第1章 ⑤
帰宅途中、また不良に絡まれるのでは? と危惧しながら挙動不審の帰宅。また裏道とか通らなければ大丈夫だと思うけど。
中天に昇る太陽が活発に活動を続けて、若干肌寒い風が吹く中、帰途を辿りながら郡鷹さんの事を考えていた。考えていたと言うか、今日の出来事を脳内再生している。
僕と似ているなあ・・・・・・と思った。
性別が男でありながら女の顔を持つ僕と、性別が女でありながら男の顔を持つ彼女を。
あんなに強くて気高くて誰の助けも要らないような孤高の彼女と、自分を重ねてしまうのはおこがましいと分かってはいるけど、考えずにはいられない。
僕が郡鷹さんの事を考えているのと同じように、郡鷹さんも僕の事を考えていたりするのだろうか、なんて考えてみたりして。
僕は、純粋なる興味本位で、彼女に聞いてみたいことがあった。
それを聞いていいのか分からないけど、やはり興味がある。
もし、その機会が訪れるのなら、聞いてみようと思う。
あの鋭い双眸を前に冷静でいられるかどうか分からないけれども。
そんな風に考えていたら、少し離れた箇所に今朝会ったばかりの顔を見つける。
その子は、暫し下を向きながら歩いていたが、途中で顔を上げて僕に気がついた。
「あ、おにーさん・・・・・・」
「こんにちわユウキくん。もう学校は終わり?」
「は、はい・・・・・・」
心の中にいの一番に飛び込んできた言葉は、『珍しい』だ。
まだ二回しか会ってないから、普段がどうか分からないけれど、いつもは集団で行動しているイメージが貼りついている。
それに、他の子達がいないだけで、不安で危なげで脆い印象を受けてしまう。
そう考えれば、ケンタ君達が、この子を守っているスタンスでいると言える。
僕はそんな事をおくびにも出さないようにして、笑顔を表面に引っ張り出す。
「あれ? 今日は一人なんだね、他の三人はどうしたのかな?」
それでも気になるので、聞くことにした。
ユウキ君は困ったように視線を彷徨わせながら、数瞬の間を置いて意を決するように口を開いた。
「え、ええと・・・・・・その今日は用事があるって言って一人で帰ってきました」
「あ、そうなんだ。なんか引き留めるように質問しちゃってごめんね」
「あ、いいえ。あの・・・・・・」
きょろきょろと挙動不審な態度を取りながら、言葉を彷徨わせる。見ていて少し不安になってきた。
「あの・・・・・・少しおにーさんとお話したいことがありますので・・・・・・近くの公園とか行きませんか?」
「え? 用事はいいの?」
「本当は・・・・・・用事なんてないんです」
「え、ああ、そうなんだ・・・・・・うん。いいよ」
突然のカミングアウトに、僕も返事が曖昧になった。
ユウキ君の提案に乗っかり、近くの公園に到着した。
ちょうどブランコが開いていたので、腰かける。
「すいません・・・・・・引き留めるような形を取ってしまいまして」
「いや、いいよ。僕も帰ったところで暇だし」
ところで、用事が無い件は聞いてもいいやつだろうか? それともスルーするのが年上の優しさなのだろうか?
脳内に葛藤が渦巻いてる最中、ユウキ君が続けた。
「僕・・・・・・いつもケンタ君に守られてばかりで・・・・・・申し訳ないって思ってて。だから、たまには一人で行動しようって・・・・・・」
「そ、そうなんだ・・・・・・」
ここでも意外と呼べる台詞が飛んできて、僕はどう反応すればいいのか、言葉に詰まった。
確かに、ユウキ君を見ていると、保護欲が沸いてくる。
ケンタ君がそれに反応しても、普通に納得出来てしまう。
「僕・・・・・・昔からドジでノロマで、何をやっても空回りというか・・・・・・そんな僕を見限る人は多かったです。けれど・・・・・・ケンタ君は、僕を自分のグループにいれてくれたんです。もちろん嬉しかったんですけれども、今のままでいいのかなって思う気持ちも強くなっていきまして・・・・・・」
きっとユウキ君は自分から変わろうと悩んでいる。でも、せっかく手を伸ばしてくれたケンタ君の手を簡単に離すことも難しい。簡単にまとめればそんな所だろうか。
「なんか、ユウキ君の気持ちが僕にも分かる気がするよ」
「おにー・・・・・・さん?」
「僕も、ユウキ君みたいに、現状を向け出したくて悩むっていう点については」
僕がそう話すと、バツが悪そうな表情を浮かべながら、ユウキ君は言った。
「あの・・・・・・こんな事聞くと今朝のケンタ君みたいになってしまうんですが・・・・・・。聞いてもいいですか?」
ユウキ君は心の蟠りを解放するかのように、俯かせていた表情を僕に向けた。
僕はただ一言、いいよ。と首肯する。
「おにーさんは本当におにーさん・・・・・・ですよね?」
一瞬、ぴゅうっと風が吹いて、二人の間の時間が止まったように感じられた。それを動かすように、僕は笑みを浮かべる。
「うん。僕は正真正銘の男性だよ。まあ、確かに姫乃香織なんて名前でこの容姿だったら・・・・・・うん」
「あ、あの、ええと。すいません。そんなつもりじゃ・・・・・・」
