捨てられた令嬢、ループの果てに聖女ルートにたどりつく。
ライラは因縁の相手とにらみ合っていた。
彼女が転移してきてすぐに屋敷に呼び寄せ、これから起こる事の顛末を解決するべく彼女と何かしらの言葉を交わさなければならない。
「……」
「……」
しかし、向かいのソファーに座っている聖女ユミも警戒した様子でライラのことを見つめているだけで会話はない。
黒い瞳に黒い髪.。この世界にはあまりいない容姿なだけあって見つめられると少し威圧的に感じるが、大衆の目線に晒される事も多いライラのような立場の人間はそんな程度で怯んだりしない。
そしてライラが呼び寄せたのだから、ライラの方から話をするのが筋という物だろう。
はぁ、と小さくため息をついてから、まずは確証を得なければと考え、前回のループの最後に彼女が言ったセリフを口にした。
「……”これではまた同じ結末になってしまう”でしたっけ? ユミ」
「っ……やっぱりライラ、貴方って」
ライラの言葉にユミは目を見開き、しかし予測はしていたとばかりにそう返してくる。それにライラの方もやはりと思った。
事の始まりは、シーエブルク王国に、時の女神の聖女が召喚されたことだ。
この世界にはたくさんの女神がおり、聖女や聖者をえらび人々に恵みをもたらす。しかし、相応しい人間がこの世界にいない場合、稀に異なる世界から聖女が選ばれる場合がある。
そうして聖女が召喚されるという事態は起こりえるのだが、それはとても珍しい事象であり、そんな聖女は女神により近い存在として召喚された国で貴族として立場を得ることが常だ。
しかし、このユミの場合、時の女神という加護の分かりにくい女神に召喚され、立場は盤石とはいえない。
ユミ本人もそれをわかっているのだろう。だからこそユミが惚れたと口にしたのはライラの婚約者である王太子ヴァージルだった。
王妃になるために様々な研鑽を積んできたライラがいるにも関わらず、ユミはヴァージルを異世界人というステータスを使ってい色香で誑し込みかすめ取った。
そしてそれに納得のいかないライラと対立関係に発展し、紆余曲折あったうえでライラは処刑されたのだった。
それがすべての元凶、この時空のループの始まりの出来事だ。
「ループの記憶があるの?」
「……その言い方ではやはり、ユミにもあるのね」
「薄々感じていたけど……これは一体……」
困惑した様子でユミは口元に手を当てて、考える様なそぶりを見せる。しかしライラには聞きたいことが山ほどあった。
なんせ今までずっと一人きりでループしてきたと思っていたのに、そのすべてを知っているらしい人間が目の前にいるのだから仕方ないだろう。
いくら因縁の相手だからといって、同じ挙動ばかり繰り返す、身内やヴァージルなんかよりも今だけは彼女の存在がありがたかった。
「そんなもの考えたとしても、意味なんかないでしょう。わたくしはもう散々考えましたから、今はとにかく貴方に言いたいことが山ほどあるのです」
「どうして意味なんかないって言えるの? これは大きな事実のはずでしょ。だって、私以外にも、ループの記憶を持っている人に会えたんだよ……私、以外に……」
言っていてその事実を始めてきちんと認識したらしく、彼女は大きな真っ黒の瞳から涙をこぼす。
「っ……ライラの事きらいなのに、なんでこんなに嬉しいの!」
……わたくしは貴方のそういう所が嫌いです。
すぐに感情を表に出して、自分の心も口に出して、素直に何でもかんでも思い付きで行動するところがとにかく好かない。
その象徴のような言葉と行動に、イラつきつつもライラはつづけた。
「わたくしの事をどう思っていても結構です。ただ、意味は特にないのですわ。なんせ、時の女神の加護というのは、女神の選択した本当の幸いへと続く道へと進まなければ終わらない」
「うっ……すんっ、本当のさいわい?」
「ええ、そうです。ですからわたくしはわたくしの幸いの為に動くだけですわ」
お互いに記憶があることはとても喜ばしい。しかし、お互いの利害関係が一致しないこともまた事実、ユミとはどこまで行ってもやはり因縁の相手という事だ。
だからこそ、お互いに正気を保つために、情報交換とお互いの行動の意味をリサーチしあい、自分の持てる力をもって事を進める。それが最善だろう。
そのためにまずはライラが情報を開示した。これは、数回前のループの時に教会の古い文献をあさって見つけた知識だ。同じぐらいの貴重な情報を返してくれるだろうと思いユミを見やった。
しかし彼女はぽかんとして、それから意味が分からないという顔をする。
「え、なんでもっと前に私それ言ってくれなかったの?」
「……」
心底理解できない、そんな顔だった。
それにライラはものすごくカチンときた。
そんなのは当然だろう、自分が苦労して見つけた情報をループの記憶があるかわからないユミに明かしてライラに何の得がある。
「もっと前のループの時に教えてくれてれば、二人で協力して女神さまの正解ルートを見つけられたかもしれないのに」
「……」
……協力ですって?
