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【昭和56年(1981年)10月】

 今から41年前の昭和56年10月……私は14歳、中学2年生になっていました。


 入学式のときには袖が長すぎたセーラー服も、4回目の衣替えで久しぶりに冬服に袖を通すと何となく短く感じるようになりました。日に日に身長が伸びていることを実感できた時期です。

 身長以外にも様々な心や体の変化を感じる時期、クラスメートの間では誰が誰と付き合っている……などという噂もちらほら聞こえていました。


 ですが、私には浮いた話が一切ありませんでした。いえ、むしろそのような話を避けていたのです。理由は簡単、私は小4のときの「苦い経験」によってリアルな恋愛にトラウマを抱えるようになっていたからです。

 この頃の私は相変わらず少女漫画を読んでいました。それに加えて好きだった漫画がアニメ化されたことをキッカケに、いろいろなテレビアニメを見るようにもなっていました。そういえば昔は「テレビマンガ」と言っていたのにいつから「アニメ」と呼ぶようになったんでしょうね?


 ついにはアニメ雑誌まで買うようになってしまいました。当時のクラスメートは硬質のクリアケースに、たのきんトリオや聖子ちゃんが写っている雑誌の切り抜きとか、「なめ猫」の写真などを挟んでオリジナルの下敷きを作っていましたが、私はアニメ雑誌の切り抜きを挟んでいました……どうやら私は昔から、他人とは何かが違っていたようです。


 10月14日の水曜日……今日はそんな私にとって特別な日でした。アニメ雑誌で存在を知り興味を持った「うる星やつら」の第1回目が放送される日だったのです。

 私が住む山梨という場所は民放が2局しかありません。なので昔からケーブルテレビの加入率が高く、県民の中には「テレビはお金を払って見るもの」と思っている人もいるようです。

 私の家も当然のようにケーブルテレビで見ていました。ちなみに後日、地元の放送局でも夕方に「うる星やつら」が放送されましたが約半年遅れでした……季節感が完全に狂っていましたね。


 夜の7時になり、私は自分の部屋から居間に来てみると……


「あれ? テレビ東京じゃん! 早くフジテレビにして」


 すると母が


「え? 東京12チャンネルじゃない……何言ってるの?」

「違うわよお母さん、今月からテレビ東京って言うのよ! いいから早くチャンネル()()()


 私がそういうと、テレビのそばにいた母はダイヤル式のチャンネルを〝ガチャガチャ〟と回して変えました。古いテレビだったので力の入れ方を間違えるとツマミが取れてしまいます。

 夜7時からは当時大人気だったアニメ「Dr.スランプ アラレちゃん」を放送していました。


「あははっ、スコップ君って……あれ絶対スタートレックのスポックじゃん、あー面白かった」

文名(ふみな)ー、テレビばっか見てないで夕飯の支度手伝って!」

「はーい」


 私が夕飯の支度を手伝っていると父が居間にやって来ました。


「なんでぇ? 今日は水曜スペシャルじゃねぇだけ?」

「あぁ、文名がマンガ見たいんだって」

「マンガじゃなくてアニメよぉー」

「ほぉけ……ま、今日は川口浩探検隊じゃないからいいけんども……」


 父が仕方なく納得し、家族3人の夕食が始まりました。


 この日は丸く収まりましたが、当時は父とチャンネル争いなんて珍しいことではありませんでした。テレビは「一家に一台」の時代だったのです。

 こうして家族そろって「うる星やつら」の第1回目を見ていましたが……


(あ゛……)


 後半に「あるシーン」が映し出されると私は両親から視線を逸らしました。ヒロイン・ラムちゃんのトラ柄のブラが取られるシーンがあったからです。


「……」


 原作の漫画を読んだことが無かったので、まさかこんな作品だとは知りませんでした。当時のフジテレビのキャッチコピーは「楽しくなければテレビじゃない」でしたが……このときは「楽しい」よりも「気まずい」方が勝ってしまいました。



