第1章 ④
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「はーい。皆さん。途中で来られた方もいらっしゃるので、改めて自己紹介致しますね。私の名前は大野小町といいます。今年一年間皆さんの担任となるので、よろしくお願い致しますね」
ここで主に男子生徒から万雷の拍手喝采が起こったり、指笛が鳴ったりしていた。
入学初日という事もあり、テンションが異様に高かった。
そうである事も納得がいく。
大野先生はほんわかとして優しそうな印象があり、名前が似てる三大美女の小野小町ですと言われても満場一致確実な整った顔が作る笑顔が、男子生徒にも伝播して、笑顔を広めている。
かくいう僕も笑顔だったり。
なお、生徒の自己紹介は既に終わってしまっているようで、その辺は割愛。
明日からどういう動きで学校生活が展開されるだとか、親に見せる書類やらの配布などを大野先生は淡々とこなしていき、あっという間に午前中の終わりを告げるチャイムが鳴る。
「では、今日はここまでになります。皆さん。明日から楽しい学校生活が始まりますので、気を引き締めて臨んでくださいね」
主に男子生徒からの元気な返事を受け取った先生は手を振りながら教室を後にする。
そして、次のイベントが、ダムの防波堤が決壊した時のごとく到来。
数人の生徒が僕の机の周りを囲み始めた。
こうなる事はなんとなく予想がついていた。
大野先生が説明をしている最中にも関わらず、他の生徒の視線がちらっちらと僕を見ているのだから。
「姫乃君っていうんだ。よろしくね」
「すごーい。女の子みたい!」
「可愛い。ねえ、私と連絡先交換しない?」
などなど、もう中学とかで慣れた質問やら何やらが僕を取り囲む。
やはり前途多難だなと、どこか遠くへ僕は視線を外した。
自分でも自覚はしている。
僕が希有な存在である事を。
僕が『普通』でないことを。
初日からこんなに声をかけてくれるのは、かけられない事に比べたらありがたい。
けど、その反面多すぎる声に、半ば呆れているというか、迷惑しているのは事実。
僕は聖徳太子じゃないので、一篇に声をかけられても、何を言えばいいのか分からない。
あたふたしていると、後方でパンっと手を叩く音が聞こえた。
それを受けて、僕の机を囲っていた生徒が全員、水を打ったように静まりかえった。
音の根源に目を向けると、そこにいたのは、長身でかなりのイケメンだった。
爽やかさを感じさせる短い髪型に、整った目元にシュッとした顔。
体型もスラっとしていてモデル並み。
周囲は、邪魔された事に激昂を飛ばすわけでもなく、黙って次の言葉を待っている。
イケメンは、僕の方へと歩きながら言葉を発した。何故か手にはリンゴを持っている。
「まあまあ皆。興味があって色々話を聞いたりなんなりするのは悪い事じゃないと思うけど、まだ初日だし、時間ならこれからたっぷりと作れる。そんなに焦る必要はないんじゃないかな? それに、いきなり大勢でけしかけても、困らせるだけだと思うし」
冷静な言葉を浴びて、周囲にいた人々は、反省したような面持ちを作る。
彼は先ほどと同じようにパンっと両手を叩いてから二の句を継ぐ。
「じゃー。今日は解散って事で。また明日!」
その言葉を受けて、まるで蜘蛛の子を散らすように皆おのおの自分の席へと戻っていった。
「大丈夫か? 大変だったな初日から」
イケメンは歯がきらんと光るばかりに笑みを浮かべる。
「た、助かりました。ありがとうございます・・・・・・」
なんだろう。初めて会ったはずなのに、あまり距離を感じない。
まるでどこかで会っていたかのような・・・・・・?。
「おっと。俺の自己紹介がまだだったな。俺の名前は浅沼公だ。まあ、はじめましてより、お久しぶりって言うべきだな、姫乃」
「えっ?」
僕は素で驚きを隠せなかった。
やはり、自分の感覚通り、どこかで会っていたようだ。
でもどこで・・・・・・?
「その表情から見て俺の事覚えてないか。まあ、そりゃそうだよな。俺と会ったのは小学生の頃の話だからな」
「そ、そうなんですか・・・・・・?」
どうしよう。
本当に覚えていない。
どういう形で出会っていたかなんとなく予想が出来るけど、こんな爽やか系イケメンがそうであると思うと、にわかに信じがたい。
「なあ姫乃。急で悪いが、そこら辺の話しもきちんとしたいし、昔の思い出話しもしたいから、一緒に帰らないか?」
彼はどこかばつが悪そうな表情を浮かべていた。
周囲の様子をうかがうように。
自分で解散と言ったのに長話するようなら、批判の対象になりかねない事を気にしているのだろう。
「え、ええと・・・・・・」
正直なところ、戸惑いがあった。
いきなり知らない人がお久しぶりと言ってきて一緒に帰ろうと言ってきて・・・・・・僕はすぐにうんと言うことが出来ずにいた。
彼、浅沼さんは僕の心情を汲み取ったのか、申し訳なさそうに一言。
「いや、いいんだ。そりゃそうだよな。分からない人に急に一緒に帰ろうって言われても困るよな。なんか俺も他の人みたいに少し舞い上がってたみたいだ」
「い、いえ。そんなことは・・・・・・」
「まあ、せっかく同じクラスになれたんだし、また次に色々話そうぜ」
「は、はい」
こんな皆をまとめる力があって、他人を慮る事が出来るような彼を覚えていないのだ。
それを思うと、逆に申し訳なってくる
「じゃーな姫乃。また学校で」
そう言って、浅沼さんは帰り支度の済んでいるバックを背負って教室を後にする。
浅沼君がいなくなるとまた皆が机に集合してくる可能性もあるので、僕もそそくさと帰り支度を始める。
ふとそういえばと、一番窓際の一番後ろの席、郡鷹さんの方へ目を向ける。
そこには誰もいなかった。
僕が囲まれている間に帰宅してしまったようだ。
きちんとした形でもう一度お礼を言いたかったところではあったけど、また次の機会かな。
そういえば、先に行ったはずの郡鷹さんがなんで僕より後に教室に来たんだろう? とふと頭に浮かんだけれども、それを気にしてもしょうがないだろう。