完璧な私の、完璧じゃない婚約者さま……そこが、好きなのですけれど。
貴族学園の休み時間。
渡り廊下を歩いている時でさえ、私は注目の的だった。
「あら、エリザーベト・リーメルトさまよ!
やっぱり今日もお綺麗ね」
「本当にそうよ! 金色の髪は日の光で輝いているようだし、立ち姿だってあんなに美しくて!」
「ドレスだって、派手過ぎないけれど流行のものだし、さすが公爵家さまよね!
それに、この前のテストでもまた主席だったそうよ? これで九回連続。入学してから一位以外を取ったことがないんですって」
「さすがはリーメルトさまね! 『完璧令嬢』っていう名前がぴったりよ」
「そうよね、羨ましいわ」
気楽にさえずる彼女たちは、私に聞こえているって分かっているのかしら?
公爵家長女として生まれてから今まで、王妃となるために、常に一位を取り続けて完璧であるために努力してきたのに。
そんなことも知らずにただ羨ましいとだけ言うのが、私の気に障るって分かってないの?
まぁ私の努力は知らなくても、私の意図の通りに『完璧令嬢』と思ってくれているのなら良いのだけれど。
何故私が『完璧令嬢』と言われるほどに様々なことに秀でるように努力しているかと言うと、全ては私の愛する婚約者さま、テオドール・ラーデマッハーさまのため。
彼は王太子さまで、つまりは将来王となる方。
その隣に並び立つために、日々努力し続けています。
テオさまに必要なことは、多くのことを知ってより人々の為になる方針を考えることです。
私はその方針を現実にする役目を担うのだから、何事も出来なければなりません。
それに、私以上にテオさまに相応しい人が居たら、その人にテオさまをとられてしまうかも知れません。
王は代わりが効きませんが、王妃は変えられます。
愛するテオさまとずっと一緒にいるために、私は『完璧』で居続けるんです。
考え事をしながら次の教室へ入ると、また視線を集めてしまって内心げんなりしました。
けれど私は『完璧』なのだから、その評判通りに軽く会釈をして余裕を見せつつ、自分の席に座ります。
このクラスはいつもより上の学年の授業で、たまにしか会わない人達だからか、より注目を集めているわね。
「さすが『完璧令嬢』だな。飛び級があれば三学年は上に行けると言われているのは伊達じゃないってことか」
男の先輩方が噂をしているのが、少しですが聞こえます。
私、耳もいいんですのよ?
「彼女ほど完璧な人が将来王妃になるのだから、この国も安泰だな」
「そうか? そりゃあリーメルト嬢は優秀かもしれんが、当の王太子さまはなぁ……」
「そういうなって、不敬だぞ」
「だが、パッとしないのは事実だろう?
成績は中の上程度。顔もまぁ悪くはないが、普通だ。
ちょっと気が抜け気味だし、単なるお飾りになるだろうさ」
「完璧なリーメルト嬢の前では誰でも霞むとは思うが、それにしてもアンバランスだよな。将来は操り人形確定なんじゃないか」
好き勝手に噂をして笑い合う先輩二人にとても腹が立ったけれど。
我慢、我慢よ、エリザーベト。
自分にそう言い聞かせて苛立ちを抑え込む。
もちろん顔と名前はしっかり覚えたけれど、言い返したりしてはダメ。
私の大好きなテオさまは、揉め事なんて望んでいないから。
それに、テオさまはこう言われたとしても笑って許すと思うし。
それ程おおらかで心の広い方なのよ?
テオさま最高じゃない?
愛しのテオさまのことを考えただけで幸せな気持ちになれたから、嫌な噂なんて忘れてしっかり授業を受けられた。
もちろん言ったこと自体は忘れてないけどね?
そうして今日最後の授業が終わってから、他の人が帰った後にする自分だけの復習も終わり、さて帰ろうと立ち上がった時。
「エリザーベト・リーメルト嬢、お時間よろしいでしょうか」
先程、噂話をしていた方とは違う男の先輩に話しかけられました。
「はい、なんでしょう?」
「突然失礼致しますが、俺はアダム・ベルクマン、この学年で首席をとっているものです」
「もちろん存じておりますわ。男爵家の出ながらとても優秀な成績だとか。
お父上もさぞ鼻が高いことでしょうね」
私は完璧の名にふさわしいよう、すべての貴族の顔と名前、それに主要な噂は把握していますので、もちろん彼のことも知っています。
まぁ、ベルクマン男爵が社交界で大威張りで成績自慢をしていますから、さほど詳しくない人でも知っていそうですが。
「それはそれは! かの有名なエリザーベトさまに知っていただいてるとは光栄です」
……ん?
今、エリザーベトと名前で呼ばれた?
こちらが許してもいないのに?
それとも、まさか私が言った『知っている』をもっと特別な意味で勘違いされているとか?