「もう慣れていることだから、気にしてなくていいよ。それに、改めてあの時ケンタ君を止めてくれてありがとう」
「い、いいえそんな。僕は・・・・・・」
「いや、なかなか度胸がなきゃ出来ない行動だったと思うよ。実際僕自身もケンタ君の猛攻を止めるのは難しかったし」
ユウキ君は謙虚な姿勢を示しているが、実際あの時、僕を責め立ててるケンタ君に干渉するのはその名の通り〝ユウキ〟が必要な行動であったと思う。
「あの・・・・・・実を言うと、僕が一人で帰っているのは先ほどの理由だけじゃないんです」
話題を変換するように、ユウキ君が切り出した。
「・・・・・・と、いいますと?」
「歩いていればおにーさんに会える気がしたんです・・・・・・。でももしあったら何を話していいのか考えて・・・・・・そしたらおにーさんが目の前にいたといいますか」
あー。なるほど。
だから俯きながら歩いていたのか。
でも危ないから気をつけたほうがいいよ、と心の中からアドバイスを送る。
「僕に会えるかも・・・・・・って事は、少なからず、何か言いたいことがあったって事だよね?」
「え、ええと・・・・・・はい。実は——」
ユウキ君はそう一度肯定してから、次の言葉を発した。
「あの・・・・・・ケンタ君の事、あまり悪く思わないで欲しいといいますか・・・・・・。その・・・・・・本人も完全に悪気があるとは・・・・・・すいません。真っ先に頭の中に浮かんでいた内容なのに今更のように・・・・・・」
「いや、大丈夫だよ。それにケンタ君に悪気がないことは分かっているから」
「・・・・・・僕が言っといてなんですけど、おにーさんって人良すぎませんか?」
不安げな眼差しを和らげてあげるように、僕は、ふっと微笑みを見せる。
「僕が小学生の頃も今も・・・・・・そんな感じだから。世の中が見ている普通に希有が交じるといじりたくなるのは人の性と言うか、小学生ならよりその悪乗り欲求が強いからね。だから、ユウキ君が思っているほどに僕は思ってないから、心配しなくてもいいよ」
「でも・・・・・・」
と、まるで、次の言葉へのエネルギーをため込むみたいに、一度沈黙を作った。
周囲からは子供達の無邪気に遊ぶ声が聞こえてくる。
「実際・・・・・・嫌ですよね? 女の子として見られることって」
今までのか細かった声とは打って変わって、語気を強めながら勇気を振り絞るように放った声だった。
その瞳はがっちり僕の目を捉えて放さない。
頬笑みながら言葉を返すのはダメな雰囲気だ。
「うん。たしかにそうだね」
なので、真剣な雰囲気を声に乗せながら、ユウキ君に返した。
「僕は、自分の容姿にコンプレックスを抱いていると言っていいかな。周囲は普通に話して、普通に遊んで、普通に笑って、普通に泣いて、僕は生まれてきた時から普通を与えられなかった。普通に周囲に溶け込む事が出来なかった。周りが僕を珍しいと認識するから。だから、避けられないと分かっていても、本音は嫌かな。さっきも慣れてるとか言ったけど、少しまだ強がっている部分があると思う」
「そう・・・・・・ですよね」
ユウキ君は、僕の心の悲しみを共有してくれるかのように、瞳を揺らした。僕は申し訳なくなってしまう。
「ごめん・・・・・・。ユウキ君。こんな話されても重いよね」
僕は、真剣な空気を解くように、愛想笑いを浮かべた。
「い、いえ。おにーさんのそういう話し聞けて。正直なところ嬉しかったです」
ユウキ君は本当にいい子だ。
僕みたいな他人を思いやり、友達を思いやる。
心の中が綺麗でなければ出来ない事だと思う。
「あ、僕そろそろ帰らないと・・・・・・。すいませんおにーさん。僕が引き留めたのに」
「いや。大丈夫だよ。じゃあ、ぼちぼち帰ろうか。」
僕はそう言いながら、ブランコから立ち上がった。他にブランコを使用したい子供もいるだろうから、あんまりベンチ代わりにするのもよくないだろう。
僕に倣ってユウキ君も立ち上がった事を確認したら、先に前を歩く。
「あ、あの。おにーさん」
ユウキ君が声に、首を巡らせると、決意を持った瞳を向けていた。
「実は、もう一つおにーさんに言っておきたいことがあるんです・・・・・・。これはケンタ君にも秘密にしていることなんですけど・・・・・・」
僕は体ごと振り返って、ユウキ君を見つめる。
「ケンタ君と仲良しなんでしょう? たかが一回二回しか会ってない僕に話していいの?」
不安を呷るようだけど、ここは大事なところだ。
「いえ・・・・・・その・・・・・・おにーさんだから聞いて貰いたいといいますか。逆に仲がいいからこそ言えないと言いますか・・・・・・」
なるほど。と僕は飲み込んだ。確かにそういう話はよくある。友達だからこそ秘密にしておきたくて、僕みたいなぽっと出だからこそ話せる事。
僕は意を決して、「わかった」とだけ小さく零した。
「あの、僕・・・・・・実は・・・・・・」
ユウキ君のカミングアウトを聞いた僕は、すぐに声を出す事が出来なかった。