第13話 兄弟
校門前は風雲急を告げていた。
そういう空気は、良くも悪くも、人々の気持ちを昂らせる。登校中の生徒たちは、足を止め、敷地内からも人が出てきた。
教員たちは当然、上級生の間でも、有名な祭りが始まるのだ。不謹慎に心を躍らせてる連中すらいる始末。
野次馬たちの、好奇な視線。そんなもの、気にも止めず、どこ吹く風で、サリバン先生とアルフレッドの二人は、言葉を交わし会い、熱を帯びていく。
「サリーは、昔から、全然、成長しないね」
剣聖アルフレッドが、やれやれと、肩をすぼませ、笑顔をつくる。
「成長してないですってっ! だ、誰が幼児体型よっ!」
ムムムとサリバン先生は、やや自爆的な拡大解釈をし、頬をぷくうと膨らませた。
よせば良いのに、見物の生徒たちが、火に油を注いでいく。
「幼児体型そのものだよ」
「自覚なかったんだ……」
「きゃー、サリーちゃん、かわいい」
さて、悪戯な風が運んだささやき声を、アルフレッドは喜んだ。
これ見よがしに、彼は、「ほらっ」といった具合に肩をすぼめて見せた。
サリバン先生の顔が真っ赤か、身体だってプルプルと震えているように見えた。その様子は、噴火直前の火山が、余震で震えてる様を想起させる。
「むむむ、むむむむぅ!」
そして、ついに、火山は噴火した。
「アンタなんかっ、 あたしよりチビだったくせにっっ!」
サリバン先生の足元の土が、斜めに盛り上がる。そのまま、アルフレッド目掛けて、土の柱が、勢い良く伸びていく。
ドゴンという轟音!
土煙が立ち昇る! そこから、アルフレッドが飛び出してきた。それを、サリバン先生は、かざした手のひらから、宙へと、浮き出た魔法陣で受け止めた。
「泣き虫のアルが、立派になったものねっ」
先ほどの、魔法陣が剣の形に変形して、アルフレッドへ放たれる。
「そうでもないさ、サリーが、全然、成長してないだけだ」
サリバン先生が放った魔法の剣を、アルフレッドは剣で弾く。そのまま、鋭い反撃に転じた。
「なっ! 立派って、そう意味じゃないのよ! このバカ、ヘンタイ、女たらしっ!」
てっきりクラリスお嬢さまも、この大立ち回りに加わるものと思っていたメアリーは、ホッとしながら、チラリと彼女を見た。クラリスお嬢さまは、静かに立っている。
「どうか、したのかしら……」
メアリーは、クラリスお嬢さまが高熱で倒れた前日も、同じような表情を見せていたのを思い出した。
当のお嬢さまは、メアリーのつぶやきは、耳に入っていない。
「二人は、何をしてるのでござるか?」
と口だげが動く。
「あの二人は、いつもですから……」
アレンは、素っ気ない。
彼も初めて二人のやりとりを目の当たりした時は、驚いた。それでも、派手な立ち回りの割に、終わってみれば、二人とも、大した怪我もせず、周りにも被害が出ていない。
それが、いつもなら、慣れてしまう。何度も続けば、うんざりといった具合だ。
さてさて、その間にも、アルフレッドとサリバン先生は、派手にやりあっている。轟音は続き、生き生きとした表情で、両者の口も減る様子がない。
「クラリス様、あれは痴話喧嘩というらしいですよ。王城でも、二人がばったり会うと、ああなんです」
ソフィは、サーカスを見る子供のように目を輝かせていた。そして、自称平民なのに、王城にいたと、無自覚に暴露している。「ハァー、ハァー」してなくても、少し残念なお間抜けさんだ。
「痴話喧嘩? 兄弟喧嘩みたいなもので、ござるか?」
「そうですね。仲が良いってことですよ。お嬢さまも、兄弟が欲しいですか?」
メアリーは、返事する。「お嬢さまが、ラングレイ辺境伯におねだりすれば、きっと叶いますよ」とは、彼女は、あえて言わない。それどころか、地雷を踏んでしまったかもしれないと「兄弟が欲しいですか」の発言を後悔した。
クラリスお嬢さまの母親は、もうこの世にいないからだ。
「そうなんで、ござるか……」
クラリスお嬢さまは、サリバン先生とアルフレッドの大立ち回りを眺めている。
中身の「さむらい」に稽古以外で剣を振るという経験は、あまりない。兄弟喧嘩ではないが、「さむらい」には年が三つ離れた兄がおり、祖父の指導で、よく一緒に稽古をしていた。
サリバン先生とアルフレッド、全然違うのに、あんなに騒がしくなく、不真面目でなく、真剣だったのに、彼女の中にいる彼は、兄との打ち合いを思い出してしまった。
「さむらい」の中で、兄と親友の顔が重なる……。彼女の中の彼の追憶も、あやふやになった。
「あらっ、お嬢さまも、加わったらどうですか?」
メアリーは、己の発言の失敗を帳消しにするために手を打った。乱闘に加わるなど、淑女にあるまじき行為。身体を動かせば、お嬢さまもスッキリするのでは? という思惑が、彼女の「暴れちゃいなよ」発言を産み出した。
メアリーの思惑はさておき、サリバン先生とアルフレッドは、一息つくように、動きが止まった。
一通りの悪態を言い合ったあと、アルフレッドが、いつものように、提案をした。
「この際だ。魔法と剣、どちらが強いか決着をつけよう」
「魔法に決まってるじゃない」
そのやりとりは、彼らにとっては、いつもの決まり文句、次で最後という合図のようなものだった。
クラリスお嬢さまが動いた。
刀を抜く気配はない。
彼女は、サリバン先生とアルフレッドの間に割って入っただけだ。
「どちらが強いか、など、どうでも良いのでござる」
「だそうた、サリー。私の話を聞く気になったかい?」
アルフレッドは、胸元から一枚の書面を取り出した。
「そうね……。感謝するのね、乙女の涙には、逆らえないわ」
サリバン先生は、アルフレッドに歩みより、書面を受け取ると、お嬢さまの頭を、優しくポンポンと、あやすようにして叩いた。
「こ、これは、汗でござる」
クラリスお嬢さまは、アルフレッドの腹を、拳で突き上げる。「ぐわっ」と苦悶の表情でアルフレッドが、くの字に折れ曲がり、拳の衝撃が腹から背中へと、抜けていく。
素晴らしい一撃。
それ以上に、剣聖アルフレッド、彼は、この期に及んでも、しっかりと花束を差し出す。その精神力は、最強と言わねばなるまい。
そんなだから、クラリスお嬢さまとサリバン先生から、彼は、先ほどと同じ腹へと、もう一撃、もらう事になってしまう。
なんとも、凄い男だ、剣聖アルフレッド。
さて、場が収まったとゆうのに、サリバン先生は、プルプルと震えている。
「なによ、この落書き」
彼女は、エイッとアルフレッドから受け取った書面を地面に叩きつけた。




