第78話 朱に交われば赤くなる
「それで、この落とし前はどう付けてくれるんだね?」
遡ることほんの少し。
賑わっている街を堪能している中、様子がおかしい少年にアレクが目を付けた。言われて見ると、確かにその子は挙動不審で、どこか周りをとても気にしていた。
何か嫌な予感がし、少年と同じスーパーマーケットに入った。少し遠目で見ていると嫌な予感が当たった。少年が菓子袋を手に取り、そのまま店を出た。つまり、窃盗。
俺達は急いで少年を追った。途中で尾行に気づかれ走られたが所詮は少年と高等部学生。すぐに捕まえられた。
ザックが腕を掴むと、少年は尖った目付きで暴れた。
「離せよコノヤロー! 俺が誰だか分かってんのか!」
「おいアレク、どうする?」
「まぁ、素材のいい服を着てるのは確かだからまぁまぁ高めの位に位置する貴族家の人間だろうね。でも、窃盗を働いたことは変わらない」
自分の位を思い知ったかと、アレクが考察していると少年は傲慢げに気取ったが、アレクは一蹴した。
まぁアレクは4大貴族のライル家の人間だし、ある程度の事故は問題ないのかな?
「いきなり子どもを突き出しても逮捕なんて出来ないから、まずは親御さんと話をしようか」
そう言って少年に案内をさせ家に行くと、豪邸に辿り着いた。
「やっぱり、位の高い貴族家ってのは合ってるっぽいね」
城に住んではいるが、まだ日本滞在時の庶民感が消えなくて驚いてしまう。が、アレクとザックは慣れた様子で観察を進めていた。
その少年はその家のただ1人の子だそうで、親と話をすると言えばすぐに出てきた。
机を挟んで大きな椅子が対面している、応接室に入る。
「初めまして、フェラスのマドリード侯爵です。この度は我が子息が何か?」
こういう問題事が苦手な俺は左で縮こまっている中、アレクとザックは慣れた様子で強気でいた。
「えぇ、この家のご子息が街のスーパーマーケットで窃盗を働いている場面に直面しまして」
アレクは小声でザックに確認した。
「今まで窃盗品を処分する暇は与えてないよね?」
「当たり前だろ」
「ふむ……それで証拠は?」
「今現在ご子息がその品を所持しているはずです。それにその品が買い取られたものではないことは店の記録を見れば一目瞭然です」
侯爵が一瞥すると、少年は対面にある低い机に菓子袋を悪びれもなく出した。むしろどこか達成感を周りに感じ取らせながら。
「ふむ、どうやら本当のことのようだ」
「どうします? 我々としてもなんの処罰もないというのは頂けませんが」
「ふっ、よく出来た青年だ。ソルセルリーの制服を見ると、サンクテュエールの貴族家の人間か。将来有望だな」
「そんなことはどうでもいいからよぉ、しっかり罰は与えろよ?」
ザックが早く終わらせたそうに釘を刺すと、侯爵は俺達の癇に障る予想外の答えを出してきた。
「はて、罰するも何も、悪いことをしているわけではないのにそんなことをする必要はないではないか」
「はァ? 窃盗の証拠があるだろうがよ!」
「我が爵位は侯爵、5段階中上から数えて2つ目。事実改変なんて簡単なものよ。さて、他国の貴族家の嫡男に勝手な窃盗容疑を掛けて家まで押し入ってくる……立派な名誉毀損だ。この落とし前、どう付けてくれる?」
ニタニタと笑う親を見習ってか、当事者の少年もこちらを笑って見下していた。
この悪事を悪と思っていない態度にはアレクも耐え難い物があり、雰囲気が変わった。
「……アレク、もうダメだ。いつもみてーに強行手段で行こうぜ」
「しょうがないなぁ……」
アレクは渋々と、使いたくないものを使う決断をした。
え、何? 状況についていけない俺は必死に理解しようとするが出来なかった。
「マドリード侯爵。サンクテュエール王国の4大貴族は知っていますね?」
「もちろんだ。……さては、4大貴族の人間か? だが残念だな。4大貴族と言っても、爵位を持っていない者は準貴族扱い。爵位を持っているものの方が上だ」
アレク、何を言いたいんだ……?
心配でアレクを見ると、顔色1つ変えない顔立ちをしているのが見えた。隣でザックも勇敢に納得したように構えている。
なんだかその姿が俺には眩しく、格好良く見えた。
「人の話は最後まで聞くものです侯爵。4大貴族の2家の2人以上が集まれば王族と同じ権力を持つ。独裁政治が行われない為の制度です」
あぁ、どんな貴族でも、王族よりは下。つまりアレクはもう1人の4大貴族のシェル先輩かカイルの力を借りるつもりかな?
