第1章 ⑨
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今日から授業開始であるが、本格的に勧めるわけではなくて、再び自己紹介だったり、先生が面白い話をしてくれたりと、そんな感じだった。
休憩時間僕はトイレへ行って下駄箱の中にあった手紙の内容を確認したり、違うグループに掴まって話をしたりで。あまり休む暇はない。
郡鷹さんはというと、休憩の度に早々と教室を抜け出してどこかへ行っているようだった。
午前中の終わりを告げるチャイムが校内に鳴り響いて、休憩時間になった。
「姫乃。昼飯食いに行こうぜ」
陽気な感じで浅沼君が声をかけてきた。約束通りに昼食を食べる手筈ではあったが、弁当箱を持ったまま浅沼君は教室を出て行ってしまう。疑問を持ちながら、僕も弁当箱を持って立ち上がる。
「あれ? 浅沼君。どこに行くの?」
「あー、ごめん。そういえば言ってなかったな。どっか違う場所で食べようと思うんだが、いいか?」
「あ、うん。ごめん・・・・・・僕、てっきり教室かなと思ってて」
「いやいや。姫乃が謝る必要なんかないって。俺のわがままだからさ」
そういえば、浅沼君は小学生の時の事を話したいと言ってたな。
きっと他には聞かれたくないのだろう。僕はその気持ちが分かる。
「僕は、それでもいいよ」
「悪いな、姫乃。礼になんかおかず一品あげるよ」
僕はそれで承諾する形にした。
浅沼君が指定したのは、屋上手前の踊り場。屋上は鍵がかかっていて封鎖されており、
誰も来る事はないだろう。空き教室などでは誰かが通る可能がある。だからと言ってここが安全とも言えないけど。
まず、今朝手紙をくれた山田君。昼休み校舎裏に行けなくてごめんなさい。と校舎裏の方角に向けて軽く頭を下げた。
「ん? どうした姫乃?」
「い、いや。なんでもないよ・・・・・・ははは」
怪訝そうな顔をしていたが、まいっかと浅沼君は弁当箱を開ける作業に入る。
その中身を見て、僕は自然とすごいなぁと声を漏らしていたようで、浅沼君は気恥ずかしそうに後頭部へ手を当てる。
「ああ、これか。実はおかんが作ってくれたやつなんだ。本当は自分で作ったって言えればよかったんだけど」
「そ、そんなことないよ。僕だって、姉さんに作って貰ったようなものだし・・・・・・」
「そうなのか。姫乃の姉さんのも全然すごい弁当じゃんか!」
「ありがとう。家の姉さん料理教室に通ってて勉強中だから、そういった意見貰うと凄い喜ぶよ」
「そうか。そりゃあ良かった。じゃあ、食べようぜ。約束通りおかず一品やるよ」
そう言って、浅沼君は自分の弁当箱を差し出してくる。
「え、えっとそれじゃあ・・・・・・」
プチトマトとかにしようと思ったけどそれじゃ謙虚すぎると思われるから、揚げ物を一つ貰うことにした。
お互いにいただきますを交わして、お弁当タイムに入る。
華枝姉さんの料理は本当に美味しい。バリエーションも豊富で色合いも良く、健康の事をきちんと考えてある。ある程度食が進んだところで、切り出すように浅沼君が箸を止めた。
「なあ・・・・・・姫乃」
打って変わって声のトーンが落ちる。それだけで空気感が瞬時に変わった。
僕は、黙って浅沼君の次の言葉を待つことにした。
「本当に俺の事覚えてないのか?」
「え、ええと・・・・・・」
言葉に詰まる。浅沼君の少し悲しそうな表情を見ると、素直に覚えてないと言いづらい。
「いや、いいんだ姫乃。覚えていないなら覚えてないってはっきり言っても」
そんな僕の心情を察してか、浅沼君が飲み込むように自分で助け船を出してきた。
それなら逆に言葉を泳がせるのは失礼だと思い、正直に言った。
「ごめん・・・・・・正直なところ、覚えていない」
「そっか・・・・・・答えてくれてありがとうな」
納得したように零しながら、微笑みを見せてくれる。なんだか申し訳なくなってきた。
「本当にごめん・・・・・・その、良かったら僕と浅沼君がどんな風に出会ってたか教えて貰っていいか? その片鱗から何か思い出せるかも知れないし」
これが僕に出来る僕なりの気遣い。なんとなく察しはついているけど。
浅沼君は申し訳ないと言いたげな表情を作る。
「姫乃ってさ。女の子として見られるのが嫌なんだよな?」
「え!? ああ・・・・・・うん」
突然槍が飛んできたように、僕は驚きの声を漏らす。
高校でまだ誰にもその事を話していない。浅沼君の質問は、まるで僕と過去関わったと証明をするかのようだった
「それを踏まえた形で話していいなら話すが?」
「うん。僕はいいよ」
受け止める覚悟を示すと、浅沼君は視線を、下階段がある壁の方角へと向ける。
そして、話し始めた。
「あれは、俺が小学生中等部辺りの頃だったかな——」