往年の廃列車 8
それは紙に描かれたものであるが、石板のように重たく、存在感の放つ一枚であった。
製作当初のような鮮やかな群青色のスペランサ号が中心に描かれ、その周りに様々な人が取り囲む。
まるで現在の1シーンを抜き出したような出来栄えであった。
ただ現状と違うのは、中心の廃列車が透き通った空色で描かれている点だ。
「どうですか師匠?」
ダリアは少し自信なさげに自分の絵の出来をモナに伺う。
「それはこれが答えじゃないか」
モナはダリアの絵を持ちスペランサ号に近づく。
そして、スペランサ号に見えるよう絵を掲げる。
すると、スペランサ号の周りの黒い靄が波打ちだす。
今まで只揺蕩っていた呪いの靄が辺りを回りだし、徐々にその範囲が広がっていく。
突然の出来事に近くにいた観客は悲鳴と共に立ち退いていく。
モナはその中でも動かない。
黒い靄は近くにいたモナを巻き込み、大きく膨れ上がった。
その時、呪いの靄が一気に空へと昇り消えていった。
「今まで一緒に走れて...楽しかった。ありがとう...」
もうスペランサ号には呪いがなく、解呪されたのであった。
呪いを解くことができたのを喜び跳ねるダリアの横で、クレマンは目の前の出来事にただただ涙していた。
「こちらこそ...ありがとうスペランサ号...」
そこへスペランサ号の解呪ができたことを聞きつけたトップハットが姿を現した
「呪いを解くことができたのかねクレマン君」
トップハットは少し高揚しながらクレマンに尋ねた。
クレマンは袖口で両眼をぬぐい、かすれた声で答える。
「社長、呪いはもう解かれたのでスペランサ号の処分は可能です」
「あの解絵師はとても凄腕で心震えるような絵で呪いを解いてくれました」
「そうですか」
トップハットは満足げにうなずく
「それと社長、こんな時に申し訳ないのですが」
「何かね!?」
「本日付けで私はこの会社を退職したいと思います」
「そうかそれは残念だ」
「これから君にはスペランサ号の資料館の館長をお願いしたかったのだが」
「え?それはどういう?」
「スペランサ号はこれで処分されるのではないのですか?」
トップハットの突然の言葉に困惑する。
「モナさんから話を聞いていないのですか?」
「これから処分するだけのものを解呪するわけないじゃないですか。それなら最初から焼却処分します」
「今回それをしなかったのはスペランサ号を中心とした記念資料館を作ろうとしたためなのです」
クレマンは想像だにしていなかったトップハットの計画に脳を揺らすような衝撃を受けた。
「それでは改めて伺います。クレマン君、君はまだこの会社で働いてくれますか?」
「私がスペランサ号の記念館の館長ですか」
「そうです。モナさんからあなたの本質は聞きました。けれどもあの純真無垢で列車のことだけを愛していた少年が他を傷つけることなんてしないと信じているのです。」
「まだ覚えててくれたのですね」
「もちろんですとも」
クレマンは多少迷ったが、意を決してトップハットの提案に乗ることにした。
「トップハットさん、これからもよろしくお願いします」
トップハットが会場のステージに立った。
「皆さん、本日はお集り頂き誠にありがとうございます」
「先ほどまでこの会場にいらした方々はご存知の通り、このスペランサ号の呪いは解呪されました」
「この列車は我社においてかけがえのない功績をもたらしてくれました」
「今回その功績を称えまして、スペランサ号の記念資料館を創設したいと思います」
トップハットの発表に会場は今日一番沸いた。
トップハットの発表を聞きつけ次々と人が会場に押し掛ける中、モナとダリアは自分たちの道具を片付けると会場を後にした。