10 アルディナ王国金獅子騎士団②
「──なるほど……つまり貴方たちはうちのアホ魔女が、その偉大なる大魔女という存在について何かを知っているかもしれないから、是非とも話を聞いてみたいってわけね」
「その通りです夫人」
「ウッフフフ……そのマダムって呼び方はやめて頂けないかしらお兄さん? 貴方みたいな素敵な男性には子猫ちゃんって呼ばれてみたいわ、私」
「これは失礼。“子猫”──という単語から察するに……もしや貴女はブリュターヌ聖王国のご出身ではございませんか?」
「ええそうよ、博識なのね。美しきを尊ぶ芸術の国──ブリュターヌ聖王国! 差別主義者の見本市と呼んでもいい、とても素敵な国だったわ! でもまぁ……芸術の国といっても美しいのは絵画の中だけの話なのだけれど。ウッフフフ」
──それから15分ほど騎士タイロンにより、改めて彼らの事情と、ここに至るまでの事の経緯がミネットに語られていた。
場を覆っていた剣呑な空気は既になくなっており、騎士たちはジュジュに貰った暖かな赤ワインを片手に、冷え切った身体を温めている。
少女もまた今ではすっかりと落ち着いた表情を取り戻し、ワインを片手にカウンターの椅子に腰掛けては、我関せずといった表情で事の成り行きを静かに見守っているのであった。
「無論、有益な情報を頂けた場合には相応のお礼をさせて頂くつもりです」
「音に聞くアルディナ王国の“金獅子騎士団”さまからのお礼だなんて。期待させてくれるじゃない」
「……これはなんと。我々をご存知でしたか」
「遠巻きに見ていた時には気付かなかったけれどね。その腰に帯びている剣の鞘の彫刻──アランドラ公爵家の始祖アルハイムを象った物でしょう? アルハイムは昔の遊び相手の中でも一番の出世株なのよ。昔は会う度に高価な宝飾、それにドレスなんかもプレゼントして貰っていたわ。懐かしいわね」
「ふふっ、猫に宝飾やドレスですか……なるほど。それは面白い冗談です。話を続けさせて頂きますが……そうですね、お礼に関してはご期待して下さっても結構ですよミネット殿。仮に何の情報も得られなかった場合にも、改めて人探しの依頼──という体でこちらのお店にお仕事をお願いをできればと考えております」
「うちの店の看板に書いてある、なんでも屋のなんでもは、『なんでも売っている』という意味であって、『仕事を選ばない』という意味じゃないんだけれど。……まぁいいわ」
タイロンは温和な表情を浮かべ、猫と少女を見つめると自然な形で微笑む。
この街では見かけない中性的な顔立ちの美丈夫に、急に微笑まれた少女は恥ずかしげに俯くと、誤魔化すかのように帽子を深く被り、ワインをチビチビと口にするのであった。
「お恥ずかしい話なのですが、我々がサハリナの大地を踏みしめてからおよそ一月あまり──慣れぬ環境ゆえ未だに捜索が難航しておりましてね。そんな折、ジュジュ殿から彼女の師のお話をお聞きしまして。何でもこちらに住まう魔女殿は、できぬ事が無いほどに万能な魔法の使い手というお話。であるならば是非とも、我々にお力添えを願えればと」
タイロンが表情を曇らせながら小さく頭を下げる。
「……ふむ。でも、解せないわね。人探しとはいえ、こんな回りくどい事をするのならば、最初から冒険者ギルドに国からの依頼として投げておけば良かったのに。わざわざ王室近衛兵の騎士──それも生え抜きの有力家門の子らで構成された、金獅子騎士の団員を人探しなんかに派遣させるなんて……到底理解に苦しむわ。およそ高級取りのお貴族様にさせるような仕事でもないでしょう」
ミネットの言葉を聞いていた少女が驚きの余り咽かえる。
「えっ、皆さんってお貴族さま……だったんですか?」
少女の呆けたような驚愕の表情に、オブライエンはまるで心外だと言わんばかりに眉を顰めて、馬鹿にしたように鼻で笑う。
それを咎めるように同じくタイロンは眉を潜め、鋭い目つきでオブライエンを睨み付けるのであった。
「そうよ、見習いちゃん。良い機会だからこれを機に覚えておきなさい。アルディナ王国の金獅子騎士団は、古くは“金獅子”と謳われたアルハイム・アランドラを祖に持つ、国内でも古くから続く由緒正しき騎士団なの──王室近衛兵として王の身辺警護を担う彼らは、並み居る令嬢令息たちの中でも選りすぐりの人材のみで構成された正真正銘のエリート戦闘集団。まさしくアルディナ王国を代表する騎士様ってわけね」
