62話 高倉和夫2
爆音が鳴り響いていた。どうやら今向かっている先、極楽天福良たちの方から聞こえているようだ。
地図で確認する。福良たちは森の中を東へと向かっていた。道を辿っている様子はなくほぼ直進している。彼女らの周囲にある樹木が次々と消えているので周囲を爆撃しながら進んでいるのかもしれない。単純な推測でしかないが、そうなると更なる疑問が湧いてくる。
――爆撃? そんなのあったか?
和夫も全てのジョブとスキルを把握しているわけではないのでこの状況に合致するスキルがあるのかもしれない。だが、彼女らは新入生なのだ。この世界にやってきて数日なら使えるのは初級スキルだけのはずで、その範囲では心当たりがなかった。
――なんにしろ初心者じゃない。かなりのレベルだと推定できる。
根拠は爆音が鳴り止まないことだった。つまりリソース、MPが枯渇していない。この状況を実現するにはMPが無尽蔵に存在するか、MP回復手段を有しているかだが、それを実現するにはかなりのレベルが必要になるのだ。
――問答無用で近づいてくるやつを攻撃するって意思のあらわれだよな。そこにわざわざ近づくのも……。
派手な全方位攻撃は警告を兼ねている。無用な戦闘を避けようとしているとも言えるが、だからと言って平和主義ではないだろう。先ほどの生徒たちのように丸め込める可能性は低く思えた。
妹の情報を知っている可能性があるとはいえ、ここまであからさまに危険だと後回しにしてもいい気がしてきた。いずれ対峙する必要があるとしても、それは他の情報源に当たってからでもいいはずだ。
――いや……逆にあるのか。
和夫は、この状況を簡単に説明できると気づいた。つまり、一年生ではあるが新入生ではないのだ。生徒達からすればわけがわからない状況だろうが、この異世界での行動は歴としたカリキュラムだ。進級条件を満たさなければ原級留置、すなわち留年となる。一年以上この世界にいるのなら上級スキルの取得も出来るし、使いこなせもするだろう。
そして、彼女らが昨年からこの異世界で過ごしているのなら、妹と出会っている可能性は格段に上がる。1-2なら妹と同じクラスだし、なんらかの情報を持っている可能性はかなりあるだろう。
無視しようかと思っていた和夫だが、こうなると話が違ってくる。多少危険であろうとも、接触を図らねばならなくなってきたのだ。
――まあ、いけるだろう。そのための聖騎士だからな。
彼我の距離は一キロほど。誰もが使える動体感知の範囲はステータスの感覚値を参照している。ステータスは初期値が1で最大でも30。感覚値1ごとに10メートル範囲が増えるので、感覚値全振りでも300メートルが限度だ。ただそこまで極端なことは普通できないし、最大のボーナス値を得られることなどめったにない。よって感覚値重視でステ振りをしたとしても100メートルが限度だろう。
感覚値の範囲については和夫も同様なのだが、教員アカウントには例外がある。どれほど離れていても生徒の位置なら確実にわかるのだ。
――いざ近づいて戦うとなると、それほどアドバンテージはないんだが。
相手が警戒していればある程度近づいたところで接近は気づかれてしまう。遠距離攻撃手段があれば圧倒的に有利なのだが、聖騎士は近接特化の戦闘ジョブなのでそれは無理だった。
とはいえ、和夫は十分に理解した上で聖騎士を選んでいるのでさほど不安は覚えていない。相手が自分より強かろうとどうにかできる手段があると考えた上での選択だ。
和夫は福良たちの背後から接近することにした。全方位を攻撃しているが、背後への攻撃頻度が少ないからだ。背後への警戒が薄いようならそのまま襲いかかればいいが、さすがにそこまで油断はしていないだろう。
福良たちの背後に辿り着いた和夫は無事な木の背後に身を隠した。およそ300メートルの距離で、ここからでは福良たちの様子はほとんどわからない。今も周囲を爆撃しながら攻撃しているのか爆音が鳴り響いている。このあたりにも木々が倒れていて、一直線に道を切り開きながら進んでいるようだ。
地図で彼女らの位置を確認する。動きに変化はないのでまだ気づかれてはいないようだ。
――ここまではいい。問題はここからだ。
聖騎士は機動力に優れていない。まっすぐ近づいたところで相手に戦う気がないならあっさり逃げられてしまうだろう。とはいえ機動力の問題でまともに戦えないのであれば近接戦闘職としての意味が無い。当然対策はあった。
聖陣。
