50話 極楽天福良23
「気休めでしかないが、篠崎は人造人間だ」
諒太は並走する福良に向けて言った。
「それを聞いてだったらよかったとはなりませんよ?」
「うっせぇな」
慰めようとしたのだろう。見透かされた気分になったのか、諒太はばつが悪そうだった。
「どうします?」
樹木が密集した森の中。狙われにくくはなったかもしれないが、確たる方針はなかった。
「なんかの術っぽいな」
「サイコキネシスのようなものでしょうか?」
「なんでも無制限に飛ばせるわけじゃねーと思う。それができるなら岩とかを雨のように降らせりゃいいわけだしな」
「遊んでるだけという可能性もありますが、可能性を言いだせば切りがありませんね」
様々な可能性は念頭に置きつつ、ある程度の目星を付けるしかなかった。
「射程があるなら範囲外に出るのがてっとり早いが」
「逃げるのも選択肢の一つですが、ここで対応しておかないと後が面倒そうです。術者が近くにいる可能性は?」
「あのサイズの物を操るなら近くにいる必要があるんじゃねーか?」
なんとなくではあるが福良も同感だった。術者が近くで様子を探っている気がするのだ。
「シャノンさん。諒太君の感知範囲の情報を教えてもらうことはできますか?」
『ユーザーの要請があれば閲覧権の委譲は可能です』
「お嬢に全て閲覧許可する」
悩むこと無く諒太は言った。
スマートフォンを確認すると、関知範囲が半径120メートルに拡大されていた。
周囲一帯は木々が密集している森だ。その中に赤い点がいくつか存在しているが、動体であることぐらいしかわからない。
「半径120メートル以内にいると思いますか?」
「経験則から言えば、その半分ぐらいの範囲内にいそうな気がする」
「じゃあ近いところから行きましょう。シャノンさん。近い順にクロックポジションで教えてください」
福良はスマートフォンをポケットにしまった。周りが敵だらけだとすれば、いちいち地図を見ていられない。
『2時方向、30メートル』
福良たちは指示通り進路を変えた。
諒太がベルトから剣を引き抜いた。腰帯剣、暗器の一種だ。福良は護身術の一環として、敵が使ってくるかもしれない道具についても一通り教えられていた。
木々を避けながら進む。それは突然現れたように見えた。福良がこの世界で最初に倒した魔物、手が刃物のようになっている緑色の猿だ。
猿も福良たちに気づいていてこちらに向かってきたのだろう。お互いに臨戦態勢。だが、敵の反応よりも諒太が早かった。諒太は加速し、一息に猿の首を刎ねたのだ。
「伏せて!」
右からの異音に気づき、福良は叫びながらしゃがみ込んだ。右からやってきた何かが頭上を掠めていく。それは木々を切り倒しながら反対側の森へと消えていった。
「大丈夫か!?」
諒太が慌てて戻ってきた。
「おそらくさっきの剣ですね」
飛んできたのは綾香を襲った剣のようだった。それが水平高速回転しながら飛んできたのだ。
福良は左右を見た。一直線に木々が切り倒されている。幾本も連なる木々を物ともせずにそれは飛んできたのだ。
「木々は障害になってないようですね。そのぺらぺらの剣で打ち返したりできますか?」
「無理に決まってるが?」
「そうなると、篠崎さんはかなり頑丈だったということですね。持ってきたほうがよかったのでは?」
「お嬢の倫理観どうなってんの!?」
「一般的ではない自覚はありますね。ですが概ね家庭環境によるものですのである程度は仕方がな――」
そう言いかけた瞬間、福良は背後に飛びすさっていた。
これと言った明確な予兆はなく、かすかな風切り音を感じた気がしただけではあるが福良はその予感に身を任せたのだ。
地面にナイフが突き刺さり、爆ぜる。それは地面を軽く抉り土埃を巻き上げた。
「別のが飛んできました」
「さっきのがまたきたぞ!」
次は前方からの異音。先ほどと同様、木々が切断され倒れていく音だ。
木々の間から回転する刃が飛び出す。福良たちは左右に分かれてそれを避けた。
続けて上空から降ってくるナイフを躱す。やはりそれは地面にささると軽く爆発して土塊をまき散らした。
「こっちにきたのはまずかったか!」
木々に隠れられると、木々が障害になると考えて森に入った。
だが、敵は福良たちの位置をほぼ把握しているし、木々の存在などお構いなしに剣が飛んでくる。足元が不確かで、見通しが悪いここよりは道にいたほうがましかもしれなかった。
「お互い回避に専念しましょう」
「いや、それは」
「余計なことされるよりは凌ぎやすいと言ってるんです」
巨大な剣と、短剣が襲ってくる。二人は攻撃を躱し続けた。音と気配で予兆を感じ取ることができるし、単発の攻撃なので集中していれば躱すことは難しくない。だが、いつまでもこうしてはいられなかった。
「木々を倒しながら飛んでくる頑丈な大剣と、当たると爆発する脆い短剣。同時にはやってこないようです。対応方法ありますか?」
意図してなのかはわからないが攻撃タイミングには緩急がある。一時的に攻撃がおさまったタイミングで福良は聞いた。。
「狙いは正確である程度誘導もしてるな。引きつけてから躱せば問題ないけど……」
諒太もこのままでは集中力に限界が訪れると実感しているようだった。
「じゃあ私にまかせてもらえますか?」
「何か手があるのか? だったら俺がやるが」
「詳細を伝える余裕はなさそうですので私がやる方がいいかと」
「俺、ボディガードなんだけどなぁ……」
護衛対象に身を張らせるのは沽券に関わるとでも言いたげだが、諒太は渋々受け入れた。
「俺はどうしてたらいいんだよ」
「特に変わりませんが、ちょっと離れててもらった方がいいでしょうか。攻撃がきたら躱してください」
福良は周囲を見回した。木々は倒れているが全てを見通せるほどに開けたわけでもなく、術者らしき姿は見当たらなかった。
「問題はどっちがくるかなんですが」
2パターンの攻撃には慣れた。どちらがやってこようと対応できるだろう。ここでいきなり第三の攻撃がやってくる可能性もあるが、それは成り行きに任せるしかなかった。
福良は集中する。大地の微かな震えを、微細な空気の揺らぎを感じ取るため、自然体で立ち尽くす。
何かが来る。
そうとしか言えない直感に従い、福良は左腕を振るった。
ガギン!
前腕に装備した盾に飛んできた何かが当たる。その正体を目視することはできなかったが、結果から考えればそれは大剣のはずだった。
ジャストガード。瞬間的に、0.05秒間だけ盾に発生するフィールドで攻撃を弾くことでそれは成立する。それはあらゆる攻撃を無効化して跳ね返す基本スキルだ。
遠くで、爆音が鳴り響いた。弾き返した何かは、想像以上の威力を秘めていたようだった。
「どうにかなりましたね」
「何がどうなった!?」
諒太にもわからなかったのだろう。やはり第三の攻撃。躱せる程度の攻撃に慣れさせてからの本命の一撃だったようだ。
「跳ね返った方角はわかりましたし、そっちへ向かいましょう」
うまく跳ね返せていれば、敵らしき何者かに痛撃を与えているかもしれなかった。