腹が立って仕方がない、協力も何もユミがヴァージルを奪ったからライラは敵対しているのだ、始めに仕掛けてきたのはそちらだ。
聞きたいことは山ほどあって、前回の言葉を聞いてから次のループではたくさんの有益な情報交換ができるはずだと楽しみにしていたのに、ユミは相も変わらず恩知らずで、図太く無神経だ。
「それに本当の幸いっていうけど、二人がループしてるなら、二人にとっての幸いって事なんじゃないのかな」
……そんなもの存在しませんわ。
やはり、ユミとまともに向き合おうとしたライラが間違っていたのかもしれない、思い付きだけで話をして、こちらに来たばかりのユミに沢山の事を教えてあげたライラに恩をあだで返したような女だ。
そう考えて、ライラは無言で立ち上がった。
彼女と話すことなど何もない。そう示すために応接室の出入口の扉へと向かった。
こうして無言で去るのは、貴族として見苦しく感情を表に出し論争にならないためのマナーだ。魔力を持つ貴族は簡単に人を傷つけられる。
だからこそ、自分の心を律して、気持ちが冷めるまで怒りの対象から離れる。
それができるのが大人だと教えられて育ち、当たり前のことだと考えすぎて、ユミにその常識がないのだとライラは考えもしていなかった。
「ま、待ってよ!……お願い、待って!」
いつものように、一人で離席しようとするライラに、ユミはすぐに声をかけた。
それはとてもマナーを欠く行為であり、こんなことをするのは子供ぐらいだ、それにそんなにライラを怒らせたいのかと思いながら足を進めた。
「っ、いつもそうして、何も言わずにいなくなってっ! それじゃ、ライラの考えてることなにもわかなんないよっ。待ってお願いっ、どうしてこの世界の人って皆そうなのっ」
言いながら、ユミはライラに向かって突っ込んできた。そして縋りつくようにドレスの裾を引いて、瞳に涙をためる。
その行動にやっぱりイラついたけれども、ユミの、”この世界の人”という言葉を聞いてライラは少し考えた。
「もうっいや! 誰が何を考えてるのかまるで分からないっ」
床に膝をつき、顔を覆うようにしてさめざめと彼女は泣いた。その悲壮感たっぷりの同情を誘う為だけの情けない行為なんて倦厭されるだけだ。
そうしてヴァージルの事も泣き落としで手に入れたのだろう。そう思うとどうしても我慢ならなくなって、ライラは口を開いた。
「……貴方が、わたくしを侮辱するからではないですか。貴方が、わたくしの事を尊重せずないがしろにして自分の利だけを考えて行動するから、わたくしは怒っているのではないですか。どうしてそう、自分が被害者のような顔をするのです」
口を開いてしまうと、次々と言葉が出てきて止まりそうにない。こんな風にするのは、人の上に立つ人間として喜ばれたことではないのに。
「わたくしは、ユミの事をきちんと尊重して、対等に接しているのに!」
「でも、わかんないよ。何も言ってくれないと、私……何も……」
「では、こうしてわたくしが怒りを抑えて去ろうとしているのも、お互いの為だと分からないというつもりですか!」
「そうだよっ」
「貴方にむやみに情報を渡さなかった理由も分からないと?!」
「そうだってば!」
ライラの声に、ユミも同じように答えて、口論に発展してしまう。
ユミが言っていることは、ただの口から出まかせのはずだ。
だってユミは高等な教育を受けている。数学や語学、化学に至るまで彼女の知識はこの世界の最上位者と同等の知識を有している。
異世界人として知識に差異はあれど、高貴な人物でなければそれほどの知識を幼いころから教えられたりしないだろう。
そう、いつものように考えた。しかし、そのユミの瞳はとても真剣で、嘘を言っているようには見えない。
思いついたことをペラペラと口にする彼女が演技でそんな真剣な顔をできるわけがないというのは、今まで接してきて理解していて、それならば、ライラの機嫌を悪くする行動をわざわざやっているわけではないのかもしれないと思える。