己を中心に円状の結界を構築する聖騎士の固有スキルだ。様々な効果があるが今回のようなケースでは逃走防止陣を使うのがいいだろう。これは聖陣の外周部に移動速度低下効果を付与し、徐々に範囲を狭めていくというものだ。
聖陣の最大サイズは半径100メートル。福良たちを捉えるにはもっと近づく必要があった。
和夫は木々に身を隠しながら距離を詰めることにした。
250メートル。まだ気づかれた様子はない。
200メートル。木々が倒れているので直線の見通しはいい。ちょっとした動きでも目に付く距離だろう。
150メートル。動体感知で気づかれる可能性が高くなってきた。より慎重に動く必要がある。
100メートル。福良たちの動きに微妙な変化があった。感知範囲に入ったのかもしれない。だが、もう少し近づく必要があった。聖陣の範囲ではあるがここで発動してもすぐに逃れられてしまうからだ。
75メートル。さすがにもう気づかれていると思った方がいいだろう。この距離まで近づくと彼女らが何をしているのかが朧気ながらにわかってきた。何かを次々に投げつけているのだ。それは爆発したりしなかったりしながら周囲を破壊していく。爆発物にしては不発弾が多すぎるように思えるが、とにかく投げている何かが爆発するとだけ理解していればいいだろう。
50メートル。ここまでくれば大丈夫だと判断し、和夫は聖陣を発動した。
和夫を中心に光の線が延びていく。それは地面に複雑な模様を描きながら広がり、一瞬にして巨大な陣を形作っていた。
まずは獲物を聖陣に捉えることに成功した。後はゆっくりと追い詰めていけばいい。半ば終わった気分で和夫は福良たちを見た。
福良たちは和夫へ向かって駆け出していた。
逃がさないための聖陣なのだから望むところではあるが、少々意外な展開だった。怪しい円陣に囲まれたならまずは逃れようとするはずだろう。そして、罠に気づいてから戦いを決意するかと思っていたのだ。
――聖陣を知っていたのか? いや、それはないはずだ。
聖騎士はレアジョブで、聖陣の仕様などわかるはずがないのだ。つまり適当に動いていることになる。
――まあ、いい。周囲を攻撃しながら移動するというのもやけくそじみた対応だ。雑な奴らなんだろう。
和夫は両手にナイフを構え、ゆっくりと歩きだした。もう戦いは始まったようなものだ。さっさと接敵すればいいのだが、オートガードの性質上仕方がなかった。
オートガードは防御可能な状況にあれば確実に防御できるというスキルだ。つまり駆け足などで体勢が崩れた状態ではガードが成立しない可能性があるのだ。
和夫の左手が動き、飛んできた小石を弾いた。目にも止まらぬ攻撃ではなかったので自力でもガードは可能だっただろう。だが、余計なことをすればオートガードとジャストガードのタイミングが合わなくなる。ジャストガード戦略においてはすべてオートガードに任せるのが正解だ。
小石は投げ手、福良へ跳ね返っていく。どれほどの威力の攻撃だろうと確実に相手に跳ね返すジャストガードは無法すぎると言っていいだろう。これは成功率の低さと、失敗時の無防備さが故に許されている仕様だが、タイミングを調整したオートガードとの組み合わせは考慮されていないようだった。
カン!
軽い音を立てて小石が弾かれた。福良が、左手に付けている小盾でジャストガードを行ったのだ。当然、小石は再び和夫へと飛んできた。
――どういうことだ!?
疑問に思いながらも慌てて余計なことはしない。和夫はあえて何もせずにそのまま歩き続けた。福良はそのまま駆けてきて、和夫の手が勝手に動き、再度小石を弾き返す。
カン!
福良がまたしても盾で小石を弾いた。
――馬鹿な! ジャストガードを意図して行うことなどできないはずだ!
攻撃を食らう直前の0.05秒。この瞬間だけがジャストガードの有効期間であり、この瞬間を逃せばHPによる防御すらないままに攻撃を受ける事になる。ゲームなら試行錯誤すればいいが、一手間違えれば死ぬ現実では試すことすらできないはずだ。
しかも、福良は走りながらジャストガードを行っている。蛮勇にもほどがあった。どれだけ自信があろうと正確にガードするつもりなら立ち止まるはずだろう。
――いや、爆発するかもしれないがただの小石。無防備で喰らおうが大したことじゃないということか。
スキル使用者は自爆しない仕様。そうであれば納得できた。
――まあいい。ジャストガードしながら距離を詰め、近接距離になったら致命の一撃だ。それで終わる。
敵は二人だが問題ない。
彼我の距離10メートル。福良たちが立ち止まった。
そして、石を投げてきた。
和夫の左手が続けてやってきた二発の石を弾き返した。
カンカン!
