61話 極楽天福良26
福良は小石を投げ続けて森を破壊しながら進んでいた。
諒太は福良の背後に位置し、後方を警戒しながら進んでいる。これは、全方位に攻撃できるとはいえ背後にはどうしても隙が出やすいからだ。敵が襲ってくるとすれば、背後から接近してくる可能性が高いだろう。
「しかしよく続けられるよな」
呆れ半分、感心半分といった様子で背後にいる諒太が聞いてきた。
「動作の効率化と持久力の養成は壇ノ浦流の基本ですから」
樹木に当たった小石は結構な確率で爆発。樹木は吹き飛ばされたり、半ばから折れたりして周囲の見通しを良くしていく。普通なら破片が飛んできたり木々が倒れてきたりと福良たちへも悪影響がありそうなものだが、今の所は何の問題も起こっていなかった。この程度の些細な障害は極楽天家の豪運が寄せ付けないし、それが当然であると福良は思っているのだ。
「そりゃどんな流派でもそうなんじゃねぇか?」
「でも数時間単位では考えないんじゃないですか? その普通の流派というのは」
福良はほとんど自動的に小石の投擲を続けている。これも壇ノ浦流の修行の賜だ。戦闘が長期にわたる場合、リズムや規則性を看破されればかなり不利になる。壇ノ浦流ではそんな状況を想定し、断続的に不規則に動き続けることを技術体系に組み入れているのだ。
「んー、まあ戦闘をそんなロングスパンでは考えてないしなぁ」
「私の場合は護身術であるというのが大きいのかもしれません。逃げ続ける、隠れ続ける、しのぎ続けるといった要素を重視していた感はあります」
一般人である福良がどれだけ修行しようが限界はあるし、絶対に勝てない相手がいることもわかっている。それでも生き残り身を守るための術が、護身術としてカスタマイズされた壇ノ浦流だった。
「結構進んだな。もうちょっと行けば森を抜けるみたいだが……森を抜けたら安全ってことじゃないよな?」
「そうですね。依然として魔界は続いているようです。ただ密度は減るのかもしれません。人里に近いところでは積極的に魔界を潰しているそうなので」
レガリア、浸蝕の宝玉。これが魔界の正体であり、周囲を強制的に魔界の領土とするものだ。宝玉は宝玉を産むため、それにより魔界が拡大していくのだった。
「ん? この世界がどれだけ広いかしらねぇけどよ。地球みたいなところだと想定するとだ。人がいない場所なんてのはいくらでもあるし魔界化の方が勢いがありそうだよな?」
「そうですね。地上の大半は魔界化していると聞いたような」
「だとしたらおかしくないか? お嬢なら数少ない安全地帯に出現しそうなものだろ?」
諒太は極楽天の豪運を理解している。一つ間違えばすぐ死に至る魔界の奥地に出現するのはおかしいと思えたのだろう。
「なるほど。極楽天の運を知っているとそう思うのも当然ですね。ですが、そう単純なものでもないんですよ。極楽天の運というのは大局的なものなんです。つまり一時的に不利益を被るとしても、後で得をすればいいじゃないかというものですね」
「……すげぇな。結局何がどうなるかなんてわからねーけど最後にはうまくいくと思ってんだ……」
「はい。ですので極楽天は少しぐらいの失敗やマイナスに動じることはないです。最終的にはプラス収支になると思ってますから」
「じゃあそもそもそんなにラッキーなら異世界転移に巻き込まれるのはおかしいじゃねーか。って疑問も、大局的に見れば問題ないってことなのか?」
「私の人生において、このタイミングで異世界転移しておいた方がお得。ということなんでしょうね」
「そんだけポジティブならなんもいうことねーわ……と、なんか後ろの方にいるな。盗賊の鼻が反応したんだが」
マスターバンデッドのスキル、山賊の鼻はお宝の位置を探る能力だ。本来は隠された財宝を探すためのものだが、人やモンスターが価値のあるアイテムを持っている場合でも反応するので敵を感知するためにも使える。もちろんアイテムを持っていないと相手は見つけようがないのだが、動体感知と組み合わせれば単体で感知系スキルを使うよりも精度があがるのだ。
「何かしかけてきそうですか?」
これだけ派手に周りを爆破しながら移動しているのだから、こちらの存在に気づかないわけがない。そうなると、何らかの意図を持って接近してきたと考えるのが自然だ。
「感知範囲ギリギリで一瞬止まった。探りながら近づいてきてる感があるな」
「こそこそ近づいてきてるのなら遠距離攻撃手段はなさそうですね」
「打って出るか?」
何かやってきたのなら迎撃する。その前提での全方位爆撃移動だった。
「まだ遠いですね。もうちょっと泳がしたほうがよさそうです」
気づいていない振りをしてそのまま進むことにした。
諒太は時折背後を確認しているが敵の姿を視認できていない。だが、何者かは木々に隠れながら少しずつ近づいてきているようだ。
「なんというか……がーっと一気に来てくれた方が楽な気もしますね」
「それはそれでどうなんだ」
「しかし、どのタイミングで襲ってくるつもりなんでしょうか? お互いに動体感知はできるわけですから、不意打ちは無理ですよね? 相手も気づかれているのはわかっていると思うんですが」
「どうなんだろうな。こーゆー状況になったことないんだが……順当に考えると攻撃範囲に入ったところなんじゃないか」
「では、距離が50メートルぐらいになったらこちらから攻撃してみましょうか」
「あれか。7秒ぐらいかかるやつか」
福良が上空高くに石を投げ、諒太に走らせた時のことを思い出したようだ。
「壇ノ浦流百舌落としです。届くところまできたら教えてください」
天高く武器を投げて上空から攻撃する技だ。本来はもっと重い物を投げるので射程が短い技なのだが、当たれば爆発するかもしれないスキルで小石を投げるため距離を稼ぐことができるのだった。
「もうちょっとだな……木に隠れながら移動してる……55……54……あ?」
諒太が素っ頓狂な声を上げ、その理由は福良にもすぐにわかった。
地面が輝いているのだ。
光の筋が延び、複雑な模様を描いている。それは敵らしき何者かから放射状に広がっているようだ。
これが攻撃なら逃れようがないだろう。だが、今の所は何の影響もないようだった。
「なんだこれ!?」
「とりあえず敵の方に向かいましょう!」
「なんで!? ちょっと動けば出られそうだぞ!」
敵と反対側を見れば、何十メートルか先で光が途絶えている。
福良は脳裏に周囲の様子を描きだした。敵らしき何者かを中心に光の円陣が広がっている。およそ半径100メートルで、福良たちは中心から50メートルほどの位置だ。
「勘です!」
福良は、直感に従って敵へと駆け出した。




