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無理ゲーみたいな異世界ですけど、壇ノ浦流弓術でどうにかなりますか? ~即死チート外伝~  作者: 藤孝剛志


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64話 雪花月12

 あちらこちらで地面から水が噴き出し、その水が宙に留まっている。異常な光景だが真の魔界とはこのようなものらしかった。

 先ほどまでは森の中にいたはずだが、今はどこにも木々が生えていない。どこまでも水樹と荒野だけの光景が続いていた。


「大丈夫なんですよね?」


 魔法使いのルヴィエラが呆然となっていて、不安になった月は念を押すように訊いた。


「そうね……現時点ではなんとも言い難いわね……」


 ルヴィエラは安易な気休めは言わなかった。彼女もこの状況を理解できていないのだろう。


「おいおいルヴィエラぁ。やることはいつもと変わらねぇだろ。魔王がいるか探すだけだ」


 戦士のアイダが馬鹿にするように言った。

 こここそが真の魔界なのだろう。今まで月がいたところは、魔界から漏れ出る瘴気で穢されているだけの場所だったのだ。


「ちょっと風変わりだから驚いてただけでしょ」

「あの、帰還中なんですよね?」


 嫌な予感を覚えつつ月は訊いた。


「おそらくここじゃないとは思うけど調べる必要はあるね」


 勇者候補生でリーダーのアルビンが申し訳なさそうに言った。彼らは月に好意を抱いていて身の安全を図ろうとはしているが、使命を上回るほどではないようだった。


 ――参ったな……どうする? 魔王なんてのに出会うぐらいならここで別れるか? いや、こんなとこで別れてどうすんだよ。死ぬだけじゃねぇか。


 浸蝕の宝玉。このレガリアが魔界の根源だった。これは一定範囲を魔界と化し、魔物の住処とするのだ。当然、魔界化した領域は瘴気が濃くなっている。なんの対策もなければ月ぐらいではすぐに死んでしまうことだろう。月が瘴気に耐えられているのは、練士ブルーノの灯と呼ばれる能力のおかげなのだ。


「来るときもここを通ってて、その時にも調べてるんですよね?」


 だったらもういいのでは。そんな期待を込めて月は訊いた。


「おそらく違う場所だね。魔界の環境が激変すると言ってもたった数日でここまで変わるとは思えない。だから僕たちのルートが来た時とはずれてるんだろう」


 月たちは整備された道を歩いてきたわけではないし、周囲は代わり映えのない森だった。おおよその方角を定めて進むしかなく、行き帰りでルートが異なるぐらいは当然の話だった。


「大丈夫。戦うのが目的じゃない。あくまで調査するだけだからね」

「あの、なんか魔物っぽいのいる気がするんですけど?」


 月は空を見上げた。地面から噴き出した水流は樹木のように枝分かれしながら空へ伸び上がっている。そして枝状になった水流は先端で球になっていて、中に何かがいるようなのだ。


「気配を消す魔法を使ってるからまだ見つかってないとは思うけど」


 そんな素振りを月は見なかったがルヴィエラはいつの間にかそんなことをしていたらしい。魔物らしきものが蠢いてはいるが月たちの侵入に対応した動きをしていないので気付いてはいないようだ。


「あの、そもそも魔界に入って大丈夫なんですか?」

「うん。慎重にいけば大丈夫だよ。まず規模が大きい場合。このケースでは境界近辺まで魔物の目が届かないことが多いんだ。つまり魔王城があるようなケースなら入ってすぐにどうこうなることはない。で、規模が小さい場合は魔物が端の方にまでいる可能性がある。このケースだとすぐに襲われる可能性があるけど問題はない。規模が小さいなら魔物も弱いからね」

「魔王城を見つけたことなんてねぇから本当に規模が大きい魔界に城があるかはわかったもんじゃねぇけどな。案外そこらの掘っ立て小屋にすんでるかもしれねぇぞ?」


 混ぜ返すようにアイダが言った。


「いきなり魔界にきても不安ですよね。これからの行動を軽く説明しておきますと、魔界の中心部に置いてある宝玉を目指します。すんなりいければいいですが、敵が強いなら無理はせずに撤退します」


 ブルーノが説明をはじめた。


「それでいいんですか?」

「はい。僕たちは勇者じゃないですからね。ここに強敵がいるとわかったならその情報を持ち帰ればいいんですよ。だから魔界だからと必要以上に恐れないでください。僕たちはできることをすればいいだけなんですから」

「はぁ……」


 月から見ればアルビンたちも十分に強い。だが勇者はそれ以上なのだろう。


「敵が弱く浸蝕の宝玉まで辿り着けたなら無力化を試みます。これも出来ればというところですね。無理そうなら勇者の武具の出番ですし」


 これも規模が小さければ対応可能とのことだった。魔界を作っているのは浸蝕の宝玉の本体が産み出す複製でありその強度は成長度に応じている。一定以上に育った宝玉は簡単に壊すことができなくなり、破壊するにはレガリアの力を借りるしかないとのことだった。