「あぁ無論知っている。だが足りない。4大貴族の2家の2人以上且つ、両者爵位を持つ者。となっているはずだ」
「え……」
傲慢な不当権力で負けることを悟り、声が漏れてしまう。
「アァ! うぜェな、だから最後まで聞けって!」
不当権力が気に食わない様子でザックが立ち上がって憤った。
「なんだね君は?」
お前に用はないのにと卑しげな目線で品定めする侯爵。少し経つと下の者と見たのか鼻で笑った。
「あぁ、自己紹介してなかったな。国王から直々に賜った4大貴族が一家。アラギア家嫡男。ザック=フォン=アラギア男爵」
凛と勇ましく名乗るザック。男子の中では平均より小さいはずなのに、どうしてかとても大きな存在に見える。
それに続き、その隣のアレクまでもが立ち上がった。
「同じく4大貴族が一家。ライル家のアレク=フォン=ライル男爵です」
「な……! そんな、貴様らの様な青二才が爵位を貰えるわけがなかろう!」
4大貴族の人間というのはともかく、男爵を名乗る2人を勝手に嘘だと決めつけ、逆上を始める侯爵。
「落ち着けよジイさん。俺らは前のちょっとした功績のおかげで爵位を貰ったんだよ」
「ということは……」
驚愕、ザックが4大貴族の人間。そして2人とも爵位を持っていたことで侯爵は自分の過ちに気づきわなわなと俯き始めた。
俺には色々と新情報が多すぎて理解が追いつかず、座ったままただただその光景を見上げていた。
「4大貴族の爵位を持つ者2家から2人……つまり王族と同じ者に対しての暴言、つまり名誉毀損。事実改変未遂。証拠隠滅未遂。これをこの国の警察事務局を担っている軍に僕達が口頭でも伝えるだけで、貴方達は終わりです。王族と言うだけでそれだけの権力があるのは侯爵自身よく分かっているでしょう」
「あ、アぁ……!」
それから家にあった非常用の転移碑で軍へ行き差し出すと、呆気なく事は済んだ。
これに関わった俺達3人は、後日……学園対抗戦が終わった後に事情聴取されることになった。
十分裕福な暮らしをしているのに少年は何故窃盗を行ったのか。それは親に原因があったらしい。
親は自分は豪遊する癖に、息子に対しては厳しく縛っていた。勉学も厳しくさせ、食生活や生活習慣だって全て管理させた。
その負担から逃げるように息子は乱暴な性格を作り出し、最初の欲望を抱かせた。
未だ1度も口にしたことのない、『お菓子』という物を食べてみたいと。
学校では同年代の子が新発売のお菓子で盛り上がったり、交換し合いっこをしているのを、息子は自分に嘘をついて見ていた。
本当は食べたいと思っても、お菓子というものなんかで盛り上がる憐れなものと、見下そうとした。
そしてただ買うのではなく、なにか不祥事を起こして親の迷惑になれば、それで自分のことを少しでも考えてくれればと望みを持った。
結果として不祥事を起こすことは出来たが、親は最後まで愚図だった。
少年には厳重注意だけで、罰は親だけにあった。王族権力を持つ者に様々な無礼を働いたということで爵位剥奪、短期間だが牢に入れられることに。
軍へ行く前にそれを聞いた俺はその過程を2人にも話し、結論としてみんなでそれぞれお菓子を少年に渡した。今度はしっかりお金を払って買った品を。
「あ、ありがとう……」
感謝を言い慣れていなくとも、頑張って言おうとする様を見て、俺達は思わず3人で笑い合った。
「これからはちゃんと金を払えよ? 金には困ってねぇだろ」
「分かってる! うっせーな……」
荒っぽいザックが語りかけると、少年は恥ずかしそうに悪態をついた。
「んだと? 口のわりーガキだな」
「口の悪いガキはザックでしょうよ……」
「な!?」
「だな」
「シンまでひでーな!?」
わちゃわちゃ騒いでるザックはアレクに任せて、少年に向き直った。
「ほら、こんな人達じゃなくて、同い年の友達を作ってみようよ。すっごい楽しいよ?」
「あ、あぁ……じゃあ、ありがとう」
「うん、じゃあね」
少年がもう行くのを察し、ザックも静まって見送ることにした。
「アレクさんも、ありがとう……」
「うん」
根はとても良い子だと確信し、アレクも優しく笑いかける。
「ザックも、じゃあな」
「やっぱてめぇナメてんだろ!」
「まぁまぁ、いいじゃんよ」
今にも襲いかかりそうな勢いのザックをアレクが後ろから縛り俺が手で宥める。それを見た少年は今度こそ歩き出し、こちらを振り向くことはなかった。
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「お? ねぇ君! それ新しいお菓子じゃん! それすごく気になってたんだ! 少し分けてくれない? それと一緒に遊ぼうよ!」
「え? あぁ……」
突然他人から話しかけられる経験はこれが初めてで、困惑した。今までは抜け出しでもしない限りずっと周りに親の付けた従者がいたから。
まずは話しかけてきた子が指差す自分の持っている袋の中のお菓子を見る。
「うん、えっと……」
『同い年の友達を作ってみようよ。すっごい楽しいよ?』
さっきまで一緒にいたシンの言葉が浮かんだ。
「友達に……なってくれるか?」
「うん! なろ! 僕はユリウス。こっちがサザンベール」
「ベルって呼んで……」
活発で人当たりが良さそうなユリウスと、その陰に隠れる控えめなサザンベール。少年は初めての友達だと、すぐに記憶した。
「君は?」
「俺は……」
純粋な目で真っ直ぐ見てくる。今まで少年は自己紹介をしたいと思ったことがなかったが、初めて自分を知って欲しいと感じた。
「……カーティス」
「カーティス! あっちの公園で遊ぼ!」
「…………。あぁ!」
走り出したユリウスを追いかけるように、少し遅れてサザンベールとカーティスも走り出した。