「はえー……そうなんですねぇ! すごいです!」
披露された猫の薀蓄に少女は感嘆の声を漏らすのであった。
「わっはっは!! いやはや随分と歴史に詳しい猫ちゃんがいたものですなぁオブライエン卿!」
「本当にな……魔女の使い魔の方が魔女の弟子よりもよほど世情に通じている」
ミネットの説明にファイサルが豪快に笑い、オブライエンは慇懃無礼なその説明に、つまらなさそうな表情を見せるのであった。
「まっ、とは言えエリートだ何だとは言うが、内部事情は他の騎士団とそう変わらないんだがな。ありがちな話だが、大半の騎士が家督を継げない三男坊以降のごく潰しだったりする訳だ。ちなみにお嬢ちゃん──……そこの色男は侯爵家でも有力な家門の次男坊で、個人としても子爵位を持ってる優良物件なんだぜ。おまけにいい歳して浮ついた噂の一つも聞かない優等生ときたもんだ。今のうちに唾を付けときな」
クラッズと共にシカの頭部の置物を見ていたトバルカインが、いやらしく口角を吊り上げると、補足するように少女へ向けて言葉を話す。
タイロンはそれを咎める事も無く、眉を潜めて冷めた表情で副団長を睨め付けると、わざとらしく大きな咳払いを一つ零すのであった。
「なっ、副団長さん……変な事言わないで下さい! 私にはお師匠様のような、立派……かどうかはわかりませんが、ちゃんとした魔女になるという夢が──」
顔を真っ赤にさせた少女が、あわあわと両手を振り回して抗議の声をあげる。
そんな年相応の少女の顔を見せる魔女の弟子に、トバルカインは満足気にヘラヘラと笑うのであった。
「残念。フラれてしまいましたか……」
タイロンが苦笑しながら肩を竦める。
「ねぇお兄さん……見習いちゃんの代わりと言ってはなんなんだけれど、私を貴方のお家で飼わないかしら。一日にまたたび1本くれるなら、夜寝る前に貴方の耳元で、素敵な愛の物語を囁いてあげるわよ?」
「……ふふっ、魅力的な提案です。持ち帰り前向きに検討させて頂きましょう」
自身の肉球をべろんべろんと舐め上げながら、冗談めかして提案するミネットに、これまた冗談めかしてタイロンが言葉を返すのであった。
◇ ◇ ◇
「さて……それじゃあ楽しいお喋りはここまでにして、先ほどの質問の回答を頂けるかしら」
「──なぜ冒険者ギルドに任せないのか……といった質問でしたか」
場を仕切りなおすために発せられた猫の言葉に反応し、タイロンはまるで何かを確認するかの様にトバルカインへと視線を送る。
視線に気付いたトバルカインは部下を一瞥すると、無精髭を撫で回し何やら思案した後、承諾の意を込めてこくりと頷くのであった。
タイロンは再び猫へと視線を戻し、まるで事前に用意していたと言わんばかりに、つらつらと説明を始める──。
「まず先ほどの質問ですが。本来この偉大なる大魔女探索の任は、国王陛下からの命により、可能な限り秘密裏に遂行せよとの──」
「──ちょっと待って。秘密裏とか言う割に部外者の私たちに、そんな事をホイホイ話しても大丈夫なのかしら? ……質問しといてあれだけど、後で『お前は知りすぎたのだ』とか言って襲い掛かったりしてこない?」
──片手でタイロンの言葉を制し、顔を顰める猫……トバルカインが宥めるように口を挟む。
「なに、別に構わんさ。あちこちに触れて回ったり、娼婦とのピロートークの話の種にでもしなきゃな」
トバルカインは怒気を孕ませて、背後にいる騎士ブラッドリーを睨め付ける。
戸口の傍で申し訳無さそうな表情を浮かべていた青年が、副団長からの怒りの視線に身体を震えさせると、さらに身体を萎縮せるのであった。
「申し訳ないっす副団長。『お仕事何をなさってるのですか?』ってイライザちゃんの質問に、俺……少しでも自分を格好良く見せたくてッ!!」
「黙れブラッドリー。情けねぇ事を偉そうに言うんじゃねぇよこの馬鹿が。間者でもない、ただの商売女に、機密事項をペラペラお喋りする間抜けがどこにいやがる。王都に帰ったら団長に報告するからな、覚えとけよこのボケ」
二人の様子を呆れた表情で見つめる猫の意識を向けるためか、はたまた身内の恥ずかしい姿を見られたが故の羞恥を誤魔化すためであったか。
タイロンはわざとらしく大きな咳払いをすると、何事もなかったかのように言葉を続けるのであった。