「そういうのは魔界に入る前に教えてもらいたかったですぅ」

「うーん……総合的に考えると付いてきてもらった方が安全かな、とは思うんだけど」


 ブルーノが自信無げに言うが、その通りではあるだろう。彼らと別れて一人になるのも危険だろうし、付いて行くしかなさそうだった。


「えーと……守ってくださいね!」

「もちろんだよ。連れていくと言ったからね」


 アルビンが堂々と言い放った。


「そうだな。前衛と後衛の間に入ってもらおう」


 前衛がアルビンとアイダ。後衛がブルーノとルヴィエラで、月はその間に入った。


「あの、なにか変じゃないですか、ここ? 魔界って宝玉を中心にした一定の領域? みたいな感じなんですよね? それにしては広すぎるような……」


 前後左右、どこまでも荒野が広がり地面から噴出する水流が乱立していた。これではまるで別の世界に紛れ混んだかのようだ。


「ああ、魔界にもタイプがあってね。これは循環型だよ。よく見てみると同じものが繰り返し存在しているのがわかるだろう」


 アルビンが巨大な水樹を指さした。月はそれがどうしたのかと思ったが、確かにその水樹とまったく同じ形をしたものが等間隔で存在していた。


「だったら出られないんじゃ……」


 月は画面の両端が繋がっているゲームを思い浮かべた。これでは出口がないのではと思ったのだ。


「出口は繰り返しのつなぎ目部分にあるんだ。もし逃げることになっても大丈夫だから心配しなくてもいい」


 そう言って、アルビンは歩き出した。目指しているのは先ほど指さした巨大な水樹だ。この魔界で何かありそうな場所を探せば第一候補はそれになるだろう。繰り返しの間隔から考えるとこの魔界は直径100メートルぐらいの広さのようでそう大きくなさそうだった。


「あのぅ。これ本当に気付かれてないんですかぁ?」


 地面から噴き出す水流の間を歩きながら月は訊いた。水流や水球の中には何かがいるのがわかるし、こちらから見えるなら相手からも見えていることだろう。そう思うと気が気ではなかったのだ。


「ルヴィエラの魔法で気配を消してるから大丈夫だよ。どんな仕組みかはしらないけど」

「あのぉ。ちょっと前に襲われたことがあったような」

「慣らしの時かい? あの時はあえて使ってなかったんだよ」


 瘴気に馴れるのが目的のため、あえて何も使わずに耐えるとのことだった。

 しばらくして、目的地へと辿り着いた。やはりこの領域はそれほど広くないらしい。

 月たちの目前にあるのは巨大な水樹だった。幹に相当する部分の直径は五メートルほど、高さはわかりにくいが50メートルほどはありそうだ。。


「で、どうするんですか? まさかこの水に突っ込むんじゃないですよね?」


 ここに浸蝕の宝玉があるとすれば水樹の中だろう。どうやって見つけるのか気になった月はアルビンに訊いた。


「うーん。どうしたものかな。こんなのは初めて見たし」

「突っ込むのは賛成できないわね。いくら瘴気に耐えられるっていっても空気中よりも濃縮されてる感じだわ」

「攻撃してみるか?」


 アイダが剣を構えているが、水を攻撃したところで意味がなさそうなのは月でもわかった。


「無駄じゃないですかね? 地面から噴き出てるみたいですし」

「そもそも宝玉はどこにあんだよ?」

「目に見える範囲にないわね。地面の中にはなさそうに思えるし、上の方かしら?」


 ルヴィエラが水流を見上げた。空中に水が留まっているぐらいなのだから、その中にあってもおかしくはないだろう。


「神の力で邪悪な気配を察知したりできねーの?」

「浸蝕の宝玉そのものは邪悪ではないですからねぇ。宝玉は国土を増やす権能を持っているだけなんです。魔族が使い手だから瘴気を伴った領土を拡張しているだけで」

「だけど、この水に瘴気が充満しているのは確かだ。ブルーノ、灯で浄化できるかやってみてくれるか?」

「わかりました」


 ブルーノが掌を水樹へと向けた。彼が少しばかり気合いを入れると、掌の前に炎が生み出された。彼ら中央聖教の練士と呼ばれる者たちは灯と呼ばれる能力を使うのだが、それは実際に炎の形を取るらしい。

 炎はふわふわと揺れながら水樹へと吸い込まれていき、そして破裂した。


「うわっ!」


 津波の如き水流が月へと押し寄せた。ほんの一瞬だったため尻餅を着いた程度で済んだが、これが続いていれば彼方まで押し流されていたことだろう。瘴気が充満した水だと思い出して慌てたが特に影響はなさそうだった。灯で浄化されたためかもしれない。


「……やりすぎじゃね?」

「それほど力を込めたつもりはなかったんですが」


 アルビンたちも濡れてはいるが立ったままだった。魔界を横断するほどの猛者ならあの程度には耐えられるのだろう。


 カン!


