往年の廃列車 7
人がくることの無かった車庫の周りに人だかりができていた。
往年の廃列車を最後に一目見ようと、老人から幼児まで幅広い層が来ていた。
皆思い思いに語らったり、ポロライドで撮影したりしていた。
そんな中、モナは片隅に一人佇むクレマンに声をかける。
「僕も幼いころスペランサ号に乗っていましたよ。昔は毎日これくらい盛況でしたね」
「昔はこれ以上にもっと人の数が多かったですよ。けれどもうこんなにも興味持ってもらえるなんて思っていなかったからすごくうれしいです」
クレマンはスペランサ号を囲う人々を眺めて少し目には潤いを持っていた。
「それでこれからはどうするんですか?」
モナはクレマンに握られたナイフに目をやる。
「あなたにバレてしまいましたし、何もしません」
「ただこの情景を、アイツの最後の雄姿をこの目に焼き付けます。」
「けれど何故私が騒動を起こすとバレたんですか?」
「確証はなかったのですが、2つのことがあなたをマークする要因になりました」
探偵が犯人を前に自慢の推理を語るようモナは口を開いた。
「まずは異常なまでの執着心です。解呪をできないと申し上げた時、いくら思い入れのあるものであっても、初めてあった我々に対してあそこまで取り乱す人はほとんどいません。」
「だからあなたはスペランサ号に依存している人だと思っていました」
「それともう一つ、私は職業柄物の本質を常に見ようとします。それは人に対しても同じでその人の本質の部分が見てしまうのです」
「だから最初あなたに出会ったとき、あなたの本質は好きなものを傷つけてしまうと分かりました」
モナもクレマンと同様にスペランサ号を囲う人々を見ながら淡々と答える。
「けどそれだけだと、今日何かしようとはわからないでしょう」
「はい、何をするかまではわかりませんでした。だからスケジュールを大幅に早めもらい、何か準備するにしても間に合わないようにしました。」
「全て知った上での行動か。あんた意外に狡猾だな」
クレマンは諦め力を抜くと同時に座り込む。
「この分だと、トップハットさんにはもう伝えてあるんだろう。俺ももうクビか」
枷が外れたように、クレマンの口調が砕けていた。
「えぇ伝えました。そのうえでトップハットさんは敢えてそのままでいいと仰っていました」
「それはどういう...」
クレマンは鎌首をもたげてモナの方を見る。その眼には先程までの湿度は消えて疑念と動揺の色で染まっていた。
「言葉の通りです。優秀な社員をクビにすることはできない、と」
クレマンはトップハットの寛大な処罰に対し言葉に詰まり空を仰ぐ。
そして今度は何か大事なものを落とさないかのように深く目を閉じた。
「昔から変わらないなあの人は」
そう小さく呟くとクレマンはトップハットに出会った当初のことを思い出す。
クレマン少年は列車が好きで、暑い日も寒い日も毎日駅へと通い詰めていた。
そんなある日、まだ脂を貯めていないトップハットがクレマン少年と出会った。
「君列車は好きですか?」
「うん、好き。大きくなったら運てんしゅになるんだぁ」
少年の無邪気な夢にトップハットは微笑み、胸につけていた会社のバッジを取り外しそして、少年の胸元に自分のバッジを取り付けた。
「では、大きくなったらうちで働いてください。約束ですよ」
「うん、わかった」
誰かからすると、何気ない日常の一コマであっただろう。
しかしこれがクレマン少年、クレマンには人生の大きな転換期となった。
停滞した2人の空気の元へ、相反する笑顔でダリアは駆け寄った。
「師匠、作画完成しました」