「……ですが、貴方、わたくしを嫌いだと言ったではありませんか。あれまで意味が分からず言ったわけではないでしょう」
けれど、嫌いなのに嬉しいと言われた事が最後に残って、ユミにそう尋ねる。すると、彼女はばつが悪そうに俯いて拗ねたように言った。
「あ、や、それはだって、急に咄嗟の事で……だって、何個か前のループで私、ライラに滅多刺しにされたし……」
「……」
「別のループで毒盛られたし……」
「……」
「素直に喜べないっていうか、ライラだって私の事きらいだってそれだけは顔に出てるし……」
……たしかに、その通りですわね。
どうすればループが終わるのか考えての行為だったが、その記憶が残っている相手に好かれるはずがないのは確かにその通りだった。
しかし、ライラがユミを嫌いな理由をそんなことで相殺されては困る。ライラから婚約者を奪ったのが事の発端、最初にライラを攻撃してきたのはユミの方だ。
「ですが、ユミ、貴方、わたくしの立場も権力も何もかも奪ったではないですか」
「ヴァージルの事? 何もかもっていうけど、ただの恋人だったんでしょ?」
「違いますわ、婚約者ですの」
「……?? だから、恋人じゃん。たしかに、ヴァージルがちゃんと別れる前に付き合っちゃったのは悪いけど……ちょっとの間の浮気ぐらい……不倫じゃあるまいし」
「……何を言ってらっしゃるの、不倫ならわたくしだって何もここまで怒りませんわ」
「ええ??」
結婚した後に不倫で遊ぶのなら、いくらでも好きにしていいと思っている。恋愛結婚でも無いし、貴族は大体そういうものだ。しかし、婚前に婚約を破棄されるのは全く別物だ。
結婚とは家と家の決めごと、そして将来の生活や仕事を左右する大切なものだ。それを奪うというのはすべてを奪ったと同義、怒りを向けるのだって当たり前である。
「不倫として、恋をするのは自由ですの。ただ、王妃の立場を奪われるということはわたくしの人生に関わる事態ですわ」
「……でも、ヴァージルの事、愛しているからあんなに必死に取り戻そうとしてたんじゃないの?」
「もちろん愛していますわ。親愛を向けています」
「……」
どうにも、見当違いの事を言ってくるユミに、説明するような気持でライラは丁寧に答えてやった。
すると彼女は眉間にしわを寄せて長考した。それからポンと手を打って、神妙な顔でライラに聞いてきた。
「もしかして、政略結婚ってやつ?」
「当たり前でしょう、わざわざ恋愛結婚だと言ってないのですから、そうに決まっています」
「……え……あ、あ~。待って。なんかわかってきたかも」
言いながらユミは立ち上がって「とりあえずすわろっか」と声をかけてソファーに戻った。それにライラも仕方なく思いながら座り直して、考え込む彼女を見た。
彼女はこうして考え込むと長いのだ。それは、多くを彼女に教えてきたライラだからこそ知っている。そしてきちんと理解をできる場合が多い。
馬鹿ではないのだ。だからこそ、ライラは彼女と何度もやりあうことになったし、毒の種類も暗殺も常套手段も覚えが早かったからこそ、彼女は多くのループでライラに二回しか殺されなかったのだ。
もしそのユミの頭脳が、正しくこの状況を理解してライラとの関係を再構築できるのなら、その可能性に賭けるのもやぶさかではない。
ライラはしばらく彼女の事を見て過ごしたのだった。
しばらくするとはたと思い立ったようにユミは顔をあげた。それにやっと状況を呑み込めたかと思いながらライラは彼女の言葉を待った。
「……一つ思ったんだけど、ライラがヴァージルと結婚するのが財産目当てだとするなら、あれは最悪の隠し事じゃない?」
目当てと言われるとなんだかライラが彼をだましているように聞こえて、あまり正しくないような気がするが、隠し事の方が気になって、続きを促すようにユミを見た。
「ああ、ライラは大体、処刑されてるか追放されてるから知らなかったのね。ヴァージルはね……隠し子が沢山いるんだよ」
……な、んですって?