 ※※※※※※※



「わ……私、宿題あるから部屋に行くね」


 両親から逃げるように自分の部屋に戻りました。そういえば昔はドラマとかでもかなり際どいシーンがありましたが……今じゃ考えられませんね。

 部屋に戻った私は早々に宿題を済ませました。実はこのとき、私にはアニメ以上にハマっていた「趣味」があり、そのための準備をしたかったのです。


 私はスチール製の学習机の棚にあるラジカセを取り出しました。そんなに大きい物ではないです。スピーカーが1つしかない携帯型のモノラルラジカセ……父のお下がりなので正直デザインとか気に入っていません。当時、横長のおしゃれなタイプのラジカセを友だちが持っていたのを羨ましく思っていました。

 メタルテープも再生可能な自動頭出しとオートリバース機能が付いた、音声多重ステレオ放送対応のVHFテレビ音声も聴けるダブルラジカセを買ってもらったのはこの2年後……高校に入ってからです。今の話、若い方は何を言っているのか全然わからなかったでしょうね。


 父から譲り受けた古めかしいラジカセを窓際に持っていくと、()()()のスイッチを入れてチューニングのつまみを微調整しました。私の目的は音楽テープを聞くことでもFMラジオのエアチェックでもありません。


『♪~、はぁ~ぃ皆さんこんばんはぁ~今夜も始まりました……』


 AM放送の深夜ラジオです。私が生まれたのと同じ年に放送を開始し、現在でも続いている番組もありますが、ちょうど黄金期と言われる時代がこの頃だったのではないでしょうか。「パックインミュージック」「てるてるワイド」「ヤングパラダイス」……いろいろな番組がありました。まぁヤンパラはこのお話の時期からもう少し後になりますが……。

 山梨でも東京のAM放送は聞けますが、電波は弱くノイズが多いです。そこでラジカセ本体を東(東京方面)に向けると聞き取りやすくなる……ということは経験を積んでわかっていました。


 私は夜9時ころから好きだった番組を毎日のように聞いていました。日付をまたいだ番組は眠気との闘いで正直辛かったですが、それでも可能な限り聞いては翌日寝不足になる……といった生活を続けていました。でも……


『続いてのおハガキ~! 横浜市のペンネーム……』


(はぁ~……)


 私は、リスナーからのハガキが読まれる度に心の中でため息をついていました。本来なら楽しく聞くべき番組なのですが……


「あーっ、また採用されなかったー! 何でぇー!?」


 私はそう叫ぶと、頭を抱えながらベッドに倒れこみました。この当時の私はいわゆる「ハガキ職人」を目指していて、面白い(と、自分では思っている)ネタをラジオ局に何度も送っていたのです。


(おかしい! あのネタ絶対ウケるはずなのに……これは間違いなくスタッフのセンスがないか、何か巨大な圧力が私を陥れようとしてるのよきっと!)


