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古き魔女と異世界の弟子  作者: オトモヘラルー(気付いたらオーバードーズしてる猫)
一章 北の地の動乱 ~王都から来た男達~
11/20

11 潮騒に混じる、軍靴の足音①




 薄暗い鈍色にびいろの空からは、チラチラと銀雪が舞い散り始めていた。



 朝方に見せていた晴天は果たして何処へ行ってしまったのか──……どこか夏の到来を実感させる暖かな太陽は、既に厚い雲の向こう側に隠れてしまっており、その面影は無いに等しい。


 ……また急に降り始めた雪の影響か、ラウラレンの街を覆う空気は、早朝の身を裂くような寒さよりも、よほど冷たく感じられてしまうのであった。



「──あぁちくしょう、寒いなぁオイっ!!」



 副団長トバルカインが、まるで寒さを紛らわせるかのように雄叫びを上げる。


 垂れた鼻水を拭おうともせず、まるで振り子のようにそれを振り回しては、寒そうに身体を震わせているのであった。



(……副団長さん、とっても寒そうだな)



 だがそんな騎士の不満の声を他所に、魔女見習いの少女ジュジュはどこか他人事のようにも、感じているのであった。

 

 

 ──少女の肢体を包むのは一見すれば、いかにも貧相に思える薄手のローブである。


 だがその実、その装いは、ある程度の環境下であるならば、装備者の体温を一定に保つ魔法が付与エンチャントされた、魔女フレリア謹製のローブなのである。


 そんな装備を身に纏うジュジュですら、サハリナの地は多少肌寒く感じてしまう程の気温であった。


 ……いまだ寒冷地の気象には慣れず、ただの防寒着しか着用していない騎士たちにとっては、夏場と言えども未だ過酷な環境であるのは間違いあるまい。



「いやはや。夏場にこうまで寒いと身体がどうにかなってしまいそうですな……」

「はい、それにマンスリムで購入したこの防寒着。値が張った割りにあんまり温かくないです……うぅ」

「ふざけやがって、あのクソったれの詐欺師どもが。帰るときには絶対に返品してやる」



 彼らの身体を包むのは通常の防寒着でしかないただの厚手のコートであったが、その豪奢な見た目に反して、思いのほか防寒効果は薄いようでもあった。



(夜になったら吹雪そう……)



 少女は頭の中でそんな事を考えると。口元から真っ白な溜め息を吐き出し、空を見上げるのを止めるのであった。



「それで? 我々は一体どこへ案内されているのだったかなお嬢さん?」



 ……寒さにブルブルと身を震わせているオブライエンが、先導する少女を鼻白んだ表情で見つめ、その背へと向けて言葉を投げかける。


 少女は騎士の言葉に反応すると、面倒くさそうにチラリと背後を一瞥するのであった。



「今から行く場所は海沿いにある飲み屋、というよりも船乗りさん向けの酒場……ですかね。漁船を係留けいりゅうさせている、漁港ぎょこうの近くに店を構えているんですよ。街の入り口とは反対側の海岸沿いにあって、ここからは少しだけ距離があるので、皆さんもう少しだけ頑張ってくださいね」