「それで、あまりにも彼の性被害にあった子が多いから、王位継承権をはく奪されて、教会に入れられるんだ」
少し悲しそうに彼女はそういって、ライラを見た。たしかにそれは最悪の隠し事に他ならないだろう。
王太子の妻という立場を約束するにあたって、ライラが呑んだ苦痛も、ライラの家が支払った金銭も存在する。
しかし、そんな隠し事があってはすべてが水の泡。獣のような性欲を押さえられずに誰彼構わず子供を孕ませるなど王の器とは到底言えない。
「……だから私も正直、彼が私の事を好きでいてくれるから、こうして付き合っているけれど、そうでなかったら……」
「……」
「でも、やっぱり、かっこいいし、私には優しいし。なにより、この世界に来て馴染めなくて辛かった私に言ってくれた口説き文句がかっこよくて」
黙り込むライラを気にせずユミはつづけた。
「この世界のすべてが敵になっても私だけは、君の味方になろうって……」
その言葉を聞いて、ライラはひっくと頬を引き攣らせた。
なんせ、その言葉、聞いたことがある。婚約をしたばかりで社交界でも風当たりが強く悩んでいた時、彼から掛けられた言葉とまったく同じだ。
「ベタすぎるセリフだけど、本当に言われると案外うれしくてさ」
しかし、まさかと思う。思いながらも、ユミに問いかけた。
「……その時、何かを渡されたりした?」
言いながら、服の中に大切に下げているペンダントに触れて指にかけて引きだす。
すると同じようにユミもそうして自分の首元に手をやって、チェーンを引き出した。
「よくわかったね。もしかしこの世界で流行ってるの? でもこれは、特別なものでヴァージルのお母さんの形見で、魔よけの鏡がついててお守りになるからって……貰った……もの……」
無言でライラが自分の首から外したものを見せるとユミは硬直してものすごく苦い顔をした。きっとライラも同じ顔をしているのだと思う。
「シルバーの装飾に鏡がついているだけのこんなペンダント、安物でしょうから、たしかに消耗品には丁度いいわね」
二人の手の中には、全く同じデザインのまったく同じペンダントがあった。それにまったく同じ曰くを聞かされていたのでもう完全に確定だ。彼はこうして女をよく口説いている。
「……本当に最悪。分かってはいたけど、めっちゃクズ」
「よしなさい。今でも彼は立場ある王族よ」
「ライラはよく冷静でいられるね?! 」
「貴族として生きてると、こういう反吐が出るような仕打ちを受けることはままありますわ」
「やだよ! 私は慣れたくないよ!」
「とにかく話は分かりましたわ。ヴァージルに対する前提条件から見直すべきね」
「え~。本当、ライラって冷静、むかついたりしないの?」
「していても、態度に出さないだけですわ。それに貴方には、貴族の子供に施すような教育が必要ですわね」
素直に反応して、ペンダントをテーブルに置き汚物を見るような顔をしているユミにそういう。すると彼女は、何故だかわからなかった様子で首をかしげて、ライラを見つめた。
妙なタイミングでライラに取ってものすごく重要な情報を出してきた彼女は、きっと情報が交渉の材料になるような重要なものであるという知識もないのだと思う。
なので小さな子供と同じように、教育しなければ、上手くこの世界の貴族社会に慣れることができない。そうなると多くの敵を生むことになりかねない。
しかしそれは一旦おいておいて、ライラは話を切り替えた。
「とにかく重要なのは、ヴァージルが廃嫡されるのが正しい流れなのだとして、後は本当の幸いの形ですわ」
ユミはいまだに混乱している様子だったが、ライラの言葉にすぐに反応した。
「待って、そのヴァージルが廃嫡される流れだと、私は困るの、きっとそうならないためにこうしてループしているんだと思うから」
先ほどは、納得しているようなようすだったのに、ユミはヴァージルに対してそんな風に言う。
「しかし実際にあの方はちょっとやそっとの悪人ではないようですし、それでも彼を好きだなんてユミは言うつもりですの?」
「……そうじゃないけど……それでも……」
「それでも?」
歯切れの悪い彼女に促すようにそう口にすると、ユミは意を決したとばかりにライラの事を見た。
「それでも、私のことを守ってくれる人はヴァージル以外にいないの。急に教会で生活しろって言われても困るし……召喚された聖女なんて言われても、私には何もないの」
……。
苦し気にそういうユミは心底寂しそうで、だからこそヴァージルに縋っていたのだと分かる。