「……ごほんっ。話の腰が折れてしまいましたが、そうですね。この事は可能な限り他言無用でお願いできればと」
「わかったわ。国王陛下からの命令により目立った動きが出来ないからこそ、とりあえず地道に人海戦術で何とかしようとしているわけね……」
「仰る通りです」
「そもそもが最上位の騎士である貴方たちが、わざわざどうして人探しなんかに借り出されてるいるのかなど、疑問が尽きないけれど……そこはまぁ深くは詮索しないようにするわ」
猫がボソリと呟く。
「それで……これが一番重要な質問なのだけれど。貴方たちは……いいえ、アルディナ王国の人間たちは──偉大なる大魔女を見つけたとして、一体何をやらせるつもりなのかしら?」
まるで試すかの様な猫の視線がタイロンに──否、その場にいた全ての騎士たちへと向けられる。
……美しくはあれどその平坦な声色からはミネットの考えが推し量れず、まるで全ての感情が抜け落ちてしまったかのようにも思えた。
比較的温厚な気性であり、猫にしては表情豊かに思えるミネットであったが、今の猫の顔からは感情といった類の物が見受けられず、いっそ心など最初から存在していなかったかのようだ。
真っ白な体毛から覗かせる二つの問いかける様な瞳は、まるで突然、雪原にポッカリと開いた奈落の底へと続く落とし穴のようにも思えるのであった。
「──好き好んで辺境に住まう魔女族なんてものはね、大半が大なり小なり、社会に対して腹に一物を抱えた落伍者ばかりなのよ。中にはなんらかの深い傷を心に負って、隠居してしまった繊細な心の持ち主だっているわ。……自ら進んで人前から去り、姿を眩ました魔女を探し出して、貴方たちは一体何がしたいのかしら?」
「それは……」
「……貴方たちほど高貴な人間がそんな魔女族を探しているんですもの。きっとお茶会へのお誘いなんて単純な話でもないのでしょう?」
怖気が背筋を撫でる──まるで目の前に猛獣が突如として現れ、唸り声をあげ始めたかのような錯覚をタイロンは覚えるのであった……。
流暢に人語を操れど、見た目はただの大きな猫にしか見えないその存在からは、なぜか沸々とした静かな怒りが感じ取れてしまい、言葉の端々からは言い知れぬ怒気のような物が感じれるのであった。
「──申し訳ありませんが。それについてはお答えできかねます」
一瞬だけ言葉に詰まった騎士が、ようやく回答を口から絞り出すも、ミネットは何も返事を返さなかった。
ミネットとタイロンのやり取りを傍で見ていたジュジュは、何とも言えぬ居心地の悪さに、思わず騎士に助け舟を出してしまう。
「ミネットさん、いけませんよ。私達はまだ正式にお仕事の依頼を受けたわけでもないんですから、詮索は止めておきましょうよ。ミネットさんもいつも仰ってたじゃないですか『好奇心は猫をも殺す……って私猫だったわ。やーだ私ったら死んじゃうじゃない!』って。あっはは」
「……」
「あの……ミネット、さん?」
いつもならば直ぐにでも調子良く何らかの冗談を返してくる、気の良いミネットであったが、まるでそこに少女など存在していないかのようにそれを無視する。
「えぇっと……」
無視された少女は気落ちした表情を浮かべると、ボリボリと首の後ろを掻き、自身を慰めるように残っていた少量のワインを一息に呷るのであった。
「そう、残念ね」
それ以上の言葉を持ち合わせていないであろう騎士から、猫は興味が失ったと言わんばかりに視線を離すと、今度はトバルカインへと視線を投げかけるのであった。
「よせよせ、そんな目で見つめないでくれよ猫の姐さん。全ては今そこの色男が言った通り機密事項でね。ある程度なら許容できなくもないが、踏み込んだ話ならまた別だ──部外者に重要な部分を話すと、それこそ冗談では済まされなくなる」
──真面目な表情を浮かべ睨み付ける様に目を細めた副団長が、ミネットの試すような視線を真っ向から迎え撃つ。
だがタイロンの後を継ぎ言葉を発したトバルカインは、まるで動じる様子を見せないミネットに、困ったと言わんばかりに無精髭を撫でるのであった。
「……ただ、まぁそのなんだ」
先に二の矢を継いだのはトバルカインであった。
「危険な事や、誰かの人命に関わる事。誰かの尊厳を踏み躙るような事や…………何よりも偉大なる大魔女様の、安全を脅かす様な事だけは絶対にしないとだけは誓おう」