福良も同じように、二連撃を弾き返す。そして、更に石を投げてきた。
カンカンカン!
カンカンカンカン!
――は?
和夫は呆然となった。和夫がオートガード戦略を取っていなければ、動揺して攻撃を喰らっていたことだろう。棒立ちになっていれば勝手にガードされるのだ。下手に動かないのは正しかった。
石は次々に増えていき、和夫に歩いている余裕はなくなった。動くと隙ができるとわかってしまったのだ。
そのうちに片手で対応できなくなり、両手に持ったナイフでガードし続けるしかなくなっていた。
福良は左腕の盾でジャストガードを続け、その合間に右手で石を投げていた。
和夫には理解不能だった。なぜそんなことができるのかがまるでわからなかったのだ。
和夫と福良の間には無数の小石が行き交っている。もうすでに和夫にはその全貌が把握できなくなっていた。
複数人の連撃でも十分にガード可能だと思っていた。飛び道具であれば跳ね返して終わりだし、近接攻撃であれば相手の体勢が崩れる。順番に対応していけばいいだけだ。だが、ここまで攻撃が続くことは想定外だしジャストガードの応酬になるとは思いもしなかったのだ。
とはいえ、和夫もジャストガードだけを頼りにしているわけではない。レベル50越えの聖騎士には他に取るべき手がいくらでもあるのだ。ジャストガードの応酬などという妙な状況に嵌まったが故に膠着してしまったが、低レベルの二人組ぐらい力押しで倒せるはずだった。
この状況を打破すべく相手の様子を見る。するともう一人がいないことに気づいた。二宮諒太。もう一人いたはずの少年が福良の隣りにいないのだ。
見える範囲にはおらず、和夫は背後に気配を感じた。いつの間にか回り込まれていたのだ。
さすがに前方からの攻撃をさばき続けている状況で、背後まで対応できるとは思えない。ジャストガードに失敗した場合は無防備に攻撃を食らってしまう。ある程度の殺傷力のある武器を使われれば即死だろう。
和夫は、ジャストガードの継続を諦めた。
フルガード。
全方位からのダメージを大幅に軽減するスキルだ。防御に専念するため移動が制限されるが、この場を凌ぐことはできる。
覚悟を決め、和夫は無数の小石をくらった。
全身の各所で爆発が発生し、衝撃が和夫を襲った。
だが、それだけだった。和夫はかすり傷一つ負わなかったのだ。小石の爆発はフルガードを上回るほどではなかったのだろう。
少し遅れて、首筋に衝撃を感じた。
振り向くと、諒太が妙に薄い刃を手元に引き戻しているところだった。その攻撃もフルガードを破るほどではなかったようだ。
――なんだよ、びびらせやがって。
この状況で彼女らが手加減する意味などない。つまりこの程度の攻撃しかできないのだ。
心に余裕のできた和夫は、まずは近くにいる諒太から始末しようと考えた。
諒太は右手を前に出し、剣を下へと垂らしている。左手は背後に隠しているのでそういった構えなのだろう。武術経験者のようだが、ここはレベルとスキルが物を言う世界だ。大した脅威でもなかろうと、和夫は一歩踏み出した。
「いや、なんかごめん」
なぜか諒太が申し訳なさそうな顔をしていた。
和夫が戸惑っていると、諒太は背に隠していた左手を前に出した。血まみれの肉塊を持っているようだった。
「なるほど。人の心臓ってドロップアイテムだったんですね」
背後から福良の声が聞こえた。
言われてみれば、諒太が持っているのは心臓のように見えた。
「……は?」
まさかそれは自分の心臓なのか。しかし、それならなぜ自分は生きている。和夫はスマートフォンを取り出した。敵を前にしてそんなことをしている場合ではないのだが確認せずにはいられなかったのだ。
HPが急激に減少していた。最大1000ほどもあったHPが500を切っているのだ。
HPは身体の周りに発生するバリアのようなものだと思っていたが、どうやら身体へのダメージを肩代わりするといった性質のものらしい。
「返せ!」
理屈を飲み込めてはいないが、心臓を取られたのなら取り返せばいい。この世界を取り巻くシステムが現実を越えた現象を引き起こしているのなら、それで元通りになる可能性はある。
「どうするよ?」
「やっちゃってください」
二人が和夫越しに話している。
諒太が心臓を握りつぶした。
「……あ……」
和夫の目の前が暗くなった。心臓が潰れたからか、HPが0になったからか。この後に及んでどうでもいい疑問を和夫は抱いた。