 これって今で言うところの中二病ってヤツでしょうか……若気の至りとはいえ恥ずかしい限りです。


「くそぉ、こんな圧力に負けないぞ! もっと面白いネタ書いてやるわよ」


 私は机に向かうと、自作のネタ帳を見ながらハガキを書き始めました……このときのモチベーションを勉強の方に向けていれば私の人生は大きく変わっていたのかもしれません。



 ※※※※※※※



「ポストさーん……んちゃ!」


 私は手を挙げてポストさんに挨拶しました。ポストさんとは近所の商店街にある丸型ポストのことで、私はなぜかこのポストさんと話ができたのです。


〝えっ……んちゃ? 何ですかそれは?〟

「ほよよ? アラレ語だよ!」

〝えっ……ええっ?〟


 ポストさんは困惑していました……が、根拠もないのに怖いもの知らずな中学2年生……気にせず話を続けます。


「ポストさーん、はいっこれ! よろしくね」


 私がポストさんに投函したのは大量のハガキ……そう、深夜のラジオ番組に送るハガキです。


〝最近やたらとハガキを持ってきますよね……まぁワタシとしては利用していただけてありがたいのですが。それと……文名さん、もしかして寝不足ですか?〟

「えっ!? 何でわかるの?」

〝目の下にクマができていますよ〟

「えぇっ!?」


 ポストさんは……何でもお見通しです。私はポストさんに相談しました。


「ねぇポストさん……私ね、ラジオ番組にハガキ送っているんだけど……まだ1度もハガキ読まれたことないの! ねぇどうしてだと思う?」


 冷静に考えたら無茶苦茶な質問です。そんな質問したところで、放送作家ではないポストさんに答えられるわけがありません。それでもポストさんは真剣に考えてくれました。


〝そうですねぇ~、まずは諦めずに書くこと……それと色々な番組に送ってみることでしょうかねぇ……あぁそうだっ!〟


 突然、ポストさんが何か思い出したような声を上げました。


「えっ何? 何か思い当たることでもあるの?」

〝えっ、あぁ……いえ、これはちょっと言いづらいのですが……〟

「えっ何なに? 言ってよぉ! 私、ハガキが採用されるためだったら何でもするからぁ~」

〝え、えぇ……実は……前から思っていたのですが……〟


 ポストさんは明らかに困ったような声を出していましたが……やがて意を決したようにこう言いました。



〝文名さん……字が下手ですね〟



「え……えぇええええええええっ!?」


 私はポストさんの前で大声をあげてしまいました。実は、ポストさんの声は私の頭の中にだけに聞こえていて、周囲には何も聞こえていないのです。近くを歩いている人たちがこちらを振り向きました。


「どっ、どういうこと?」


 私は小声でポストさんに聞きました。それまで自分の字が下手だとは思ってもいなかったので、かなり動揺してしまいました。


〝正直申し上げると……かなり読みにくい字だと思います。これではどんなに面白いことが書かれていても相手の方は読もうという気が起きませんよ〟


 実はポストさん、投函した郵便物に何が書いてあるのかわかるみたいです。なので私の筆跡も当然見られているのです。


「えー、うそー! ほんとー? ねぇ、ポストさん……どうしたらいい?」


 私は震える声で涙目になりながらポストさんに聞きました。


〝これは……練習するしか方法はありませんよ! そういえばこの前、女性の方が「ボールペン字」とかいう通信教育の申込書を投函していましたよ〟


 ――!!


 私はあることを思い出しました。それは雑誌の裏表紙にあった「ボールペン字講座」の広告です。


「あっありがとうポストさん……バイちゃ!」


 私はポストさんと別れると家に直行し、両親に「文芸部の活動で必要だからボールペン字を習いたい」とお願いしたらすんなりと認めてくれました。特に父は、私が小説家になって欲しいという願いを込めて「文名」という名前を付けている位なので大賛成でした。

 ですが実際のところ……私が通っていた中学校の文芸部は、部員全員がひたすら漫画を読んで感想を言い合う程度の活動でしたので字の上手い下手はほぼ関係ありません。しかも本当の目的はラジオ番組に投稿したハガキが採用されることだったので、両親に対して後ろめたい気持ちは正直ありました。


 それにしても……すんなりOKしてくれたってことは、私の字が汚いということを両親は少なからず思っていたのでしょうか? だとしたら少しショックですね。



 ※※※※※※※



 ボールペン字講座の申込みをしてしばらくすると、最初の教材が送られてきました。私は開封してテキストを見ただけでそのまま何もしませんでした。でも相変わらずラジオに投稿するハガキだけは性懲りもなくせっせと書いていました。


 ある日、書きあげたハガキを持ってポストさんに投函しようとしましたが、ここで思いがけないことが起こったのです。


「あ……あれ? あれぇー、何で入んないのー!?」


 投函口にハガキを入れようとしてもハガキが入りません。投函口にはフタのような遮るものが一切ないのですが……するとポストさんが話しかけてきました。


〝文名さん!〟


 ポストさんの声はいつもより低いトーン……機嫌が悪そうです。


「は……はい?」

〝最初の課題が送られてきましたよね……持ってきましたか?〟

「え゛っ!?」


 私はドキッとしました。最初の課題はすぐに返送しなければいけなかったのです。どうやら私がボールペン字講座の課題を持ってこなかったことに気づいて、ポストさんが投函を拒否したようです。


