那と娘が──ジュ……ジュジュちゃんッ!?」
涙目で騎士たちに懇願するオリガであったが、遠巻きに見つめる見慣れた少女の姿に気が付くと、よたよたと重たげに身体を持ち上げ、縋るように少女へと近寄っていくのであった。
「助けっ……助けておくれよぉジュジュちゃんッ──!! あんた魔女の弟子なんだろうッ!? 港でナスターシャとはぐれちまったんだよぉ……!!」
「落ち着いてください夫人。お気を確かに」
「ナ、ナータちゃんが……漁港に?」
──女は恥も外聞も無く大粒の涙を流し錯乱気味に少女にまとわりつく。
そんな女を落ち着かせようと、言葉少なくタイロンが話しかけると、遠慮がちにその背をポンポンと二度ほど叩くのであった。
女の言葉を聞いた少女は、青白い顔面を更に蒼白にさせるとシパシパと瞬きをする。
本来の少女の性分であったならばその言葉を受け、一も二もなく了承の意を示し、
『絶対に私が助け出します!』という、はたしてどこから湧いてくるのか、疑問符しかつかない過剰な自信を見せつけて、女をたちどころに落ち着かせていた事であろう。
「が、頑張ってみます……」
……だが魔獣の脅威に直に触れ、心がへし折られてしまっていた魔女見習いの口から出た言葉は、何とも他人行儀染みた頼りない言葉なのであった。
それから程なくして、オリガを近隣住民の手に委ねた騎士たちは、次なる行動を開始していた。
ウィンザー辺境伯直轄地である、ウィンザーグラードより派兵された街の警備隊である兵士たちには、緊急事態である旨が伝えられ、ウィンザー辺境伯の元へ『至急援軍を求む』という旨の伝令が送られたのであった。
ラウラレンからウィンザーグラードまでの距離は、直線距離であるならばそう遠くはないが、夏場であっても移動にはおよそ二日ほどの時間を要してしまう──良い結末であれ、悪い結末であれ、援軍が来た頃には既に決着を迎えているであろう事は想像に難くはなかったが、何もせずただ手をこまねいている場合でもない。
「まさか俺たちの班が貧乏くじを引いちまうとはな。魔獣暴走──こんな辺境の地で巻き込まれるなんて夢にも思わなかったぜ。……せめてマンスリムみたいな冒険者が山ほどいるような都市の近郊で発生してくれていれば──」
トバルカインが面倒臭そうにボリボリと無精髭を掻く。
……かつて男は、今この場に居ない仲間の団員たちと、『もし少人数で魔獣暴走に巻き込まれてしまったらどうする?』『ハハッ、そりゃ逃げるに決まってるじゃねーか』と冗談めかして会話をしたりもしていたが、まさか本当に自分が巻き込まれてしまうとは夢にも思ってもみなかったのだった。
「──さて、どうしたもんかね……お前らもなにか良い意見があるなら聞くぞ。俺は部下の意見にも積極的に耳を傾ける主義なんだ」
「じゃあ副団長。俺に妙案が……」
「黙れブラッドリー! お前の意見は絶対に聞かねぇ!」
「ちょっ……パワハラっすよ!」
トバルカインが尻が濡れるのも気にせず、雪の上にドカリと勢い良く腰を下ろすと、細目の青年の意見を一蹴する。
「例年よりも異常な頻度で発生する魔獣暴走に、数ヶ月前の魔族……“長耳族”たちによる聖地カテナへのテロ事件。昨今の世の乱れは、魔王復権の兆しという噂を聞いた事がありますが、存外それも馬鹿にできないかもしれませんね」
タイロンが顎を撫でながら表情を曇らせる。
「うわさ話 について有意な意見交換を行いたいなら、是非とも王都の酒場にでも足を運んでくれ色男」
「失礼。この場では不要な発言でした」
「副団長、どうやら我々も覚悟を決めねばならぬようですな。街の想定戦力を甘めに見積もっても我らは寡兵──距離を考えればウィンザー辺境伯からの援軍も期待はできますまい。更にはここまで来た三匹の魔物の事を考えると……ジュジュ殿のお師匠も、戦力としては頭数には加えない方が懸命でありましょう」
「頭の痛い事を言ってくれるなファイサル……。ちぇっ、こんなことなら昨日の娼館の娼婦とは、延長戦に突入しておくべきだったぜ。国庫から捻出された税金で流石にここまで遊ぶのは……と、自責の念に苛まれた昨日の素敵な自分を蹴り飛ばしたい」
「おや、私の前でそのような発言をされても宜しいのですか副団長? 今の発言はしっかりと故郷のエリー殿に手紙でお伝えしておきましょう」
「黙れ色男が、ぶっ飛ばすぞ。あーもう、お前のせいでやる気が無くなっちまったわ」
「ふふふ……冗談ですよ」
