第1章 ⑧
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今回はすんなり事が済んだので、裏路地を通る必要がなくなって、不良に絡まれる事もない。だがやはり、それでも疑心暗鬼が消える事はない。
中学生くらいから感じ始めていただろうか。通学路を歩く際に道行く人が向ける奇異の視線。普段着を着ていれば女性と思われるだけで完結だが、やはり学ランを着ていると頭頂に疑問符を浮かべたような表情をする人がいたりする。
でも、僕はやはり男としてみて欲しいので、学ランを愛して、学ランを着用する。
中学生になって学ランを着用するようになってから、この気持ちが薄れることは一度たりともない。
自宅から学校まで距離はそう遠くなく、さくさく歩けばすぐに到着出来る範囲。校門を過ぎた辺りで、僕の顔を覗き込みながらひそひそ話をする女子グループや男子グループが目に映る。もう慣れているのでどうとも思わないが、中学生の入りたての頃とか、泣きたくなっていたのを思い出す。
思い込みの可能性もあるけど、十中八九僕の話題をしているに違いない。
まあ、話題というやつは花火と一緒で、打ち上がった瞬間の大輪に興味を示すけど、それが終われば余韻が垂れていき、興味が薄れる。
何が言いたいかと言うと、僕のこの容姿を囲む話題性もすぐに終わりを迎えるだろうという事。中学の時も最初は爆発的な話題性を持ったが、数日立てば簡単に薄れていく。
高校でも同じような感じだろう。と今だけ歯を食いしばっていればいい。
スタスタと昇降口へ入っていき、下駄箱を開けると、手紙が封入されていた。
僕は溜息を零しながら、無碍にはしないで一度鞄の中へと入れる。
また僕に対する同性からのラブレターだろう。
嫌なモテ方だなとつくづく思う。これで僕が女だったらどれだけよかったものか。
何度そんな事を思ったところで、勿論現状に変化はない。
すぐにとは言わないけど、ラブレター投函の頻度も減ってくる事だろう。
「おはよう。姫乃」
下駄箱とのにらめっこを中断して目を向けると、昨日クラスの皆を手だけで鎮圧して見せた浅沼君がいた。
「あ、浅沼君。おはよう・・・・・・ございます」
モデル顔負けの美貌は今日も眩しくて、自然と萎縮してしまう。クラスの皆が誰も文句を言えないのが、簡単に納得出来てしまう。
浅沼君はスキンシップがてら、僕の右肩甲骨辺りを一度軽く叩く。
「何緊張してるんだよ。クラスメートだろ? 別に呼び捨てで構わないよ。俺も呼び捨てにしてるんだからさ。それに、ため口で構わないって」
「うん・・・・・・ありがとう。でも、僕はこの方呼びやすいから」
「俺としては呼び捨ての方が嬉しいけど、まあ、姫乃がそうだって言うんなら」
「うん。なんかごめん・・・・・・」
「謝んなくたっていいって。一緒に教室いこうぜ」
「う、うん」
流れで、僕達は階段を上がりながら教室へ向かう。
「なあ、姫乃。良かったらなんだが・・・・・・俺と一緒に昼飯食わないか? ほら、昨日の事で話をしたいと思っているからさ」
せっかくこうしてお誘いして貰ってるのに、うやむやにするのも申し訳なく感じる。
「う、うん。僕は構わないよ」
僕が首肯すると、
「いよっし決まりだな。じゃあ、昼休み楽しみにしておくぜ」
浅沼君は嬉しそうな表情を浮かべながら、小さくガッツポーズをしていた。。
「う、うん」
僕は小さく頷いた。そんなに喜ばれると思っていなかったから反応に迷った。
教室につくなり、じゃあと挨拶を交わして浅沼君とは分かれる。
浅沼君は既に仲良くなっていたのか、グループの輪へと当たり前のように溶け込んでいく。 初の教室はシーンとしていたが、今は喧しい程に賑やかな雰囲気が反響している。
「あ、姫乃くんだー。おっはよう♪」
会話に勤しんでいた女子部グループの一人が僕に気がついて手を振ってくる。勿論無碍には出来ないので、愛想笑いを浮かべながら手を振り返す。
他の子達も基本的に手を振ってくれたりする。昨日は一斉に来たからあれだったけど、一度声をかけたら次の時間までそのグループが独占するのが、暗黙の了解みたい。
その証拠じゃないけど、中学の時も一つのグループと話をすれば、他の人は寄って来ないかった。
女子グループに手招きをされるがまま、僕は鞄を肩からずり落としながら近づく。。
そこにいる女子グループは三人。少し化粧をしているが、普通に可愛い子達ばかりだ。
まずは軽い自己紹介から入り、そこからトーク。
僕がこうやって声をかけて貰えるのは、容姿のおかげだと思っている。
裏を返せば、もし・・・・・・容姿が普通だった場合、誰も気にかけてくれなかったかもしれない。
でも、僕はそっちの方が良かったと考える時間の方が多い。ずっと普通に憧れを抱いているから。
会話の内容と言えば、中学の頃から特に何も変わらずマンネリに近い。
皆が口を開けば、出てくるのは容姿の事に関する内容ばかり。
「本当に姫乃君って可愛いよねー。本当に男の子なの!?」
「やっぱりその容姿だったらすごいモテモテだよねー」
「いいなー。なんか人生得してる感じあるよねー」
と、言ってくる。僕は愛想笑いをしながら、それらの質問を流すように答える。
何回目か分からない。こういった類いの質問を受けるのは。
だからこそ、質問を受ければ、反射的に口から言葉が出てくる。
ただ話題性に乗っかりたいだけで、そこまで興味を示さない人達は大抵これで通せる。
だけど、ケンタ君みたいにぐいぐい来られると、どう対応していいか迷う。
僕は、彼女達と会話をしながら、横目に窓際の席を見る。そこに座るはずの人物が今だに来ていない。また遅刻なのかな?
時間が過ぎるのは早いもので、朝のHRの告げるチャイムが鳴る。
先生によってはこのチャイムの数分後に来るので、それまでにくれば問題ない。
チャイムが鳴ると同時に教室に入って来たのは、大野先生ではなく、郡鷹さんだった。
その瞬間、氷のような雰囲気が一瞬にして充満した。まるでこれから説教でもされるかのような。
端正な顔に鋭い視線を貼り付けながら、スタスタと早足で自分の席へ座る。
郡鷹さんが来ただけで緊張してしまうのは僕だけではないようで、近くの席に座っている人達は特にぶるぶると萎縮の姿勢を見せている。
そのすぐに大野先生が入ってきて、再び空気が一変してマイルドになった。
こうして、今日一日の学校生活が始まりを告げる。