「えっ、だって、自分の字を添削されるのって……何か恥ずかしいじゃん!」

〝何言ってるんですか? 恥ずかしい字を書いているから講座を受けるんですよね? ラジオ局の人にはその字を見られても恥ずかしくないんですか?〟

「う゛っ……」


 ポストさんに痛いところを突かれて私は何も反論できませんでした。


〝字が下手だから始めているんです。ですから今の状態で書いて送ればいいんですよ! 最初は真っ赤に添削されてきた方が上達のし甲斐があると思いますよ〟

「う……うん」


 〝なので……課題を持ってくるまでそのハガキは受け付けませんよ〟


「えぇ~っ、ポストさんひどぉ~い!! スパルタだぁ~っ! 戸●ヨットスクールだぁ~っ!」


 私はすぐに家へ帰るとボールペン字講座の課題を仕上げました。



 ※※※※※※※



 その後もポストさんは、提出用の課題が入った封筒を一緒にしないとラジオ局に送るハガキを投函させてくれませんでした。ポストさんは何でも相談に乗ってくれる優しい存在でしたが、時には両親より厳しいこともありました。

 ポストさんのおかげで課題を毎回提出することができ、私の字は少しづつ上達するようになってきました。


 でも相変わらずラジオで私のハガキが採用されることはありませんでした。


 そんな日々が続き、3年生に進級する目前の春休みの夜……いつものように部屋のベッドに横たわり、漫画を読みながら深夜ラジオを聞いていました。すると……



『それでは次のおハガキでーす! 山梨県のペンネーム、丸ポストさんから……』




 ――えっ?



 ――えっ?




 ――えぇええええっ!?


 何と私が書いたハガキが読まれたのです。「丸ポスト」は私のペンネーム……もちろん名前の由来はポストさんです。私はベッドから飛び起き、窓際に置いたラジカセを思わず両手で掴んでいました。


「やっ……やったぁ~!!」


 パーソナリティが私の書いたハガキを読み終えたとき、私はベッドに飛び込んで足をバタバタさせうれしさを体で表現していました。



 ※※※※※※※



「ポストさ~ん、やったよぉ……やっと私のハガキが採用されたぁ」


 翌日、私は真っ先にポストさんへ報告しました。私が深夜ラジオに投稿していることは両親も友達も知りません……ポストさんとだけ共有していた話題です。


〝そうですか、それはおめでとうございます〟

「うん、ありがとー! 私、これからも頑張っていっぱいハガキが採用されて……そしてハガキ職人って呼ばれるようになるんだ!」


 当時の私はこんなことを言っていましたが……結局、その後私の書いたハガキが読まれることは1度もありませんでした。まぁ人生なんてそんなものです。


〝でも、もうすぐ3年生ですよね? ハガキもいいですけど、高校受験も頑張らなくてはいけないんじゃありませんか?〟

「んもうっ、厳しいなぁ~ポストさんは! せっかく人がいい気分に浸っているのに……大丈夫よ、高校はどうせ()()だからどうにかなるわよ!」

〝すみません……でも文名さん、だいぶ字が上達されましたよね〟

「わっかる!? そぉ~自分でもめちゃんこべっくらこいたよ~」


 後半何言ってるのかわかりませんよね……アラレ語です。


「これだけ字が上手くなったんだから誰かに手紙とか書いてみたいなぁ……あっ、そうだポストさん! 私、いつかポストさん宛てに手紙書いてあげるね」

〝えっ? あ、そうですか……じゃあ、楽しみに待っていますよ〟


 このときは私もポストさんも冗談半分のつもりでいました。でも……こんなやり取りすら忘れかけてしまった頃、まさか現実のことになってしまうとは……私もポストさんも想像すらしていませんでした。



 この話はまだ続きます。次は私が高校生のときのお話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アラレ語の文名ちゃんが可愛いです。 [一言] 三話まで拝読しました。 ポストさんのキャラがすごく立っていて、文名ちゃんとのやり取りが生き生きとしてるなと読みながら楽しかったです。 厳し…
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