急に異世界に飛ばされて、地位も何も持たず、家族すらいない。
そんな女が強く生きるために、自分に粉をかけてきた男に縋るなんて話はありきたりだが、批判するばかりではきっとこの状況は解決しない。
ユミと話をしてみて、分かったこともあるし光明も見えてきた。それによくよく考えれば、彼女が来なければライラはヴァージルの隠し事によって、とんでもないことになっていた可能性もある。
それに側にいるだけで正しい道に進ませる力が働くのなら、彼女を囲い込むのはもしかするとそれなりに利のある選択かもしれない。
打算もあった、しかし、きちんと知ることが出来た今のユミとなら手を結ぶこともできる気がする。
「……それなら、貴方、私の家に養子に入りなさい」
「え?」
「貴族としての立場、それから、生活は保証出来ます」
ライラが、提案するとユミは呆然として、少し考えるしかし、すぐに決意してこくんと頷いた。
「……ライラがいいなら、やってみよう。正しい道かは女神さまが決めてくれるんだよね」
「そうらしいわね」
「じゃあ、お願いします」
躊躇のない決断に、ライラは少し微笑んだ。こういう思い切りのいい所は好感が持てる部分だ。
何度も憎み合いながら繰り返した期間が長かったが、状況的にそうなっただけで、相性は悪くなかったのだと後から思えたらいいなと思う。
それからヴァージルの告発と婚約破棄、それから養子縁組の手続きを粛々と進めていくのだった。
とある日、良い陽気の午後、ライラとユミは二人そろって、ガゼボのベンチに座って、一つの手紙を見ていた。
「ねぇねぇ、早く、開けてみてよ」
「そうせかさないでちょうだい、ユミ」
「いいじゃん、早く読みたいんだって」
和解した日は、向かい合って座っていたのに、今では姉妹のように肩を並べて、二人ともウキウキとした笑みを浮かべている。
二人がお互いについてただしく認識した日から、ループは起こらなくなり、ライラとユミは新しい未来へと進むことが出来ていた。
無事にヴァージルは廃嫡されたし、ライラとユミは女性の尊厳を守るために戦ったと称賛され貴族女性たちから好感を持たれている。
王室からは彼の失態に関しての慰謝料も出て、それらでライラの被った被害とトントンになった。
今日は、二人にとっての因縁の相手であるヴァージルから手紙が届いたのでそれを肴にお茶をしようというわけだ。
ペーパーナイフを滑らせて封を切る。中の便箋を開くとユミとライラ両方にあてての手紙だった。
「……どうして、二人に一つの手紙なんだろう? 別々に書けばいいのに」
「彼の今の身分では、便箋も一組買うのが限界という事でしょうね」
「あ、なるほど」
彼は、王族の顔など誰一人知らないような国の果ての教会で質素な生活をさせられているらしいので、もちろん手紙なんて高級品だ。
それにそんなところからよくもまあこの手紙も、ユミとライラの元へとたどり着いたと思うぐらいだ。
内容は、二人に対する謝罪がつづられている。しかし、その後に続く言葉に思わずライラは声を出して笑ってしまった。
「今こそ、この国のすべてが敵に回った自分を助けてほしいですって? うっふふ」
「何これ、あっはは。どっちに言ってるんだろね?」
「どうでしょうね。こんなこと言うなんてきっとまだ、どちらにも同じ言葉で口説いたことがバレてないと思ってるのかしら」
「きっと、そーだよ。……ていうか、最後の方」
ユミが指示した場所をみていくと段々と文字が乱れていって、今の場所の悪口が散々細かい文字でつづられていた。
女は不細工ばかりだし、何もかも娯楽がない、人間らしくない生活をさせられていると、散々書いてある。
「あーあ。なんか凄いね……」
「自らの不始末でその場所にいるのだという事をこれから先、一生をかけて思い知っていくのでしょうね」
「うん」
ライラの言葉にユミは人懐っこい笑みを浮かべて、それをライラは少しだけ可愛く思う。
あんなに憎み合った相手なのに、時の経過というのは不思議なもので、いい思い出が増えていけばいくほど、彼女への憎しみは薄れていった。
「さて、せっかく外に出たのだし、庭園の散歩でもしましょうか」
「やった! 私、このお屋敷の庭園が好きなんだよ。センスいいっていうか、ヨーロッパに来た気分」
「? そのヨーロッパていうのはなんですの」
「あ、えっとね」
そうして二人は、仲良く散歩に出かけた。屋敷で過ごす穏やかな時間は長く続き、また新しい婚約者との出会いの日まで、心置きなく平穏を満喫するのだった。