「エリザーベト様、このあとお茶でもしてより深く知り合いませんか?」
「いいえ。私の方は用がありますのでここで失礼させていただきますわ」
「いえいえ、ほんの少しの時間で構いませんので是非」
めちゃくちゃはっきり断ったのに、なんでさらに食い下がるのよ。
今からテオさまが来てくれるのに、こんな男と話してるところを見られたくないの!
「申し訳ございませんけれど、失礼させていただきますわね。ごきげんよう」
一礼して立ち去ろうとすると、
「本当に少しでいいので」
そう言いながら右の手首を掴まれた。
強めに、ガシッと。
「離して頂けませんこと?」
「手荒な真似をするつもりはありません。どうか少しだけ話させてください。
あなたのことがとても愛おしいと、それだけが言いたいのです」
「君、僕の婚約者に手を出すな!」
私の大好きな柔らかな声でありながら、強くはっきりとした口調で相手を制してくださる。
「テオさま……!」
彼は私を庇うように抱き込んでくれて、ようやく離された手首を心配そうにさすってくれる。
「エリー、痛くないかい? 赤くなってるじゃないか! すぐ医者に行こう?」
「テオさま、心配しすぎですわ。この程度ならそのままで大丈夫です」
テオさまが来てくれたならもう安心、と思っていたのに。
「エリザーベトさま、是非俺とお話ししましょう!」
あら、まだいたんですの。
私にとってはその程度の気持ちでしたが、テオさまは違いました。
「今、君は僕の大切な婚約者を、馴れ馴れしくも名前で呼んだかい?
君は、貴族学園でどの身分も同じように、机を並べている意味を、誤解しているようだ」
平和主義のテオさまにしては珍しく、鋭い言葉で相手に言い募る。
「エリーと君は平等ではないし、学年が上だからと言って君の方が上でもない。
…………互いを分かり合うためには会話も大切だが、それはあくまでも通常の貴族社会と、同じような枠組みの中で行われるべきだとされている。
社会に出るためのことを学ぶのだから、当たり前だよね」
呼吸を整えるようにゆっくりと息をする間も相手を口を挟むことができない。
「それに、それらのことがすべてなかったとしても、なお、か弱き女性に年上の男が手を上げることは責められるべきことだと思うよ」
自分たちが、日頃裏でバカにしている王太子にここまで言われるとは思っていなかったのか、ベルクマン男爵子息は何も言い返せない。
「エリー、帰ろう。手当もしないと」
テオさまは自らの手でさっと私の荷物を持ってくれて、足早に教室を出ました。
「ごめんね、エリー。間に合わなくて怖い思いをさせてしまった」
「いいえ。テオさまが来てくださった時、とっても心強かったですわ。それに理論で相手をやっつけるテオさまはとても素敵で格好良かったです」
「エリーがあまり傷ついていないようで良かったよ。しかし、もし彼が他の人にもあんな態度で迫っているとしたら問題だな。今回は僕が間に合ったから良いけど……」
「そうですわね。私は身分差がありますけれど、それでもテオさまが来てくれなかったら怖い思いをしたかもしれませんし。
それに、私のことを考えてくれるテオさまも素敵ですが、他のみんなのことにまで気を使えるテオさまが大好きですよ」
「そう言ってもらえたら嬉しいよ」
はにかんだように笑うテオさまは、やっぱり世界で一番かっこいいと思うの。
テオさまのことを悪く言う人は、彼の魅力を分かっていないだけ。
こんなにも優しくて、周りの人のことをちゃんと見てて、気配りのできる人なんていないのに!
だって、私は自分が怖かったことしか考えられないような自己中なのよ? 普通に生きていくならそれでも良いけれど、国の全体のことを考える立場には相応しくないわ。
だけど、テオさまは違うもの!
まだ被害に遭ってもいない、見知らぬ誰かのことを考えられる、素晴らしい人なのよ。
みんなにテオさまのいいところを知ってほしいと強く思う一方で、彼の良さは私が独り占めしておきたいとも思ってしまう。
なんとも悩ましいことねぇ……
あれから数日後。
ベルクマン男爵を少しつついてあげただけでべルクマン男爵子息、つまりアダム・ベルクマンさまは今学期休学することになったそう。
まぁ学生のした事だし妥当な対応なんじゃないかしら。
今後何かがあったらまたこの件を表に出せばいい事だし。
それよりも、もっと大変なことが、今私の目の前で起こっているのよ!?
テオさまと一緒にお昼を食べようとランチボックスを持って中庭に向かっていたら、もう既にテオさまの隣に別の女が座っているの!
もちろん婚約者がいるからといって他の女と座ってはいけないなんてことはないわ。
それに、テオさまが将来王として国を動かすためにはより多くの人の協力が欠かせませんし、そのために人脈を広げることはとっても大切。
そう自分に言い聞かせて心を落ち着けようとしても、感情は思い通りになってくれません。
王太子の会話に聞き耳を立てるなんてマナー違反どころではないけれど、こっそり聞いてしまいます。
「はじめまして! 私、ルイーザ・ヘスリッヒと申します。どうぞルイーザとお気軽にお呼びくださいね!」
嬉々として話し始めたのは、私より二つ年下の子爵令嬢。
日頃は『お飾り王太子』とテオさまのことをバカにしているひとりなのに、彼に擦り寄ることにしたのかしら?