「副団長……!」
「何も言うなタイロン。これぐらいなら別に構いやしないだろう」
焦ったように声を上げるタイロンを片手で制すと、トバルカインはこれで納得してくれと言わんばかりの表情を浮かべて猫を見つめるのであった。
「その言葉──神様に誓えるかしら?」
猫がようやく言葉を返す。
「悪るいな姐さん。騎士って奴は神様ではなく人に誓う生き物なんだ──それに俺は外出中にウンコが漏れそうになった時ぐらいにしか、神様には真面目に祈らない主義なんでね」
アルディナ王国金獅子騎士団──副団長トバルカインがその言葉と共に佇まいを正す。
男はまるで美しく流れる流水の様に、一切の無駄無くその姿勢を正すと、雄雄しく胸を張り主張するかのように顎を突き上げるのであった。
──男の顔に貼り付けられていた胡散臭い微笑はなりを潜め、その口元は真一文字にキュッと結ばれている。
……まるで先ほどまでのふざけた様子は、その全てが世を忍ぶ仮の姿であったかのようだ。
厳粛とした空気をその身に纏い、静かに佇む壮年の騎士の姿を見つめ、ジュジュは確かに王国を代表する騎士であると得心するのであった。
「故に。我ら金獅子騎士団が太祖──アルハイム・アランドラの名にかけて誓わせて貰おう」
胸に手を当て語るトバルカイン。まるで主君へと向けて宣誓するかのような男の姿勢に、ついにはミネットが折れるのであった。
「ふっ……ウフフフッ……なかなか格好良いじゃない副団長さん? 私そういうのに滅法弱いのよ」
ここに来て始めて見せた副団長トバルカインの、騎士らしい姿にミネットは思わず吹き出してしまう。
「だろうな。昔……死んだ婆ちゃんがいつも口癖のように俺に言ってたんだよ──『女はチンポのデカイ男と、格好いい騎士の男に弱い』ってな。俺が騎士を志すことになった、婆ちゃんとの大切な思い出の言葉だ」
騎士は釣られるようにニヤリと口角を吊り上げると、冗談めかして小さく笑うのであった。
先ほどとは打って変わり、いつもと変わらぬ雰囲気を取り戻した猫の姿に、少女は胸を撫で下ろす。
「わかった……貴方たちを信じるわ。見習いちゃん、店の留守番やあとの片付けは私がやっておくから、悪いけれどあの子を迎えに行って来てくれないかしら?」
「……はいっ! わかりましたっ!」
猫の言葉に元気良く返事した少女は、カウンターの後ろに片付けられた転倒防止用のチェーンをいそいそと自身のブーツに装着し始める。
張り詰めていた緊張の糸が切れたかのように、その場でやり取りを見ていた騎士たちが和気藹々と談笑を始めるのであった。
「どうやら話は纏まった様だな」
オブライエンは襟元を正すと両手で自身の髪を後ろに撫で付ける。
「ははっ! 一時はどうなることやらと思いましたが、お力をお借りできそうで何よりですな!」
ファイサルが唾液が飛散するのも厭わずに大口を開けて笑う。
「ええ、後は魔女殿がお帰りになるのを待つばかりですね!」
騎士クラッズは安堵したような表情で二人に話しかけるのであった。
そんな騎士たちの様子を眺めていたミネットは尻尾でビシバシとカウンターの上を叩くと呆れた様に声を上げる。
「何を言っているのよ貴方たち。貴方たちも一緒になってうちの魔女様を迎えに行きなさい──場所は海沿いの飲み屋『海猫の酔いどれ亭』よ……そこに、貴方達が求めている答えがあるわ」
意味深な言葉と共に自身の言葉を締めくくると、話は終わったと言わんばかりにミネットは身体を丸めるのであった。
■用語紹介
ブリュターヌ聖王国
【区分】国
・ランドロール大陸の西部に位置する国家。芸術を愛し美しきを尊ぶ芸術の国としてその名が知られる。
数多くの著名な芸術家や美術作品を生み出した偉大な国である一方、他国の人間や魔女族への風当たりが強い国としても知られ、国民の大多数が皮肉屋で差別主義者的な面を有している。
性格の悪さは折り紙付きであり、かつて他国から嫁いで来た王族の女性が、革命により断頭台の露へと消えた際には、亡き女性の慰霊碑の前には数多くの首飾りが供えられた。
……ミネットは母国であるブリュターヌ聖王国のそういった気質や風土に対して、強い嫌悪感を覚えていたようだが、皮肉なことに示威行為が大好きなミネットの性格は、模範的なブリュターヌ聖王国民の気性である。