 軽い音を立てて何かが地面を跳ねた。

 何度か跳ねながら転がっていくのは人の頭ほどに大きくて透明な球体だ。


「あの。あれが?」

「浸蝕の宝玉ですね……ヒビが入ってますけど……」


 月の疑問にブルーノが応えた。宝玉は落下の衝撃で壊れかけているようだった。


「だったらやっぱりしょぼい魔界だったな。こんなとこに魔王なんざいるわけがねぇ」

「落ちただけで壊れるなら勇者の武具は必要ないな。さっさと壊して――」


 びちゃん!


 アルビンが剣を構えると同時に、またもや何かが落ちてきた。


 びちゃん! びちゃん!


 次々と何かが落ちてきて、水しぶきをまき散らす。それらは、黒く、細く、滑っていて苦しげに身をくねらせていた。

 それは鰻のような生き物だ。細長くぬめぬめとした鰻のような身体に人のような手足がついているのだ。頭部は円盤状の吸盤になっていて、ヤスリ状の歯列が密集している。つまりヤツメウナギのようになっていた。

 それが五体。どこを見ているのか、どこに眼がついているのかもわからない化物がゆらゆらと立ち上がった。


「来るぞ!」


 鰻人間の口から何かが飛んできて、アルビンがそれを切り裂いた。

 いつの間にか二体が消えていて、アイダが巨大な斧で近くにいる鰻の胴をたたき切っていた。もう一体は月から見て右側で串刺しになっている。地面が隆起して棘のようになっていて、これは魔法によるものだろう。

 鰻人間は次々に落ちてきて攻撃を仕掛けてきたが、月には何がなんだかわからなかった。

 あまりにもめまぐるしく状況が動くので理解が追いつかないのだ。

 ただ、恐怖だけがある。

 何がなんだかわかりはしないが、一瞬で絶命するような攻撃があたりを飛び交っているのだ。自分には何もできず、周りで戦っているアルビンたちが一手間違えただけで簡単に死んでしまう。そんな他人任せの状況に身を置いていて平静でいられるわけがない。


「あははははっ。こんなん無理だろ」


 なんとなく、ぼんやりと。深く考えていない月はどうにかなると楽観的に考えていた。適当に事を進めていればそれなりにうまくいくと漠然と考えていたのだ。

 だが、現実を突きつけられた月ははっきりと理解した。

 どうやっても自力で帰還するなど無理だ。

 助けがいる。うまく利用できるやつらがどうしても必要なのだ。

 月は目をつぶり、両手で耳を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。

 下手に理解しようとするから怖いのだ。ならば何もかもを遮断して事が済むまでじっとしているしかない。他力本願でしかないが、それでも余計なことをするよりははるかにマシな選択だろう。

 しばらくして周囲の音がやみ、月は恐る恐る目を開いた。

 幸いにも、月の選択は正しかったようだ。


「もう大丈夫だよ」


 アルビンが優しい笑みを向けてきた。


「ありがとうございます……あの……終わったんですよね?」


 へたり込んだまま周囲を見回すと鰻人間の死骸が大量に散乱していた。月が眼を閉ざす前よりも明らかに数が多いので、増援がやってきたのだろう。


「ああ。宝玉も壊したからこの魔界の処置は完了だね」


 何か変わったのかと月はさらに遠くへ目を向けた。林立していた水樹がなくなり、何もない荒野が広がっている。それだけではなく森が見えていた。先ほどまでは荒野と水樹だけだった世界の周囲に木々が生えているのだ。

 どうやら宝玉が壊れたために循環がなくなったらしい。そしてその森は迫ってきていた。荒野が森へ塗り替えられているかのようなのだ。気付けばあたりはすっかりと森になっていた。


「元に戻ったんですか?」

「循環型はこうなるね。地続き型だとそのままの場合も多いけど」


 アルビンが差し出した手を月は掴んだ。アルビンが月を助け起こす。だが、そのたくましい力は唐突に消え失せた。

 アルビンが倒れ込んできて、月は尻餅をついた。


「え、あの……ひぃ!」


 大量の血しぶきが月の身体を濡らした。

 アルビンの首から上はなく、切断面から血流が噴出しているのだ。


「なんだてめぇ!」


 アイダが絶叫していた。

 黒く巨大な獣がアルビンの頭部をかみ砕いている。月はアルビンの身体越しにぼんやりとその光景を見ていた。

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