ヘラヘラと笑いながらタイロンの足を叩くトバルカインではあったが、その瞳は爛々と輝き戦意に満ち溢れているのであった。
腕を組み黙って様子を見ていたオブライエンは、優雅に髪を後ろに撫で付けると、無意味な相談を続ける騎士たちへと向け、催促するかのように言葉を漏らす。
「下らない茶番は終わったのかね副団長。ここで仲良く円になって、お喋りしている場合ではなさそうな状況だと思うのだが」
「……ったく嫌味な野郎だぜ素敵眼鏡さんはよぉ!! お嬢ちゃん……悪いがちょっとこっちに来てくれないか」
「は、はい……」
トバルカインの言葉により、ジュジュがすごすごと騎士たちの輪へと加わる。
その表情は硬く緊張しているのか、少女の歩みは牛のように遅く、とてつもなく緩慢な物であった。
数十分ほど前まで見られた、人に食って掛かるような小生意気な様子もなりを潜めている
(きっと魔獣たちが怖かったのであろう……可哀想に……)
騎士たちの多くが少女の胸中を勝手に想像し、一人で胸を痛めてくれたのは少女にとっては救いであった。
……だがかつては別の魔女の弟子であり、ジュジュと同じ魔女見習いを何人も見た事がある魔法使いだけは別であり、白けた表情で少女の様子を見守っているのであった。
「いつまで不貞腐れているつもりなのかなお嬢さん?」
オブライエンが嫌味を零す。
少女は一瞬だけ眉を顰め、嫌味な男へ何とか言い返してやりたいという悔しげな表情を見せるが、瞬く間のうちにその戦意は喪失し、表情は力なく萎んでいくのであった。
──魔獣の一体や二体程度ならば魔女見習いの自分でもどうにかなる。
少女はそう思っていたのであろうとオブライエンは当りを付ける──それは強い魔女族の弟子にありがちな勘違いや間違いの一つであった。
「さしずめ実践的な戦闘訓練をした事も無いくせに、魔獣と相対した時には、自分ならば何とでも対処できると思い上がっていたのだろう」
「わ……私は……そんなことは……」
「何も恥じる必要はないとも、断じてそれは君の責任ではない。強い魔女の後ろで、その背を見守ってきた弟子にはありがちな勘違いだとも──君の師は良き庇護者ではあったかもしれないが、どうやら指導者としては三流なようだ。“自分が今はまだ弱者”であるという最も大切な事実を教えてもらえなかったか」
オブライエンが溜息交じりに嫌味を少女に浴びせかける。
少女は自身の愛する師が自身のせいで貶された事に対し、誤魔化す様に顔を真っ赤にさせ憤慨する──慌てたように二人の仲裁に入ったのはタイロンであった。
「オブライエン卿、いけません。魔女見習いとは言え彼女はまだ正真正銘の子ども。本来、騎士である我々が守ってしかるべき存在です」
タイロンが大きな声を上げ険しい表情で牽制するも、オブライエンは少女へと語り続けるのを止めない。
若い騎士たちは心配そうに互いに顔を見合わせ、トバルカインとファイサルは眉を潜め事の成り行きを見守っているのであった。
「タイロン卿、君も存外に意固地な人間だな。ぷりぷりと卑屈になっているお姫様を、護衛しながら戦場に赴く事が、正気の沙汰でない事ぐらい君も理解しているだろう」
「オブライエン卿! 何を仰るのですか……!」
「卿も見たまえよあの顔を、優しく誰かに慰めてもらいたい女の顔だ」
少女の表情が憤怒の色に染まる──今にも歯軋りが聞こえてきそうな表情を浮かべると、まるで自分を落ち着かせるようにゆっくりと鼻息を漏らすのであった。
「……先ほどの女性の話から君も薄々は感じているのだろう。気の毒な話だが、この街は君が思っている以上に厄介事に巻き込まれているらしい──わかるだろう、魔獣暴走だ。そういう訳で我々も愛らしいお姫様を慰めている暇は無いという訳だ。単刀直入に言おう、怖くて仕方がないのならば今すぐ漁港へと続く道だけを教えてくれ。それで君は晴れてお役御免だ」
顎を上げ馬鹿にする様にフンッと鼻を鳴らすオブライエン。
「……ッ!!!!」
声無き叫び声を上げ顔を真っ赤に染め上げたジュジュは、
勢い良く帽子を被りなおすと、肩を怒らせながらズカズカと騎士たちへと近付く。
少女は心配そうに歩み寄るタイロンを片手で制止し、オブライエンの前で立ち止まるや、怒りに燃えるその表情からは到底想像できない程に弱々しい声を漏らすのであった。
「わ、私が……私が案内します」
それには一体いかなる意味があったのか。
「うむ」
嫌味な騎士は少女の返答に右の口角だけを嫌らしく吊り上げると、小さく頷くのであった。