「ヘスリッヒ嬢、僕は婚約者を待っているんだ。またにしてくれないか?」
「まぁ、テオドールさまお優しいのですね! 婚約者さまを大切にしていて。
ですが、そんなお優しいテオドールさまにふさわしいのは、頭でっかちな女じゃなくてもっと女の子らしく可愛い子だと思うんです」
「ぼくのエリーが可愛くないと?」
あら、件の子爵令嬢さんは、地雷を踏んでしまったご様子ですね。
「いえエリザーベトさまはとても魅力的ですけれど、そのせいでテオドールさまが悪く言われちゃうじゃないですか」
「僕は君と違って、自分に何が足りないかを重々知っているつもりだよ。
そしてそれを補ってくれる人とも共にありたいと願っている。この国の将来のためにね?
だって、君と僕みたいな頭の足りない人同士が国を動かしたら、すぐに国が潰れてしまうだろう?」
テオさまはさらっとそうおっしゃいましたが、頭の足りない扱いをされたヘスリッヒ嬢はご立腹のようです。
「私もテオドールさまも、頭が足りないことなんてありません!
そう言われてしまうのは、エリザーベトさまの策略ですわ!」
「ぼくのエリーがそんなに気に食わないのなら、この国から出て行った方がいいと思うよ。次に王妃になるのは間違いなく彼女なんだから」
言外に国外追放までに匂わされてしまった彼女は、ほうほうのていで逃げていきました。
「エリー、聞いているんだろう? 出ておいで」
あら、聞き耳を立てていたのはとっくの昔にバレていたようですわね?
「テオさま、すみません。つい気になってしまって、聞かせていただいてしまいました」
「いいんだ、エリーが時間になっても来ないなんてあり得ないから、僕に気を遣ってくれてるんだろうと思ってね。
今日のランチは何だい?」
テオさまは先程の令嬢のことなどもうすっかり気にならなくなったようで、私との時間を大切にしてくれています。
「最近城下で流行っているという、鶏ハムを使ったサンドウィッチです。うちのコックが自信作だと申しておりましたからとっても美味しいと思いますわよ」
「それは楽しみだ」
私がランチボックスを開けて一つ取り出すと、テオさまは催促するように少し口を開きました。
「どうぞ、あーん」
私は、テオさまが私の手から物を食べてくれるのがとっても好きなのです。
なんだかとっても親密な感じがするでしょう?
視界の隅に映っていたルイーザ・ヘスリッヒも、私達のイチャイチャする姿を見て諦めて去って行きました。
「みんな、わかってないのだろうか?」
ポツリとテオさまがそうこぼしました。
「何をですか?」
「エリーは、将来この国を背負わなければいけないということを、だよ」
「そんな当たり前の事、皆知っているでしょう?
テオさまが王となり、私は王妃としてそれを支えるのですから」
「でも、本当はそうじゃないだろう?
僕はエリーみたいに完璧にはなれないから、実際はエリーが多くのことをするようになるさ。
さっきの子なんかにはできこないよ。
…………僕は『お飾り王太子』だからね」
自嘲するようにそう吐き捨てる彼を見て、本当に本当に辛かった。
自分をバカにされるよりずっと。
「テオさまお願いです、そのようなことを今後決しておっしゃらないでください」
「僕が言わなくても、みんなが言っているだろう?」
「それは私が至らないからです。
テオさまがどれだけ素晴らしい方なのか、私が伝えられていないから」
「エリーが至らないなんて、それこそあるはずがないじゃないか。
完璧を絵に書いたような理想的な人なのに」
「いいえ、違います。私が完璧に見えるのはテオさまのためだけです。あなたのためだから、私は完璧を目指して努力ができるんです」
「エリー…………」
「それに、私にも苦手なことはたくさんありますわよ?
他の人に優しくするのは苦手ですし、思いやりにも欠けていることが多いでしょう。それに自分のために、他の人を陥れるようなことだってします。
でもそれでいいと思っているんです。
私の苦手なことはテオさまがしてくださるから」
「いや、エリーは世界で一番優しいと思ってるよ」
「でも、人に優しくするのは私よりテオさまの方が得意でしょう?」
「そうかなぁ」
「ええ。足元の花ひとつにすら心を配れるのは、素晴らしいところだと思います。私にはできません。
それに、王になる人には、そうして細かなことにも心を配って人の為を思える、それがとっても大切だと私は思うんです。
ですから、私にできることでテオさまの苦手なことは何でもしますわ。それが私の役割だと思っていますから」
「エリー、本当にありがとう。
そう言ってくれて、実行もしてくれる君だからこそ、僕は大好きなんだ」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。これからも2人で頑張りましょうね」
「エリー、末永くよろしく頼むよ」
何でもない晴れた日に、誰一人見ていない中で行われた二人のためだけの誓いを、私達は一生大切にして生きていく。
お互いのために、努力し続けながら。
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