「弟子である君に店番を任せて、自分は昼間から優雅に飲酒生活か……随分と良いご身分じゃないか。ただまぁ……私の師匠である魔女族ウィッチも似たようなものだったがね」

「……オブライエンさんは、騎士でありながらも“魔法使い”であらせられるのでしたね」

「いかにも。夢幻の大魔女マーリーンの流れを汲む、鉄火場てっかばの魔女ジュリアンナが18番弟子。それが私だ」

「魔法使い……師から話には聞いていましたが、初めてお会いしました」



 “魔法使い”──それは生まれながらに魔法に適正を持った“非常に稀有”な人間たちだ。


 そんな非常に稀有な人間たちが魔女族ウィッチ……あるいは練達した別の魔法使いに弟子入りし、その御業みわざを己が物とした者たちを指す言葉である。


 “呪文詠唱スペル・キャスト”と呼ばれる特別な工程により、魔女族の天啓オラクルを擬似的に再現し魔法を行使する彼らは、魔女族に比べて圧倒的に出力が弱いとされている。

 ……だが反面、天啓オラクルにより得手不得手な魔法が明確に分かれてしまう魔女族とは異なり、万能の使い手にも成り得る存在だとされていた。



「師匠である魔女ジュリアンナは、いつも弟子の財布から金を盗んでは、嬉々として賭場に足を運ぶ、ただのギャンブル中毒の社会不適合者だったよ」

「それはなんというか……とてもユニークなお方だったんですね」

「他人の師匠であるからといって、無理に言葉を濁す必要はない。断言できるがジュリアンナはどうしようもない女だった。風の噂によれば、今でも定期的に金の無心のため、弟子の住んでいる街を行ったり来たりしている程だ。……幸いにも私の居場所は知られてはいないがね」

