第75話 どうか安らかに
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『具現』の力を試そうと、既に呆気なく倒してしまったSランク魔物を放っておいて他の魔物で色々行使していることに夢中になっていると、『障害物競走』の終わりの時に響いたブザーと全く同じものが響いた。
鳴り響くと同時に複数相手にしていた魔物も全て青白い破片と化して割れ、何処かへ消え行った。
『競技、『限界闘技』は只今を持って終了とします。各学園代表者様は、これから放送用魔道具が御手元へ行きますので、それをお持ち下さい。そうすれば順次本会場であるこちらのドクマ闘技場への転移が行われます。今の機会を逃すと戻るのが非常に困難になりますので、ご注意ください』
レイ達代表者はその文句を聞いて静かに魔道具の到着を待った。
かく言う闘技場では、その声が終わるのと同時に魔道具から映し出される映像が途切れ、今の競技の振り返りが司会達によって行われていた。
『いやはや、今回の学園対抗戦は例年より光るものがありますね。選手の質も信じられないほどに上がっている。特に今の競技ではソルセルリー学園のレイ選手、フェラス学園のルーベル選手が頭何個も飛び出ていた。今の競技の感想を、お越しいただいているサンクテュエール王国四天王第4席、プロット様にお伺いしたいと思います』
最後のプロットに感想を尋ねるという発言。
普段プロットと関わることのない観衆にとってはプロットはヒーローで高尚な人物だと期待を膨らませたが、その人の現実を目の当たりにしたことがあるソルセルリー学園1学年のSクラス……つまりシン達のクラスメイトとシンは、大いに不安が込み上げてきた。
「普段あんな適当な性格で、真面目な感想欲されてるけど大丈夫か……?」
『えぇ、私もあの2人の勇姿には驚かされました。聞くところによると、レイ選手もルーベル選手も情報が全くない。しかも1年生と来た。完璧に今大会のダークホース。他学園の対抗戦メンバーと戦々恐々としたことでしょう。若い子達がどのように対策を立て攻略していくのか、非常に楽しみです』
なんてことないよく聞くような言葉だが四天王の1人の言葉と言うだけで、観衆はものすごく盛り上がった。
シン達は驚いた。こんな真面目に実況のようなことを出来るのか……流石四天王なだけはあってちゃんとするとこは出来るのか。と。
その実、現実はシン達の考えていたようなものではなかった。
プロットと親友、且つ幼馴染みである四天王第3席、フェリアス=フレイド。この人物は普段おちゃらけたような軽いプロットとは違い、真面目で堅物の、頭脳明晰成績優秀といった風の者だった。
プロットは別に即興で指名されたわけじゃない。しっかり事前に説明されていた。
プロットはそれをなんとかなるといつものように楽観視していたが、その一部始終を目撃していた親友は心底不安になった。
だからプロットと一緒に今回の競技を観戦しながら原稿に感想の手本を書いてプロットに渡した。
フェリアスはあくまでプロットのためを思って手本だと念押ししたが、プロットは全く聞いておらずその原稿を丸読みした。
プロットはシン達の不安を裏切ったように見えたが、現実ではシン達は命中していた。
裏でそんな駆け引きが行われているなんて想像もしない大衆は酔狂な信者のように叫びを上げていた。
ソルセルリー学園対抗戦メンバーはあまりの大声に身を屈めながらやっと戻ってきたレイ等の代表者を見やり、歓迎の意を込めてメンバー全員で代表者のそれぞれへ向かって行った。
―――――――――
おつかれ。すごかった。ありがとう。がんばったね。かっこよかったよ。
代表者が浴びせられているそれぞれの色んな賞賛を耳にし、俺達に囲まれている照れて困っているレイを温かい気持ちで見守りながら、フェラス学園の方を見た。
ルーベル……君? が一対多で自分の仲間と対面している。仲間の皆さんはよくやったと褒めているようだが、少年の方はなんとも不満そうな顔をしていた。
各学園がリザーブ枠も含めて5人で代表者を迎えている中、4人だけで迎えているフェラス学園の姿を見て思った。
そりゃあそうか。レイに自分の存在を秘密にするのに、ここで出てくるわけがない。
——早くレイにマキのことを教えてあげたい。近くにある望みが叶えられない。叶えられるのに叶えられない嫌な衝動が居心地悪く、魂の籠らない虚ろな目線でレイからよそ見した。
「それはそうと……レイちゃん、さっきの競技で共振融合してなかったし?」
ベキ、ギョロベシッ。
リア先輩の一言で、忘れていた重要事を思い出したように同学園メンバーの皆が一瞬鎮まってレイに質問攻めを始めた。
1人フェラス学園に意識を向けていて俯瞰的にそれを見ていた俺には、そんな変な効果音が聞こえた気がした。
「あの翼はただの幻!? それとも本物の翼が生えてたの?」
「なんで翼が生えたの? どうして翼なの?」
「あれは天使と悪魔を気取ってたし? どういう効果があるんし!?」
「なんでいきなり共振融合が出来たんだ? 密かに練習してたのか!? でも共振融合は練習の仕様がないのにどうやったんだ?」
「ちょ……あの……」
賞賛というより複数でレイ1人を罵詈雑言を並べ虐めているに等しい状況に、レイの髪と同じく澄んだ金色の瞳が潤う。
他の学園もソルセルリー程ではないが同じような荒れ様で、次段階に入りたいアナウンスも頭に入らず運営は浮き足立っている俺達代表者と観衆に戸惑っていた。
『皆さん、お静かに……!』
『おーおー、みんなはしゃいでんなー』
予定通り動けない司会はアドリブでその場を静まらせようとするが意味もなく、それに反応する相変わらず脳天気なプロットの声を声音拡大放送用魔道具が拾った。
脳天気な声ともういくつか。その日初めて流れる声も聞こえた。
『あら……これは困ったわね』
『っ……!? ぁ、あなたは……?』
馴染みはないが、俺には聞き覚えのある声。そしてもう一つは、司会さんが怯えたような声だった。
明らかに予定外のやり取りに、会場でただ1人俺だけが注意を向けていた。
パチン。何かを弾いた音が聞こえたその瞬間、後ろに尋常じゃない威圧と魔力の気配を感じ取った。
すぐに確認したかったが、あまりのプレッシャーに身体が強ばるだけでピクリともせず、冷や汗を拭うことも出来ない。
肌が感じる途轍もない威厳に対して、鼻が感じたのは甘い香り。
……なんだっけな。小さい頃に嗅いだことがある匂い。それだけは思い出せる。
考えている隙にも、後ろの気配は移動し堂々と俺を横切った。そこで見えたのが、紫艶の長髪を華麗に魅せている姿。
「あ、思い出した」
威圧で押し潰されそうなのは未だ変わらないのに、安らかな声が出てしまった。
…………この匂い、紫陽花だっけか?




