往年の廃列車 1
暖かな昼下がり、まだ冬の残る山から一陣の風が降りてきて草花を揺らす。
その風が、欠伸をしかけた小麦色の少女の身を引き締める。
少女の名前は『ダリア』
艶やかな髪を肩まで伸ばし、10代の幼さを残す顔には琥珀色の透明度の高い瞳が情景を映し出していた。
「師匠、今回の依頼の絵も素晴らしかったです。」
ダリアはミルキーを被った背の高い男を尊敬のまなざしで見つめながら、何がどのように良かったのか事細かにそして大げさに称賛した。
「毎回おまえは俺のことを褒めすぎだ。俺の絵が全てじゃないだろうもっと他にも...」
「私の中では師匠が一番ですから」
彼女は少しか擦れたテノールボイスの男の謙遜を遮り堂々と答える。
彼の名は『モナ』。
彼は呪われたものを描き解呪する、謂わば『解絵師』である。
モナは少女の真直ぐな言葉に照れて頬をかく。そして、自分が持ち上げられている空気を換えようと話題を変える。
「次の依頼はどんなものか把握しているか?」
「ちゃんとわかっていますよ、鉄道会社からの依頼ですよね」
「そうだ、次の依頼はトップハット鉄道からの依頼で、少々大掛かりになる。依頼内容は長年呪いの地を走ってきた列車が呪われてしまったから解呪してほしいというものだ。」
「列車の依頼ですか!? だったら依頼の報酬に乗り放題のチケットがもらえたりして♪」
「頼むから先方の前ではそんな話するなよ」
「大丈夫ですよ師匠」
モナは頭を抱えながら、何もなければいいがとつぶやく。
彼の心配性は元来のものではあるが、ダリアの好奇心旺盛な行動や楽観主義今までの前科が、より一層モナを余計な不安を考えさせる思考にした要因かもしれない。
そんな不安とご機嫌な二人は画材道具一式を持ちマイロン駅へと向かう。
首都マイロンの玄関口であるマイロン駅
駅前の大きな広場は人足が途切れることがなく、日中の今は特に足元を確認できないほどだ。
駅舎は高いドーム型で天井はガラスだけのため青空を見ることができる。そして囲うようにそびえ立つ壁には、案内板と無数の広告が貼られていた。
人混みをかき分けて二人は手近な若く溌溂とした駅員に声をかけた。
「スペランサ号の依頼で来たモナというものだが、トップハットさんはいらっしゃいますか」
「モナさんですね、少々お待ちください。」
若い駅員は今している作業を止めてこちらに向き直った。
手元のスケジュール表を2,3枚めくると視線もこちらに向き直った
「社長から聞いております解絵師の方ですね。取り次ぎますのでどうぞこちらへ」
モナとダリアは裏口から応接室へと案内された。
「社長が参りますので少々お待ちください。」
2人はそう言われすすめられた椅子に腰を下ろした。
壁の方に目をやると歴代の社長の写真があり合計が3枚であることから、現在の社長が3代目であることが窺がえた。どの写真も肥厚しひげを蓄えた上機嫌そうな人が映っていた。
写真を眺めていると後方から恰幅の良い声が聞こえた
「いや~、お待たせしました。」
先の写真から飛び出してきたかのような大柄な男と、対照的に薄皮ばった人物が現れた。
モナとダリアは簡単に挨拶を交わし、時間がないであろう大柄な男トップハット氏に早速本題の依頼内容の詳細に訊ねた。
「依頼の内容は今回廃番が決まったスぺランサ号の呪いを解いていただくことです。呪いのついた現状では廃棄することもできないのでどうかよろしくお願いします。」
呪いについて詳しいことはまだ分かっていない。しかし周りに伝染することは確認されているため、呪われたものの所有者は必ず解呪してからでないと廃棄ができないこととなっていた。
「車両の詳しいことはこっちのクレマン君に聞いてください。他に何かご質問とかはありますかな。」
「いえ、特には」
専門であろうクレマンという人物がいれば問題がないだろうとモナは口をつぐんだ。
「では後はよろしく頼みます。よんでおいてあれですが、私はこの後すぐに会議ですのでこれで失礼します。」
「構いません。こちらも早急に依頼に取り掛からせていただきます。」
「何卒宜しくお願いします。」
トップハット氏は何度か会釈をすると足早に応接室を飛び出していった。