「それはなんと言うか……心中お察しします」

「そんな私の師匠に似た、君の師である魔女に会うのが今から恐ろしい」

「大丈夫ですよオブライエンさん。私の師である魔女は、ただのアルコール依存症の、社会不適合者なだけですから」



 最初は嫌味な男だと感じていたオブライエンに、妙なシンパシーを感じる少女なのであった。




 ◇ ◇ ◇




 ──活気ある市場を通り抜け、目的地付近の海岸沿い近くにまで到達した段で、ようやく一団はその騒ぎに気が付くのであった。



「みんなぁー! 逃げろぉー! 逃げろぉー!!」



 大声を上げながら道行く通行人たちに何かを訴えかけ、鬼気迫る表情で老人が通りを走り去って行く──。


 その背に続くように、怯えた表情を浮かべながら我先にと、逃げるように街の中へと走って行く人々。

 目的地の漁港に近付くにつれて、そんな人間の数が段々と数を増していくのであった。



「何やら先ほどから様子がおかしいですね」



 走り去っていく人間を呼び止めようとするも、そのことごとくが失敗してしまう。

 遠ざかっていく背を見送りながら、騎士タイロンは唸るように声を漏らすのであった。



「お嬢ちゃん。いつも村はこんな調子──……な訳ないよな」



 トバルカインが確認するようにジュジュへと質問を投げかける。

 だが少女は眉を八の字に垂らしながら、困惑したような表情を浮かべる。



「いえ、いつもはこんなんじゃないのですが……」



 少女がその不穏な空気に首を傾げて眉を潜める。


 魔女見習いジュジュがこの街へと越してきておよそ5年──いままで感じた事もない、街中を覆う不穏な気配に、ただただ少女は不安そうな表情を浮かべるのであった。



「何かあったんすかね?」

「……流石に嫌な予感がしますぞ副団長。先を急がれた方が良いのではございませぬかな」

「副団長。私もファイサル卿と同意見です」



 少女の言葉と、その見るからに不安げな表情に騎士たちは顔を見合わせる。

 どうやら考えたくはないが運の悪い事に、目的地でなんらかの騒動が起きているのは明白であった。



「もしかして“魔獣”がこの街に侵入してきたのでは?」

「そんな……まさかっ! 私がここに住み始めて5年ほど経ちますが、街に魔獣が入り込んで来た事なんてただの一度もなかったんですよ……!?」

「おい、落ち着けお譲ちゃん」

「ふむ……では質問なのだが、この街にはちゃんとした魔物避けの結界など敷設ふせつされているのかね?」

「それは……」



 クラッズが不安げな表情を浮かべる少女に問いかけるも、ありえないとばかりに大きくかぶろを振り強くそれを否定する。

 ……だが続くオブライエンからの問いかけには言い淀み、力なく言葉尻を下げてしまうのであった。



「まぁ良いさ、ひとまず無駄話はお仕舞いだ。いずれにせよ──」



 トバルカインが会話を終えようと口を開いた刹那──辺りに耳をつんざく様な女性の悲鳴が響き渡るのであった。



「助けてぇッ──!! 誰かあぁぁッ──!! いやぁァァァ!!」



 腹の底から絞り出される、聞く者に恐怖と危機感を与える様な女性の絶叫。


 誰かに助けを求めるその声が、少女と騎士達の耳に届いた時には、既に騎士たちは次の行動を開始していたのだった。



「総員、抜剣ばっけん……!!」



 声を上げるトバルカインの声に同調するように、騎士たちは一切の戸惑いも見せずに腰に帯びた剣を一斉に抜き放つ。


 ──黄金の獅子が御する鞘より解き放たれた、まるで雪の様に白くまた一点の曇りもない純白の剣……。


 素人の目から見てもわかる見事な業物である。まさしくアルディナ王国金獅子騎士団の武威を示すに相応しき剣であろう。



「えっ? ちょっ、わわっ!」



 少女が騎士たちの気迫に驚き、ふかふかの雪の上に尻餅しりもちをつき転んでしまう。


 ……だが誉れ高き騎士たちは誰も手を差し伸べる素振りも見せず、助けを呼ぶ声の方角へと向けて一目散に走りだすのであった。



「ちょ、ちょっと皆さん……!! 置いていかな──」



 ──少女もまた直ぐに起き上がると騎士たちの背中を追いかける。



 同年代の少女の中でも、明確に足の遅い方であるジュジュでも、そこは雪国育ちの妙か──雪に慣れぬ大人の男性の足の速度にも、十分に食らい付ける程の速度を見せていた。


 まるで雪原を走るウサギの様に、魔女見習いが疾走する。



「……そんなっっ!! 嘘! アレって!?」



 道の角を曲がると、今なお助けを呼ぶ声の主が、少女と騎士たちの視界に入るのであった。



■用語紹介


  魔法使い


【区分】種族、職


 ・生まれながらに魔法に適正を示した稀有な人間が、魔女族ウィッチや練達した別の魔法使いに弟子入りし、その御業みわざを体得とした者たちを指す言葉である。

 “呪文詠唱スペル・キャスト”により魔女族の天啓オラクルを擬似的に再現し、魔力を魔法へと昇華させる。

 原典とも呼ぶべき魔女たちと比較すると、魔法の威力は大きく劣るとされている反面、得意な魔法の素養が有する天啓に依存する魔女たちと異なり、多岐に渡る魔法の行使が可能とされる。

 異世界人は特に魔法に対しての親和性が高いとされ、かつて六大魔女の一人であるメディウスの手により、直に召喚されたオスカーと呼ばれる男は、元はただのしがない奇術師マジシャンでしかなかったが、圧倒的な魔法の才覚を発揮し、他の魔女や魔法使いの追随を許さぬ程の驚異的な力を会得した。

 後年、オスカーは深緑に輝くエメラルドの大都市を築きそこで“オズ大王”を自称したという伝承が残っているが、真偽は不明である。




 呪文スペル呪文詠唱スペル・キャスト


【区分】概念


 ・神授の魔女プロメテシアが生み出した秘儀──または魔女族ウィッチや魔族だけの特権である魔法を、人間へと伝授した大罪の証拠とも呼べる。

 まるで歌を歌うかのように呪文じゅもんを詠み上げ、魔力を魔法へと昇華させる、ある者はそれを「魔女族が通った後のわだちを辿る行いだ」と表現した。

 自身たち魔女族ウィッチを弾圧し差別する、救いようの無い愚かな人間たちに、魔女の秘儀(ウィッチ・クラフト)の最奥とも呼べる神秘を開示したプロメテシアは、同胞たちからも強い差別を受けた。

 ……だが皮肉な事に“呪文スペル”の誕生を皮切りに、人間と魔女族ウィッチたちの関係は、良い方向へと大きく前進したのであった。

 余談ではあるが一番最初に人間へと教えられた魔法は、小さな火種を起こす魔法であり、夜の寒さに震えて眠る孤児の少年へと伝授された。

 少年はその時に本当の火の温もりと、魔女族ウィッチが自分たちと何ら変わらぬ存在である事を知ったと言う。


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